踊り
「災難だったな。」
イリイチは笑いながらそう言う。こちらからすれば笑い事では済まない
「笑ってる場合かよ。一触即発だったんだぞ。」
こちらは真剣だ。彼女が出来たというのに、初めてのデートは滅茶苦茶だ。笑い事ではない。
「まぁ、翔と仲良くなっとけよ。上手く立ち回れば学園の上位層の生徒を全員兵隊にできるぞ。」
それもその通りだ。イリイチと同格の化け物と学年1位2位が兵隊になれば、こちらとしても最高の道だ。あくまで最高の道だが。
「最悪の場合は俺以上に強い男と鉄の女と黒い女王がお前を付け狙うがな。そうなりゃお手上げだ。だからよく見張っておけ。彼女に余計な考えを持たせるな。今は好感度はお前に向いている。」
最悪の場合。それは鈴木翔と高橋美咲と桑原未来が敵に回る展開だ。こうなればイリイチを金で動かしてもどうすることも出来ない。
「それに、恋愛相談は大智にした方がいいかもな。やつは友だちと居る時以外は常に女と一緒にいる。顔触れはいつも違うけどな。」
なんとも羨ましい限りだ。酒池肉林とはあいつのことを言う。確かにあいつは顔もいいしモテそうではある。
「そうするよ。またなイリイチ。」
部屋から出て行ったのを確認すると、もう1回学園のネットワークに潜る。
「あらら。確かに相性最悪だ。」
学園在籍歴は共に同じ、11年目。6歳からいることになる。所謂生え抜きだ。
幼稚舎では普通の小学校と同じく週に5日授業が組まれている。出席する義務があるのだ。超能力開発は程々に、最低限の教養と最低限の礼儀を教えるのが目的。そんな幼稚舎で6年間同じクラスに所属している。
だが、この時点ではそこまで仲が悪い訳では無い。むしろ親友と行ってもいいほど仲が良い証拠が出てくる。生徒の友人まで監視している学園にも驚きだが今回重要なのはそこではない。
中等部。13歳から15歳まで所属する、中学校のようなものだ。ここで本格的に超能力開発をしていく。術式を覚えたり、特殊能力を解明したり…。この時点で彼女たちは天才的だ。ともに学年首席クラスの市場価値を叩き出している。そして血みどろの殺し合いをしたとかの記録はない。大きな事件から小さな事件まで解析したが、彼女たちの名前が乗ることと言ったら、「学園始まって以来の天才児」だとか、「市場価値最高記録を更新」とかだ。ようは問題を起こしていないのだ。
「ということは、あの子たちの問題が起きたのは…」
高等部。ここのアクセス権を手に入れるには、生徒会の幹部クラスではないと不可能だ。ハッキングしようにも頑丈な作りになっている。
ここまで来たのなら真相を知りたくもなるが、そうこうしているうちにインタホーンが鳴る。
「伊藤くん。どうしたんだ。こんな遅くに。」
「色々あってな。家上がらせてくれ。」
拒否する理由もないため部屋に入れる。伊藤は座ると大きく一息ついた。
「…何を言うかはもうわかってるな。」
「あぁ。生徒会から面倒事を擦り付けられたと。」
「悪ぃな。お前さんには迷惑をかける。」
申し訳なさそうにいう。むしろ迷惑を掛けているのはこちらだと言うのに、低姿勢である。
「そんな事言わないでよ。義経先輩も酷い人だな。仕事サボるために受験生利用するなんて。」
「義経にはいろいろと義理があるからな。あいつがいなきゃ今頃は学校をクビになってたさ。」
無能力者にも近い伊藤を庇っているのは義経であることは事実だった。3年間順位外。普通ならとっくの昔に退学になっている。
義理がある。だから返す。当たり前のことだが当たり前のことを当たり前に行うのは難しいことなのだ。
「特務生徒ってのは、ようは生徒会の連中は面が割れてるから解決できない問題も多い。それを解決するために会長命令で任命される仕事だ。」
仕事は様々だ。基本的に失踪生徒の捜索。生徒内の不和を直す。何らかの疑惑のある生徒逮捕のために証拠を挙げる。
「今回は未来ちゃん逮捕命令だ。彼氏失踪の瞬間を捉えて逮捕する。リーコンはおとりみたいなものだな。」
「だが、情報を握っている内務委員会は使用できないと。委員長閣下が色恋沙汰に浸かっているからな。」
「そういうことだ。」
伊藤は憂鬱な面持ちだった。受験に向けて勉強しなくてはならないのに、他人に構っている暇はないのだ。だからといって断れば高卒資格が消える可能性もある。どうしようもない。
「伊藤くんは受験生だから俺が中心にやるよ。リーコンは俺の友だちでもあるしな。」
「悪いな。色々と。」
逮捕。あまりいい記憶が無い。ロシアにいたときは何回も逮捕されたし、学園に入ってからも逮捕された挙句拷問までされた。
疑わしきは罰せず。疑いから確証に変えればいいのだ。そのためにはリーコンには踊ってもらわなくては困る。
「まぁ、その日が来るまでリーコンには踊ってもらおうじゃあないか。」




