翼
「……学園横浜がどうせ主導なんだろ?ヤツらからまだ貰ってない報酬が丁度20億円ぐらいだ。それを当てさせる。」
重苦しい口調ながら、然しものイリイチも覚悟を決めた。煙草を灰皿に押し付けると、また同じことを始める。その触れることの出来ない表情と雰囲気に、大智はただ押し黙るしかない。
「なに黙ってんだ?利子は取らねェし、返すのだっていつでもいい。なんならその金はあげてもいい。地獄に金は持ってけねェからな?さァ…どうする。三浦大智?」
深い泥沼に埋もれていくような気持ちだった。イリイチの喋り口は大智にとって有利なことだらけだと言うのに、まるで追い詰めるように、黄を帯びているように見える碧眼が大智を眺め続ける。
「友好からの言葉として受け取っておこう。金は借りる。施術は今すぐにでも受ける。ん、リーコンと今から会うよ。悪ィな。」
「……アァ。気をつけて。」
大智を見送ると、イリイチは糸が切れたようにソファに座り、そのまま動かなくなった。空虚を1点にして見つめている。
「…旦那。彼が過大な超能力に耐えられるとは思えませんけどね。」
執事は、黙って彼らの決定を聞いていた。彼が出した結論もやはりイリイチと同様のものであった。
「羅刹速疾鬼。カタログスペックだけを見れば魅力以外に何も詰まっていない。飛行能力に単純な肉体能力の強化、何百度という熱量を持った放射線による遠距離攻撃。私も超能力者の端くれとして虚空夜叉の恐ろしさと強さは理解しておりますが、それをも凌駕しています。そして何よりの特徴は、夜叉になるにはある程度の才能が必要ですが、これは強引な施術のみで力を120%と引き出せる|こと。そしてそれに引き換えられる程のデメリットも…。」
「アァ…。そうだな。そうだ。」
いつもの狂喜乱舞な高笑いではなく、もの悲しいだけの乾いた笑い声を出しながら、イリイチは嘆き続ける。
「結局…。俺は何も守れない。大智が強くならなくてはいけないと思わせてしまった時点で、俺はまた負けた。弱々しい意思と身体を抱えて、誰かに庇護して貰ってでも生きてやるって思わせられなかった時点で負け。皆が嫌う鬼子の俺を助けるために走り回ったアイツだけは、絶対に守り切ってやろうと思ってたんだがなァ…。笑えよ。哀れなロバを。」
人格破綻者には人格破綻者なりの美学がある。彼、イリイチにとって特別な人間の内、1人は彼から離れていくのだろう。
「…ロバになるには遅すぎます。貴方にはまだお嬢様、イリーナが居る。」
執事が腕を指す先には、未来が示されるのだった。
彼の場合とこっちは隔日更新になると思われます。僕は無職で暇なので。




