"化け物"
ちょっと長めです
狼が吠える音がこだました。それは確かに、変哲の宣告を告げた。
「やべェな…。これじゃあマジの化けの物だわ。」
創成学園唯一の虚空夜叉は、正銘の化け物にたじろぎすら覚えていた。それは羅刹速疾鬼も同様だ。
「どうする?公正。なんだったら俺が突撃して…。」
「下らねェこと言うな。誰も死なねェことが一番だ。」
公正と大智は作戦を考え始めた。現状2対1であることは大したアドバンテージにはならない。先に動いたのは公正だった。
「力技でぶん殴る以外思いつかねェんだわ、俺たちバカはよ!」
黒く萎れた翼を広げると、公正は間合いを中距離程に設定し、他愛もない拳骨をクリムへ当てた。
「……ヴヴヴ…ァァァァァァ!!!」
奇怪な鳴き声は、その攻撃が通用していないことを表す。あと言う間もなく、公正は距離を縮められ、勢いよく肩を噛み付かれた。慌てた大智はクリムを蹴りで吹き飛ばす。
「……化け物め!」
肩の大半が噛みちぎられたが、公正は虚空夜叉の持つ再生能力で窮地を脱出した。
「半端な化け物型超能力者じゃあヤツには勝てねェわけかよ…。参るぜ。だったら…。」
かつてイリイチと会った射撃場で買った拳銃を公正は取り出す。銃本体も弾丸も人間には扱える代物ではない。
「人間様が食物連鎖の頂点に立つ理由はただひとつ。賢いからだ。今から文明の利器で証明してやるよ、獣野郎。」
安全装置を解除すると、公正はパーマのかかった前髪を上げた。そして、銃弾を放った。
「……!?」
「…ちィったは効いたか?効いたならもう10発ぐらいくれてやんよ。」
しかし黙って攻撃を受けるほどクリムも馬鹿ではない。1度吠えると、公正の照準制度では捉えきれないほどに高速で移動を始めた。
「待ってました!速度勝負なら…。少しだけ俺のが優位だぜ?」
今度は大智が動き出す。公正が渡した日本刀を有効活用出来る範囲に入ろうとする。
「四面楚歌だなァ!止まりゃ公正のデタラメ改造ハンドガンで傷ついて、走って逃げりゃ俺に追い詰められる!なァ?」
闘いが始まってから1時間は経過している。大智の威勢のいい言葉は、体力切れが近いことの裏返しだ。
「ここで決着つけなきゃ…。俺が終わるだけだ。」
既に元の身体を保つことも苦しい。1から鍛え上げて虚空夜叉に上り詰めた公正とは裏腹に、大智の羅刹速疾鬼は、能力のピークは虚空夜叉をも越すものの、体力の減少速度が大幅に速い。
「捉えた…。捉えたぞ!公正…。ヴッ…!」
高速展開の末、逃げ惑う人狼の背中を捉え切った所で大智は血を吐く。糸の切れた玩具のように、大智は無残な身体を晒したまま、その場へ崩壊する。
「大智!…テメェそういう事か。突撃ってのは…。お前自身を守るために最適な判断だったんだな。俺としたことが…。クソッ…。」
制限時間を大きく通り越した速疾鬼は、砂埃となって朽ちていくだけだ。大智は口を動かす。だがそれは言葉にはならない。
「……しまっ…。」
消え去る大智を唇を噛み締めながら傍観していた公正は、クリムの追撃に対応が遅れてしまった。
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獣の感というものは、知らない方がいいことすらも察知してしまう。クリムは心の底から、目の前に立つ女性らしき虚空夜叉に恐怖した。
「旧ソビエト共産党の最過激派、ボリシェヴィキ、クリムね。私の弟、三浦大智をぶち殺したのって…。あんた?」
1歩ずつ彼女はクリムとの距離間を狭くしていく。クリムはこの距離が縮まり切った瞬間に死が訪れると確信を持つ。
「あんたね。時代遅れのカビくせェ共産主義って宗教にハマって、そしたら誰も着いてきません、しかも滅茶苦茶強い超能力者になっちゃいました。だから日本で学生相手に自殺します。……ふざけるなよ。たったひとりの家族を殺しやがって…。テメェ、地獄にも天国にも行けると思ってんじゃねェよ。」
萎縮し切ったクリムには、反撃の可能性はない。
彼女はクリムの頭を斧で粉砕し、その脳髄を部下へ渡す。
「大尉、この腐った外道の脳髄は…。」
煙草、かの大智が好んでいたセブンスターへ火をつけた彼女は、冷徹に告げる。
「アァ…。一生培養液に浸けとけ。絶対に死なせねェし生かさねェ。分かったな。」
部下が敬礼し、去っていくと、彼女は優しげな表情で大智だった砂埃を眺める。
「ごめんね、大智。」
一部始終を見ていたのは公正だった。やられたことを確信し、先に倒れ込んでいて無事だったのだ。
「……貴方が大智のお姉ちゃんですか。アイツはたまに話してましたよ、俺には大好きな姉が居るって。羨ましいだろうって。」
立ち上がり、汚れを払った公正は、先程の冷徹な戦争屋と、今の愛情溢れる姉の姿が別人のように感じた。
「…そう。」
強い人だ。苦しい中も気丈に振舞っている。
「………。」
涙のひとつもあっていい場面も、公正と彼女にはあってはならない。彼らは化け物なのだから。
戦死状況
未来 核兵器を海の底へ転換させ死亡
海里 ウォーシップを自分ごと落とし死亡
大智 能力の限界を超え死亡
ヴェーチャ 全ての陽炎が優希とスバルによって溶かされ焼身
ラーリャ この世のものとは思えない翔の超能力の深淵に触れ消滅
クリム 死なないし生きてもいない




