お子様料金の全肯定・前編
「よ、レン。なんかこないだ、リーダーからおごってもらったらしいじゃねえか」
その日、冒険が終わった後に弓使いの先輩が絡んできた。
女魔術師の復帰明けということで、今日は軽めのダンジョン探索で終わった。いつもより早めに帰りになった時に、パーティーの中で一番仲がいいフランクな先輩がレンに声をかけてきたのだ。
「ああ、すいません。なんか先輩を差し置いたみたいな形になって」
このパーティーは、八人。その中でも主力となっているのは、リーダーと女剣士に女魔術師、そしてこの弓使いの先輩である。
この間の快気祝いでは、主力四人の中で、この弓使いの先輩だけが参加していない形になっている。
そこに自分のような新人が入っていたことで気を悪くしただろうかと、レンは注意深く言葉を選んで反応をうかがう。
「ん? いや、別に気にしてないぞ。あの二人は、あいつにそこそこ縁があるから快気祝いなんてしたんだろうしな」
「縁?」
リーダーと女剣士に、女魔術師となんの縁があるのか。
自分のパーティーのことである。興味が出たレンは、ちょっと聞いてみる。
「どういう縁ですか?」
「まあ、俺も詳しくないんだがな」
興味本位なレンの質問に、彼はあっさりと説明してくれた。
十年前の革命のごたごたの時、母親を亡くしてしまった幼い女魔術師の後見人みたいなことリーダーがやっていたらしい。そしてリーダーが結婚した時に後見人の役目を女剣士が引き継いで、引き取った。そのまま女剣士が女魔術師の世話を見て、一緒に住んでいるということである。
そういう縁があるからこそ、女魔術師の迎えにあの二人が向かったのだ。レンは、その場面に出くわしたらしい。
そういえばだが、女魔術師がこのパーティーに入ったのは、コネだったということはなんとなく聞いたことがあった。もちろん女魔術師の実力あっての推薦だろうが、そういう経緯だったのかと得心する。
「でも後見人って……あの人、お兄さんいるって聞いてますけど?」
「俺だってあんま詳しく聞いてねえからな。この話だってまた聞きだし、どうしても知りたいなら詳しくは本人に聞けよ」
弓使いの先輩は肩をすくめる。
それもそうかとレンも納得する。なにせ、仕事相手のプライベート。うかつに踏み込んでいい事情かどうか分からない。相手のことを知りすぎないのも、物事を人間関係を円滑に進めるための手段の一つだ。
「そう、ですね」
ただ、そういうドライなだけの関係はちょっと寂しいな、となんとなくレンは感じただけのことである。
「第一よぉ、快気祝いに呼ばれても、俺の場合は金を出す側に回されるだろうしな。今月は金欠だから勘弁だよ」
「金欠って、どうしたんですか」
「バッカ、これだよ、これ」
弓使いの先輩は、レンに向かって得意げに小指を立てる。
「え!? 先輩、彼女できたんですか!?」
「ああ。いや、正確に言えば、もうちょっとだな。もうちょっとで、あの酒場の姉ちゃんを――」
「へー」
最後まで聞く必要もなく、先輩の言葉の途中で興味が一気に失せた。
ここ最近、この弓使いの先輩は酒場のお姉さんに入れこんでいるらしい。生活費すら突っ込んで通い、貢いでいるとのことだ。
そういうお姉さんはそういう商売なんだから、いくらお金を使ったところでいいカモだって思われるのがオチだろうに。
ジト目になったレンは忠告する。
「お金をかけたからって、愛情は買えませんよ? お金じゃなくて手間をかけていきましょうよ。コミュニケーションですコミュニケーション」
「は? あー、お前バカだなぁ。なにもわかってねえよ、レン」
「なんですか、なんもわかってないって」
弓使いの先輩の言いように、レンはムッとして言い返す。
愛情を築くのはお金の多寡ではない。手間をお金で埋めるのは間違いなのだ。
レンは奴隷少女ちゃんからの受け売りを根拠に呆れながらも忠告したのだが、弓使いの先輩は、むしろそんなレンの浅さこそを鼻で笑う。
「なるほど、お前の言うことも一理あるぜ。だけどな、レン。手間を惜しまず尽くしても、金を惜しんじゃ男が廃るし軽く見られるんだよ」
弓使いの先輩は、まだ若いレンに決め顔で告げる。
「金も手間も惜しまないのが、愛なんだよ」
最後の弓使いの先輩の一言は、意外にも名言な気がしていた。
奴隷少女ちゃんは言った。
恋愛はコミュニケーションだと。手間を惜しまず段階を踏む対話が必要だと。
さて、その観点から考えると、奴隷少女ちゃんに近づくにはコミュニケーションが必須となる。
だがレンと奴隷少女ちゃんは、プライベートに接点はない。奴隷少女ちゃんのプライベートは闇に包まれているというか裏社会っぽい何かのベールに覆われている。やすやすと踏み込んではいけない領域だ。
つまり、奴隷少女ちゃんとコミュニケーションを重ねるためには、千リンをつぎ込んで会うしか方法がないのだ。
金と手間、両方を費やす方法である。なにも間違っていない。レンの頭の中で、先輩の言葉によりその方法が正当化されていた。
だが今月のレンには奴隷少女ちゃんを利用するにあたって問題が、一つあった。
「金が、ないぞ……」
沈痛な表情でレンはつぶやいた。
そうである。今月のレンの所持金はすでに尽きていると言っても過言ではない。先日、女魔術師の快気祝いのおこぼれでおごってもらったとはいえ、別に財力は回復しない。ないものはないのだ。
レンのパーティーは、冒険者として珍しいことに月々でまとまった支払いをしている。最低限の給料が保証されつつも、月のパーティーの利益に応じて給金が増加する。日払いの多い中で安定した支払いが確約されているのだが、その分、前借りなどは許さない。
つまりレンの手元から今月生きるために必要な料金を払ってしまえば、本当に残るのはわずかだ。
千リンすらも惜しい状況。それでもお金を絞り出そうというのなら、生活費を削る必要があるだろう。
それを継続的に続けたら、どうなるか。
「たぶん、餓死……」
想像した未来に、レンはごくりと唾を飲みこむ。
手間を惜しむためにお金を払うのは間違いである。レンはそれをしっかり学んだ。
第一、餓死しては話にならない。愛で腹は満たないのだ。それくらいはレンだってわかっている。
だが、お金も手間も惜しまないのは愛情だ。先輩のたわ言に、レンはちょっと感銘を受けてしまっていた。
つまり、愛するものにお金を使うのは当然なのだ。
「よし」
決心したレンは、奴隷少女ちゃんに会うために千リンを支払うことにした。
大丈夫、ちょっと日々の食事を削るだけさ。食事が二割減るだけで奴隷少女ちゃんと話せるなら、安いものだろう?
