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後編:巻き添えなんてひどいモル

 トコトコと小走りに屋敷の中を進んでいく。というのも、人間とモルモットでは歩幅が違いすぎるためだった。ご主人様は僕の前をズンズンと進んでいってしまうので、この広い屋敷では急がないと見失ってしまいそうになるのだ。



「それにしても、やっぱり凄い屋敷モル」



 先程までいた部屋を出ると、長い廊下に出た。漫画やアニメでしか見たことがないような、赤い絨毯が惹かれた廊下。その上を歩いているわけだが、足音が全て吸収されてしまうほどフカフカだ。その廊下にも、いかのも高そうな壺やら鎧やらが並べられている。



「ウフフ、そうでしょう? この屋敷の魅力に気がつくとは、中々良い目をしているわね」



 僕の前を歩くご主人様が、上機嫌に言う。館の主としては、自分の屋敷というものを褒められるのは悪くない気分なのだろうか。その廊下にはいくつもの扉が並んでいるわけだが、よくよく見ればその戸には名前がついているようだった。


 書斎。物置部屋。寝室。お手洗い。魔法研究室。拷問室。



「……拷問室!?」



 物騒すぎる名前をスルーすることができず、思わず声を上げて立ち止まってしまう。しかしご主人様はそんな僕の様子を気にする素振りもなく、そのまま歩き続けている。僕は困惑しながらも、再びご主人様の後を追いかけた。



「あ、あのぉ。ご主人様、随分と変わった部屋がそこにあるモルけど……ご主人様は普段何をしているモル?」

「うん? そうねぇ。まぁ、そのうち分かると思うわよ。嫌というほどね?」



 そう述べたご主人様の顔は、ゾッとしてしまうほどの意味深な笑顔だった。まさかと思うけど日々誰かを召喚しては、その部屋で拷問してるってことは無いよね? そのうち分かるって、この僕自身も拷問される可能性があるってことだろうか?


 ……いやいや、こんな小動物をただ虐める目的だったとしたら召喚した時点で拷問室に連れて行かれるだろうよ。ちょっと変な部屋があっただけで、相手を疑うなんて良くないことだ、うん。僕は必死で自分自身に言い聞かせる。


 ただ、認めたくなかっただけなのかもしれない。この屋敷が、自分にとって過酷な環境であることを。僕は悩ましい顔で、そんなことを考えながらご主人様の後に続く。そのうち、いつの間にか長い廊下を抜けて大きい部屋に出た。大きなテーブルときっちりと等間隔に椅子が並ぶこの部屋は、どうやら食堂らしかった。そのテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、燭台が並んでいる。



「おお、凄いモル」

「ウフフ。それじゃ、早速食事にしましょうか」



 これだけ豪華な食堂を見せつけられたからには、さぞかし普段から良いものを食べているに違いないと期待してしまう。僕はワクワクしながらご飯が出てくるのを待ったのだが、ご主人様は並べられた椅子のうち一つに座って動く様子がない。



「あ、あの。ご主人様? ごはん……」

「え? 食べれば良いじゃない。盲腸フンって知ってるかしら? モルモットちゃんはね、自分のフンを食べるのよ。身をよじれば肛門に口が届くはずだからやってみたらどうかしら」



 ご主人様はSッ気たっぷりにそう言うと、ニヤニヤしたまま頬杖をついた。僕は、先程一瞬でもご主人様のことを「良い人かもしれない」なんて思った自分を呪った。なんてこと言うんだこのヒトは!



