全てを受け入れる。
「俺にとっていい話っていうのは、いい話で?」
「いい話だな。感動のあまりティッシュがすり減ってくだろうな。」
リーコンは翔を呼び出した。あまり関係が深くない2人には共通の意思がひとつある。女のことだ。
「…。美咲のことか?」
「流石だな。その通りだ。今から彼女の悲劇の物語を聞かせてやるよ。」
リーコンは感傷たっぷりに苦虫を噛み締めた顔で、古いお伽噺をするのだ。
「昔昔ある所に2人の女の子がいました。その女の子たちはとても仲が良く、2人で2人の欠点を補強し合う理想的な友人関係を作っていました。」
翔はこのお伽噺が恐ろしい終わり方をするのを危惧しているようだった。あまり良い表情ではない。
「2人は仲良く、そして、友情と愛情が入り交じったひとつの世界を作り上げ、いつまでも仲良く暮らしましたとさ…。とは、いかないんだな。この世に人間の感情がある以上は。」
リーコンは明らかに口角を上げ、嘲笑うかのように真実を語る。
「片方の女の子。お前の大好きなあの子は、バイでした。友情を愛情に変換して、likeをLoveに変換して、10年間の片思いを終わらせようと思った。」
もう聞いてられないという顔だ。この先にあるものは…。
「欺瞞と自己愛に満ちた一方通行な愛は実ることなく、その瞬間に朽ち果てた。高橋からしたら、本当の愛だったのかもしれない。だが、未来からすれば彼女は親友だ。お前は友だちに告白されたことはあるか?あろうがなかろうがこの話しの趣旨は理解できるだろう。」
ある意味予測通り、そして真実としては虚しさを覚えるようなひとつの物語。
全てが残酷な道に続いてく旅は、行き着く先は愛でも怒りでも憎しみですらない。虚しさだ。
「そんな話をすれば現実が変わるとでも?」
もはや敗者の惨めな嘆きにしか聞こえない、翔の声は心做しか力が入っていない。
「答えはお前が持っている。イリイチは生きていくために人を殺す。彼女は愛のために人を殺す。じゃあお前はどうなんだ?消していくには大きすぎる罪を重ねた彼女をこれから先守っていける自信はあるか?哀れな彼女を光の道に戻して、長い人生を一緒に過ごせる覚悟はあるか?」
沈黙。翔はおし黙る。だが、答えは1つだ。
「俺は今まで下らない人生を過ごしてきたと思う。立派な家庭に生まれて、歯切れのいい綺麗な言葉に従って、他人のことなんて自分の人生を輝かせるアクセサリーにしか思っていなかった。俺が俺自身を超えて、みんなを守る。そのためには、どんな罪だって俺が背負って歩いてく。彼女は俺が守る……!」
「完璧だ。本音で生きるというのは今のうちにしか出来ないと年寄りは言うが、それは責任を背負うという事だ。その高等で儚い思考を忘れるな。儚いものは直ぐに消えるから儚い。それを昇華して見せろ。」
リーコンは煙草を差し出す。2人は同盟を昇華させ、盟友として新しい道を切り開いていくのだろう。
「これで万事解決だ。世間知らずのお坊ちゃんにしては、よく考えているじゃあないか。なぁ大智。」
「だな。偽善だなんだと言ったって、結局はこの世に生きている以上、自己満足が全てだ。」
今回の喜劇、それのクライマックスを特等席でみるためにわざわざ4kカメラを買ったのだ。それを眺めながら、悦に浸る。
「しかしよぉ、学年1位と2位とそれ以上の猛者を手の中に入れるったて、その手網を引くリーコンの手網は誰が引くんだ?」
「番犬が欲しいなら、お前が引けばいい。」
イリイチにとってはこんなものは子供の喧嘩だ。たったの10年間の恋煩いが実らない程度で、人を殺すような餓鬼は、別に必要という訳でもない。
「それは有難いな。全員俺よりも強い。兵隊としてはこの上なく有能だ。まぁ、仲間には要らんがな。」
大智からしても、とことんあほらしいと感じているのだろう。喜劇はどこまで行っても喜劇だ。その上は、ない。
「まぁ、俺も暫く学園を空けることになりそうだからな。」
寝耳に水。という程でもないがすこし驚いた顔付きの大智。
「おいおい、何処に行こうってんだ。我が友よ。」
「東京だ。我が友よ。なに、旧友に会うだけだ。近衛部隊はいらねぇよ。」
イリイチはロシア人。ロシア生まれ。目は青く、肌は完全な白人という訳では無いが、白い。整った顔付きと、体脂肪率1桁の引き締まった身体は彼の人生を語るには十分なものだ。
「ロシアで暗殺機関にいた頃のお友達か?」
「まぁそんなものだな。もうそろそろここを出る。あいつらの監視は任せたぞ。」
大智は忘れていた。彼は恐ろしい男なのだ。ただ屑なだけではたどり着けないところまで来ている男、イリイチ。シックス・センスを操り、老若男女関係なくぶち殺しまくる死神。そんな彼のことをまるで地元の友だちの如く接していたのだ。だが…。
「あぁ、気をつけろよ。お前が死ねば、俺たちだって悲しいからな。」
それでも彼は友だちだ。死神だろうが悪魔だろうが、友だちなのだ。
「肝に銘じとくよ。じゃあまたな。」
イリイチもそんな彼のことを結構気に入っているのか、また再開する約束をするのだった。