まったくもってその通りだ!
ということで、レンが広場に行くと、やはりというべきか先客がいた。
珍しいお客だった。
「……」
十歳にならないくらいの幼女だ。
彼女は奴隷少女ちゃんの前で、いかにもおこづかい入れと言った感じのかわいらしい財布を開いて、しょんぼりしていた。
「あの、おにいちゃんに、きいたんです。ここでおなやみ、きいてくれる人がいるって」
「……」
「だけど、あの……」
『おにいちゃん』というのは顧客のうちの誰かだろう。もしかしたら、あの錬金術師の青年かもしれない。だいぶ年は離れているが、なんとなく顔立ちに似た雰囲気がある。
小さな子供でも、家族に悩みを打ち明けられないことがある。特に内気な子はその傾向が強い。
何かしらの悩みを抱えた幼女は、一縷の望みにすがってここに来たのだ。
そうして勇気を出して奴隷少女ちゃんのもとを訪れただろう彼女が言葉を濁したのは、簡単だ。
『全肯定奴隷少女:1回10分1000リン』
そのプラカードの最後の数字『1000リン』に、幼女は顔をうつむかせた。
「でも、おかね、なくて……」
「……」
十歳以下の子供に千リンは大金だ。おおよそ、一か月のおこづかいの全額であろう。はっきり言って、子供がおいそれと払える金額ではない。
奴隷少女ちゃんもその事実に気が付いているのだろう。
彼女にしては珍しく、どうしたものかと視線をおろおろさまよわせている。
レンもなんとなく察しているが、奴隷少女ちゃんは利益のみを求めて全肯定を行っているわけではないようだ。対価を受け取っているのは彼女なりの何かのルールで、本質的に奴隷少女ちゃんが求めているものは金銭ではないのだ。
しかも相手は子供である。かわいらしく真面目そうな幼女だ。おしなべて、真面目でおとなしい子供は自分で自分を追い込む傾向が強い。
放っておくと、悪い方にしか思考が向かわない。ならばこそここで自分が聞いてあげねばと奴隷少女ちゃんも思っているだろう。だが、対価を受け取るという自分のルールを破ることもできず、口元をプラカードで隠しままでいるのだ。
「……!」
何かを思いついたのか、奴隷少女ちゃんの表情が、ぴかりん明るくなる。
どうするのか。レンが見守っていると、奴隷少女ちゃんはすっと左腕を動かした。
『全肯定奴隷少女:1回10分100■リン』
左手でプラカードのゼロを一つ隠したのだ。
これでどうだ。
奴隷少女ちゃんの得意げな笑顔が、幼女に向けられる。
「……うぁっ」
優しい値引きを見て、それでも幼女はしょぼん、と肩を落とした。
わかる。傍で見ていたレンは、幼女に同情した。
あのくらいの子供だと、百リンの手持ちもないことなんてざらなのだ。ちなみにレンの幼少時代のおこづかいは、一か月五百リンだった。
「……っ」
奴隷少女ちゃんは、ええい、と決意。
しょんぼりとうつむいて帰ろうとした幼女に先回りをして、数字のゼロを二つ隠す。
『全肯定奴隷少女:1回10分10■■リン』
十リンになった。
完全に利益度外視の慈善行動である。どこまで値引きがされるのか。ちょっと下限見たくなったレンだが、その前にぱあっと幼女の顔が明るくなった。
値引き交渉なんてこすいことを考えもしない純真な幼女は、お財布から十リンを取り出して奴隷少女ちゃんに手渡す。
そうしてぺこりとお辞儀を一つ。
「お、おねがい、します! あの、おねびき、ありがとうございますっ」
「お、お願いされたの!!!!!!!! 子供がお金のことなんて気にしちゃだめなのよ!!!! えへっ!」
奴隷少女ちゃんの表情こそいつもと変わらない明るい笑顔だったが、珍しくハスキーボイスの滑り出しが、一瞬だけ引きつっていた。