「ひ、ひどいモル! モルはこれでも元人間モル、ウンチを食べろなんて残酷すぎるモル!」

「アッハッハッハ! いい反応をするわねぇ、これだからモルモットちゃんをイジメるのはやめられないわ。冗談に決まっているでしょう、ちょっと待っていなさいな」



 恨みがましい視線を送る僕とは対称的に、ご主人様は無邪気に大笑いしている。そんな目尻に涙が溜まるほど笑わなくたって良いじゃないか、もう! 笑いすぎて苦しくなったのか、ご主人様はお腹を抑えながら一旦部屋の奥に引っ込む。


 しかし、幾分もしないうちに数枚のお皿をもって戻ってきた。お肉が焼けたいい匂いがする。これはもしかしてステーキかな? ご主人様はテーブルの上にお皿を並べ、そして床にも一枚のお皿を置いてくれた。コトンと床に置かれたお皿の上には、誰がどう見てもヒマワリの種。



 えっ、僕のステーキは? 僕は不満げにご主人様を見上げる。



「あの、ご主人様……」

「いらないの? 食べないなら下げちゃうけど」



 またしてもニヤニヤしながらご主人様がそう言うので、僕はもうヤケクソになった。



「い、いらないとは言ってないモル! いただきますモル!」 



 結局、僕はそのヒマワリの種をむしゃむしゃと食すことになった。隣でステーキを食べるご主人様のことが羨ましかったが、その種はこれまで食べた何よりもとびきり美味しかった。モルモットに転生したことで、僕は味覚までもが変わってしまったらしい。なんだか情けなくなって、僕は密かに涙を零していた。







 気がつけば窓から差し込む陽も落ち、すっかり夜になってしまったようだった。ご主人様が指を鳴らすと、部屋の灯りが次々と灯されていく。おぉ、なんだかそれすごく魔法っぽい。



「さて、モルモットちゃん。私はちょっとだけ出掛けてくるわ。悪いんだけどお留守番しててくれるかしら?」



 唐突に、ご主人様はそう言う。こんな夜になってから出かけるだなんて、何処に行くつもりなんだろう。ただ、お腹も膨れて幸せだった僕は付いていく気にはとてもなれなかった。



「わ、わかったモル」

「フフフ、いい子ね。間違っても、逃げようなんて思っちゃ駄目よ?」



 ご主人様が僕に釘を刺す。言われて気がついたが、こっちに転生してから初めて監視の目が外れるわけか。これは色々チャンスかもしれないと僕は思った。僕は考えを悟られないように、精一杯良い返事をする。



「勿論モル! モルはここで休んでいるモル」



 ビシッと敬礼までつけて言い放つ。ご主人様は目を細めて僕のことを数秒だけ見つめたあと、妖しげに微笑んだ。



「そう。……休めたら良いわね」



 そして、そのまますぐに立ち去ってしまう。休めたら良いわね、とはどういうことなんだろうか。でも、ご主人様がいなくなった今ではこの屋敷に脅威というものが存在するようには思えないし。



「ようやく邪魔者がいなくなったニャ?」



 うん、これで館が自由に探索できる。……? 今、誰に話しかけられた? ご主人様ではない。嫌な予感がして、僕は部屋中をぐるりと見渡した。少しテーブルから離れて、その上を覗きみたとき。僕そはその声の主を知ることになった。



「ね、猫?」

「猫とは失礼だニャ。お前だってモルモットのくせに」



 いつの間にそこにいたのか、アメリカン・ショートヘアのような猫が座ってしっぽをゆらしていた。首輪をつけ、しっぽにリボンを結んでいるあたりから飼い猫であることは間違いないハズだ。



「いや、確かに失礼だったモル。ゴメンモル」

「フフ、中々素直だニャ。結構結構。ところで、お前はこの屋敷のボスが誰かは知ってるニャ?」



 その猫から唐突に質問をぶつけられ、僕は少々停止してしまった。えっ、そんなの一人しかいないじゃないか。



「えっ、そりゃあ……ご主人様モル?」

「そう、正解ニャ。ボスのいる前では、いかなる粗相も許されないニャ。じゃあ、もう一つクイズニャ。ボスがいなかったら、キミはどうなると思うニャ?」



 その前足から鋭い爪が覗いていた。不気味なほど鈍く光るその爪。うはぁ、あれで引っ掻かれたら痛いだろうなぁ。……待てよ? 今の僕はモルモット。相手は猫……。



「ま、まさか」

「察しが良い奴は嫌いじゃないニャ。だからせめて、ひと思いにやってやるニャ!」



 そう言うと、その猫は思い切り良くテーブルを蹴った。落下の勢いを利用して、僕めがけてその爪を突き立てようとしてくる。



「危なっ!!」



 とっさに、ゴロゴロと転がって僕は相手の攻撃を回避した。丸い身体が幸いして、転がる速度は中々のものらしい。……なんて感心している場合じゃないな、早く逃げないと!!



