告白は全否定・前編
奴隷少女ちゃんに告白すると決めたレンだが、なにも猪突猛進に挑もうというわけではなかった。
レンは自分が田舎者だということを自覚している。
いままで同世代の女の子が周りにいないような生活を送ってきた。年頃の異性の機微など、レンにとっては最も理解に遠い事柄の一つである。ぶっちゃけ、レンには女の子が喜んでくれる告白方法などさっぱりわからない。
だがレンには頼りになるパーティーメンバーがいるのだ。
人の感情が創ったダンジョンを探索する者、冒険者。
レンよりも人生経験豊富な彼らである。恋愛ごとだって、きっと含蓄のある助言をくれるだろうと信頼していた。
とはいえまともに「好きな子への告白はどうすればいいんですかね」とか相談したら、死ぬほどいじられるのは目に見えている。
なのでレンは、慎重に各々の恋愛経験を聞くような形を取った。
まず一番頼りになりそうなのは妻子持ちのリーダーだ。
彼に「リーダーって結婚してるんですよね。記念日とか、奥さんにどうお祝いしているんですか」と雑談を装って良いプレゼントの選定方法を聞くと「いちいち祝ってねえけど……そうだな、最初の頃は花束とか用意してたな。……久しぶりに、買ってみるか」と言われた。仲がよさそうで何よりである。
もちろん、女性からの意見も重要である。
そのため女剣士に好感のもてる男性像を聞いたら「そうねぇ、清潔感は大事よね」というなんとなくはぐらかされているような気がしないでもない返答をもらったので、レンは告白当日にはびしっと服装を決めることにした。
弓使いの先輩には「先輩って女性経験豊富なんですよね? 俺、先輩の武勇伝が聞きたいなぁ。どんな言葉とかプレゼントとかで喜んでもらったんですか?」とおだてつつ探りを入れたら自慢げに「そりゃ換金しやすいものを渡した時が一番喜ぶに決まってんだろ?」とかクソみたいな返事がきたので参考から除外しておいた。
そして同世代の女の子の嗜好は最も知りたいところである。
レンの知り合いの同世代といえば、女魔術師だ。
まだ神殿の至聖所で体を休めている女魔術師には、自分に好きな人がいるという事情がバレている。
見舞いがてら、ここは隠す必要もなしと直球で「好きな人にプレゼントをしたいんですが、どういうのがいいと思いますか!」と聞いたら、なぜか顔を真っ赤にした女魔術師に「知るかぁ!」という叫びとともに枕を投げつけられて追い出された。
ほうほうの体で退散したレンは、ほんとにあの人、暴力的でつっけんどんだな、ちょっとは仲良くなれた気がしたのにとため息を吐いた。
そんなことのあった翌日。
ダンジョン探索も休みの日、レンは手持ちのお金で上等な服を新調し鏡の前で自分の姿を確認、通りの店先でできるだけ華やかな花束を買った。
告白という行為への事前の情報収集は万全。さらに言えばレンには勝算があった。
奴隷少女ちゃんへの告白にあたって名案を思い付いていたのだ。いや、名案どころか必勝法と言ってもいい。絶対に失敗しない告白方法を彼は編み出していた。
「告白を全肯定してもらえばいいんだよなぁ……!」
千リンを渡して告白を全肯定してもらう。これしかないとレンは確信していた。
花屋で買った花束に、そっと千リンを紛れ込ませる。奴隷少女に千リンの刺さった花束を差し出して、全肯定奴隷少女ちゃんになったところで告白するのだ。
これぞ、絶対に断られることのない告白である。
「くくく、完璧だ」
こんな素晴らしい告白方法を思い付く自分の頭脳が怖いぜ、とレンは怪しくほくそ笑みながら奴隷少女ちゃんのいる広場に向かう。
今日が自分と奴隷少女ちゃんにとっての記念日になるのだ。明るい未来を信じるレンの足取りは軽く、鼻歌なんぞを歌っている。失敗を想像しない表情はだらしなく緩んでおり、客観的に見るといまのレンは割とキモかった。
