アニキさんの全肯定・後編
アニキと呼ばれた風格のある男の土下座。予想外の事態に、レンの目が点になる。
部外者のレンでそれだ。当事者の大男に至っては、空が落っこちてきたような心地だろう。なにせ自分が連れてきた兄貴分が、元凶の前で土下座をしているのだ。
事態についていけないレンを置いてけぼりに、奴隷少女は朗らかな笑顔でアニキさんにハスキーボイスを叩きつける。
「それで!?!!???!!? あなたはいったい何をしにここに来たの!!!?!??!?! あなたには大きな声で言うことがいっぱいあると思うの!!!!!!!!!!」
「はい!! もちろんですッ!」
アニキさんも奴隷少女の言いようを当然のものとして額を地面にこすりつけている。
「後ろのゴミ野郎ですが、信じられないことに、俺の部下なんですっ。くだらねえチンピラをやってた割には多少の見どころがあると思って拾ってやったんですが……! まさか、こんなことをし腐りやすとは夢にも思わず……!」
「そうだったのね!!!!!! 後ろの人は通りすがりの変な人だとばっかり思っていたけれど、まさか本当にあなたの部下だったとは驚きなの!!!!!」
「はいっ。このクズが! 本当に失礼なことを!!」
「わかるの!!!!! カーベルファミリーもずいぶん安く看板を掲げるようになったものなのねって、本当にびっくりしたのよ!!!!! あなたたちが看板の安売りを始めたとは寡聞にして存じ上げなかったの!!!!!!!」
「ッ!」
アニキさんが目を見開く。
それは奴隷少女への怒りでは断じてない。奴隷少女の言葉から、スキンヘッドの大男がファミリーの名前を安易に語ったという事実を正確に読み取ったからこそだ。
「こ、のゴミカスがっ、本当に取り返しのつかないことをしました! 申し訳ありません!」
「まったくもってその通りなの!!!!! それで!!!! 言うことは終わりなの!!!!???!!!? ごめんなさいをできるのは偉いけど、それで終わりなの!!!!?!!?」
「いえ!! これは俺一人の責任です! ファミリーには、一切の非はありません!! それだけはッ、それだけはどうかわかってくださいッ!」
「わかったの!!!!! 他のみんなに迷惑をかけたくないっていうあなたの誠意はよく伝わったのよ!!!!!! 他人のために泥をかぶって謝罪できるあなたは、すごく立派だと思うの!!!!!!!!!!」
「はい! ありがとうございやす!!」
「どういたしましてなの!!!!!!!」
謝罪の受け入れのやり取り。
それでひと段落、のわけがなかった。
「へ? あ、あの、アニキ……? いったいなにを――」
「ッんだァ!? うッせえゴミムシが! てッめぇはなにクソみたいなアホ面さらして呼吸してんだぁ!」
予想だにしなかった急展開から正気にかえり、おろおろと口を挟んだスキンヘッドの言葉にアニキさんが弾かれたように立ち上がる。
鬼の形相になった彼が、自分よりも一回り大きい大男の胸倉をつかんで宙に吊り上げる。
「ボケっと突っ立ちやがって!! てめえも頭下げるんだよ!! 姐さんにてめえの汚ねえ面みせるなんざ失礼にもほどがあるだろ!! おら早くしろ! 頭下げろっつってんだろォ!? おォ!?」
「まったくもってその通りなの!!!!!!!!!! 不愉快なにやけ面は二度と見せないで欲しいの!!!!!!!」
「はい! ……おいてめえ! なんでまだアホ面さらしてんだぁ! いい気なもんだなァオイ!! 羨ましい能天気さだよッ!! その余裕、是非とも分けて欲しいもんだぜッ!」
「あががあがぶっ」
もちろんスキンヘッドの大男に余裕などあるはずがない。
胸倉掴み上げられ、アニキさんの片腕で強烈に首元を絞め上げられているのだ。体が宙に浮いた状態で頭を下げろという無理難題を、仮にも人類であるスキンヘッドの男がかなえられるはずもない。怒鳴られ締め上げられ泡を吹きながら顔を赤くして青ざめさせる。
アニキさんは窒息寸前まで絞め上げてから、スキンヘッドを地面へと投げつける。
