騙り
「まいど。」
辺りをはばかるような低い声は当人と彼以外誰にも聞こえない。人の流動が激しい学園横浜中等部校舎、そのうちの1つ、更に滅多に人が通ることの無い場所。引き渡された煙草の箱、それ付けられた値段を鑑みるに、中学生がコンビニで年齢確認をされたからと他人から買っただけでは済まされない。
「いやァ、あの三浦先輩とイリイチさんが背後に着いてるってなれば安心だな。」
三浦大智、横浜市中区の不良たちの中だとかなりの有名人、不良の総本山と名高い木中のトップスター。その悪名は、3学年離れた彼らにも轟いていた。彼の名前、そしてこの学園横浜1番の有名人にして最高クラスの超能力者、イリイチの名前が出てしまえば物事は円滑に進んでいく。
「……?」
ただし、それは中等部、その中でもあまり素行の宜しくない者の中限定の話である。イリイチと大智をよく知る中等部1学年生徒は、たまたま聞いた言葉をそのままそっくり電話で伝えようとする。
「あ?なんだテメェ?」
中学生にとって、あまり穏やかではない先輩に目をつけられることよりも恐ろしいことはない。少し見入ってしまったのが運の尽きだ。
「え、なんでもないですよ。」
「なんでもねェってことはねェだろ?なにお前?そんなに詰められたいの?」
会話のキャッチボールが全く出来ていない。典型的な禁断症状の前には、然しものプロスペクト第1位も恐怖を覚える。
「…いやです。」
「は?なんだお前。生意気なガキだな。」
肩で風を切るような歩き方で詰め寄られると、顔面に加わる衝撃と共に鼻血を垂らす。倒れ込んだ若葉を容赦のない暴力の連鎖が襲いかかる。
「おいおい…。辞めとけって。中一だぞ?」
「うるせェよ!ムカつく目付きしやがってよォ!」
先程煙草の箱を1万円札と引き換えに渡した彼の制止を、気にも留めずに永延と顔近辺を蹴り続ける。やがて若葉が涙目になり、それを見てより制止に入る。ようやく暴行は止まった。
「ほら!けぇんぞ!」
「…おい、顔覚えたからな。次会った時にその生意気な面ぶら下げたら…。」
若葉の身体を軽々と持ち上げ、そのまま投げ捨てるように壁に叩きつける。もはや泣き声も出ないような、痛みにもがき苦しむような、そんな態度となる。
「マジで殺すわ。マジで!」
「いいから!はよ行くぞ!チクられたら面倒なんだからよ!」
興奮気味の不良を押すように、その場から2人は去った。夕日が綺麗に輝き、中等部校舎を綺麗に照らしている。身長160cmとない、小学生と思われても仕方ないような若葉のすすり泣く声はしばし続くのだった。




