不安定な感情。
「ようするにだ。あいつの頭を開けて、この人工脳髄をぶち込むわけよ。そうするとどうなるかって?学園横浜にある前例でも見てみるか?超能力者が超能力を制御している左脳をそのまますげ替えるわけだから…。」
「記憶回路を修復すればいいんだ。時間制限付きでな。なぁに、こういう技術はマッドサイエンティストの嗜みだ。」
イリイチの脳内回路を修復するための布石は済んでいた。元々リーコンが彼を陥れるために考案された計画だったが、シックス・センス相手に洗脳回路はどう足掻いても作れないという報告に落胆して凍結されていたのだ。
「イリイチがこういう事態に陥ることを想定してたからこそ、迅速に動けるってもんだ。人工脳髄はシックス・センスを再現する。いや、あいつに残っているシックス・センスの果てを最大限に活用する。CTスキャンを見てもらえば分かる通り、イリイチの左脳は空洞化している。あの状態で失語症や痴呆が進まないのは!…科学の敗北を認めることになるが、シックス・センスの賜物だ。そんな馬鹿げた存在を認めることが我々にとってどれほどの屈辱か。」
映し出されたイリイチの研究結果は科学者たちからすれば「無念」のひと言だった。明らかに人間の法則を越えたものを持っている彼は、超能力者という異型の中でもより異型なものだった。シックス・センスが彼のありとあらゆるものを護っている。神に祝福されているという、理屈を突き詰めていく科学者の彼らが決して口にしては行けない言葉しか出てこない。
「天と地の狭間には俺の哲学じゃ思いもよらないことがあるもんだ。」
シェイクスピアの戯曲、ハムレットの有名なセリフがよく合う機会に、彼らはこれ以上のことを言うことなく塞ぎ込んだ。
「だが、人工脳髄は存在している。汎用機だがな。博士、こいつは貰ってくぜ。なに、学園横浜は今大きな局面にいるんだ、致し方ないさ。」
科学という魔法を追求して言い方によれば理想主義とも取れる科学者と、自分のためになるならあっさりと半年賭けた計画を破棄する現実主義なリーコン。両者の哲学は常に噛み合わない。内務委員が生徒会を通じて予算を誤魔化し、彼ら科学者に流しているのは周知の事実ではあるが、必ずしも両者の思惑が一致しているわけではなかった。
「現実を生きようぜ。今、今だ。過去は取り返せねぇし、未来は分からない。だから今取れる手段を取るのさ。あの腐れライミーを電気椅子に送り込んで同じ舐めた面が出来るか拝見してぇしな!」
生徒同士の私怨が学園全体を揺り動かす事態。執念と意地と自由を賭けて生徒を死地に送り込む事態。すっかり強い女として学園横浜に君臨しつつある美咲と本校会長の座について復讐戦を執行しようとするアーサー。
リーコンはタガが外れたように高笑いをする。その大きな笑い声は、閑散とした深夜の学園横浜によく響いた。
「楽しいぞォ!戦争だァ!戦争の夜だァ!」
学園横浜に巻き付いているかのような陰謀は、決して外の世界から持ってこられたものでは無い。学園東京が火の海になっている現状を、少なくとも彼は娯楽の1種として受け取っていた。




