膝枕の全肯定・後編
新年明けまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
――お慕い申し上げております。
濡れた艶やかな声でそう言われて愛の告白だと気がつかないほどレンは男を止めていない。
完全に頭が真っ白になる。空白になったレンの意識にイチキのやわらかさと体温が入り込む。それを知っているかのように、イチキは優しく微笑んだまま膝枕をするレンの髪を撫でる。たおやかな指先がレンの髪を撫でるたびに、イチキの太ももに少しだけレンの頭が沈み込む。
女の子はやわらかくて心地よい。ミュリナに続き二人目の美少女との接触でレンは世界の真理への確証を深めた。
代償は理性だ。それでなくともミュリナにとことんまで煽られてぎりぎりまで気持ちが高ぶっていた直後である。美少女二連戦でレンの下半身と脳みそは同化しそうになっていた。
「ちょ、イチキちゃん……うん、えと、うん……」
なにを言えばいいのか。レンは口ごもってヘタレるしかなかった。『誘惑されない』ところが好きだと言われたからには、告白を断ってもイチキの気持ちはくじけないだろう。むしろ離れようとするだけ逆効果な節すらある。
ごくりと生唾を飲む。自分がどうすればいいのか、まるでわからなかった。
「ところで、レンさま」
ところで。
話題を転換する接続詞が出されたが、いま膝枕をされながらイチキに告白されたことより優先すべきことがあるのか。イチキの太ももと見あげる形になる胸下のラインから必死に意識を逸らそうとしつつ意識の大半を割かれながらもそんなことを考える。
「ここで、日ごろの愚痴を吐き出されてはいかがでしょうか」
「……ここで?」
いまさっき告白してきたイチキに膝枕されたまま? それはなにかがおかしくない?
目線でそう疑問を呈するレンに、イチキはにこりと笑う。
「はい。わたくしもたまには、姉さまの真似事をしてみるべきだな、と思いまして」
「そ、そっか。いや、でも……」
「最近、レンさまも姉さまのところに向かわれていないことは存じ上げております。どうぞ姉さまの代わりと思って、わたくしを使ってくださいませ」
触れ合うイチキの体が、丁寧な言葉遣いで選ばれて紡がれる言葉が、いちいちレンの本能を刺激する。
本格的にまずかった。
スイッチだ。頭を切り替えるのだ。レンは必死に本能に抗った。勇者直伝のスイッチさえ入れればどうにかなる。目をきつく閉じ、ばちりと頭を切り替えようとした瞬間だった。
不意に動いたイチキの指先が、額から胸元、腹筋の中心をなぞってへそ下まで、つつっと動いた。
「レンさまも……溜まっているのではありませんか?」
レンの精神統制スイッチが、入った。
変な方向に。
「……」
性欲でちょっと血走りかけていたレンの目が、すっと細まった。
頭がクールになり、現状を分析する。
率直に判断して、完全にやられっぱなしである。クールになったレンは自分の情けなさを嘆いた。
ミュリナの時といい、あまりにも女性優位すぎる展開である。どうしてこうなったのか。自分は好意を持ってくれた女の子に責められっぱなしなのはなぜなのか。
反撃をしないからではないか。
ならば男として反撃をすればいいのだ!
