状況開始
学園横浜の広大な敷地の地下1階。あたり1面が白に覆い尽くされている超能力者の超能力開発のための近未来的な実験室に、超能力者開発指数段階4に指定された大物が2人現れた。
「凄いだろ?横浜市西区、みなとみらいを中心とした大都市を描写しているんだ。さらに言えば…。」
科学班の努力は意味の無い方向に向かっているようだった。本来なら50Mほどの広さしかないこの無機質な部屋は、謎のメカニズムによって、縦深性を大きく保有している。段階4の超能力者が模擬訓練という形式とは言え闘うのだから、これぐらいの大掛かりな舞台装置は必要不可欠である。
「頑丈性も強く、西区を完全に再現している。どんどん動き回って闘ってもらって構わない。」
模擬戦闘訓練、舞台は再現横浜市西区みなとみらい中央、人間のCGはなし。制限時間は30分。
「こちらは準備万全だ。あちらさんは?」
久々という訳でもないが、こういう形で行われる戦闘経験のないイリイチは、少し感情の昂りを見せている。シックス・センスの補正を済ませ、名残惜しくもなりそうなこの訓練を最短で終わらせる構えだ。
「万全よ!」
時刻は18時30分。アナウンスの予告と同時に戦闘開始だ。
「状況を開始せよ。」
被験者の情報収集のため、科学班は動き出す。優希の冷気量自在は探求がある程度進んではいるが、イリイチのシックス・センスはお世辞にも進んでいるとは言い難い。その意味合いが強かった。
しばし無言で対峙が進んでいく。未来予知が示す未来は、制限時間付きの超能力に焦る必要が無いことを告げてくれる。中程の距離感から優希による冷気量変換により地面の1部は凍土と化す。その勢いのままにイリイチを捉えようと凍土範囲は広がっていくが、それを踏みにじるような冷ややかな笑みを浮かべた彼による優希の意思改竄は、凍土状態を停止させる。
「地面を凍らせて俺ごとアイスにしようとしたのか?怖いこと考えるじゃない?」
見透かされていたことに対する屈辱感と怒りが優希を襲う。冷気量の最深、-273℃、イリイチの脳はおろか、原子すらも停止させる勢いで暴走を始める。それを黙って眺めているほど剣呑ではないイリイチは、より一層嫌味な笑顔を浮かべ、脳内の計算速度を速める。
「絶対零度なんて起こしたらお前も死ぬぞ?」
「いいや!私は死なない。今私が行っている冷気量変換は貴方の原子限定で起きている。絶対零度によって貴方の原子は停止して、本来ならそのまま死に至る。ま、今回は訓練だからそんなことには陥らないけどね!」
段階4の超能力者というのは誰も彼もが化け物じみてて恐ろしい。訓練だと前置きすれば絶対零度を起こしてもいいと考える思考も恐ろしい。時間制限的にも、もうシックス・センス作用時間は30秒とない。冷気量変換が優希に向かい始め、イリイチの手のひらで踊らされていた彼女は、最後の最後になってその現実に気がつく。
「ま、まさか!」
「絶対零度を俺にぶつける術式を俺とお前を変えてそのまま返した…。残り5秒…。じゃあな。」
いくら極寒の国生まれとはいえ、-273℃の世界を臨床経験するのは堪らない。彼女の性格上、かなり早い段階で最上級攻撃を仕掛けてくるのが分かった上で、イリイチは勝負を受けたのだ。個人単位で冷気量を自在に変換できる超能力者という不条理の極みは、それすらも自らのものにしてしまう狂気の超能力、第六感には適わないという無意味な結論が出たのだ。
冷凍停止を起こし、もの1つ言うことの無いタンパク質の塊と化した彼女を確認し、勝負はわずか3分で着いたのであった。
かませ犬…




