番外編 タータのはじめてのぼうけん2
「しゅ、修道女のタータです。教会勤めの先輩からこのパーティーに参加させていただけるかもというお話をもらいましたっ」
レンたちの前で、修道服に身を包んだ十代初めの少女が、緊張の面持ちで自己紹介をする。
タータと名乗った彼女の前にいるのは、レン、ミュリナ、リンリー、三人だ。ファーンから冒険者パーティーに知り合いの修道女を参加させたいという要望に応えて、神殿の一室で面談をしているのである。
タータより一つ年下、まだ十一歳という異例の幼さで冒険者をしているリンリーは、新メンバーの紹介に小首を傾げる。
「でもタータさ。なんでレンおにーちゃんのパーティーに参加しようとしてるの? 戦えないでしょ、タータ」
「それは……」
タータはむっつりと黙り込む。
リンリーはタータよりも年下ながら、自分よりよほど人生経験を積んでいるということは承知している。
東方の故郷からはるばる旅をしてこの街にいること。冒険者として立派な戦力として活躍していること。どちらも立派なことだ。
だが自分のほうが年上であるというプライドが、年下のリンリーに大きく影響されたというのは本人に明かすことをためらわせ、意地を張らせていた。
「しゅ、出世のためです! 将来のための踏み台なんです!」
「へー? ふーん? ほほー?」
人の弱みに聡いリンリーは、あっさりとタータの強がりを見抜く。しかしここは放置したほうが面白そうだと、にまにまと笑みを浮かべてからレンたちを振り返る。
「レンおにーちゃん。あたしはタータの参加、さんせー! すーっごく面白い志望動機だと思うしね!」
「タータちゃん、リンリーとは友達だもんな」
いちはやく自分の意見を表明したリンリーの頭を、踏み台発言されたレンは笑顔で撫でる。
もちろん、レンも反対意見はない。より正確にいえば、レンにはファーンの頼みを断れる権利など、実質的にないといっていい。このパーティーに、ファーンの頼みごとを断れる人間はいないのだ。
リーダーであるレンは言わずもがな。そして、たまにパーティーに参加することがあるイチキが絶対にファーンの頼みを断らないので、実質ミュリナもリンリーも断るという選択肢がない。
タータと面談する前に軽く事情を聞いたが、聖職者が冒険者パーティーに参加することはよくあることらしい。「まさかイーズ・アン様じゃないですよね?」と入念に確認した上で、レンもファーンの頼みを受け入れたのだ。
「よろしく、タータちゃん。ファーンさんからの紹介で一緒にダンジョンに入る予定の冒険者パーティーのリーダーです」
「……よろしく、お願いします」
笑顔を浮かべるレンに、いかにも不服だという気持ちを隠しきれない幼い態度で、ぺこりと頭を下げる。
あからさまに非友好的な態度を向けられて、レンは思わずうろたえてしまう。
タータという少女も、レンにとって見知った人物だ。ダンジョンでの受付業務をしている時によく見かける年少の修道女である。
だが、直接的な交流はあまりない。じとっとした目を向けられている理由がわからずに困惑する。
ちなみにそんなタータの後ろで、すんっとリンリーの目からハイライトが消えていた。『ファーン』といえば、笑顔のイチキから厳命された『失礼な振る舞いをしたらどうなるかわかってますね』リストの筆頭の人物である。タータに告げ口をされたら自分の身が危ういのではと、リンリーの生存本能が反応していた。
「俺、なんかしちゃった?」
「別に……」
パーティーに入れることに感謝してほしいわけではないが、隔意を抱かれているとは思わなかった。なによりファーンさん繋がりの関係者に悪感情を持たれるのは良くないと慎重に尋ねるレンに、自分の感情を隠すことが悪いことだと思っている生真面目な少女は、じとっとした目のまま口を開く。
「受付業務で普段の行いを拝見して、たまにリンリーからお話をうかがっていただけです。それだけで、十分かと」
「ちょ。リンリー!? なに言ったんだ!」
「えー? あたし、嘘は一個も言ってないよー?」
「いいんじゃない? そもそも、信頼できる人の頼みなんでしょ」
ミュリナがあっさりと賛同した。ファーン経由の話ということもあって、事前にイチキから言い含められているのあったが、そもそも今回の提案はパーティーにとっても悪い話ではないのだ。
「パーティーに聖職者見習いの受け入れをすると、教会に恩も売れるし。なにより秘蹟使いは、パーティーにいて困ることがないもの」
信仰心をもとにして発動する秘蹟は、その性質から他人の助けになる効果を持つものが多い。