「チッ! デクの棒でももっとましな動きィするぞォ!? なに寝てんだァ!? 膝をつけェ! 頭下げろぉ!! それとも地面に埋めたほうが早ぇかァごラァ!」
「ひぃ!」
一転、二転。叩きつけられた衝撃でバウンドしたスキンヘッドの大男は、それでも慌てて地面に這いつくばるように頭を下げる。ここに至って、ようやく自分が何かとんでもない失態をやらかしたのだと自覚したようだ。
「頭はっ、こうだろうがッ」
「あがっ」
アニキさんはスキンヘッドの後ろ頭を引っ掴んで、顔面を地面に叩きつけた。
そして彼も一緒に平伏する。
「姐さん! タダで許してくださいとは言いません! どうかケジメをつけるチャンスをくだせぇ!」
「もちろん許すに決まっているの!!!!! 誰にだって失敗はあるの!!!!! 他人の失敗でも自分の失敗でも、まずは認めて受け止めることが大切なのよ!!!!!!!!」
一連の流れを揺るがぬ笑顔のまま見送った奴隷少女は、即答して仁王立ち。腰に手を当て元気に諭す。
「それでも部下の責任は直属上司の責任!!!!! あなたの部下の責任はあなたの責任!!!!!! そしてあなたの責任は上の責任!!! あなたはもう個人プレーで活動する立場にいないの!!!!!! 部下の失敗だなんて言い訳は通らないのよ!!!!!」
「はい! おっしゃる通りです!」
「ただし失敗を認めさせないルールは腐敗の土壌でしかないの!!!!!! 小さな失敗の内に自分を見つめなおして、次の成功につなげるのよ!!!!!!! それが分からないあなたではないはずなの!!!!!!!」
「はい! ありがとうございます!! このクズのクズさを見抜けなかった俺がバカでした……!」
「その通りなの!!!! 人には誰にだって裏表があるの!!!!! 自分に都合のよい相手が、他人の害悪でしかないことはよくあるの!!!!! それを見抜くのが大切なのに、人の一面しか見られないとは未熟なの!!!!!! 必要悪の系譜にただのクズは一人たりともいらないの!!!!!!!! チンピラのままでいたいから強者におもねっているだけのカスに存在価値はないのよ!!!!!! そこをしっかりわかってほしいの!!!!!!」
「はい!! 肝に銘じます!!」
「とってもいいお返事なの!!!!!! あなたは得難い人材なの!!! でも、あなたがなんで人の十倍の給金をもらっているのかわかっているの!!!!???!!? 並みの百倍の責任があなたの肩にのしかかっているからなの!!!!!!」
なぜかアニキさんの給与事情をおおよそ知っているらしい奴隷少女が、明朗に言い聞かせる。
「責任の問題だけじゃないのよ!!!!! 部下の力量はあなたの力量!!!! ロクな部下もいないやつだと判断されたら、次からあなたに大きな仕事が回されることは二度とないの!!!!!!」
「はい! 二度と俺の下からこんな奴は出しません! こいつも教育しなおしておきます!! こんな生ゴミに劣るクズでも俺が教育しなおせば使えるようになるって、示してみせます!!」
「いい考えなの!!!!!!!! 全力で頑張るのよ!!!!! 失敗を正すことで成果を示そうという心意気は素晴らしいの!!!!!!」
「ありがとうございやすっ、姐さん!! このチャンス、死力を尽くしてものにします!」
「わかったの!!!!!!! 楽しみにしてるのよ!!!!!!!!」
「はい!!」
相手の反省の態度を全肯定しながらの反省会。アニキさんが何度も何度も謝罪を繰り返し、奴隷少女は積極的にそれを認めて前向きな展望を推し進める。
やがて十分間が経過した。
ぴたっと口を閉じた奴隷少女が、プラカードで口元を隠す。
もう一度、財布から千リンを取り出そうとするアニキさんに対し、奴隷少女は静かに首を横に振った。
それを見て立ち上がったアニキさんは、直角に近い角度まで深々と頭を下げる。
