これで未来が変わるとかじゃなくても
2016年 春。
しのちゃんの指定された場所と時間は、以前に訪れた事のある、更地になっているバイト先。
ここで私とみあはノッポさんに出会い、情報を提供してもらったの。
それから1時間先の時間に、私たちはやって来た。
「本当にここでいいの?」
「うん。ほな、あそこのバス停のベンチで、とりあえず座って待とか」
「ほへ?待つって誰を?」
「あ。正式には呼びつけるんやけどもな」
「一体何を言ってるの?」
「せやな。さっきの話の続きや。これは"しよちゃん"だけに知ってもらいたくてな」
2人はベンチに座り。彼女は語り出す────
~ Nemesia day3_これで未来が変わるとかじゃなくても ~
狭い車内。初対面の男と女が気まずそうに座っている。
ハンドルを握るハクトさんと助手席にいる私。
「とりあえずだ。アイツの家はもういいのか?」
「あ、ええ。名残惜しいですが」「あんたもワケありって所か」
「え?もしかして覚えとるん?あ。えっと、覚えてるんですか?」
私は、過去にあの2人に会った記憶が残ってるのだと驚き、言葉も元に戻りかけました。
「ははは。そんな緊張せんでもええでよ。もうここには俺しかおらんし、遠慮せんとき」
「はう。ほ、ほなええですか?」
「もちろん。俺はこっちの方が好みかな」
「な。もしかして口説いとるん?」
「そこは素直に喜ぶか、流す所ってとこだ」
みあちゃんから聞いていたけれど、この人は言葉にトゲがないし、変に興味深い人。
そう。変わり者なんだわ。私と同じ匂いがします。
「ほな話しは戻るけど。ハクトさん。あんたもって言うたやろ?その人知っとるん?」
「いや、知らん」「なんやそれ」
「ただ。なぜかわからんけど、言ってしまったみたいだな。すまん」
あの2人の存在は覚えてない?。でもハクトさんの記憶のどこかに微かに残っているのかも?
だとすれば、出会った人の記憶の削除は、"不完全"って事になるのだけれど。
いや、待って。もしこれがあの人の仕業だとすれば?
「いえいえ。こちらこそ変な事聞いてしまって、すみません」
「別にええよ。しっかし、君。えらい格好だな」
「え?あーこれはなんちゅーか、ハクトさんの好きな格好で来たんよ」
「なんでこの俺がそんなロリコン仕様を好むと思った!?」
ここ1番の大声でツッコミを入れて来た彼。
「はう。そんなに怒らんでもええやん」
「あ~別に怒ってはないが、その格好は趣味ではないな」
「じゃー何が好みなんよ?まさか"歳上でメガネの似合うスーツ姿の女性"が好きなんか?」
「そうだ。ロリは好まん」
「そーかい、そーかい。どうせうちは色黒の貧乳で、シートベルトを締めてもパイスラなんて期待出来ない女ですわ」
「パイスラって?」
「そ、そんな事どうでもええやん」
彼の真顔の問いに、自分で言った事を後悔し、恥ずかしさのあまり助手席の窓に顔を向け、小声で答えた私。
「ただ、誤解のないように言っておくとだな。格好は好まないけれど、君みたいなスレンダーな女性は、俺は好きだな」
「か、からかわんといて下さい。てかもうこの話しはやめましょ」
「んだな。所で、俺に何か用があったんじゃないのか?」
「あ。そうでした。実はですね」
私は顔を彼の方に向き直し、本題に入る事にしました。
「ハクトさんに聞きたい事は、約4年前。彼は、何かの用事で東京へ言った事はご存知ですよね?」
「ああ。あの時の事は覚えてるぞ。確かアイツが東京から帰って来た後、俺に”約束を守れなかった”と言っててな」
「約束ですか?それはどんな内容か教えてもらえます?」
・・・
・・
・
「彼らは私たちを?」
「微かだけど覚えとるみたいやな」
しのちゃんの話してくれた内容は、私たちと会った時の記憶が、まだ彼らには残ってるとの事だった。しかしその記憶は不完全で、本人には、具体的な内容までは思い出せないと言う事だったの。
「私たちはもしかして、過去の情報を書き換えてるの?でもここはゲームの中よ?アペリラは、この世界は現実世界のコピーだと言ってたわ」
彼女がアゴに左手を当て考える。
「コピー先の出来事は現実世界には直接は関わらないって事やね。でも実際に覚えてる。もしかして。これ?」
彼女が左手の甲の玉を眺める。
「この力が関係しているって事なのかな」
「まだわからんけどな。そこらはアラブの人に聞いてみよっか」
「アラブ?仮面さん?」
「そ。とりあえず先に、仮の彼氏に連絡つけるから待っとき」
「ほへ?ノッポさんに?連絡先聞いたの?」
「聞いてはないけどな、うちがあの2人に会った目的は、この為だったと思ってくれてもええで。もちろん情報も聞いて来たけどな」
どうやら彼女は、ヒロのスマホを借りた時に、こっそりとノッポさんの電話番号を覚えたらしいの。
過去で確実に彼を呼び寄せられる11ケタの数字。
「さて、問題は出てくれるかやな」
・・・
・・
・
「ども。約1時間ぶり」
いやー。呼び出すのに苦労しましたよ。
何とか彼と連絡が繋がり、この時間では面識のない私の声に怪しまれ、途中しよちゃんの力も借りて、ようやくハクトさんはここに来てくれました。
「こんな形でまたお時間いただいて、ほんと申し訳ご」「待った。お互い同い年なんだ。普通に話そうぜ」
丁寧に対応する彼女に、彼は右手の掌を彼女の前に出し、柔らかい口調でタメ口を要求してきました。
「わ、わかった。改めてありがとう、ノッポさん」
「ま、気にするな。それより”さっきの彼女”はいずこ?」
「あ~彼女は彼女の用事があるから先にそっちへ。大丈夫だよ。ちゃんと約束は守ってくれるから」
「約束?あの子は一体何を約束したん?」
「それはそうと、君は誰かな?声からして電話の主っぽいが?」
色んな事が噛み合わない会話を、しよちゃんがまとめてくれて、ようやく話は動き出します。
「なるほどな。しっかし、これだけ1度に女の子が集まってヒロの事を聞かれると、なんかムカつくなぁ。アイツはそんなにモテたのか?」
「もしかしてノッポさんは、恋人おらへんの?」
「う。俺は孤独が似合う男なのさ」
なぜか遠い目をして持論を吐く彼。
「いや、私たちは別にヒロくんの過去を知りたくて聞いてるだけで」「そうや。私達はあくまで友達として興味があるだけや」
「そうか。ならそうしとくさ。そういや、アイツが東京へ行ったのは」「あーノッポさん。ちょいこっちへ」
「どうしたの?」「悪いけど少し2人で話させてもらうで」
私は話を中断させ、ノッポさんの手を握り、更地の方へと連れて行きました。
すみません。本当は連れて行ってくれました。しかもお姫様抱っこで。
なぜかと問います?
