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パラレル ― 異世界の鬼っ娘と繋がった俺  作者: G.G
第一章:魂のリンク
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1-4:手始めの藻塩

 ベッドを下りて歩いてもふらつかなくなったので外に出てみる事にした。

 ミクルは全部俺の方に意識を移し、好奇心一杯でちょっと興奮状態だ。

(一応、俺の生活は体験してるんだろう?)

(あたしとして体験するのは別よ。感覚が全然違うわ)

 ミクルはエレベーターの扉の開閉に目を見張ったり、病院の出入り口の大きなガラス扉が自動で開閉するのをもの凄く不思議がったりする。自動車を見ると動かしたがったが、他人の物なので外を触るだけにした。

 中を覗き込んでため息をつく。

 ちょっと微笑ましい。

 病院の門の近くにファミリーレストランがあるので入ってみた。

 パジャマ姿でも大丈夫なのは入院したとき確認済み。

 エビフライとパエリア、コーンスープを注文。ここのタルタルソースはなかなかいけてるのも体験済みだ。

(美味しい!!)

(病院食よりずっと美味いだろ?)

(うん・・うん・・ショータ、もっとゆっくり食べてよ!)不平を鳴らす。

 人間は美味しいと感じると快感物質が脳内で分泌されるそうだ。

 ミクルに引っ張られて俺までうっとりしてきた。

 やれやれ、これで高級料亭やレストランに行ったらどうなるんだろう。

 食べ終わって満足感に浸りながらため息をつく。ああ、この満足感とため息はミクルのものだ。。

(素敵な世界。でも、あたしはここには来れないのね)

(神ルシュは物のやり取りはできないと言ってたからな)

(ショータ、良いなぁ)

(そうでもないぞ。俺も年だからそうは生きられない。その後はミクルと一緒だ。だが、あんな生活続けるつもりはないよ。何とかしてみる。絶対にね)

(ショータ・・すてき・・)尊敬の念が沸き起こる。

 ちょっと気持ち良い。

(時間はかかるが、調味料は絶対実現する。その後は住居とか環境だ。衣類ももっと着やすいものを実現したいな)

(この世界の知識を使うのね?)

(そう、問題は素材だな。この世界と同じ物があるとは限らない)

(だから探索・・)

(そうだ)

(あたしも頑張る!)猛烈な闘気が吹き出してる。

 おー、ファミレスがこんなにミクルのやる気を引き出すとは。


 さて差し迫った問題がある。

 塩だ。塩は貴重品扱いなので自由に使えない。と言って調味料にしろ保存食にしろ、塩は必須だ。

 神使権限で強引に出させる事も出来るが、ごり押しは後で必ず反動が来る。

 海が近いのだから塩を作れないだろうか?

 単純に海水を煮詰めれば塩が取れる。

 しかし塩分濃度は3%(向こうとこっちの海が同じ組成なら)

 ちょっと考えても大量のまきが必要だし、時間がかかるのは自明だ。

 見舞いのついでに兄貴にノートパソコンを買ってきて貰った。向こうには紙とか記録する物が無いので、向こうの世界で見た事考えた事を即パソコンに打ち込むのにも使える。

 早速ネットで調べてみると藻塩焼きという日本古代の製法があるらしい。

 海藻を海水に漬け、天日で乾燥させる。これを焼き、汲み上げた塩水に加える。この手順を何回か繰り返し、灰分を沈殿させて上澄みを煮詰める。これで薪と時間を大幅に減らせる筈だ。