「本当に、本当にすいやせんでした……! おいっ、てめえも声に出して謝るんだよっ。このクソがッ。姐さんのやさしさに甘えてんじゃねえぞハゲ!」
「ずびばぜんでじだ……」
「……」
「姐さんも水に流してくれるってよっ。運がよかったなぁ、てめえは! 姐さん以外の方にお前のやったことが伝わってたらどうなってたか……考えたくもねぇッ。おら! きりきり歩け! てめえ、マジで腐った性根を入れ替えるまで許さねえからなァ!? 覚悟しろよォ!?」
「あ゛ぃい……」
大男の方は、ここに来た当初のにやけ面など微塵も残っていない。こすりつけた顔面の擦過傷からにじむ血と、涙と鼻水に地面の土がついてぐちゃぐちゃだ。
アニキさんはスキンヘッドの大男を引きずるようにして立ち去る。
奴隷少女は、楚々と微笑んで二人を見送った。
レンは、きっかり十分間繰り広げられた事態についていけず、ぽかーんと間抜け面をさらして棒立ちになっていた。
え? なに? いまのなにが起こってたの? 全然わかんない。
そんな感じの心境である。正直、初めて奴隷少女を見かけた時の衝撃を上回っていた。
そんな彼の様子に気が付いた奴隷少女が、レンと目を合わせる。
彼女はすっと口元に人差し指を当て、ぱちりとウィンク。
「……」
秘密にしてね、という意思をジェスチャーで伝えてきた。静かな微笑みも併せて、やたらとかわいい。
思わずどきりとしたレンは、こくこくと何度も首を縦に振る。
奴隷少女は可憐に小首を傾けて、楚々と微笑みいつもの待機姿勢に戻る。
少しどぎまぎしながら、何も見なかったことにしたレンは広場をあとにした。もちろん、最後に見たウィンクとジェスチャーは別だ。しっかりと記憶に残す。あれを忘れるのは、もったいな過ぎる。
「怖いけどかわいいとか、卑怯だなぁ……」
あの女魔術師には、是非とも奴隷少女のかわいさを見習ってほしいものである。
どうやら奴隷少女は、マフィア的なものとかかわりがあるらしい。しかもなんか、上のほうだ。詳しくはわからないが、少なくともあのアニキさんよりは偉い立場にいるらしい。
助けがいるかもとか、いらぬ心配にもほどがあった。
「ま、そうだよな」
自分は自分で頑張ろう。他人の心配をするなんて、百年早かった。まだまだ人を助けられるほど余裕のある人間じゃない。ようやく、前衛に出してももらえるようになったばかりの冒険初心者。リーダーにも言われたではないか。頑張れ、だが調子には乗るなと。
できないことは山のようにある。それでも目の前の課題を乗り越えていけば、きっと自然と人を助けられるようになるはずだ。
そうだろう?
まったくもってその通りだ!
いつものように自己肯定をして気合を入れてから、それでもやっぱり気になることが一つ。
「……あの子、ほんと何者だ?」
ファミリーの兄貴分に平伏されるような立場の少女という時点で謎にあふれているのに、あの奇妙な格好と商売をしているのだ。いったいどうしてあんな格好をして奴隷少女など名乗っているのか。気にはなるが、深く関わったらマフィアに目をつけられそうで怖い。
だが、それでも気にせずにはいられない。
「ううむ、謎すぎるだろ……」
奴隷少女への尽くせぬ興味と少しの畏れを抱えて、レンは腕を組んで考えこみながら帰路についた。
ブクマや評価をくれた読者さんの応援でこの小説がランキングを上がったらどうなるかって!!!??!!? 簡単だよ!!!!!! 「わかりやすいなろうの闇タイトル」「こんなクソタイトルが上がるとか日刊やばすぎ」「ツイッターのパクリでポイントを稼ぐ奴隷以下の乞食」とか言われるに決まってるんだよ!!!!! なあ奴隷少女!!!!! お前もそう思うだろう!!!!????!!
まったくもってその通りなのよ!!!!!!! きたる批判を事前に想定してダメージを「問題ない。致命傷だ」ぐらいまで減らす心構えをするの!!!!!!!! ランキングに乗った時こそ、ここまで内容を読んで全肯定奴隷少女してくれる読者さんがどれだけ稀少でありがたい存在なのかよくわかるのよ!!!!!!!!!