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お見舞いの全肯定・後編


「ああああ、またやっちゃった……!」


 悪戯小娘リンリーの乱入の後。

 病人ミュリナは、ベッドで膝を抱えてもだえていた。

 唸り声の主な内容が後悔である理由は簡単だ。

 ミュリナは前に一度、同じようにではないにしてもレンにアタックして反省したのだ。気持ちがまだ通じ合っていないのに肌を合わせようとするのは暴走に近いから、まずは心からちゃんと寄り添っていこうと決めていた。

 それなのに、迫ってしまった。

 いや、あの時より気持ちが伝わったという感触はあった。あったのだが、やはりちょっと強引だった気がする。あとちょっとでいけたよねと本能がささやいているが、それはそれとして気恥ずかしさもぐるぐる巡る。

 イチキの言動で焦っていたこと。レンと二人きりで思いが募っていたこと。熱で少しばかり理性のタガが外れていたこと。そして。


「ミュリナさー。レンおにーちゃんを自分の部屋に引っ張りこんで迫るとか、よっきゅーふまんなの?」

「殺すわよクソガキ」


 わくわくした顔で話しかけてきたリンリーに真顔ですごむ。ちょっと図星な自覚があったため鬼気の迫りかたが一味違った。

 だが、パジャマ姿のミュリナの枕元に座るお見舞い人リンリーはどこ吹く風だ。


「残念でしたー。ミュリナみたいな雑魚にやられるわけないじゃん! べー!」


 小憎らしさ満点のセリフに、短く舌打ちをする。

 基本的にリンリーは、イチキに言われない限り自分の態度を翻すことがない。生まれから育ちまで、イチキに自尊心を木っ端みじんにされるまでは自己肯定感の権化だったのだ。基本スタンスがそうそう変化するはずもない。


「ねー、ミュリナ。さっきのって、やっぱりミュリナとレンおにーちゃんが恋人だから? リンリーと尊師が帰ったら二人で続きするの?」

「しないわよ! あたしとレンは付き合ってないわ。……まだ」

「へー」


 付け足された語尾に未練がましさがあふれている。

 これは攻め所だと見抜いたリンリーは、にまにまと邪悪な笑いを垂れ流す。


「ミュリナってば恋人でもない相手にあんなことするんだ。へー、へー! そんなことしちゃっていーのかなー! ミュリナってば、いーのかなー!」

「だ、ま、り、な、さ、い!」


 無論黙るわけがない。ミュリナが怒れば、きゃっきゃと喜ぶ。会話で主導権をとってマウントを取るのは、もはやリンリーの性質である。見舞いとはなんぞやという状況だ。一人で病気をしている時特有の淋しさは確かに解消されるだろうが、どう考えても体力の消費が大きい。


「でもさー。ミュリナってば、レンおにーちゃんのなにが好きなの? レンおにーちゃん、ダメダメじゃん。まあミュリナも雑魚だけどそれでも格が吊り合わないと思うよ?」


 イチキに感覚をこじ開けられて以来、リンリーはなまじ人の存在の格が「視」えてしまうため、視えた格が態度の基準になっている傾向にあるのだ。

 存在の格が視えるからこそ、資質と現在の在り方の差を重視するイチキの考えにはまだまだ至れていない。

 ミュリナは、このクソ生意気な小娘が、という思いをたっぷり込めた息を吐く。


「格だのなんだの、まったく……。あんたみたいなお子ちゃまにはわかんないかもしれないけどね。好きって気持ちはスペックで決まるもんじゃないわよ」

「うっわー。なんかドヤ顔しててムカつく。ミュリナのくせに生意気ー。レンおにーちゃんと付き合ってるわけでもない片思いのくせにー!」

「生意気なのはそっちでしょうがっ。そもそもあんただってレンに懐いているでしょう? 恋愛感情だけじゃなくって、人間の感情は格やら階位やらで区分けできるほど単純じゃないの」