 神使の力を使えばまきは不要だが、誰かにやらせるとなると無理がある。丸投げが俺の信条だからね。

 砂に海水をまく方法もあるが、粘土で海水がしみ出さないようにする手間があるし砂を集めるのも大変そうだ。とにかくやってみよう。


 ――――


 試験的にやるので三十センチくらいの土鍋と水くみ用の壺を用意して海へ向かう。

 巫女さんが付いてくるので他の細々した道具を背負って貰った。

 森を二時間ほどで抜けると、岩と砂浜が広がった場所へ出る。自然のままの海は吸い込まれるように蒼い。

 火を使うので森から少し離れた岩棚にかまどを作る事にした。

 旅慣れたミクルは臨時のかまど作りなどお茶の子。海岸にある手頃な石を集め、あっという間に作ってしまった。巫女さんが感心したように見つめている。

 アムネさんは何か頼むとやってくれるが、手元がかなり怪しいし遅い。作業は慣れていないようだ。

 確かめると、巫女さんは皆、神事だけやるように育てられてきたという。

「そうだ、この辺り雨が降らないように神様に頼めるかな?」

「もちろんですとも!」アムネさん、やっと出番だね。

 それにしても現世利益の神様って便利だ。これだけはこっちの世界がうらやましい。

 一休みして森で取ってきた果物を食べていると、海から何人かが上がってきた。

 緑色の髪、体を覆ううろこ。水かきの付いた手足。おお、これが水棲人か。

 皆腰布は付けているが、女性もそれだけ。ボリュームは無いがなかなかの美乳。

(ショータ!)あー、はいはい、つい見とれてしまった。

 水棲人達は少し離れたところで立ち止まり、俺たちの食べている果物をじっと見てる。

 俺は別の果物を彼らに差し出して「ん?」と首を傾げる。

 一人が恐る恐る手を伸ばして果物をとり、一口かじる。他の水棲人がそれをうらやましそうに見ている。

「みんなの分もあるから心配しないで」俺は笑いながら他の果物を彼らに差し出した。

「そうだ、手伝ってくれたらこんな果物、もっと取ってくるよ?」

「本当か?」最初の水棲人がリーダー格らしい。

「うん、欲しい海藻があるんだけど、ここでどんなのが採れるか一通り持ってきてくれないかな」

「分かった。待ってろ」

 水棲人達は海へ戻っていった。

 俺たちは森で薪集まきあつめと彼らに渡す果物を採取することにした。

 戻って来ると、水棲人達が色々な海藻を運んで来ていた。助かる。

 藻塩焼きには乾きやすい細い茎や葉が無数に絡んだ海藻が良いようなので、そいつを選ぶ。

 他に使えそうな海藻が無いか見てみたら、昆布がある。幅広でぬめりがあるから間違いない。乾燥させれば昆布だしが取れるかも知れない。他のも乾燥させれば保存食になりそうだ。

 俺は礼を言って、採ってきた果物を水棲人達に渡した。

 それから風が通るようにまきを岩棚に並べ、その上に海で浸した海藻を広げて行く。

 ここで大事なのは日光もさることながら風だ。一定の風が陸から吹いてくるよう、巫女アムネを通して神ルシュに頼む。常に雲間から注ぐ太陽、さわさわとそよぐ風。

 水棲人達は海に戻らず、果物を食べながら珍しそうに俺たちの作業を眺めている。

 乾燥が進むまで薪集まきあつめのため森へ入る。立ち枯れて乾燥したものを選ぶ。

 三回ほど薪集まきあつめをし終わった頃、無数の細い茎が絡まった海藻の束が乾燥していた。

 触ってみると表面にざらざらした白い粉が付いている。塩の結晶だな。

 そのまま焼こうとしてちょっと考えた。毎回焼いていると大量の海藻を使ってしまう。下手をすると海藻を根こそぎ採ってしまうかも知れない。で、多少のロスと時間は余分にかかるかも知れないが次の方法にした。

 水くみ壺に海水を満たし、土鍋の上に海藻をかざして壺の海水で洗う。その海藻をまた広げて乾燥させる。

 二回目以降は乾燥した海藻を土鍋の海水ですすぎ、また乾燥させる。この時できるだけ滴を振っておく。土鍋の上で乾燥させるのが良いかもしれない。

 その日は二回繰り返した時点で日が落ち始めた。


 水棲人達と果物と魚を交換し、夕食にする。かまどの側にまきを積み火をつける。

 ミクルの記憶で知っていたが、原始的な火起こし方だ。弓の弦を棒に巻き付け、前後に引く。棒の先には燃えやすい乾燥した草を置く。やがて煙が立ち上り、火が付く。細い枝から順に太い枝に火を移し、最後にまきに火をつける。

 魚は刺身にしたいが、醤油が無いので焼き魚にする。うーん、物足りない。

 塩が取れたら絶対塩焼きにするぞ!

 森で枯れ草をかき集めて岩棚に敷き、それを寝床に野宿となった。

 翌日は同じ作業を三回繰り返し、最後に乾燥した海藻を焼いて灰にする。

 その間に魚を開いて海水に漬け、天日干しにした。明日は一夜干しが食えるぞ。

 灰を土鍋に入れ、良くかき混ぜる。土鍋の海水は三分の一位に減っている。一晩かけて沈殿させることにし、その日も野宿になる。

 翌日、茶色で透明な上澄みが出来ていたので、上澄みだけ別の土鍋に移す。

 後はひたすら煮るだけ。時々沸騰してこぼれそうになるのでかき混ぜる。昼過ぎには液がねっとりとシャーベット状になる。これで良いはずだ。用意した布で漉す。漉した液体はにがりだそうなので、取りあえずは捨てる。

 布に残ったのが藻塩だ。片手一杯分くらい取れた。思ったより多い。

 舐めてみるとほんのり旨味のある柔らかい塩辛さ。美味いじゃないか。

 これを煎って水分を飛ばせばできあがりだ。

 試作でおおむね感覚はつかめた。調味料や保存食にはもっと必要なので本格的に作るには人手が要るな。まきは余ったので森への影響はそれ程でも無いだろう。

 ある程度藻塩が作れるようになったら魚醤に挑戦しよう。味噌、醤油が欲しい所だが、大豆が手に入るかどうか分からないし、こうじも未知数なので検討課題にしておく。

 片付けが済んで、時間があったので魚を塩焼きにした。

「――!」巫女アムネが驚く。塩焼きは初めて食べたのだろう。

「向こうの世界にはもっと美味しい物があるのよ」

 珍しくミクルが話を取る。

 採れたて新鮮魚の塩焼き。しかも極上の藻塩。美味くないわけが無い。

 結局、持って帰る予定の分も二人で平らげてしまった。

 一夜干しがあるからまあ良いか。

 海藻類はほとんどがうまく乾燥できていたが、身の厚い昆布は生乾きだった。

 一応、持って帰ることにする。

 水棲人とは良い取引ができそうだ。


 持ち帰った一夜干しと乾燥した海藻は結構センセーションを巻き起こした。

 前に披露した骨から煮出したスープはずいぶん広まって、ルシュ神殿の名物料理になっていた。

 参拝客はこのスープを振る舞われると一様に神ルシュの恵みに畏敬の念を抱く。

 そして神使ミクルが傭兵隊長アガムキノを手玉に取った逸話と同時に語られる。

 ちょっと待った、そういう尻の穴こそばゆくなるような話、止めてくれる?

