欠陥クラス―2
微かに開けられた窓からは春の陽気が流れ込んでいた。風の生温さを感じながら扉の前で教室を見渡すと、普通科の教室と同じように並べられた机に、四人の生徒がまばらに座っていた。
教壇に近い一列目の席に、眼鏡を掛けたインテリ系男子。
窓際の一列目に、ニヤニヤとこちらを見て笑っている女子。
同じく窓際の最後列に、金髪でいかにもギャルっぽそうな女子。
そして廊下側の最後列から一つ前の席に、大人しそうな背の小さい女子。
四人、俺を含めて五人――ひと学年で数えるとこんなもんか。
ここにいる全員が異質であると認められ、普通から切り離された生徒。一目見ておかしいと感じた奴は、俺を見てニヤついている女くらいだろうか? 他は普通の教室でよく見かけそう……ではなくともいそうではある容姿、佇まいだ。
その中で俺が知っている人物が一人だけいた。
「赤石、おまえ最近見かけねぇとは思ってたが、まさかこんな所にいるとはな」
何かの教科書に視線を落としていたその人物、赤石護は狐のようなつり目でこちらを見て自分の黒ぶち眼鏡を中指で押し上げた。
「黒屋星治……おまえもこちら側に来るとはな。しかし、別に意外でもないか」
冷めた目で俺を一瞥すると、興味なさげにまた教科書へと視線を戻す。
赤石護――一年時には生徒会に入り、二年生時には選挙で生徒会長に選ばれた秀才だ。俺が一年の時同じクラスで委員長も務めており、ふざけた言動をする生徒がいれば迷いなく注意する規律に厳しい奴だった。たまに授業をふけていた俺も、赤石から直々説教じみた小言を言われていた。
赤石が異質と見なされた理由は俺でも何となくわかる。と言うより、三学年の生徒であればここにいる赤石を見て「ああ、やっぱりか」と言うに違いない。
おそらくあの――暴力事件での贖罪なのだろう。
まあ、俺もこいつには興味ないし、別に大した会話をする必要性も感じない。
後の三人は……この学校で女との絡みなんて記憶にない。俺の安穏を邪魔してきそうなのは見た目からしてあの金髪くらいだろうが、所詮は女だ。
「あなたたち知り合いなの? 今日から同じクラスメイトだから仲良くしてくださいね」
俺と赤石の顔を交互に見て、阪無は嬉しそうに笑っていた。
「さて、あなたたちも三年生になったので改めて自己紹介をしましょうか。新しい仲間も増えた事だし。それじゃ丁度立っている黒屋君。まず自己紹介お願いね」
「は? 急に?」
「さっき言ったじゃないのよ。というかあなただけは自己紹介しとかないと、名前知らない子もいるでしょ?」
「別に知らなくてもいいんじゃないっすかね? どうせろくに会話なんてしないだろうし」
そう言って教室を見渡したが、赤石とギャルは俺に興味がない様子である。さっきからニヤついている女子とは目線も合わせたくない。
廊下側の後列に座っている女子の目は俺の方を向いていた。
無表情な顔に透き通るような無垢な瞳。ショートカットの白い髪も含めて不思議な奴だと一目見て感じた。何を考えているかもわからない、もしかしたら何も考えちゃいないのかもしれない。ただこの湿気た教室の中で、視線を外さず見つめてくるその二つの目だけが、俺を不安にさせた。
余計な心配だ。第一、いかにも喋らなさそうな奴じゃないか。こちらからアクションを起こさなければ何も起きまい。
「そんな事言わずに、一言でいいから」
「そうすか。……黒屋だ。以上」
真剣に自分を語る必要もないし、何も語れる事がない。
「本当に一言で終わっちゃったわね……」
「そんで? 席は自由に座っていい感じなんすか? 何の規則性もないように見えるんですが」
「ええそうね。好きな席に座って」
そう言われて教壇を下り、不必要な数の机を見回した。あまり誰かと近い場所じゃない方がいいな。じゃあ……この辺で。
俺は教室の丁度中央から後ろに下がった辺りの席を選んだ。四方の四人から囲まれるような位置だがぽっかりとスペースが開いていたからここに決めた。
「他の四人の自己紹介は……いらないわね。そうでしょ? 黒屋君」
「ああ、いいっすよ別に。興味ないっす」
本当に興味がなかった。席に着いて鞄を机にドサリと置き、足を組んで頭の後ろで手を組んだ。
「ちょっとあんたさぁ」
気だるげな声と荒々しく椅子を引いた音。足音がタンタンと近づいて来たところで俺は後ろを振り返った。
振り返ると金髪の女子が腕を組んで俺を見下ろしていた。
「んだよ」
「なんなのその態度。あたしら舐めくさってんの?」
見下ろしている目は激昂しているというより、俺を蔑んでいるようだった。
「別に……おまえらなんてどうでもいい。お前だって俺に興味なんてないだろ?」
「ないわね。だからこそそんな我が物顔で教室に入ってきたあんたが超ムカつく。あそこの眼鏡みたいに少しは大人しくしときなさいよ」
教科書を読み込んでいる赤石を金髪女は指さした。
やっぱりめんどくさそうな奴だな。ちっとばかし脅かしてやるか。
派手に椅子を後ろへ飛ばし立ち上がる。俺の反応に驚いて目を見開いていた女子に近づき、顔を寄せた。
「うるせぇな。お前がムカつこうがイラつこうが俺は知らねぇんだよ。いいから俺に関わってくんじゃねぇ。今後一切なぁ」
低くドスを利かせた声で金髪女に言った。近づいてみると意外と整った顔立ちをしている女は、表情を変えぬまま、俺の目を見続けていた。
こいつ、全然反応していない。もしかしたら喧嘩慣れているのかもしれないな。
と、金髪女の顔を見て分析していると、女はバッと体の向きを急激に変え、俺に背を向けた。
「ここが欠陥クラスだからって……舐めんじゃないわよ」
それだけを言うと、女は自分の席に戻って、窓の外を眺め始めた。
欠陥クラス? 何やら不穏な言葉だ。
引っかかりの憶える言葉を心の内で反芻しながら、俺は自分の席に腰を下ろす。
「はい! 終わったかな? 生徒同士で争うのはいいけど、なるべく私のいない場所でやって頂戴ね。じゃあ気を取り直して、新年度なのでもう一度この特進科についての説明をしたいと思います」
何事もなかったかのように、阪無は教師らしく事務的な口調で話し始めた。
金髪女の言っていた欠陥クラス――もしかしたらこのクラスがそう呼ばれているのだろうか。異質な四人……いや、今日から俺を含めた五人しかいないこのクラスを。