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Keep Yourself Alive 第六感の場合  作者: 東山ルイ
もう1人の第六感。
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未来へ向けておくるもの

「実験は順調か?あの子は天才的だろう。教えたことはすべて学び、応用まで完璧だ。とてもじゃないが10歳とは思えない。」

少女。名前はイリーナ。イリイチの妹となれば、ロシア的に名前を女性的にしたイリーナだ。ブロンドな髪に綺麗な青い目は、少女にとっては副産的なものに過ぎない。

「イリーナはファーストプランだ。彼女を起点にしてこれからの我が国の超能力者産業は飛躍的に進化する。産業革命だ。ふたたびロシアを超大国に戻すための革命だ。もはやアメリカや中国に二等国だなどとは言わせない。」

「この世界に皇帝は1人でいい。2人も3人もいらないんだよ。これからの時代は軍隊や核兵器に並ぶもう1つの抑止力ができる。それは超能力者だ。これら3つの力を手に入れた国こそが世界の覇者だ。」

超能力者産業。元々、ナチス・ドイツ、ソ連、アメリカといった2次大戦における主役国が研究し続けていたものだ。どの国も基礎中の基礎段階を出ることはなく、戦争において使用されることは無かったが、冷戦においてさらなる研究が加えられた。ソ連とアメリカは共に昇華させることは出来なかったが、経済発展の凄まじい国であった日本において核に変わる抑止力として、大型予算と大量の有能な研究員によってとうとう完成に至った。中国やロシア、北朝鮮といった仮想敵国に囲まれた日本にとってはその技術は決して流失させることの出来ないものであり、超能力者産業の中核を担う創成グループは情報漏洩を完全に防いでいた。文字通り世界一の企業となった今でもそれは変わらない。

後塵を拝した形となった超大国アメリカや、大国であり超大国に最も近い国、中国やかつての超大国ロシア、そしてヨーロッパ連合は現時点でも研究は遅れており、国家の意地をかけた超能力者産業戦争は現状、日本の一人勝ち状態である。

だからこそ、この研究にかけている想いは強い。仮にシックス・センスの完全解明に成功すれば、日本に並ぶ、いや日本を超える超能力者産業を持つことになる。それだけシックス・センスというものは大きな力であった。

「国家の威厳と誇りを掛けた一大プロジェクトだ。成功させて、もう二度と二流国家とは言わせない!」

少女、イリーナからすればそれはあまり関係のないことであった。生まれた時から一人ぼっち。親も兄妹もいない。保護されて孤児院に入ったはいいが、感情をある程度読める少女は子供特有の鋭い感覚では説明出来ないほどに、他人の悪意に対して敏感だった。それでも悪意を感じ取れない美しい心を持った人はいた。そんな大人や子どもについて周っていた。

喜びも悲しみも感じ取った少女は、自らの孤児院に誰かが圧力をかけている事に気がついた。悪意に満ちた大人たちが優しい大人たちを踏みにじろうとしている。そんな事実に気づいてしまったのだ。

先生たちが集まっている。誰もが何もすることの出来ない無力感に襲われていた。イリーナを差し出せと言わんばかりに街のマフィアを使って様々な嫌がらせをされていたのだ。警察機関に頼ろうとも、今回の事件の主犯は政府そのものだ。何かをしてくれる訳では無い。なにも対抗する手段を持たない大人たちは、だからといって大事な子どもを実験動物(モルモット)として差し出す訳にはいかない。子どもたちは子どもだ。政府の奴隷として扱われ、奴隷のように惨めに死んでいくために生まれた訳では無い。もうどうすることも出来なかった。泣こうが笑おうが怒ろうが誰かが犠牲にならないとみんなは救えない。そんな静寂な集まりにイリーナは現れたのだった。

「イリーナ…!もう遅いのだから寝なさい。」

老年の先生はそう言った。イリーナのことを1番思いあっているのはこの先生だ。誰に対しても無償の愛を与える。自己犠牲の精神に満ち溢れた彼は自分を犠牲に子どもたちを救えるのなら喜んで死んでいくだろう。だが、それはまるで意味のない事だ。それでは犬死なのだ。

「ううん。イリーナは自己犠牲の精神を先生に教えて貰った。イリーナが犠牲になってみんなを守れるのなら、喜んで犠牲になるよ。」

先生たちの顔が固まる。僅か10歳の幼き少女は今、自分の人生を捨ててでも友だちを守ろうとしているのだ。静寂の後には涙を流すものすらいた。

「イリーナ…。もういいんだ…。イリーナ…。」

「大丈夫。イリーナの生命は、遠い昔に終わっていたんだ。それが今までみんなのおかげで生きてこられた。だからもう恩返ししなきゃ。」

イリーナは笑顔で言う。少女は分かっているのだ。政府に渡されれば最後。数年以内に死ぬと。だけどそれでもいいと。

幼き少女の純粋で汚れのない尊い精神に大人たちは涙を流すしかない。美しさと自らに対する情けなさでただただ涙が止まらない。

「みんなはイリーナのことを好きじゃないかもしれないけど、イリーナはみんなのことが好きだから。」

政府の役人が孤児院に入ってくる。まるで来るのを知っていたかのようにイリーナはそちらに向かう。イリーナは最後まで泣くことも、悲しむこともなく、1人で去っていた。誰よりも強く、誰よりも愛に満ちた少女は自分の役目を知ってそれを成し遂げるために死地に向かっていたのだ。



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