(ショータ、意外に恥ずかしがり屋)ミクルがおかしがる。

 ミクルは意外にミーハーだな。

(だって、あたしこんなの初めてなんだもん。凄く良い気分)

 そか。ミクルは奴隷としてずっと下に見られてたんだものな。

 でも調子に乗るなよ。人生、甘くないからな。そう、甘くない。

 炙った一夜干しと海藻スープを味わった一団は目の色を変えてその出所を追求してきた。たじたじとする俺=ミクルを巫女アムネがおかしそうに見ている。結局、強引に海に案内させられ、一夜干しを実演する羽目になった。

 一夜干しは保存食と言うより、天日による旨味熟成の手段だ。海水に浸す事でそこそこの塩味も付きなかなか美味い。ルシュ神殿の新しい名物になった。

 藻塩の要領で魚を漬ける塩分濃度を高くし、乾燥の時間を延ばせば保存性の良い干物ができる。干し肉にも応用出来るだろう。どの位保つかは試すしか無いが。


 ――――


 もちろん、そんな事ばかりやっていたわけでは無い。

 俺の世界でも退院と退院後の身の振り方で色々準備があった。

 退職金と家を売り払った金から医療費分を支払っても結構手元に残った。

 以前空売りで儲けた株は安定配当株に乗り換えてあったので、最低限の生活費は配当金で賄える。

 退院後は田舎の兄貴の家に住む事で話はついている。

 家具や身の回り品は貸倉庫に預けておいた物を送るように手配した。

 ところで、入院中テレビを見ていたらミクルがアニメに嵌まってしまった。俺の記憶から病院の小さなテレビでなく大型テレビがあるのを知っていたので猛烈におねだりしてくる。まあいいか。40型テレビを奮発することにした。

 退院して三日ほどホテルに滞在し、必要な物を買い足す事にする。

 ああ、分かった分かった、アニメのDVDも買うよ。

 薬の副作用で抜けていた髪も少しずつ戻ってきた。まだ被り物を取る所までは行かないが。

 退院の日、夜は俺の元部下数人と快気祝いになった。

 入院以来、久しぶりの酒。しきりに復帰を奨められたが再就職のつもりは無い。

 俺は異世界の生活環境改善に集中したいし、当面こっちの生活には困らない。

 3次会まで騒いで深夜にホテルに戻った。良い気持ちだ。ミクルは初めての酒と酩酊感でぼうっとしている。ミクルが未成年だったらどうしよう?

 でも実際の体は異世界なんだし、こっちの法律は関係ないかな。


 田舎は思ったより過疎化が進んでいる。

 ケーブルテレビのサービスでインターネットには繋げるが携帯は圏外だ。

 田舎の駅から家までの間、廃屋になっている民家を何軒か目にした。

 俺が通っていた小学校と中学校は遠くの町の学校に併合され、廃屋になっている。

 兄貴の子供達も村を出てサラリーマンをやっている。農業を継ぐ気は無いらしい。

 機械化したからと言って労働がそれほど楽になったわけでは無い。

 農薬、農機具の支払い、燃料費をまかなうため収量を上げなくてはならない。度重なる減反で補助金は出る物の、代替え作物は米と勝手が違う。兄貴も何度か失敗した上で、契約栽培で果実作りに落ち着いたのだという。

 家は俺が出て行った頃とあまり変わっていない。

 その一室で送られてきた荷物を整理した。慣れていたのでベッドをセット。その上に蚊帳を吊す。田舎では必須のアイテムだ。タンスを壁際に据えて衣類を収める。押し入れはパイプを取り付けて即席のクローゼットにした。

 椅子や机は使わないで電気ごたつを机代わりにする。隙間の多い日本家屋ではこれが一番合理的なんだ。ミクルが興味深げにその様子を眺めている。俺目線、ってのが不思議な感覚だな。

 食事は兄貴夫婦と一緒にする。その代わり食器洗いを引き受ける。

 農事は手伝わない約束だが家屋の補修なんかは協力しても良い。

 家賃とまかない込みで毎月十万入れる事で話が付いている。

 初日は三人で食卓を囲み、出て行った兄貴達や村の皆の話で盛り上がった。

 調子に乗って、兄貴がとっておきの日本酒を出してきた。うまいっ!

 向こうの世界でこんな酒が飲める日がくるのかな。

 翌日は農具や作物の様子を見に行った。でも向こうと違いすぎて全然参考にならない。


 何か方法を考えなくっちゃ。



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