治癒や加護によるバフ、防壁や解呪など。有用なものをあげれば枚挙にいとまがない。冒険者にとって喉から手が出るほどほしい効果の数々ながら、秘蹟は信仰が高ければ高い人間ほど効果が強くなる特性上、使い手の多くは聖職者に偏っている。冒険者のパーティーに、秘蹟を専門とする人間が入るのは稀なのだ。
事実、いままでレンたちのパーティーには秘蹟の扱いを専門とする聖職者はいなかった。
「私とリンリーは魔術しか使えないし、レンも……まだまだよね」
「俺の秘蹟、中途半端だからなぁ」
「あたしは別に、必要ないもーん」
ミュリナの目配せに、レンは苦笑する。
魔術と秘蹟、どちらも使用できるレンだがまだまだ効果が弱い。主に自分が戦うための秘蹟ばかりで、他人への治療と恩恵に関しては特に不得手にしていた。
シンプルに、信仰が薄いのだ。
漠然とした神性への理解と、自分の生活を支えるためだけの信仰でしかないため、他者に影響を及ぼせるほどの秘蹟が扱えない。理想とするのは『聖騎士』とも呼ばれるスノウ・アルトの域だが、そこに至るまでの課題は積み重なっている。
ミュリナはレンからタータに視線を移す。
リンリーより少し年上。真っ直ぐに切りそろえた亜麻色の髪からして生真面目そうな少女である。
「タータちゃんは、十三歳よね。ちょっと子供なのが気になるけど……まあ、いまさらよね」
「なーに? ミュリナ、こっち見て。年齢でしか人を判断できないとか、自分が見る目ないですって言ってるようなもんだよ?」
「ほんっと、この生意気なガキに比べて真面目でいい子そうじゃない」
パーティー最年少のリンリーの憎たらしい皮肉に、ミュリナがこめかみを引き攣らせる。
自分が受け入れられそうな流れだと、タータがほっと安堵の息を吐く。
「でもタータ、大丈夫なの? ダンジョン探索って、なんだかんだで重労働だよ。魔物と戦うんだし、あたしくらい天才じゃないと危ないよ」
「だ、大丈夫です! 自己恩恵も使えば、力は大人にだって負けませんっ」
心配するふりをしたリンリーのからかいに、タータは胸を張って答えた。
微笑ましい強がりである。自分たちがフォローすれば大丈夫だと、ミュリナとレンは顔を見合わせる。
「タータちゃんの他に、あと一人メンバーが増える予定だけど……それでも五人なら多すぎるってわけじゃないしな」
「そうね。イチキから紹介される人は前衛っていう話だし、役割も被ってないものね」
本来はタータの受け入れ前に、イチキからも新しいメンバーを紹介したいという話があったのだ。前衛職ということだが、直前になってなぜだか紹介のタイミングを一週間ほど伸ばして欲しいと連絡がきた。
先方の都合らしいが、なにやらのっぴきならない事態が起こっているらしい。レンが把握している限りでも公園広場での看板もここ数日休みになっている。イチキがかいがいしく世話をしているので、大丈夫だとは伝えられていた。
「あの……すいません」
このパーティーで一番しっかりしているのがミュリナだということを見抜いたタータは、そそっと彼女の傍に寄る。貞淑を旨とする聖職者の見習いとして、どうしても聞きたいことが あるのだ。
ひそっとミュリナに耳打ちをする。
「レンっていう人、信用できますか? 人柄とか、そのぅ……女性、関係とか」
「あはは、大丈夫よ。私がレンの彼女だから!」
「あ、そうなんですね!」
自分がレンの彼女だと主張したい欲を満たしているミュリナの宣言に、タータは顔を明るくする。こんな綺麗な彼女さんがいるなら、他の人に目移りするわけがないという安心だ。
「それにレンって頼りなさそうに見えて、やる時は結構ーー」
リンリーと違って真面目な性格のタータに好感を覚えたミュリナが心配ご無用と手を振ってから、ぴたりと笑いを止める。
レンのパーティーの陣容を思い出したのだ。
自分、リンリー、時々加わるイチキに、新しく入ってるメンバーも女の子だ。
驚くほど女性偏重である。
ミュリナはレンの人格を信用している。なにせ彼氏彼女の関係である。一緒に同居していたこともある。レンは誠実な性格をした、一生懸命な男子だ。
だが、しょせんは男子である。女性関係について、ちっとも信用できなかった。
年上にやたらウケがいいくせに、なぜここまでパーティーメンバーが年下の女子に固まるのか。猜疑心のドツボにハマったミュリナは、自分で勝手にどんどん不機嫌になっていく。
「……大丈夫よね、レン? 私、レンのことを信用しても、本当に大丈夫よね?」
「大丈夫だよっ。なんの心配されてんの俺!?」
レンとミュリナが互いの絆を確認している横で、自分の彼女さんからの信頼も薄いのかとタータがまた一つ、レンへの評価を下げていた。






