購入
「さて…。護衛と言えば、まァ要人の身の回りを守ることが仕事ではある。が、俺が求めているのは、厳密に言えば護衛だけじゃあないんだ。イギリスで言うバトラー、執事を兼務して欲しいんだな。その分の報酬は弾む。」
「それは構いませんが…それなら家が必要でしょう。私が見る限りイリーナお嬢様は…少しお転婆なようだ。旦那様が見守るためにも、この学園横浜から強請るか、自腹を切ってお買いになるか…。」
元々考えていたことではあったのだ。身一つで学園横浜に入った時には、死刑になるよりかは断然楽な道に入っただけであり、今となれば、そもそも学園横浜に在籍する意味も薄れている。籍を置かない限りは、また死刑囚に逆戻りとなれば自主退学するつもりもないが、それなりに離れた距離にある寮に住んでいる妹を監視するのも限界であった。
「そうだな…。だがよ…。実を言うと俺らは極秘で入国している不法滞在者なんだわ。家を買うにも、そこをつつかれれば終わり。車も買えねェし、ぶっちゃけ生活必需品と消耗品以外この国に入ってから買ったことはないんだわ。」
「なら私の登記で家を買ってしまいましょうか?この程度の軽犯罪でかのイリイチ様が尻込みしては名折れです。」
思った以上に有能な男だ。イリイチの抱えている犯罪履歴をある程度調べあげていて、その上で彼の心臓部を護る役目を買って出たのだ。当たり前と言えば当たり前かもしれない。
「頼めるなら頼むわ。欲しい家自体はもう目星を付けてる。あとは即金で支払うだけだ。あと、ついでに…。」
裏社会に生きている住民のはしぐれであるからには、成金じみた金使いを覚えているものだ。免許を持ってすら居ないのに、スーパーカーが何になるというのだろうか。
「一気に買っちまおうか…。アメリカ大統領が乗るようなリムジンもな。」
「なるほど。しかし、これでは金の問題が見えるのでは?」
「ま、そこら辺も吟味してある。そのうち仕事を頼むかもしれねェ。」
言葉のひとつひとつに深い意味のような何かがある、悪巧みを考える面持ちに乗っかるような富田の表情。その暗黒面は、少女の50時間ぶりの起床により一時だけ消え失せる。
「起きたか…。イリーナ、この人が今後俺たちの世話をする。直感で気に入らないなら変えさせるが…。どうだ?」
少し勘ぐった表情のイリーナは、意思と表情が全く矛盾していない富田のことを危険には感じていないようだ。そして静かに頷くのだった。
「よし…。イリーナ、お前の部屋は少し汚すぎる。当分俺の部屋に住むぞ。富田さん、いや、T、夢のマイホームはいつ頃手に入る?」
「即金を入れれば1週間以内に行けますな。横浜の僻地とはいえ、これだけの広さだと土地代込みで20億円を越えますが…。いかがで?」
「行ってしまおう。諸経費込みにしても、50億円ありゃ足りるはずだ。」
ひと仕事成し遂げたような気分だ。シワ1つない新品のマルボロ・ソフトの包装を解き、煙草を咥える。その瞬間に火をつけられれば、世の中無茶振りと思ったことも振ってみるものだ、と教訓の1つとなるのだった。
 




