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誘拐は全否定・前編

 あくる日のダンジョンの探索後、レンとミュリナは帰り道を一緒に歩いていた。

 今日はジークのパーティーでの探索だった。その帰り道、連れ立って歩く二人の顔は暗かった。

 探索自体は大きな失敗はなかった。

 二人の顔を暗くさせているのは、探索とは別の理由だ。


「イチキさ」


 ミュリナがぽつりと切り出す。


「あの子、あたしの家に泊まってたんだけどね。昨日、出ていったんだ。お世話になりましたって、笑顔で言われてさ。あたし、引き止められなかった」


 なんといえばいいのだろうか。レンは言葉に詰まる。

 イチキは明らかに何か問題を抱えている。

 おそらくは、血縁である姉妹と何かがあったのだ。

 だがイチキは優秀だ。レンもミュリナも、イチキ以上を知らないと言っていいほどである。ほとんどの問題は自分で解決できるだろう。

 だからきっと、彼女は自分で何もかも解決してしまうに決まっている。

 それが二人の無力感を煽っているのだ。

 だからレンは、自分の今の思いを告げる。


「頼って、ほしいよな」

「うん……」


 自分たちが力足らずなだけかもしれないけど、困っているなら頼って欲しかった。迷惑をかけないため、と思われていたとしても、迷惑をかけてもいいんだと信頼して欲しかった。

 無言になった二人は、大通りから人気のない小道に入る。そうしてしばらくした時だった。


「そこのお前ら」


 不意の呼びかけに足を止めた二人は、揃って首を傾げた。

 声をかけてきたのは、仮面をかぶった女性だった。道の先で仁王立ちしている女性に、どちらかの知り合いかとレンとミュリナは顔を見あわせて、どちらも自分の知り合いでもないと意思を疎通する。


「……誰ですか?」


 不信感にあふれたレンの問いかけに、仮面の女性は胸に手を当て自信たっぷりに名乗りを上げた。


「私か? 私は、さすらいの仮面騎士だ」


 明らかに、変な人だった。

 レンとミュリナは、うわあと一歩引く。安物の木彫りの面をかぶっているから断言できないが、見覚えのない女性である。均整のとれた体つきはグラマーなほどだが、言動が怪しすぎて近づき難い。

 眉をひそめたミュリナが前に出る。


「知り合いにあなたみたいな変人はいないわ。消えなさい」



 ミュリナは攻撃的に言い放つ。イチキとのことで気分が落ち込んでいるというのも大きな理由である。道をふさぐ変人を睨みつける。

 だが仮面の女性は泰然としたものだった。


「ふむ、なるほど」


 腕を組んで、仮面越しにミュリナの顔をまじまじと観察する。なにに納得したのか、二度ほど一人で頷いて言い放った。


「金髪のお前はめんどくさそうだな。なんというか、あれだ。めんどくさそうな女の気配がする。そっちの少年にするか」

「は?」


 仮面を被った不審者から、いきなりめんどくさそうな女に認定されたミュリナは、こめかみに青筋を浮べる。


「誰がめんどくさい女ですって、この変人仮面……! ケンカ売ってるのッ?」

「ミュリナ、抑えて抑えて。いきなり暴力沙汰はまずいって!」

「そうだな、いきなり暴力に訴えかけようなど乱暴だぞ」

「レン! 止めないで! 一発殴らせなさいっ!」

「だから止めようって! 仮面の人もなんで煽るんですか!」

「なんでと言われても見てそのままの感想だ。少年。君の感想はどうだ? めんどくさいだろう、そっちの女。私の勘はめったに外れないんだ」

「はい? そんなこと思ったことありませんけど」


 問われたレンは、暴発しそうなミュリナを抑えながら正直に答える。ミュリナの制止に意識の大半を割いていたため、取り繕う余裕もないほど素で返答した。


「ミュリナは、すっげーかわいい女の子ですよ」


 レンのセリフに、ミュリナはぱっと頬に朱を散らす。


「そ、そう、ね。え、えへへ……。それで、あんた。誰だか知らないけど、なんの用よ?」

「なに、難しいことはない。お前らのどっちかを誘拐しに来た」

「へえ」


 堂々たる犯罪宣言である。レンからのセリフが嬉しすぎておとなしくなったミュリナの目が、再度凶暴に細められた。

 聞き間違いようのない犯罪予告である。これはかばう必要もないと、レンもスイッチを切り換える。


「レン。心当たり、ある?」

「いや、ない。さっき、どっちでもいいみたいな言い方をしてたから、俺とかミュリナ自身が目的じゃないと思う」

「確かに。……お兄ちゃんがらみかしら」


 口早に推測を交わし、仮面の女に目をやった。

 ミュリナの兄であり、勇者であるウィトン・バロウには敵が多い。レンも勇者とはそれなりに親交がある。白昼堂々誘拐に来たなど真正面から言われるのは初めてだが、敵であることは間違いなさそうだ。

