口だけ
「……」
生徒会長室はおおきな沈黙に包まれた。義経と武蔵は面白半分で始めた「ゲーム」によって今まで無い危機に襲われていた。
まず、イリイチが情報をタレ込めば、彼らは終わりだ。無敗の男は負けることなく負けることになる。美咲だっていつ目覚めるかわからない。そして、翔という男は何をしでかすかわからない。辛うじて引き分けに持ち込んだものの、ほぼ敗北に等しかった。こんなことなら負けた方が良かったのかもしれない。
そうでなくても、学園の大半を巻き込んだ以上、イリイチによって倒されようが倒されまいが、どっちに転んだって彼らの失うものは少なく、我々が失うものは多い。
「武蔵…蛇の道は蛇だ。俺は開き直ることにする。あのロシア人と闘って、そして終わりにする。」
この問題を解決する方法はただひとつ。生徒会長を辞任することだ。苦肉の策ではあるが、責任を別の奴に負わせる。現在6000人弱の生徒数を持つ創成学園横浜校だ。成り手は幾らでもいる。
「そもそも、俺がやりたかったことはただの実力確認だったのかもな…あいつにやられて、目が覚めた気分だ。」
いつもは不遜に笑っている男は今日この場に限って、酷く鬱状態だ。結局の所、負けていいなんてことは無い。負けていいのは、自らの安全が保証される時だけだ。負けを知らない彼は負けに等しい引き分けを得たことで弱音を吐くしかない。
「そんなことを言っている場合か?ゲームはまだ終わっちゃあいない。俺たちは闘いにも闘争にも負けてはいない。あの舐めた野郎に負けてたら、貴方に負けた俺まで惨めになる。」
武蔵は元々、無敗の男だった。それが義経に負けて、1種の上下関係が出来上がり、そして彼はより強くなったのだ。
「あの腐れ外道どもの1人を攫ってくる。そいつを人質にイリイチを呼び出そう。」
「あいつらだってただ黙って攫われるのを待っている訳では無いだろう?」
「いいや、調子に乗っている奴ら程、楽なヤツらはいない。今は深夜3時だ。あの馬鹿どもは飲み会でもしているだろう。すぐ戻ってくる。」
武蔵は複雑だった。仮にも学園最強に最も近い男が、後輩に舐められ切っている。売った喧嘩を買われもせずに、ただ唾を吐かれて逃げられる。こんなにも屈辱的なことは無い。
学生寮は静かだった。大半は。生徒たちの大半が入院している以上、静かなのは当たり前だが、ひとつの部屋だけは宴会モードだった。
「まだまだいける。まだいける。」
「吐くのって癖になるよねぇ。古代ローマ人の気持ちがわかるよ。」
「全く、学園は最高だぜ!酒がもうねぇ。買いいこ。」
大智は酒がないことに気が付き、不用心にも1人で外出した。深夜3時。非常に広大な学園内の中を歩き、コンビニに行こうとする。
「1人で外出とは、不用心だな。三浦ぁ!」
「なんですかぁ?…武蔵…先輩!?」
「おうおう、そうだよ武蔵だ。中坊のときにやき入れたこと覚えてるか?今からそれのリプレイをしてやるよ!」
大智は明らかに顔から血の気が引いていた。地元1番の不良も、日本最強と名高い不良には敵いはしない。そしてそれは学園にいても…
「畜生!!」
「やっぱおめぇは弱いわ。話にならん。」
遠距離攻撃ではまるでダメージが通らない。近接のが得意とはいえ、2000人弱の学年の中で14位の彼の攻撃は決して弱い訳では無い。
「ほら、どうした?お得意のケンカ拳法見せてくれよ!」
渾身の力を込めて蹴りをしてもまるで答えちゃいない。まさにバケモン。もはや絶望にも似たジャブを放つ。
「蝶のように舞って蜂のように刺し、そして蟻のように潰される。弱いって言うのは言い訳にはならねぇ。」
恐ろしく勢いのある蹴りを顔面に直撃させる。それを喰らい綺麗に倒れていく大智。ざまぁねぇと言わんばかりに唾を吐くと、そのまま身柄を生徒会長室に持っていくのであった。
「散々イキがってくれた割にはワンパンかよ。お前は口だけだ。あのお嬢さんたちや鈴木翔の爪の垢を煎じて飲んで、少しは反省しろや。」
「おいおい、リーコンくん。大智の気配が消えたわ。ウケる。」
「面白いわぁ!まじ面白い。イリイチくん。今日笑いのセンスあるわぁ」
「HAHAHAHAHA!」
そのまま飲んでは吐き、飲んでは吐き、荒れきった夜を過ごし、大智のことをまるで心配していないのであった。




