困難の前の平和
「イリイチの様子はどうだ。まだ駄目か。」
大智は医者に問掛ける。外交的解決にしても戦争にて解決としても、イリイチという巨人がいなくては話にならない。友人としての心配と会長代理としての打算が混じった状態だ。
「イリーナが甲斐甲斐しく世話をしているよ。だが、イリイチは第六感を取り戻せていない。イリーナとの会話で何かを掴んでいるようだが、どうもこればかりは彼の根性次第だ。」
「……最悪の場合、東京との血みどろの殺し合いになった場合、イリイチには人工脳髄を埋めてでも闘ってもらわなくてはならない。イリイチの現状はまだ俺とPKDI段階4のある男とイリーナしか知らない。まだリーコンすらも知らないんだ。」
大智は下を向いて深い溜息をつくしか無かった。彼は学園では希少な友人思いな男だ。どこまでいっても現実主義者であるリーコンとは根本的な所から違う。長年の学園生活で人格の歪んだ美咲や未来とも違う。
「…とにかく出来ることは全てする。人道から外れた道には決して向かわない。イリイチがどんな悪人だろうが、彼は患者だ。ここにいる限りは必ず見捨てない。ぼくのこの言葉を信じて、君は君ができることをしろ。」
黙って頷いた大智は少し晴れやかな感情が戻ったようにも感じた。記憶障害とシックス・センスの大幅弱体化という2つの巨大な悪夢に立ち向かう友人の為に、大智は動かないといけない。
「公正か?少し会わないか?」
「いいぜ。喫茶店で待ってる。」
同盟者は軽やかだった。元々学園の異常さに気がついて仲良くなった関係だが、このままだと異常の極みに彼を合わせることになる。
喫茶店の席に座っている公正を見て、大智は近づいていく。開きにくい口を開いて、事実を陳列していく。
「…学園は数日以内に火の海となる可能性が高い。東京本校が横浜に対して喧嘩をぶっかけてきた。外交的解決の可能性は極めて低い。今度ばかりはお前にも参戦義務が付けられるだろう。」
公正は驚いた様子で大智を見る。寝耳に水のような心情は中々収まらなかった。
「マジかよ。もしかして俺たち面倒事を擦り付けられたのか?」
「お前に向かないように努力はする。元々俺を含めた学園の権力闘争の一環だから、生徒を巻き込むような真似はさせたくはない。」
コーヒーを落ち着きながら公正は飲み干す。そして、心境も落ち着いたようだ。
「…わかった。前々から思ってはいたが、お前は生徒会の決定事項を発表の前に俺に伝えすぎている。どこに秘密警察がいるか分からない。友人からの忠告だ。」
「あぁ、悪かったな。」
力なく大智はもたれる。まるで彼の心境を表しているかのようにクシャクシャのセブンスターを取り出し、火をつける。
「イリイチの事だがな、あいつにはイリーナという妹がいる。同じくシックス・センスもちだ。イリイチは犯罪で汚れすぎているが、あの子は全く罪がない。俺たちはイリーナのことを守らないといけない。ろくな大人がいないなら、俺たちが大人になるしかない。」
「推測だが、そのイリーナって子も東京に付け狙われているんだろ?そうじゃないとイリイチが東京で山崎をぶちのめした理由が分からない。」
大智は沈黙したが、それを実質的な肯定と捉えた公正は、全てを理解した様子だ。
「ま、俺だってろくな人間じゃあない。人間かどうかも怪しいしな。だがよ、少なくとも金と言う理由があって初めて悪事を働くイリイチと名誉や権威に踊らされて、金も貰わずに悪事働いてるヤツらとじゃ、イリイチのほうがマシだって…。前も言ったよな?学園は狂ってるともな。俺たちは俺たちが出来ることをするしかない。困難なときにこそ人間の偉大さは発揮されるのさ。」
「とにかく、出来ることは全てやろう。独善でも偽善でも人生は究極の話自己満足なんだからよ。俺は会長代理として、お前はPKDI:RANK4の化け物として。」
大智と公正は互いに覚悟を決めていた。イリイチというジョーカーに守られてきた彼らは、今度ばかりはイリイチを守るのだ。




