無慈悲
「さぁてと、どうしてくれようか。」
イリイチは今後の計画を考える。現在彼はシックス・センスを使用不能な状態に陥っている。普通に考えてこの状態は大ピンチだ。間違いなくイリイチは殺される。だが運命はいつも彼に向かって味方する。イリーナというジョーカーを手に入れてしまった。彼女を回収するためにあらゆる勢力が動き始める可能性がある。学園も科学者も政府も他国政府も。今は学園と科学者が動いており、今頃血眼になって捜索をしているだろう。そしてそれをあっさりと渡すほど純粋な人間でもないのがイリイチだ。今から交渉すれば言い値で彼女の解放を懇願するだろう。だがそこまでで終わりだ。遅かれ早かれ終わるにしてももう少し生き延びたいものだ。時間は金。金は人生。人生は全て。
「まぁ雁首揃えていつまでも見つけられない連中ではない。いつかは蹴りをつけないと不利になるな。」
煙草を咥えた赤鬼は少し焦っているようにも見える。元々は派手に散ってやろうと思って神風特攻でもしてやろうと思ったが、変に期待が湧いてしまった今となれば、それは犬死だ。迷いは人をおかしな方向へ導く。いつもの青眼が紫に見える赤鬼には、何故だかなんとかなってしまう気がする。
「…。引渡し場所を指定するか。イリーナのことを限界まで見せないで今までの殺し屋としての能力だけで蹴りをつける。明るい朝には戻らない。暗い夜で四苦八苦するのが俺だからな。」
部屋の窓からいつまでも夜景を見つめる。夜にだって輝けるものはあるのだ。開き直りに近い決心は彼を行動させる。
「よぉ!ご機嫌如何かな?千畝さん!」
「おい、お前まさか…!」
「そのまさかのまさかだ!あのガキは俺が預かった。解放して欲しいか?」
「当たり前だろ。舐めてんのか、クソ餓鬼。」
「じゃあてめぇ1人でこいよ。どうせ居場所は把握出来てんだろ?まさか可愛い女の子を救うために数の暴力なんてアホなことしねぇよな?雁首揃えて全滅したあの兵隊共みてぇに。」
「今すぐ行く。首洗って待ってろ。引導を渡してやる。」
全ては順調だと言わんばかりにニヤけるイリイチは、ここが死に場所になる可能性が高いことも事実だ。アレキサンダーというまさかの難敵に比べればあんな科学者なんてことも無いが、それはこちらが万全な時だけだ。死がすぐ近くで手招きしている。それを振り切るためにも、あいつをぶち殺すのは重要なことだった。
「よぉ!久しぶりだな!相も変わらず間抜けなのは変わらねぇみたいだがな!」
「外道野郎がよ。悪いが、前みたいに行くと思うなよ。」
約束通りに1VS1だ。武器のひとつも持っていないイリイチはもはや自殺にも近い闘いを始める。
「オラァ!」
顔面に向けた殴りはひょいと交わされる。イリイチはもろに蹴りを喰らう。
「どうした!第六感よ!」
「どうもしてねぇよ!ぶち殺してやる!」
格闘技の如くに技の応酬が始まる。イリイチが右フックを入れれば、千畝は左フックを入れる。蹴りや頭突き、肘打ちにアッパーと、超能力とは無縁な泥臭い殴り合いである。
「くそっ!なぜシックス・センスを使わねぇんだよ!」
「生憎だが、おめぇが弱すぎるから反応しねぇんだよ!」
千畝の顔面に向けたパンチは完全に直撃する。鼻がへし折れたようで、鼻血を垂らしながら、彼はイリイチを睨みつける。
「だったらよォ。こちらが奥の手を見せればいいのか?」
シャツを破り、千畝の右手は人間のものでは無いことを視認する。
「義体化か。おもしれぇ。それが奥の手か。まじで笑える冗談だな!おい!」
「笑ってられるのも今のうちだ。」
一瞬、ほんの一瞬だった。電気量が彼の右腕に集結し、発射される。僅かにズレたが、当たれば即死だ。
「電気制御系能力者、そいつらの能力を解明して作り上げたものだ。電気をほぼ無限に作り続ける。そして放射する。次は逃げることも出来ずにお前は死ぬ!」
「そうかよ。そうかい。そうであろうと。よぉく狙って当てろ。お前は今1人の人間を殺すのだから。」
電磁波はイリイチに直撃した。それはあまりにもあっさりしていて、放った千畝自身が信じられないぐらいのものだった。
「無慈悲な電磁波は赤鬼ですら殺してしまう。そうかい。…!」
イリイチは立っていた。何事もなかったのように。眼はより紫になり、狂気をより強くした笑顔は彼が一体なにになってしまったのかという疑問に対して答えるかのように口を開く。
「…どうやら本当に俺はバグったみたいだ。ダメージ換算がおかしいな。まぁいい。今度はこちらから行くぞ。」
1歩、また1歩と千畝に近づいていく。蛇に睨まれた蛙のように千畝は動けなくなる。ゼロ距離まで来たら、イリイチは千畝を殴る。その1発で千畝は行動不能になった。それと同時にイリイチも倒れる。シックス・センスの真価はまだまだ解明しきれていない。