 相手が加減の必要がない敵だと判断をくだしたミュリナが真っ先に動いた。

 体の輪郭がぶれるほどの初動で切りかかる。ミュリナは兄の敵に母親を殺された経験もある。迷わず刃を抜いて切りかかった。

 目にも止まらない攻勢だ。並みの相手ならそれで決着がついただろう。


「ふむ」


 腕に、刃が阻まれていた。

 いや、腕ではない。ミュリナの短剣の刃と仮面の女性の腕との間に、光の壁がある。


「近接魔術による高速機動か。いまの速度は、なかなか防げないな。近衛でもそうそういなかったレベルだ」


 仮面の女性は、余裕たっぷりにミュリナの攻撃を評価する。

 自分の刃を止める光壁を見て、ミュリナは愕然と目を見開く。


「信仰の壁……!」

「正解だ」


 仮面の女性が腕を振るった。

 刃を弾かれたミュリナは、大きく後退する。

 仮面の女性の左腕には、円形の光の壁ができていた。隔世という一点において、この世で最も優れた特性を持つ強力な壁だ。

 そして、仮面の女性の右手から光の剣が伸びた。

 『浄罪の剣』。信仰の壁と対をなす、非常に強力な攻勢秘蹟だ。秘蹟は、西方教会の教えを受けている人間にしか扱えない技である。相手の手札を見て、ミュリナは警戒心を高める。


「なによ、あんた。聖職者には見えないけど……」

「秘蹟使いというわけでもないさ。私にとって、秘蹟は手段の一つでしかないからな。だから例えば、こんなこともできる」

「なっ」


 足元に、雷が突き刺さった。

 仮面の女性からの攻撃だ。レンは瞠目する。


「遠距離、魔術……?」

「それも正解だ」


 ミュリナと同等か、それ以上。高度な秘蹟を使えるにしては、珍しいほどの魔術練度だ。

 驚く二人の反応に気をよくしたのか、仮面の女性は得意げに語る。


「そして私の本領は近接戦だ。ふふふ。これでも多芸で『聖騎士』なんて呼ばれていたからな。どうだ、すごいだろう」

「この多彩さに『聖騎士』って……まさかあなた、スノウ・アルト!?」

「あ」


 自慢げにしていた仮面の女性ことスノウが、うっかり口を滑らせていた。

 スノウはこの国ではそれなりに有名人である。だから仮面をしていたのだが、自分から名乗っては顔を隠した意味がない。

 テンションを上げて正体を隠さないといけないことすら忘れていたスノウこと仮面の女性は、パタパタと手を横に振る。


「違う違う。私、聖騎士チガウ」

「雑なごまかしやめなさいっ。なんで聖騎士があたしたちを狙うのよ!」

「だから違うって言ってるだろうが、めんどくさい女だな。私はさすらいの仮面騎士だ。……ん? そういえば、お前、なんとなく誰かの面影があるような――む」


 意識がそれた瞬間、横合いからレンが斬りかかった。

 なかなか鋭い一撃だが、スノウからすると片手間で対処可能だ。左腕の『信仰の壁』であっさりと弾きながら、同時に浄罪の剣を振るう。

 上段からの斬り下ろしを、レンは半身になって避けた。勇者に仕込まれた動きだ。ほぼ反射的、機能的な動きで繋げるように反撃を繰り出す。

 流れるような攻勢に、スノウは仮面の奥で嬉しそうに笑った。


「ほう。随分と反射的だな。我流では絶対に身につかない動きだ。面白い鍛えられ方をしている」


 数度、レンを試すように切りかかる。

 二合、三合。レンはしのぐ。四合目で追い詰められたが、絶妙のタイミングでミュリナの魔術が放たれた。スノウが足を止めたのと同時にレンは浄化の光を剣先に宿し、放った。

 攻撃力はない。目くらましだ。隙を作り、間合いを仕切り直す。

 ミュリナの援護があったものの、レンは確かな実力で相手の攻撃をしのいだ。


「秘蹟に、近接魔術に、体の動かし方と、その意識の切り替え方……ふむふむ、面白い」


 スノウは楽しげに分析する。

 秘蹟と魔術を両用できる人間は多くない。信仰と学術の両立が容易ではないからだ。学術を学べば、信仰による秘蹟を学問に落としこめようとしてしまう。また信仰に長じれば、学術を信仰の内にしてしまう。

 どちらも行使するならば、両者をはっきりと区分する必要があるのだが、それが難しい。疑うことなく神を信じて、信仰の土台とは別に知識を重ねるのはなかなかうまくいかない。基礎的な部分で、二つの間に明らかな矛盾が生じるからだ。

