対外情報庁
「ロシア対外情報庁、非合法諜報局。当然ながら、俺の経歴は知ってるよな?2016年12月に逮捕歴があって、そこで起訴された事件も。そしてその後極秘で銃殺が内定してたことも。そして…。」
「創成学園横浜校に匿われて、今は横浜で生活していることもな。そうだよな?アレクサンドル・イリイチ・スミノフ、これが本名だろ?」
「…それは本名のうちの1つだ。それか、ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ。無学な連中なら気が付きもしない。」
イリイチの本名。それは全く意味の無いもの。兼ねてより非合法な仕事を中心に生きてきた人間にとって、本当の本名を知られるのは致命的であり、結果的に本名をいくつか作ってあったのだ。
「そのうちの1つを把握してるだけでも大したものだと褒めて欲しいね。残虐で暴虐で悪辣な殺人鬼の名前なんざ、どうでもいいことだろ?」
「どうでもいい相手と会うためにここまでご立派なオフィスを借りたのか?母国の経済状態が心配だよ。」
招待されて連れてかれた場所は、恐らく横浜市の中心、西区のあるタワーのオフィスの一室だろう。景色は良好だ。
「対外情報庁として、国内の殺人鬼は見逃してもよかった…。だが、君は今学園横浜に所属している。そうであるから、君はウチの目に懸かった。我々が行うことは…。」
「創成所属学園に対する最終決定。ありとあらゆる情報と科学を奪って破滅させろ。荒唐無稽で滑稽な計画だ。だが、これにはロシア政府が身も蓋もなく関与している。役人のお前らはそれに従わざるを得ない。」
役人は乾いた苦笑いを見せた。秘密厳守の仕事なのに、互いで互いを探りあっている。とてもまともな関係とは思えない。
「そういう事だ。既に学園横浜にはこちら側の教員を潜り込ませている。本来は本校に所属させる予定だったが…。本校はとある生徒によって壊滅的被害を受け、実質的に横浜が本校の地位をかっさらった。だろ?」
「正解。そして今、学園横浜を狙うのは理事長が決定していないから、だろ。前理事長には異様な求心力があった。でも今となればそれも終わり。泥沼の闘争に便乗して、学園横浜を乗っ取り、情報と科学をロシアに送り、適当な理由を付けて日本破滅作戦でもやるんだろ?なァ?」
余裕のある口調ではあったが、イリイチは内心焦りを見せていた。司法取引を想像以上に洗われたことと、イリイチの安全を保障するイリーナの存在を知っている可能性が極めて高いこと。どちらも焦るには十分なことである。
「…とにかく、コイツを勝たせろ。狂気の椅子取りゲームにな。イヴァン・コーネフ。モンゴル系統の血が強いロシア人だ。準備は任せる、予算も出せる限り出そう。だからプロの仕事とやらを見せてくれ。アーリャ。」
「次、本名と関連したこと呟いたらその少ねェ髪の毛全部引きちぎるからな?」
馬鹿にするニュアンスで頭を傾げる役人を尻目に、イリイチは自宅へ帰るのだった。