そう結論を出したのは、レンの頭脳がもともと割とフールだったからだろう。
レンが上半身を起こし、手を動かした。
突然の行動に、イチキが不思議そうな顔をした。ぐいっとイチキの手を引いたレンが、起き上がりながら腰を抱き寄せる。
「イチキちゃん」
「ふぇ?」
ぽかん、とほうけるイチキの腰を抱えて体を浮かした、レンは彼女を自分の膝に乗せた。
性欲を煽られすぎて混乱していたのか、それとも自分の性欲を正当化しようと無理な理屈を通そうとしているのか。変な方向に確変していたレンは、ガンガン攻めていく。攻めていけば相手が引いて距離が開くはずだというクールな判断で自分から距離を詰めていく。
「ちょっと、お仕置きを受けてもらおうっか」
本来は機械的になるはずのスイッチ思考が、変な方向にスイッチされてレンは、イチキの耳元でささやいた。
レンを膝枕していたイチキは、えもしれない満足感を味わっていた。
レンを自分の膝枕に寝かせて、反応をじっくりみながら語らう。自分の言葉に、仕草に、レンが反応する。本能からの情欲に駆られているのを隠そうとして、隠しきれず、顔を真っ赤にしながらも息が荒くなりそうになるのを耐えている。その忍耐力といじらしさが、かわいらしくて胸がうずく。
全部を預けて欲しいな、と思う。
甘やかして、溶かして、寄りかかって欲しい。
ごくりと生唾を呑み込む音が聞こえた。意識されている。それが、なんともいえぬくすぐったさを生んでいた。劣情に流されないように意識をそらそうとしているのが、なんともかわいらしい。相手を手玉にとるという感覚が、イチキの心を昂らせより大胆になっていく。
別に、手を出したって、いいのに。
そう思うのと同時に、レンが手を出してこないだろうということも承知していた。
だからこそ、予想外だった。
レンがきつく目をつぶる。精神統制。意識の切り替えにより感情を可能な限り排除し、どんな状況でも理性的になろうという技術だ。それを邪魔しようと、額からギリギリ下腹部まで指を滑らせる。
「イチキちゃん」
「ふぇ?」
不意に起き上がって伸びたレンの手が、イチキの腰を引き寄せる。体を浮かせてイチキを膝に乗せたレンが、顔を近づけてくる。
「ちょっと、お仕置きを受けてもらおうっか」
「――!」
ぞくぞくと走った快感に、ぴくんっとイチキの背筋がのけぞった。耳が、気持ちいい。ふるる、と腰が震える。知識では知っていても、自分の耳が性感帯なんだとレンにささやかれてはじめて開発されたことで実感する。
「お、お仕置き、といいますと……」
「言わなきゃ分かんないの?」
いままで行動を読みきって余裕を持っていたのに、制御ができていない。レンの反撃に、イチキのペースがかき乱される。
「い、いけません、レンさま」
「なにがいけないの? さっきまで膝を借りてたから、お返しに膝を貸してるだけだよ」
知識も知恵もあれども、イチキは清らかで慎ましい乙女である。異性と触れ合えば、それだけで恥ずかしい。自分からはともかく、相手に主導権を取られると慌てふためいてしまう。とっさに広がる裾で赤くなった顔を隠す。
レンが顔を隠した裾を持ち上げた。真っ赤になったイチキを見て、意地悪に笑う。
「恥ずかしいんだ。さっきまでイチキちゃんが俺にやってたことなんだけど」
「そ、それはそうでございますが……!」
からかう台詞なのだが、恋心とは恐ろしい。その言葉すら心に突き刺さって心拍数を跳ね上げさせる。いけないと自分で並べる理由が背徳感を煽り立て、イチキの頭も熱に支配されていく。
それを知ってか知らずか、レンは饒舌になる。
「女の子は好きな相手じゃないと興奮もしないし気持ちよくならないって聞くけど、男はさ、そうじゃないんだよ。好きじゃなかろうが、女の子で気持ちよくなれる。俺がイチキちゃんの気持ちを利用して押し倒したら、どうする気? そのまま責任を取らないことだってできるんだよ?」
「……それでも、よろしいのでございます」
「いや、よくないから。もっと自分を大切にして」
「いいので、ございます……!」
戸惑うレンに、イチキは意を決して身を寄せた。もう、戦略も優位性も捨てた。しなだれかかったイチキの胸がレンの体に寄り添うためにやわらかく形を変える。首筋に寄せた息が、熱を帯びている。
情欲が煽られたのは、レンだけではなかった。
イチキの情動が皮をむいて露わになる。レンの膝に乗せられて、慎ましくも礼儀正しくそろえられていたイチキの足が開かれる。おずおずと動いた足が、レンの太ももに割り込んではさまった。
