日常
「仕事がないと何もやることがない。俺は社畜のようだな。」
これ以上なにを望めばいいのだろうか。長い人生ではなかった。少なくともストリッパーに金をばらまくことや、オートマチック限定なのにスーパーカーを集めるだとか、未だに噎せ返る葉巻を咥えることだったり、船酔いを起こすというのに巨大クルーザーを所有していることも、運転手を雇ったことがない自家用ジェットを倉庫に寝かしてあることも、イリイチにとって金というものは限りなく無駄に使うことであり、教養のない野蛮な成金としての彼は、今こうしてプールサイドにて酒を浴びている。
「やっぱ義務教育ぐらいは受けておきたかったな…。全く。」
親心と言うものなのだろうか。あの時東京に居なければ、いや、そもそも日本に来なければ、それならばあの時死んでおけば。自問自答は止まらない。今まで1人で生きてきて、ようやく掴みとった生きる意味を刈り取られ、暴れ果てて死んでやることに僅かな躊躇を覚えれば、更に生きる意味が生まれてしまった。生き延びるという言葉は、彼の哲学の中には逃げの言葉にしか思えない。
人は死ねばゴミ。意思の塊としての人間であるからこそ、意思が消滅してしまえばタンパク質の塊として燃えるゴミとなる。第六感は人の意思を集めるための媒体に過ぎない。その媒体に宿るイリイチの意思に微かな歪みが生まれてしまえば、彼は自分の意思を無くしてしまう。老若男女問わずに平等的な死を与え続けてきた彼が、皮肉なことにたった1人の少女に
生殺与奪を握り止められている。少女の第六感がイリイチという鬼子を現世に繋ぎ止めているのだ。
「どうしたの?張り詰めたような顔してさ。」
あまり表情筋を使うことのない少女のあとげない顔は、その顔に見合うだけの綺麗な声で話しかける。
「あァ。まァ色々考えててな。学校終わったのか?」
「さっきね。今から遊びに行ってくる。」
完全に網羅しきれていないものの、イリーナの半生こそ波乱に満ち溢れたものだ。それでも、同学年に友だちが出来ることは好ましいことである。親のような気分になってしまう。
「気をつけてな。」
生き延びている理由にして、生き延びる理由である少女のために、イリイチはあと少しだけでも生き延び続けなくてはならない。いつかの日か死ぬのに値する物事が起きるまで、彼の七転八倒は続いていく。
「旦那。学園横浜から通達です。2日後、生徒会本部に招集命令がかかっております。」
「詳細を見せてくれ。」
富田から渡された「国立指定学園横浜校 総長」による「強制召集命令」は、たとえイリイチや翔という強者も無視することは出来ない。
「強制権の強い命令です。生徒会による招集は有名無実となっており、無視した所で実害もないですが…。」
「この命令を、拒否、あるいは黙殺した場合は…。ったくよ。テメェらのケツぐらいテメェらで拭けよな。」
頭をかなり掻きむしると、どうにもならない問題はどうにかなるしかないと、最短解決策を考え込むのだった。




