欠陥クラス―4
始業式では全校生徒が体育館内に集まる。生徒数の多い学校であり、バスケットコートが三面ほどある広い体育館に、詰め込まれた生徒たちが一つの塊みたくうようよと蠢いているようだった。
一年、二年、三年の順でステージから離れている。三学年の一番端っこに三人だけの列があり、そこにはさっきまで同じ教室にいたクラスメイトが並んでいた。迷いなくそこへ歩いていく白崎に続き、俺もその列へ並んだ。
まだ始まっていないのか、生徒たちの小さな話し声が大きなざわめきへと昇華している。目を閉じていても聞こえてくる大音量が俺には雑音にしか聞こえなくて嫌いだ。
「おい、『欠陥クラス』の人数、なんか増えてね?」
雑音に混じるはっきりとした声が聞こえてきた。なるべく耳に入ってこないようにと目を閉じてみる。
「あいつだよ。黒屋だ。喧嘩でしょっちゅう問題起こしてた」
「あーそうだ。あいつも欠陥クラス入りしたのか。でもまあ三年になってようやくってところじゃないか?」
「そうだよな。誰とも喋んないし喋りかけようとも近寄んなオーラ半端ねぇし。怖いっていうかあぶねぇ奴だよ、あいつは」
誰かは知らんが、ヒソヒソ話は本人に聞こえないようにしてもらいたいね。
高校に入ってからあまり人と関わらなかった俺にとってこういう陰口は初めてではない。それに喧嘩で問題を起こしていたのも、クラスメイトと関わらないようにしていたのも事実だ。
クラスでは誰とも喋らない――ただ静観しているだけの人間。
本当に何もしていないと普通の奴らからはおかしい人間だと思われ、学校と言う組織に馴染めない異質な人間であると認識される。
他人の人生を邪魔しないようにって、出しゃばんないようにしてるだけなんだがなぁ。
「なんか黒屋が入っただけで層が厚くなった感じしねぇ?」
「確かにな。元々欠陥クラスなんて頭おかしい連中しかいないイメージだが、また違うジャンルが増えたっていうかな」
好き放題言いやがるなこいつら……こういうのは無視するのが一番いいんだが。他の奴らにも聞こえてんじゃないのか?
前の様子を見てみると、白崎はその前の黄地の背中をじっと見つめており(なんかついてんのか?)、黄地はチラチラと辺りを見回しながら顔をニヤけさせており(何が見えてんだ?)、その前の青野は退屈そうに俯いている(しかし見た目が派手)。
一番前にいるステージの方を見据えたまま微動だにしていない赤石が大分浮いて見える。傍から見たらヤバい連中に映ってしまうのかもしれない。
しかしまあ、俺もその中の一人に入っちまったんだよなぁ……。
男子同士のヒソヒソ話はまだ続いていた。
「暴力生徒会長、赤石護――まさかあのクソ真面目な奴があんな事件起こすとはな」
「でも俺一年の時あいつと同じクラスだったんだけどよ、取り決めを守らない奴は絶対に許さねぇって感じの性格でさ、そのストイックさに結構ビビってる奴もいたらしい」
「やっぱあの事件もその性格が原因か。ホントたがが外れた奴って何するかわかんねぇもんだよな」
赤石の起こした事件は周知の事実だ。三年ならば知らない奴の方が少ないだろう。
まあ俺にはあまり関係のない話だ。
「青野は、よくわからんな。なんであのクラスいんの? てか、いつからいんの?」
「さぁな、俺も知らん。女子の方が詳しいんじゃね? 一年の頃なんかはクラスの中心人物で女子をまとめてたって感じだったらしいが。今だって、いかにもそういう事しそうな身なりしてるし」
「凄惨ないじめでも引き起こしたか。あいつら頭おかしい連中だしな」
「そうだろうな」
青野っつーのは……あの金髪だろうな。見た目からして一番問題起こしそうな奴ではある。俺だってさっきしょうもない小言を言われたばかりだ。それにあいつらの言う通り、性格悪そうだしな。
やはり特進科の生徒は普通科の生徒から見てかなり印象が悪いみたいだ。
「黄地は、もう見たまんまだよな。何をそんなニヤついてんのか、はっきり言って気持ち悪い」
「ああ。この学校に入ってきた時からあんな感じらしいぞ。逆によくあの状態で三年まで上がれてこれたよな。ある意味あいつは有名だよ」
「一体何がそんなに面白いんだ?」
「さあ? それがわかれば多少は周りに理解されるかも知れないけどな」
王子? おうじと言っていたがどんな漢字を使うのか。いや、それはどうでもいい。ていうか入学した当初からあんなニヤニヤしてたのかよ。そりゃ友達もできねぇわな。
「あと……あいつ誰だっけ? あのちっこいの」
「えーっと、いや見た事はあるんだよ。だけど名前すらわかんねぇ」
ちっこいの、ってのはつまり白崎か。俺もさっきまであいつの存在すら知らなかったし、特に問題を起こしたり奇行の目立つ行動をしているというわけでもないようだ。
「全然どんな奴かわかんねぇんだけどさ、見ててなんつーか……人間っぽくないよな」
「ああ。髪も白いし、さっきからピクリとも動いてないし、まるで――」
俺は閉じていた目を見開いた。視界の感覚が蘇って、ほんの少しだけ聞こえてくるざわめきが小さくなったような気がした。
体育館に反響するざわめきはまだ収まっていないが、それを押しのけるかのように男子の言葉は俺の耳に飛び込んできた。
「機械人形――みたいだよな」
『はい、それではみなさまお静かに。これから始業式を始めさせて頂きたいと思います』
ざわめきを両断するマイクからのはっきりとした声に体育館は静まり返った。それからは淡々とした進行役の声が体育館を支配し続ける。
機械人形……か、なるほど。コソコソと人の性格をとやかく言うのは気に食わんが、言い得て妙ではある。
まずパッと一目見て人間らしさが白崎にはないし、さっき会話した時にも感じたが、反応も淡白であれば、人に答えを教えて貰わなければ自分では決して辿り着かないような思考回路をしているようだ。普通であろうと他の人間と同じような行動をしようとしてはいるものの、行動も機械的であれば思考も機械的で、人に――厳密には学校に操られている人形だ。
改めて毛色の違う前の四人を見ると、この俺を含めた五人の塊が他の大多数からはみ出した異常者の集まりなのだと実感する。
俺はもうこの学校じゃ、普通には戻れないのかもな。
特に悲観的になる事もなく、校長の「我が校の生徒らしい立ち振る舞いを――」とかなんとか言っているわけのわからない話を退屈に聞き流した。