レンの膝にまたがって、イチキの体重が乗せられる。
「んっ――ぁん」
ぎしりとソファが沈む音と、鼻から抜けた甘い声が混ざりあった。
レンの固いところにまたがり足を絡めたイチキが、上気した頬とうるんだ瞳で、とろりとした微笑みを送る。
「一度きりでも記憶に残ればいいと……愚かしくも考えることがございます。先程は全肯定でと言いましたが、レン様さまのお好きなように、わたくしの体を使ってくださって、いいのです」
いつの間にか、攻守は逆転していた。
攻めているつもりで攻められているレンに贈られるには、バカで都合のいい女の一言だ。
「一夜の夢を見るために、レンさまの思うがまま、おっしゃるとおりの御奉仕を、いたします」
レンの童貞ヒットポイントがレッドゾーンの危険水域を突破された。
イチキがいいなら、もういいじゃん。
本能が勝利を主張してがなりたてる。
いいじゃん。だって、いいって言ってるし。後のことは後の自分に全投げして、今を楽しめば。だってイチキは美少女だし、膝枕をしてくれた太ももやわらかかったし、押し付けられるおっぱい大きいし、いい匂いするし。
イチキとミュリナの二連戦で性欲が最高潮に達した結果、どうしようもなく割と最低な考えに支配されたレンの理性が完全に屈服しようとした時だった。
「――天誅!!」
二階に続く扉より飛び込んできたリンリーの膝蹴りが、変なスイッチを入れて確変モードに入ったレンの顔面にぶち込まれた。
「ぽびゅ!?」
獣の敏捷性で身体能力を向上させたリンリーのかわいらしい膝小僧の威力は、成人男性相当のレンの体重と部屋に漂っていたピンクな空気を吹き飛ばす芸術的な一撃だった。
「レンおにーちゃん。なーに、やってるの!」
無様に床に転がったレンとは対照的に、リンリーは宙で一回くるりと回って華麗に着地。降霊憑依で狐耳を生やしもふもふ尻尾をふわりと揺らし、びしりと指を突きつけた。
「尊師が優しいからって、セクハラ? あのさぁ、イチキ尊師が美人で優しくて完璧で魅力的なのはわかるよ? でも仲のよさに付け込んで強引にせまるなんてさっいてー! 相手の優しさを知ってて抵抗しないだろうって思ったんでしょ! さいってー!」
そそくさと身なりを整えていたイチキが、さっと顔をそらした。
どちらが仲のよさに付け込んで、強引に迫っても抵抗しないだろうとしていたのか。それはイチキを絶対的に信奉するリンリーが知らない方が幸せな事実である。
「レンおにーちゃんなんて雑魚雑魚の雑魚なんだから、イチキ尊師がその気になったら指一本で五体が四散だよ!? ちょーしに乗ってるんじゃないのッ。雑魚のレンおにーちゃんはリンリーの安全地帯だっていう分際をわきまえて! お仕事としてあたしを褒める時に頭を撫でさせてあげるから、それで満足して――あれ?」
リンリーの責め文句が途絶えた。床に転がって鼻血をだらだらと流すレンが完全に意識を飛ばして、ぴくりとも反応していなかったからだ。
「えっと……」
ちょっとやり過ぎたかもしれない。珍しく自分の行動結果に反省したリンリーの耳と尻尾がへにゃりと垂れさがった。
からかい過ぎたのか、ふて寝をはじめたミュリナの部屋から出て一階に来たところで、リンリー視点だとレンがイチキにセクハラをしているようにしか見えない現場を目撃。イチキにセクハラなど天に唾を吐くのにも等しい行為。リンリーからすれば不遜も不遜、身の程をわきまえないこと甚だしく、そもそもイチキが反撃したら雑魚のレンなど一瞬で死んでしまう未来まで幻視できる。
レンが死んじゃったら悲しい――ではなくリンリーの安全地帯がなくなってしまうと焦燥に駆られた。ならば先手で自分が痛手を食らわせてやればイチキも手心を加えてくれるだろうと幼心の親切心もあって膝蹴りを見舞ったのだが、予想外にいいところに入ったらしい。
まさか死んじゃってないよね、とおそるおそる近づいて、目を回しているだけだと気が付きほっと息を吐く。
「……リンリー」
「はい!」
イチキの呼び声に即座に振り返った。
リンリーの顔は、セクハラ野郎を撃退しました、褒めて褒めて、と喜色に満ち溢れていた。
自分は善行を成したと信じる曇りなきまなこだ。さすがこれを一方的に叱ることはできない。イチキはいろいろと自分の感情をごまかすために、こほんとせき払い。
「あなたは、その……あれでございます」
「はい!」
「よかれ悪かれ、もう少し間を読むことを心得なさい」
「はい?」
どういうことなのか。いつになく歯切れの悪いイチキの言葉に、リンリーは小首を傾げた。






