番外編 バレンタインの全肯定
せっかくなのでファンタジーなバレンタインものを。
イベントSSなのでやや時空が歪んでます。ネタバレが絶対に嫌な人にはおすすめしません。
それとGA文庫より処刑少女3巻、明日から順次発売なので、よろしくどうぞ!
それは、リンリーの一言から始まった。
「レンおにーちゃん。『ばれんたいん』ってなにか知ってる?」
「ばれんたいん……? いや、聞き覚えないや」
ダンジョンの探索中。リンリーが「ばれんたいん」について問いかけ、レンが答えた瞬間だ。
パーティーメンバーの女性陣の中で、ピリッとした空気が流れた。
冒険者歴三年目になるレンがリーダーをしてるこのパーティーでリンリー以外のメンバーというと、ミュリナとイチキ、そしてもう一人である。
まずいことを言ったか。リンリーは他のメンバーの反応から、いま自分がうっかり地雷原に踏み込んだことに気がついた。リンリーは異国育ちなので最近街中で準備が進んでいる『バレンタイン』なるものが純粋にどういうイベントか知りたかっただけなのだが、話はそう簡単ではなさそうだ。
「リンリーはそのイベントに興味があるのか?」
「え、えと、う、うん……」
リンリーは笑顔を張り付けたまま、こっそり他の三人の様子を確認する。明らかにその三人のイベントへの意識の仕方が尋常ではないことを察知したリンリーのリトルな心臓は、きゅっと縮こまってトクトクとビートを刻んでいる。
ただいまさら話題をひっこめるのは悪手である。他の三人が明らかに、レンがどれだけ『ばれんたいん』について知っているのかの情報を求めている。ミュリナだけならばからかえば終わるが、今日はイチキともう一人が控えている。リンリーには会話続行の選択肢しか存在しなかった。
パーティーメンバー最年少の彼女は幼気さをフルに活用して、なにも気がついてないふりで会話を続行する。
「れ、レンおにーちゃんったら、もうこの町に来て三年目だよね? 町でやってるイベントも知らないんて、社会不適合だよ。レンおにーちゃんはだめだめなんだから!」
「しかたないだろ。俺、村育ちだからそういう町のイベント的なものってよくわからないんだよね。こういう風習って地方ごとにかなり違くなるし……少なくとも去年の今頃って特に何もなかったんだよね」
「ふーん?」
去年の今頃。
まだミュリナがレンにツンツンしており、イチキとはそもそも出会っておらず、リンリーは祖国で挫折の知らない日々を過ごしていた頃の話だ。男女のイベントであるバレンタインとはまるで無縁の少年だったのだ、当時のレンは。
「でもリンリーみたいな子供も楽しめる感じのイベントかもしんないし、知ってたほうがいいよな。もっと周りに興味もたないとダメだなぁ、俺は。そこんとこは、リンリーの言うとおりだ」
「そ、ソダネー。そうかもしれないと、言えなくもないかもしれないね!」
バレンタインではどのようなことが主旨なのか、他の三人の反応で悟りつつあるリンリーが明言を避ける。
自分が生き残ることに必死なリンリーの努力など知らず、レンは自分のパーティーメンバーに話題を振った。
「ミュリナたちはバレンタインってイベントのこと、知ってる?」
「あたりまえじゃない」
「もちろん、存じ上げております」
「…………」
美少女の三人中、ミュリナとイチキの二人が笑顔で返答する。最後のパーティーメンバーのもう一人は無言のままツーンと冷たくそっぽを向いていたものの、視線がちらちらレンのほうによこされていた。
「わたくしは少しばかり町の興伸イベントの企画に携わっております。残念なことに当日いろいろと準備にかかりきりになりそうですが、是非ともみなさまが楽しめるよう盛り上げてまいります」
「イチキは相変わらず規模が大きいわね……あ。あたしもちゃーんと用意してあるから、覚悟しておいてよね」
「………………ん」
「そ、そうなんだ……」
三人の圧を前にして、レンはたじりと後ずさった。
