第六感の別れ
地獄そのものだった晴天の昼間は終わり、夜がやってきた。
「少なくとも言えることは、1人で行っても勝てる相手ではないということですな。貴方と匹敵する存在が居れば闘いにもなるでしょう。」
富田はイリイチに警告する。苦渋の選択を迫っているのだ。
「火の粉をここのもんに渡すわけには行かねェだろ。もう既に親友が死んでるんだ。桑原も死んだ。神里も。なァ?」
危ない橋を渡った時点で、自分他人を問わずに死が訪れることは理解していた。それがそのままそうなっただけだ。
「……俺は今、滅茶苦茶ムカついてんだ。未だに兵隊1人もよこさねェ日本政府にも、同盟履行しねェアメリカにも、卑怯な真似して品格を下げた母国にも、その同じ穴の狢の三下どもにもだよ。超能力者と超能力者が殺し合う分には関係ないとでも思ってんのか?関東圏だけで一般人が700万人は死んでるってのに。だがこの怒りはどこにもぶつけられねェ!だからだよ!」
怒りをイリイチが顕に見せることは珍しい。それを静めるように富田は諭す。
「…失ったものを数えられるほどに無法者ってのは賢しい存在ですか?貴方がこれまで多数の人間に対して優位に立っていた理由はただのひとつ。いつだって高笑いしながら踏み躙っていたからでしょうが。イリイチという人間から、笑いと余裕を取ったら何も残らないどころかマイナスですよ?少し前の貴方なら、必ずこの選択を下したはずです。学園横浜序列第1位、同年代なら唯一貴方の超能力に張り合える存在、鈴木翔と手を組むと。」
下を向いたイリイチは、震える手を抑えながらマルボロを取り出した。zippoで火をつけると、彼は確かにそう言った。
「……これが最後になるかもしれねェ。イリーナと若葉は今一緒に寝てるよな?ちょっと寝顔を見てくる。」
ベースキャンプの一角から立ち上がると、イリイチは歩く。その背中は悲壮感や怒りとは無縁のものだった。
「……片や腹違いの妹、片や血の繋がりはなし。でもな…。俺はコイツら守れるんなら、生き延びることを捨てたっていい。」
震えて涙を流す若葉を抱きしめるように、イリーナは寝ていた。イリイチの目頭は少し熱くなっていく。
「ダメだなァ…。最近いつも夢に出るんだ。俺には確かに家族が居た。卑しい身分、だけど性根はいい女と、それが孕んだガキがな。だから殺されたんだ…。俺みてェなクソ野郎には幸せは要らねェってな。」
目を抑え、イリイチは堪えた。まるで泣くことが許されないように。悲しむことが許されないように。
「第六感という超能力は…怒りと哀しみが抜けてしまうんだ。怒れる時は楽しくなって、哀しい時には豪快に笑い散らす。意地汚ェ人の意思を受け取りすぎて、哀しいとかムカつくとか分からなくなっていく。そういう超能力なんだ。」
自分に言い聞かせるように、イリイチの言葉の圧は強かった。
また煙草を咥え、元のベースキャンプへ戻る。そこには、先程の情動に駆られた姿はなかった。
「もしもし、翔か。……そういう事だ。分かってんじゃねェか。ここであの怪物を潰さねェと、いつまで経っても戦争は終わらない。よし。」
電話を切ってから数分としないうちに、翔は走ってやってきた。彼も終わらせる覚悟を持っている。
「怪物野郎だって人間だ。術式改竄が意味をなさねェほどに力があっても、暴風ごときじゃあ服が破けるだけでも、それだって人間だ。人の間に居るヤツだ。とどのつまり…。」
翔もまた煙草に火をつける。そうすると、机を大きく叩いた。
「お前はしょうもない作戦会議に時間かけるようなつまらねェ人間か?居場所は分かってんだろ?だったら最短で終わらすぞ。」
語尾を強めた翔の態度に、イリイチは高笑いを見せた。
300項目以内に終わらせたい…。




