Get Up
「起きろアホども。」
前日十時から始まった酒池肉林は、結果的に13時まで続いた。富田とイリイチが手分けして行った片付けに若葉が参入したことに感動を覚えたが、それを無視して眠り続ける「大人たち」には呆れを隠しきれない。
「…あと5分…。」
「それもう10回は言ったぞ。寝るんなら一旦家に帰れ。」
嫌味が効きそうにもない状況だ。学園横浜まで歩いて5分ほどの立地にタクシーを呼ぶのは癪ではあるが、この際追い出すのが先行だ。
「…酒臭ェ。ったくよ。」
半ば担ぎ上げる形で、車内に3人を入れる。二日酔いが蘇って車の中に戻されては堪らない。そういう意味合いがある1万円札を運転手に渡すと、途端に輝く笑顔を見せてくれた。
「超能力者収容キャンプこと学園横浜まで送ってやって下さい。着いたら正門の前にほおり投げて貰って構わないです。」
学園横浜、というワードを出すと誰も彼もが眉を顰める。それでも730円が1万円になるのは魅力的であるのは否むことは出来ない。やはりいい笑顔で快諾してくれた。
マイメンを追い出すと、若葉は登校したがイリーナはそもそも起きていないことに気がつく。2階にある少女の部屋、まだ家具もあまり充実していない、そんな子ども部屋に向かおうとする。
「お嬢様は寝ているようで。」
「学校があるんじゃあないのか。まぁいいや。」
妹の生活状態をまるで把握していないことに、少し気を持つ必要がある。ようやく一通りの飲み会にピリオドを打てた。
「んじゃ、パソコンの前で金を生み出すか。」
ロシアにて、表寄りの口座に入っていた金額はおよそ100億ルーブル。リスク分散のために信用性の高い通貨、ドル、ユーロ、円、その合計が2億ドルほど。逮捕の時点で政府が認識していた口座は全て凍結されたため、本来なら日本に入国して学園横浜に入学した時には、契約金50億円を除けば1文無しのはずであった。
しかし、イリイチの所属していた殺し屋の郎党、そのボスが積み立てていた隠し預金を生き残りであるイリイチとジダーノフ、そして死亡した者の家族に分配され、配分金額は日本円で200億円。本来なら一生働く必要のない金額を手にしていたのだ。
「脳の手術、特に脳細胞を増やしてかつての応力を取り戻す施術でかかった金は25億円。最新技術だ。ぼったくりではないがな。」
「現在、総資産は底を着きつつあります。サラリーマン3人ほどまでに。さて、どうして増やすおつもりで?」
「これだ。投資だ。」
地球の裏側に住んでいる人の意思すら解析でき、負荷は掛るが未来予知も可能なシックス・センス使いには、1日の投資で資産を10倍以上にするのは雑作もないことである。大半の人間が目にすることないであろう大金を、マウス1つで動かす。手汗が止まらないような状態も、確実に勝てるのなら、呑気に煙草を飲みながら淡々と眺めるだけだ。
「投資は専門外だからやろうと思わなかったが…。今となれば俺の人生は俺だけのものじゃあない。あの子には真っ当な道を歩んで欲しいからな…。」
イリイチが行ったことは、内部者取引程度の騒ぎではない。未来を読んで勝てる方向に金を入れる。仕手による不穏な動きが分かれば、その場で引き上げる。極めて簡単なことだ。
「ぬるいぜ。」
第1級殺人で起訴され続ければ刑務所の中で一生を終えるような、汚れた両手は、いつの時でも金に対しては誠実であった。




