第六感の正体
「もはや科学力や技術、そして哲学ですら解明ができない。それほどにまでに度し難い化け物なのだ。あの子が幼い少女として微笑みかけようと、自分を犠牲にして友を守ろうとしてもあの子は化け物だ。だからこそ、解体に賛成する。我々の手に負えなくなった時には、あの子は本性を見せて殺戮の雨の中で1人微笑む狂気の女帝になる。」
我々は唸るしかなかった。シックス・センスの研究や彼女自体の性格解明を続けているうちに、狂気の世界に生きている彼女を生かしておくには恐ろしいと思うようになってきた。
「人格分析。通常の人間としての感情を持った者ならば、喜び怒り哀しみ楽しいと喜怒哀楽を程よく持っているものです。どれか1つが強いとしても、ほんの少しでもほかの3つの感情を持っているのが正常です。彼女の研究結果をみて戦慄しました。喜と楽の感情しか存在しないのです。怒りや哀しみという感情がない。人格を形成していく上で、いや生まれて持った感情として喜怒哀楽というものはありますが、怒りや哀しみという感情を持っていない。怒りに身を任すことなく、哀しみに浸ることも無い。それはいい事のように聞こえますが、その感情がなければ、楽しいままに殺し尽くして、喜びにだけに浸る。反社会性人格障害と呼ばれるものよりもよっぽどイカれている。それが事実です。」
反社会性人格障害、ようはサイコパスは自分のために行動する。イリーナの兄であり、同じシックス・センスを持つイリイチはそれに近いのかもしれない。あくまで自分のため。生きていくためには人殺しですら肯定されてしかるべきと、そういう感情の元で生きていると推測される。では彼女は、なにがサイコパスとは違うのか。それは楽しいと感じていることが自分に向いているか他人に向いているかだ。イリーナは自己犠牲の精神が強い。自分の生命で他人が助かるのなら、その他人がどんな悪人であろうと生命を差し出す。本来であれば都合のいい話ではあるが、それは突き詰めていけば異常なまでの自己愛にあたる。自己愛を満たす方法が自己犠牲ではなく、ようするに他人の心を満たすことではなく、自分のために生きる。そうなればもう止めるすべはない。兄であるイリイチのような暴君を通り越した悪夢になるであろう。向いているベクトルが違うだけで危険性には代わりがないのだ。
「シックス・センス自体は重要な能力だ。では彼女は?ただの少女だ。それも危険な思考をもった悪魔の子だ。我々が邪に考えているのではない。データがそう言っているのだ。人間の感情というものは決して推測や憶測では分からないほどに狂気的なのだ。だからこそ今のうちに手を打っておくべきだ。幸運なことに彼女のシックス・センスはまだ開花していない。彼女の兄、イリイチのように完成系に近づいていればもう誰も止められない。別に培養液に脳髄を浮かべて、それで解明するでも問題は無い。躊躇している間にも能力は進化し続けている。彼女を解体して脳髄だけを研究に使うことに賛成なものは手を挙げてくれ。」
無言の圧力がかかる。科学者だって人間だ。幼き少女が将来的に悪夢になる可能性があるからと言っても、人道的な観点から賛成に手を挙げるのは彼らの正義には反するものだ。それでも1人、また1人と手を挙げ、全員の手が上がったところで結果は決まった。現在と未来を天秤にかけて、未来に向けて送るものとして少女を死よりも辛い運命に遭わせることにしたのだ。
「出来る限り感情を表に出すな。もう勘づいている可能性が高い。一瞬の油断を誘い、その時に射殺しろ。当然だが脳には当てるな。シックス・センスは脳によって制御されている。諸君らの幸運を祈る。」
科学者達の首班、老科学者は本心からそう言った。正義を御旗にしようが結局のところ彼らの仕事は国家に利益をもたらすことだ。すでにイリイチと言う化け物がロシアを中心に裏社会を震撼させている事実がある。その妹が二の舞になれば彼らのやってきたことは国家に対する裏切り行為に値する。だから感情を押し潰してでも実験動物を解体することにしたのだ。
「くまさん。イリーナはこのままじゃ死んじゃうよ。でも仕方ないよね。みんながそれを望んでいるんだから。イリーナは難しいことは分からないけどみんなが望んでいることは分かる。くまさんを1人にしちゃうけど、くまさんも一緒に死んでくれなんて思わない。おやすみくまさん。」
少女らしい部屋でクマのぬいぐるみに向かって話す少女は心の奥底では自分の運命を理解していた。それでも哀しみひとつもない少女はいつも通りの夜を寝るのであった。




