御しやすい
できる限り手間をかけずに自分の名前を売るにはどうすればいいのだろうか。答えは簡単だ。既に名前の売れているものに関わればいい。では超能力者学園においてそれはどういう意味を成すのか。それも簡単だ。
「シックス・センス、イリイチ。学園横浜序列第2位にして対本校戦争の英雄。こいつを倒して武功を挙げれば…。実質学園横浜ナンバーワンだ。」
ロシアからの超能力者の名前は大きく売れたものだ。超能力者開発指数がそれを補強し、本校の化け物たちを圧倒したという噂が彼の実力を確定させた。そんな美味しい存在に目をつけた超能力者は少なからず存在した。
「そういうことよ!あの生徒会会長なんて目じゃない!私が1番になるのよ!」
発奮を起こしながら武功を挙げようとする女子が1人いた。学園横浜PKDI段階4としてイリイチと並ぶ存在の1人でもある彼女の自信は、どうも過剰なものがあった。自信過剰は超能力者として正常なものではあるが。
機会は脈絡もなくやってくる。喫煙所にて暇そうに煙草を吸っている金髪の白人は学園横浜には1人しか居ない。イリイチだ。
「失礼、貴方がイリイチさんですか?」
「あぁ、そうですよ。何か用でも?」
他人を押し寄せない威圧感からは想像もつかない程度には柔らかい物腰で応対してくる。彼女のお供くんが彼女を連れてくると、話を始めるのだった。
「あんたがイリイチね?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るのが筋ってものだろうが。舐めてんの?」
イリイチの低い脅しじみた声質に、然しもの彼女も恐怖を覚える。どうせ面倒なことを言ってくるのだろうというイリイチの推測は不運なことに的中した。
「な、名乗ればいいんでしょ?学園横浜PKDI:段階4の山下優希よ。早速だけど私と闘いましょう。」
「断る。メリットがない。んなアホなこと言ってねェで勉強でもしてろ。」
一言でお断りされた優希はめげることなく、目の前にいる名誉を口説こうとしている。
「そんなこと言っていいの?腰抜けって宣伝されるわよ?」
「そちらさんこそ本校との闘いにまるで参加しなかった敗北主義者だと喧伝されるぞ?」
「そ、それにはわけがあって…。」
「じゃあこっちにもわけがあります。」
呆れ返ったイリイチはまた煙草に火をつける。今までの敵性超能力者と違い、彼女の場合理由がない。身の程を弁えない人間と話すほど不愉快なこともない。
「い、いいから!ほら、あの子どもたちがどうなってもいいの?」
「へぇ…。そういうこと言っちゃうんだ。」
口から出任せとして出た言葉は、イリイチを怒らせるには完璧なものであった。当然ながら彼女やそのシンパがイリーナと若葉を拘束するだけの力も準備もない。たまたま地雷を踏んでしまった彼女は、目的通りにイリイチとの対決を臨むことが出来たのだ。
「目を醒ましてやるよ…。いつどこでやるんだ?」
男だろうと女だろうと子どもだろうと老人だろうと関係なく殺戮をこなしてきた彼に、今更女だから許されるという倫理観は通用しない。冷たい碧眼が彼女を震えさせると、同時にここが後戻りできる最後の道でもあるとわかりやすく警告を発信する。
「…学園横浜所持の超能力者が対戦する地下室がある。そこに今日の18時に待っているわ。」
優希はもはや意地であった。震えを抑えながら、百戦錬磨の超能力者に対して取り消し不可能な啖呵を切ってしまった。
「ちゃんと約束は守れよ?」
威風堂々と去っていくロシア人は、若葉のような例外を除けば超能力者というものは御しやすいものだ、と嘲罵するような笑みを見せた。