「うひぃーー!!」

「コラ、待つニャ!」



 生命の危機だというのに、待てと言われて待つやつがいるものか。ただ、身体能力はどう考えても相手のほうが上だ。障害物の無い場所に逃げたらあっという間に追いつかれてしまうだろう。だから廊下は駄目だ。僕は椅子の下をくぐり、厨房の方へ走り出す。


 厨房に侵入すると、そこは随分と肌寒い場所だった。きっと食材が傷まないように温度調整しているんだろう。随分と魅力的な場所に間違いはないが、今は食材にかまっている場合じゃない。



「ヒィ、ヒィ」



 ちょっと走っただけなのにもう息切れしている。なんて不便な身体! これじゃ追いつかれてしまうのも時間の問題だ。……しかし、その時僕は厨房の奥に扉があるのに気がついた。しかも、半開きになっている。猫に食われて死ぬくらいならと、僕は一か八かその扉の隙間に飛び込んだ。



「あっ」



 寸でのところで猫の追撃を躱し、コロコロと扉の外に飛び出ることに成功したようだ。地面の感触がだいぶ違うことで、僕は屋敷の外に出たことに気がついた。どうやら、あの扉は屋敷の裏口だったらしい。



「待つニャ! そっちは……」



 猫が何か言っているが、戻ったところで生命の危機に晒されることに変わりはない。そもそもがロクでもない屋敷なんだからと、僕には逃げ出す以外の選択肢がなかった。







 どのくらい走っただろうか。屋敷を出てからというもの、灯りも殆ど無い森の中をひたすら駆けてきたため僕は今自分がどこにいるのかすら把握できていなかった。短すぎる四肢のせいで、何度も木の根っこに躓いてしまいもう身体はボロボロだ。



「暖かい布団で寝たいモル……」



 叶いもしない願望を呟く。ああ、本来はコンビニから帰って、腹ごしらえをしたら暖かいシャワーを浴びて布団に入るハズだったのに。何で僕がこんな目に合わないといけないんだ。



「グルルル……」



 ホラ、あれだけヒマワリの種を食べたはずなのに、もうお腹が鳴っているし。



「グルルルルル……!」



 えっ、なんかおかしくない? お腹の音ってこんなに重なって鳴るものだっけ。僕は現状自分の置かれている立場に気がつくのが、少しばかり遅すぎたようだった。月明かりに照らされて、光る鋭い目。その目は全部で三セットもある。


 アレがお腹の音でないんだとするならば。鳴き声から察するに、三匹の狼に取り囲まれているようだった。



「は、ハロー。狼さん、モルは食べても美味しくないモルモットモルよ?」



 交渉虚しく、唸り声を上げながら狼は徐々に距離を詰めてきているようだった。そ、そうか。ご主人様が言うには、そもそも喋ることが出来るのは特別なんだったっけ。


 どんどんと逃げ場が無くなっていく。狼との距離が近づくにつれ、その鋭い牙と口の隙間から溢れる涎がどうしても目についてしまった。あぁ、アレでガブッといかれるわけか。痛いじゃ済まないだろうなぁ。転生して早々、こんなに早くゲームオーバーになるなんて思わなかった。次はもっといい人生でありますように……。


 狼の一匹が地面を蹴り、軽やかに飛び上がった。その口を大きく開き、僕のことを噛み殺すために鋭い牙を突き立てようとしている。あぁぁ、もう駄目だ! 僕は思わず目をつぶった。



「……?」



 何も起こらない。恐る恐る目を開くと、なんと僕の目の前にはご主人様が立っていた。



「ご主人様!」

「私の可愛いモルモットちゃんをイジメるなんて、いい度胸ねぇ」



 ご主人様が指をパチンと鳴らす。たったそれだけの動作。それなのに、その瞬間に狼は三匹ともがその場に倒れ伏せてしまった。何が起こったのか全く把握できない僕だったが、とりあえず生命が助かったことに安堵して胸をなでおろす。