 神を信じる愚かさと、世界を解き明かそうという学術への探究心。どちらも持ち合わせなければいけないのだ。

 だからこそ、レンの戦い方を見たスノウはくつくつと愉快そうに喉を鳴らす。


「未熟だが、逆にいいな。伸びしろがある」


 まるで、かつて一応は仲間だった者の戦い方をごちゃまぜにしたような闘法だ。


「鍛えれば使い物になりそうだ。あっちのめんどくさそうな女と違って素直そうだし、あとくされもなさそうだ。人質に使った後は弟子にでもするか」

「人質?」


 めんどくさそうな女扱いを確信されているミュリナはイラッとしつつも、聞き逃せない目的に不審げにする。


「誘拐って言ってたけど、誰に対しての人質よ。レンって、天涯孤独よね?」

「いや、俺の両親生きてるよ?」

「え、そうなんだ」


 レンは都市部に一人で来ただけで、故郷の両親は生きているし親戚もいる。

 初めての情報に、ミュリナは目をぱちぱちさせる。


「……ね、ねえ、レン。今度、挨拶に――じゃなかった。遊びに行っていい? その、レンがどういうところで育ったか気になるなーって……」

「ごめん、ミュリナ。その話はあとにしよう。いまは、ほら、よくわからない仮面の人がいるから!」


 外堀から埋めようと画策しているめんどくさいミュリナの意識を、レンは必死になって逸らす。レンは奴隷少女ちゃん一筋なのである。もちろんミュリナのことはかわいいと思ってはいるが、外堀まで埋められると、なんかもう本格的にどうしようもなさそうになりそうだと本能的に察していた。

 そしてスノウはといえば、ミュリナの問いかけに首をひねっていた。


「そういえば、なにに対する人質かは知らん。ああ、いや。あいつらの、妹がどうとか言っていたから、たぶん強請る相手は東方人だな」


 恐ろしく軽い口である。

 びっくりするほど軽々話してくれるせいで、うっかり聞き流してしまいそうなほどだった。罠なんじゃ、と思うほどにぺらぺらとしゃべってくれる。

 だが、嘘ではなさそうだ。いまのを聞いてレンとミュリナの頭に浮かんだのは、先日イチキといた時に出会った二人だった。

 イチキとよく似た、二人の姉妹。

 あれが黒幕かと悟った時だった。


『スノウ、雑魚相手に遊び過ぎー』


 虚空から、声が響いた。

 どこからともなく聞こえた幼い声に、なんだ、と身構える。新手がいるのかと周囲を警戒した瞬間だった。

 ミュリナとレンの体が、突如硬直した。


「なん、だっ、これ……!」

「これ、呪術……? 金縛り!?」


 目に見えない何かに体を縛られているような感覚だ。ミュリナは術の正体を半ば掴みつつも、不意打ちで食らったせいで抵抗しきれなかった。

 動けなくなった二人を見て、スノウはつまらなそうに息を吐く。


「まったく、おガキ様はこらえ性がなくていかんな。余計なことをしてくれる」

『だーれが、おガキ様!? スノウ、生意気! たかが護衛の癖に、生意気! 私がやんなきゃ、いらないことべらべら喋ったくせにっ。なーによ、今日のスノウのテンション、変!』

「はいはい。ま、いいだろう。……ここまで雑だと、痕跡はもうどうしようもない」


 肩をすくめたスノウは、レンに麻袋をかぶせて俵担ぎにして連れ去った。金縛りで動けないレンはなすすべなく運ばれる。

 その姿が見えなくなってから、ミュリナは金縛りの解呪に成功する。


「ちっくしょう、あの不審者ぁ……!」


 兄との和解、レンとの初恋によってここ最近は丸くなっていたミュリナの凶暴性が、尖りに尖って表に出る。

 大好きな相手を目の前で攫われ、大人しく泣き寝入りをするほど女々しい性格ではない。

 金縛りを解呪して自由になったミュリナは、周囲に解析の魔術を走らせる。基本的に戦闘魔術ばかり学んだ彼女だが、同時に探索の役に立つ魔術も学んでいた。


「神秘領域は痕跡なし……自然領域もなし……霊異領域は、ありね。この呪跡……はんっ。おガキ様とか言ってたわね。子供騙しの金縛りなんて、よくもやってくれたじゃない」


 薄刃のように研がれた瞳は、標的を定めて怒り狂っていた。


「絶対に、後悔させてやる……!」


 相手が残した呪術の痕跡を追って、ミュリナは迷いなく駆け出した。








 同時刻。

 イチキのもとに、一通の手紙が届いていた。

 お世話になっていたミュリナの家からお暇したあと、イチキは東方移民区域で情報収集を行っていた。そして一つの結論を出した矢先である。

 狐の形に折りたたまれていた手紙だ。イチキの手元に届いた狐の折り紙は、ひとりでに開かれ文面を晒す。


 ――知り合いの男は預かった。


 簡潔な手紙を読み終えたイチキは、そっと手紙から手を放す。普通ならば重力に引かれて落ちていくものだが、不思議なことに、その手紙は虚空に磔になっていた。

 イチキの御技である。

 ぴん、と指を弾くと、空中に固定された紙が端から砕け始めた。徐々に、左端から目に見えないほど細かい粒子レベルになって散っていく。

 紙を砕いているのではない。空間に干渉し、丸ごと破砕し、消し去っているのだ。

 手紙が、跡形も残さず消え失せた。

 それを見て、イチキは口を開く。


「畜生にも劣る木っ端の分際が――」


 ぞっと戦慄するほどの、静かさだった。


「――図に乗り過ぎでございますね」


 言い終わると同時に、イチキの姿が消えた。

 何一つその場に残さず、敵を誅するために。


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