「ふーん?」


 よくわからないと小首を傾げる。

 リンリーは自分がかわいいと知っているし、かわいい自分は他人から好かれて当たり前だと思っているし、自分より格が下の人間が自分みたいなかわいくてすごい天才美少女を褒め称えて好きにならないなんておかしいと思っている。

 好かれて当然だから、リンリーから他人に好かれたいという欲求がわからない。強いていえばイチキは別だが、それこそイチキが別格だからだ。


「レンは、そりゃダメなところもあるけど、大事なところがキチンとしてるもの。だから好きなのよ」

「うーん…。言われてみれば、確かにレンおにーちゃんの近くにいると安心するのはあるよね。レンおにーちゃんが近くにいると、尊師もちょっと優しくしてくれるし」


 リンリーがレンに媚び媚びなのは、主に打算である。レンに気に入られれば、イチキが自分を無為に切り捨てることはないと察しているからだ。

 だがレンに愛想を振る舞うのは別に嫌でもないのは確かだな、とミュリナの言葉で得心した。レンが自分をかわいがるのは当然だが、それとは別に、もっとかわいがってもいいぞという感情がある。

 それもまた、リンリーが故郷では抱いたことのない初めての感情だ。


「でー、ミュリナ。さっきレンおにーちゃんになにしようとしてたの? リンリー子供だから、ぜーんぜんわかんなーい。ね、詳しく教えて?」

「耳年増のクソガキが何を言ってるのよ。というか、十一歳でわからなかったら、それはそれで問題よ」

「ちぇー」


 リンリーのあしらい方を心得始めたミュリナの態度はあっさりしたものだった。羞恥心を煽ってからかってやろうとしていたリンリーは唇を尖らせる。

 ミュリナは、まだ熱っぽくぼうっとする頭で考える。

 いま、レンとイチキが階下のリビングで二人きりなのだ。実を言うとミュリナがリンリーを止めようとした時にちょっと雷の魔術を暴走させてレンを気絶させてしまった。そのため、ミュリナのお見舞いに来たイチキがレンの看病をしているという不思議な状態になっているのだ。

 レンはリビングのソファーで寝ているはずだ。そこで甲斐甲斐しくイチキの看護を受けているのだろう。

 正直、思うところはある。


「でもまあ、大丈夫でしょ……」


 ぼすりと寝返りを打って枕に顔をうずめる。

 あのイチキである。自分じゃあるまいし、二人きりだからといって勢い余ってレンに迫るようなことはしないだろう。そもそも、一つ屋根の下である二階には自分とリンリーがいるのだ。

 今回は出し抜こうとした形になってしまった罪悪感もあって、ミュリナはしばらくリンリーの相手に専念することにした。





 ミュリナが恋愛闘争を甘く考えていたその頃。

 レンの意識は睡眠から覚醒に移行していた。後頭部は、不思議なほどに心地よい温かみとやわらかい感触に触れていた。いままで触れたことのない素晴らしい感触と、なんとも表現しがたい香りがする。


「んぁ……?」


 この枕はなんだろうか。レンは夢うつつの心地で仰向けの体勢から寝返りを打って目を開ける。

 まず、なんとなく見覚えがある色あいの帯が目に入った。視界いっぱいに映ったそれが、誰のなんのかとっさにはわからず、レンは再び仰向けになりながら視線を上げていく。

 レンの視線は自然とお腹の下腹部からゆっくりとなぞり、胸元からその稜線の先端までを見上げることになった。

 あれ、これ女の子の体を至近距離で見ていないかとレンが自分の視点のおかしさに気づくのと、イチキの顔が見えたのは同時だった。


「およ。お目覚めになりましたね、レンさま」


 レンはイチキに膝枕をしてもらっていた。

 思わず硬直したレンに、イチキは優しく微笑みかける。レンの頭を自分の太ももに乗せながら、よしよしと丁寧に頭を撫でて、彼の頬に手を添える。


「この度はお疲れ様でございます。どうぞ、不肖な膝で恐縮ですが、ゆっくり休んでくださいませ」

「ちょっと待って?」


 レンは、混乱した。

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