2人の意思
「よォ、お前とは何回かやりあったが、こうして組むのは始めてだな。楽しみだぜ。」
「これが最初で最後かもな。」
軽い冗談を交わしながら、翔とイリイチは敵の寝床へ向かう。まるで楽しいピクニックのように。
「……来たぜ。ここがヤツら、いや、ヤツの居場所。ロシア連邦の領事館だ。もっとも、もうここも丸焦げだがな。」
瓦礫だらけな横浜が、この3日間の困難を追求するだろう。これは横浜だけの問題ではない。関東全体、それどころか日本全体で起きている問題だ。
「言い残す遺言みたいのはねェか?」
ヘラヘラと笑いながら縁起でもないことを、しかし目付きは真面目なことを翔へイリイチは聞いた。
「さァ…。強いて言うなら、親不幸になったらそれを謝りてェな。あと…。美咲をこっちに振り向かせたい。俺が死んだら亡骸にキスするように書いといてくれ。」
わざわざメモ帳を取り出すあたり、冗談の比率はそこまで高くないようだ。
「…美咲のところは冗談だ。死んだらゴメンって書いといてくれ。」
「…なんだ。陳腐な絵が見れると思ったのによ。」
弾けるような笑顔を見せる翔とイリイチは、こうして交わす会話は震えを抑えるためのものだと痛感した。
「……学園横浜に50億円で入ってからちょうど1年ぐらいか。俺も、お前も。あの時は無敵だと思ってたよ。敵が無いと思ってた。どんなに強い野郎でも暴風ひとつで吹き飛ばせると思ってた。」
イリイチの鋭い碧眼をあえて見ずに、翔は続ける。
「お前と会うまではな。イリイチ。」
ここでようやく翔はイリイチの目を見た。千両役者のように。
「世の中には俺よりも強ェ野郎が居る。そう知れてよかった。目標があれば人は進歩出来る。俺はお前と会ってから、お前を越すことだけを目標にしてきた。そんなお前と一緒に悪をぶっ叩けるのは光栄に思う。これは正真正銘の真意だと思って欲しい。イリイチ。」
少し辺りが静かになると、イリイチは言った。
「お前は俺なんざとうの昔に抜いてるさ。俺の超能力は人を助けるものなのに、俺は殺しに使っている。でもお前は殺し以外に用途の思いつかない超能力を四苦八苦しながら人助けにも活用してるだろ?正義が何かなんて興味ねェが、立派だぜ。」
ニヤッとイリイチは笑った。それに釣られた翔も失笑してしまう。何故イリイチはいつも笑みを浮かべているのだろうか。
「笑顔は麻薬だ。笑っていれば楽だが、笑いが無くなれば途端に苦しくなる。だから余計に笑う。辛い時も、苦しい時も、哀しい時も、怒れる時も。」
意思を読まれたのか、イリイチによる笑いの意味の説明が始まった。
翔は黙ってそれを聞く。
「だから笑うんだ。幸いなことに麻薬と違って身体には悪くない。マリファナよりもな。12歳から殺人稼業している俺からの有難いお言葉だ。感銘して泣くなよ?」
あまりにも下らない、しかし人生の真理を捉えたようなイリイチの言葉に、翔は笑った。
「さァ…。行こうぜ。コーバっていう悪者倒して、あるいは倒されて、クソがクソがって言うか言わせて、ジーザスって言って死ぬか死なせようぜ。今宵限りの笑いの絶えない楽しいパーティた。行こう。」
煙草の吸殻を路上に投げ捨てると、イリイチと翔は最後の闘いへ挑みに歩く。