「はぁ~~。助かったモル……うわっ」

「まったく。アレだけ逃げちゃ駄目って言ったのに」



 ご主人様にひょいと首根っこを掴まれて、ぶらぶらと宙吊りになる。そのまま眼の前にもってこられて、ピンと鼻にデコピンを食らわせられた。



「痛っ! ひ、ひどいモル」

「私の言うことを聞かなかったバツよ。全く、こんな雑魚相手にスキルを使う羽目になるなんてねぇ」



 宙吊りにされたまま顔をあげると、目の前に例の屋敷があるのに気がついた。あ、あれぇ。アレだけ走って、散々迷ったのに。いくらなんでもこれだけ近くまで来ていれば、屋敷の存在に気が付きそうなものだ。



「なぁに? 間抜けな顔をして」



 怪訝な顔でご主人様が言う。その瞬間、僕は全てを察した。これこそが、ご主人様のスキルなんだと。<ご都合主義>。それは、お話の展開を自分の都合の良いように作り変えるとんでもないチートスキルだったのだ。


 逃げ出した僕が屋敷の近くまで戻ってきたのも、ご主人様がタイミングよく現れたのも、狼が急に倒れてしまったのも、そして僕が急にスキルやご主人様のことを理解できたのも。



「あ、あのう。ご主人様」

「どうしたの?」



 <ご都合主義>の副作用だろうか。味方と認識した上でスキルを使われた者は、その者の感情をある程度読むことができるらしい。ご主人様は、僕のことを本気で心配して助けに来てくれたようだった。僕のことを転生させて喋ることができるようにしたのも、友達が欲しかったから。


 高すぎる知識と魔力を持つ彼女は、人々から遠ざけられてこんな辺鄙へんぴな場所でしか暮らせないのだ。



「ごめんなさいモル。僕……ご主人様のことを誤解していたみたいモル」



 僕の言ったことを聞いて、ご主人様の顔が急に赤くなった。僕のことを助けるのに夢中になっていたためか、スキルの副作用について忘れてしまっていたらしい。



「わ、忘れなさい! 今すぐ!」

「そ、そんなこと言われてももももも」



 ガクガク、と身体を揺さぶられる。しかし、そんな彼女の行動のひとつひとつが照れ隠しということが今なら分かってしまう。ちょっとくらいひどいことをされても許してしまえる気がした。



「どうしても忘れないというなら、忘れるまで拷問室で拷問の刑よ!」

「えぇっ、ひどいモル! そもそもは、僕は家にいた猫のせいで外に出ざるを得なかったのに!」

「なるほど、ベティの仕業だったのね。それなら二匹まとめてお仕置きなんだから!」

「そんなぁ、巻き添えなんてひどいモル~!」



 首根っこを掴まれたまま、ズンズンと屋敷に連れ戻されていく僕。この後、僕とベティという猫は仲良くお仕置きを受けることになった。もし次喧嘩したら、ご主人様のスキル<ご都合主義>でウンチを食べて生きていける身体にさせられちゃうんだって。ちょっと鬼畜過ぎない?


 それからと言うもの、ご主人様にからかわれながらも僕はこの屋敷でなんだかんだ楽しく暮らしている。ご主人様からの悪戯が行き過ぎて、悲鳴をあげてしまうことも多々あるけれど。本当は優しくて身内想いなご主人様のことを思えば、許してあげられちゃうから不思議だ。


 猫のベティさん(女の子ってことも判明した)も、ご主人様に叱られて以来は僕のことを襲ってくる様子もないから一安心。それどころか、今はみんなで一緒に寝る仲なんだよ。すごくない?


 一人と二匹での生活も、あんまり悪いものじゃないなと。モルモット生活も良いかもなと、今では心の底から思うことができる。だけど、一つだけ言わせて欲しい。



「いい加減、ヒマワリの種は飽きたモル」

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