リンリーは目立たないようにレンを盾にしてその背中に隠れながら静かにぷるぷる震えつつも、とりあえずイベント情報だけ集めておこうと決意した。
「バレンタインがどういう日か、って?」
ダンジョン帰り。教会でレンが尋ねると、常連シスターさんことファーンはなぜか呆れた顔をした。
「いまさらというかなんというか、逆にいまだからというべきか。レン君になんて言えばいいのか、正直コメントに困る」
「どういうことですか?」
「んーん? レン君のパーティーの子たちがいろいろ大変そうだなぁって」
「どういうことですか!?」
どうもこうもない。そのままの意味である。
明言をさけたファーンはさらっと話を逸らす。
「ちなみにバレンタインって、教会だと世間様と過ごし方がちょっと違うんだよね」
教会では、バレンタインとは聖なる日だ。
その昔、バレンタイン祭という因習が続く村があった。村の女性の名前が書かれたクジを村の男性が引き、引き合わされた二人は祭りの期間中に男女の付き合いをするというものである。この村の風紀の乱れを嘆いた当時の教皇がクジの中身の名前を歴代聖人の名前に書き替えた。聖人の名が書かれたクジを引いたものは、祭りの間、聖人の人生にならった生き方をするようにと説かれ、村の因習は終結した。
「ていうわけで、教会に所属していると、この伝承にならって前日にくじを引くんだよね。で、当日はそこのクジに書かれた聖人様の生き方にならって過ごすの。あんまり期間が長いとイベントとして厳しいものがあるのから、一日になったけどね」
ファーンの言葉に、レンは「へえ」と呟く。
くじを引いて、一日を聖人の生き方にならうように生きる。なるほどそういうイベントなのかと納得する。その様子をファーンはちらりと確認して、本当に知らないのかと思っていた。
ちなみにこれが長じて、年ごろの男女がバレンタインに愛を込めた手紙やカードを交換するイベントへと変化するのだが、どうせならば当日困れ男の子とファーンは思っていたので、あくまでレンへ与える情報は教会内イベント限定にとどめておいた。
「ってなると、ファーンさんはもうそのクジを引いたんですか?」
「うん。ほら、これ」
ファーンが引いたクジを隠すことなく見せる。レンは書かれている聖人の名前を読み取った。
『イーズ・アン』
誰だこの名前をクジに紛れこませた奴。
確かにまぎれもなく聖人ではあるのだが、存命の人物のものをこういうイベントに入れるのはどうなのだろうか。というか、それ以前に彼女に身近で接する機会があるこの町の聖職者が、自分も引き当てるかもしれないこの名前をクジに放り込んだという胆力がすごい。
クジを見て無言かつ真顔になったレンは、ファーンの表情を確認する。
ファーンはいっさいに気にした様子はなった。
「先輩にならった一日ってなると……いつも通り仕事をして、一緒にカフェでお茶すればいいから、実質、半休みたいなものだよね。普通に楽しみ!」
「え? 嘘ですよね? 一日絶食とか、二十四時間耐久お祈りコースとかとそういうことが強いられる名前ですよね、それって」
「なに言ってるの。あの日以来、先輩ってば心なしか人当たりがやわらかくなったんだからね? ちょっとかわいいんだよ、最近の先輩は」
「それ主張しているのってファーンさんだけですよ。前と全然変わってませんって」
「あーあ、レン君もしょせんは違いのわからない男かぁ。残念無念だね」
唇を尖らせたファーンは、指折り明日の予定を考える。
「先輩が喜ぶ店を新規発掘するのもいいかも。先輩って意外に甘党だし、なんか新しいもの食べさせてあげたいな。今年は楽しめそうで運がいいや」
「えぇ……」
人によっては最悪なものを引いたと明日の命を嘆く結果を前に、むしろ上機嫌になって予定を組み立てていた。
色々な危険を切り抜けてきたレンだけれども、この人にだけは一生かないそうもないとしみじみ思った。






