悩める青年は全否定・後編
記者さんは、やはりファーンが送り込んでくれた援護だった。
いきなり私用で押しかけたレンとは違い、前々からアポをとってファーンに会いに仕事で来た記者さんを折りよいタイミングでレンのところに寄越したらしい。
イーズ・アンはファーンから寄越されたという名目を聞いてあっさりとスノウを連れて引き下がった。
「俺、もうファーンさんには一生頭が上がりません……!」
レンは万感の思いを込めて感謝の念を吐露していた。
危機は自力で乗り切りつつあったとはいえ、さっきまでいた場所は第二第三の致死トラップがいつ発動するかわかったものではない危険地帯だった。その罠を解除してくれたファーンに対しては、もう借りと恩が積み重なってどう責任をとればいいのかわからない状態だ。
あの部屋から助け出されたレンの目の前には、眼鏡をかけた女性がいる。記者さんである。彼女がレンへの取材がある、という名目でなんとかあの二人から引き離してくれたのだ。その行動には、あそこにいる二人に関わりたくないという記者さんの気持ちが大きく加算されていたが、助かったのには変わりない。
「いやぁ……ファーンさんから取材にちょうどいい冒険者の男の子がいるって聞いてたんだけど、あの状況にはびっくりしましたよ。あの空間だけで天に召されてたのかなって感じの部屋でしたね」
「ですよね。俺もあそこに部外者として入ったら、『やばいところに来た!』って思いますもん」
さっきまでの状況に、あははと軽く笑いあう。地獄の始まる一歩手前から抜け出した仲である。吊り橋効果というべきか。ただの初対面よりは、一歩か二歩、心の距離が縮まっていた。
「それで、取材って何ですか?」
「ああ、それが本題でした」
ぽん、と柏手を打った記者さんが手帳とペンを取り出す。
「実は近々、冒険者向けの雑誌を刊行するつもりでですね。昨年、著しい成長を遂げた新人のインタビューをしてみようという企画があるんです。そこで選ばれたのが、レン君、あなたです!」
「はい? 著しい成長って……俺が、ですか?」
「ええ! あなたのやり方がこれから冒険者を始める人たちのお手本になるかもしれませんよ?」
自分を指さしてきょとんとするレンに、記者さんは取材相手へのおだても含めつつレンの功績を持ち上げる。
「珍しいんですよ。本当にロクな用意もしないで田舎から来たのに、二年目で地盤を固めた冒険者になって、自分のパーティーまでつくってるなんて! 前々からしっかり準備している人が順当に冒険者稼業で頭角を現すことはままあるんですけど、人脈ゼロ、お金ゼロ、実力ゼロから一年で自立できたっていうのはなかなか聞きません」
「うぐっ」
全体的に褒められてはいたのだが、いまとなって過去を振り返るとマイナス面が突き刺さった。この町に来た当初の自分のなってなさを思い出して、レンは胸を押さえる。
いろいろと黒歴史なのだ。ジークのパーティーに拾われていなければ、ファーンとの交流がなければ、奴隷少女ちゃんと公園広場で出会えていなかったら、そしてミュリナと出会えていなかったら。
誰か一人でも欠けていたらと思うと、ぞっとする。
「俺がどうこうっていうより、周りに恵まれていたっていうだけですよ」
「周りが、ですか」
記者さんがにっこり笑う。彼のような少年がどうして聖女と聖騎士の二人と一緒にいたのか、ジャーナリストとして気になってはいたのだ。
ただ当然、あの二人に取材をする根性はない。だがこの少年はあの二人と違って安全であると彼女の嗅覚はかぎわけていた。
「それも含めてお聞かせ願えればな、と」
かくかくしかじか。
「なるほどなるほど」
おおよそレンの話を聞き終えた記者さんはいい笑顔で大きく頷き、メモをとっていた手帳をぱたんと閉じた。
「これは他の新人のかたにはなんの参考にもなりませんね」
「参考になりませんか」
「なりません」
記者さんはきっぱりと断言する。
「特に聖女さま関連がひどいです。これをありのままを書くと、新人冒険者が聖女さまに近づこうとか考えちゃうかもしれないと予想できます。そうなると、彼らの未来が不憫で不憫で……」
「それはわかってます」
レンは神妙に頷く。秘蹟習得のためにイーズ・アンに近づいて浄化されたとかいう事件が起きかねない。そこはむしろ、安易に近づかないほうがいいですと強く注意喚起をしておきたいほどだ。というか、この町の冒険者界隈では「あれには近づくな」と普通に注意勧告がささやかれている。
「もちろん使える部分も多いんですけれども……困ったことに、話としては面白いんですよね、いろいろと」
ただ話の面白さが、新人冒険者のお手本という予定の企画の趣旨とはズレている。記者さんはペンでぽりぽり頭をかく。
「枠をとるので、コラムでも連載してみます? 新人冒険者奮闘記、みたいな感じで。意外とウケるかもしれないです」
「コラムですか? 俺、文章とか書いたことないんですけど……」
「ああ、大丈夫ですよ。口頭で聞いたものをこちらでまとめるので、チェックだけしていただければ。もちろん原稿料はお出しします」
「やります」
提示された金額につられて、レンは食い気味に了承する。絶食生活の経験がある貧乏少年の懐事情はいまだやや侘しいものだった。
「ちなみにこの雑誌って、どのくらいの範囲で置かれるんですか?」
「あちこちですね。うちは『西はハーバリア、東は清華まで文字を届ける』っていうのが社のうたい文句ですからね」
「へえぇっ、すごいですね!」
清華といえば、イチキとリンリーの祖国である。遠く、東方にある国だというこちはレンでも知っていた。
素直なレンの反応に、記者さんはくすりと肩を揺らす。
「種明かしをすると、両方とも大国なんで支部があるだけですけどね。それでもダンジョンはどこの国の都市部にもあるので、置けるところには置く予定です」
「皇国時代も活動してたんですか?」
「してましたよー。まあ、あの時期は出版物の締め付けが半端なく厳しかったですけど、私も新人として駆け回っていました」
「じゃあ」
レンは、この人が記者だということを聞いた時から溜めていた本命の質問を切り出す。
「皇帝の最後のことって、何か知ってたりしますか」
「皇帝の最後……」
レンからすると踏み込んだ質問。
記者さんは意外そうに目を瞬かせた後に、ははぁんと笑みを浮かべる。
「皇国ミステリーの一つですね。それは、存在しない情報ですよ」
答えのない歴史的ゴシップの一つだ。そういうネタはそういうネタとして好きな記者さんは、人差し指を立てて説明する。
「ハーバリア皇国を治めていた皇帝は、玉音の持ち主です。その声を響かせればどんな命令でも強制できるという能力上、正気の人間はそばにいられません。特に最後の皇帝、フーユラシアート四世は玉音で意思を奪っていた伝令官を重用していたので人前に出ることがなかったようです。革命期の混乱か、記録は焼かれましたしね。名前からして女性であることは間違いありませんが、それ以外の情報はありませんね」
「そう、ですか」
どうせ答えが得られないなら、とレンは最後まで問いかけることはしなかった。
「レン君も奴隷少女ちゃんのお客なんですね」
「え、ええ、はい」
「いいですよね、奴隷少女ちゃん。明るくて、話していてすごく気分が晴れて!」
記者さんとの話題は雑談に逸れていく。
いいや、逸れていないのかもしれない。
最後に即位した皇帝は、十歳にもならない子供ではありませんでしたか、と。奴隷少女ちゃんの年齢から逆算して抱き続けている疑問を問いかけることが、レンにはどうしてもできなかった。