そうしてたどり着いた公園広場。
そこには、先客がいた。
いつもと変わらず、貫頭衣を身にまとって可憐に微笑む奴隷少女ちゃんの前に、いつだかの錬金術師の青年がいたのだ。
始めてみた時と比べてずいぶんと顔色がよい。例の教授も失脚したことで、彼の環境はよいほうに変化を遂げたようだ。
「む」
レンは顔をしかめる。
どうにもこの人とはタイミングが合わない。初めてレンが奴隷少女ちゃんを利用しようとした時もそうだったし、今日などは告白しようという時に客として訪問してきたのだ。毎回先回りされているようで、ちょっと邪魔だなぁと思って、ふと気がついた。
悩みを相談するにしては、錬金術師の青年は少し様子がおかしかったのだ。
まだ千リン渡していないようで、奴隷少女ちゃんの口元はプラカードで隠されている。
そんな彼女の前に立つ錬金術師の青年は、緊張しつつも何かを決意しているような表情をしていた。
服装はいかにも鏡の前で一時間も二時間も悩んだ末に決めた勝負服です、みたいな感じで、手にはやたらと豪華な花束を持っている。
彼の様子に、レンは疑念を抱く。
なんだあいつは。悩みを打ち明けるため奴隷少女ちゃんに会いに来ているというのに、パーティーにでも行くような服装で花束持参とか、変な奴だなぁ、やれやれ。あれ、でもどっか同じような奴を見かけたような? とレンが不可思議なデジャヴを錬金術師の青年に感じた時だった。
「あ、あの……」
錬金術師の青年が、奴隷少女ちゃんに花束を差し出す。
差し出された豪勢な花束には、千リンが混ぜてあった。
「す、好きです! 最初に全肯定された時から、ずっと好きでしたっ。付き合ってください!」
レンの全身に雷が直撃したような衝撃が走った。
先を越された!
目の前の光景に、レンは内心で絶叫する。
錬金術師の青年は、レンと同じことを考えていたのだ。
くそっ、タッチ差で負けるとか、最悪だ。
醜い嫉妬で顔を歪めたレンは、声にこそ出さないが心の中で思いっきり毒づく。
なぜよりによって自分の目の前で、自分と同じ考えの告白をするのか。本当にタイミングが悪いにもほどがある。
レンの心に怨嗟が渦巻き、意地の悪い感情が鎌首をもたげる。
錬金術師の青年は二十代後半。それに対して奴隷少女ちゃんは十代後半と、レンとほぼ同い年だ。
告白するにはちょっと年が離れ過ぎてるんじゃないか?
そうだそうだ、と二番煎じ野郎になったレンは相手の欠点をあげつらう。
錬金術師の青年なんて、駆け出し冒険者のレンと比べてすら線が細くて弱そうだし、この国の最高学府であるアカデミーの助教授という社会的な立場もあって収入も安定していてる立派な大人で、よくよく見れば服装も花束もレンが用意していたものより数ランク上で――あれ、もしかして勝てる要素ゼロか!? などと混乱しつつも巻き返しの手段を計っていた時だった。
「……」
楚々と微笑む奴隷少女ちゃんが、無言でくるりとプラカードを裏返した。
『全否定奴隷少女:回数時間・無制限・無料』
空気が死んだ。
錬金術師の青年が愕然としたのはもちろん、傍で慌てふためいていただけのレンまでもが自分の葬式の参列者席に叩き込まれたような気分に叩き落とされた。
もはや言葉はいらない。
錬金術師の青年が目を見開く。彼の手からばさりと花束が落ちる。あの花束、高そうだけどいくらしたんだろう。もしもの自分の姿を目にしたレンの頭は、現実逃避気味にそんなことを考えていた。
そんな野郎どものことなど知ったことではなく、奴隷少女ちゃんは止まらない。プラカードを口元からどけることであらわになった美貌には一片の陰りもない。
彼女は口を大きく開き、はきはきと。
「お付き合いはできないの!!!!! ごめんなさいなのよ!!!!!!! えへっ!」
ぴっかぴかの営業スマイルで、はっきりとした告白全否定のハスキーボイスが響いた。






