焼き
泣き止んだ若葉が目にしたものは、鬼のようにかかってくる電話であった。
「イリイチ先輩 080-xxxx-xxxx」
これまで修羅場を乗り越えて、少なくとも中等部という狭い世界においては恐ろしいものはないと自負していた若葉が思ったことは「情けない」という感情であった。そんな彼が経験した舞台の主人公であるイリイチに対して、このような問題を回すことには申し訳ない気持ちにもなる。
「…はい。もしもし、若葉です。実は…。」
ただ、イリイチと大智の名前を騙って、薬物らしきものを取り引きしていることは許し難いことではある。彼は彼らの過去を知らない。知らないからこそまるでヒーローのように思っていた。ヒーローの品位を下げられるのは、とてもではないが、許すことは出来ない。
「いや、言わなくても分かるぜ。お前さっきボコられたろ?何故知ってるって?シックス・センスは便利だからな。んで、俺の、いや、俺たちの可愛い後輩に手を出したアホどもを今からぶっ飛ばしにいくからよ。その報告だ。じゃな。」
一方的に話されて、一方的に結果が決まり、一方的に電話を切られた。自分のために報復するよりも遥かに大事な問題があると言うのに。
「っくそ…。情けねェよ…。」
子どもとして守られるだけの自分が悔しくて仕方がない。
「……。」
せめて他の人には意地を張ってやろう。そう思い、腫れた顔を見られないようにマスクを付けて、校舎を後にしたのだった。
「でさァ、君らこの子に覚えあるべ?」
若葉の顔写真を見せ、中等部の不良の集まりに、特別ゲストが参入したことと同時に彼らの答えがどうであれ、あまり楽しいことにはならないことも告げるようだった。
「知らないです…。僕たち関係ないです…。」
少しでも目を逸らせば、あと少しで唇が触れる距離まで顔をつめられ、先程まで短い旅をしていた彼の表情から浮いたものが消え失せる。
「なにフカシてんの?俺らそんなバカに見える?ねェ?」
「はは。そこら辺にしとけよ大智。もう半泣きじゃあねェか。」
薄い笑いを浮かべながら、どこか遠くを見つめ、そして当然目は笑っていない。一回りは背丈が上である白人の異質な雰囲気に威圧されるようだ。
「…ま、12歳の子どもを寄って集ってぶん殴ったのはよくねェか。大智、お前はどう思うよ?やっぱここで詰めとくべきか?」
「詰めるべきだな。真面目に不良やれねェクズにはちょっと痛い目見てもらわねェな?」
不良の社会は徹底的な縦社会である。先輩に目をつけられてしまえば最後、地元での地位は破綻してしまう。彼らの地元の中にて、最も恐ろしい先輩に数えられる大智は、その法に従い2年3年と離れた後輩に暴行を加えるのだった。
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例
「明日遊びに行こうぜ、イリイチ。」←セリフ
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