それは────
時間はノッポさんとの通話が終わる頃まで遡ります。
「これであと数分待てば、ノッポさんは来るね」
「しよちゃんは1時間ぶりの再会やな」
「ふふふ。なんだか不思議よね。彼もそうだろうけれども」
会話の途中。時が止まり辺りが灰色に変化して行く。
「きゃっ。な、何なん?」「落ち着いてしのちゃん。15分経過した相図よ」
突然の状況が実は苦手な私。要するに怖がりなんです。
普段は大丈夫なんですよ?ただ、意味不明な状況や自分が苦手とした状況の時は、どうしてもこうなっちゃいます。
「キノウノイセイハドウシタ?」
音も無く私達の目の前に現れるアラブの人。
「何で今日はカタカナなんよ?昨日みたいにちゃんと話しーや。もし、わざとしてるならしばくからな」
「・・・・・・ワタシニイケンデキルタチバカ?」
「ほう。やるんかいな?アペちゃんの力はまだ残っとるし、ここで使い切ってもええんやで?」
私は左手の甲に意識を集中させて、玉を光らせました。
「はいはい、冗談はここまでね」
私とアラブの人の真ん中に、割って入って来るしよちゃん。
軽く息を吸い込んで、左手の意識を散らす私。大きく息を吐きながら冷静さを取り戻す。
そして、私に背中を見せてアラブの人と対面し、彼女は謝罪をしました。
「仮面さん。昨日は本当にすみませんでした。お怪我は?」
「心配しなくとも、俺は大丈夫だ。それより、そこの小さい女に感謝する事だな」
彼女は軽くうなずいて笑顔を見せます。
「小さいって言うなや、アラブ野郎。しかも喋り方が普通になったし」
「ふふふ。仮面さん、今回のリスクは全て私が受けます。これで罪を償うってわけじゃないですけど」
「まー待ち。そんな事さしたら、みあちゃんに顔向け出来ひん。アラブの人。察しろよな」
私は彼女の側まで近寄り、彼女をかばうようにして彼の前に立ちました。
「しのちゃん。なら今回はお願い。で、次は私が奪われるから。それでいいよね?」
「それもアカンけど、しよちゃんも以外と頑固やから仕方ないか」
この時、私は重大なミスをしていた事に気づいていませんでした。
何で私は許してしまったのか?
そう。それは彼女が知らぬ間に、私に仕掛けた言葉のトラップ。
とは言え、彼女が何かを企んでいるとかではないのです。
後にこの事がきっかけで・・・・・・
「では、覚悟を決めろ」
「あ、ごめんなさい仮面さん。その前に1つだけ教えて下さい」
「ん?何だ?」
私達は彼に、例の記憶の件について説明してみました。
すると、彼はしよちゃんの右手を見て答え始めました。
「これは彼女の、welinaの影響だ」
「どういう意味なん?」
「彼女が解放した精霊の力。welinaとは愛の属性を持つ言葉」
「愛?それは私と関連があるのですか?」
「そもそもお前は、彼に愛を抱いて発動させたと思うが、これまでに出会った者にも、大切にしたい想いや心はなかったか?」
「わかりません。でも私にとって、みんなを嫌う理由はないのも事実です」
「ちゅー事は、しよちゃんのその想いの力が、出会った人達に無意識に流れて行った」
「結果は未完成に終わったが、その力が彼らに影響を与えたと考えていいだろう。おそらく、わずかな力が、消えるはずの記憶を残し、現実世界に影響したと考えるのが自然。彼らにとっては、例えるなら夢を見た感覚で、断片的に覚えているのであろう」
「なるほど。確認やけど、それはあんたの仕業では?」「残念だが俺には与える力はない」
「だって。しよちゃんもこれで納得した?」「あ、ええ。そうだね。私に責任があったんだ」
「無意識でなった事だ。仕方あるまい。それにアペリラにも責任がある」
「まーとりあえず解決したから、この話しは終わりにしようや」
「そうだね。ありがとうございました。仮面さん」
彼女は頭を下げて、再び彼に対して笑顔を送りました。
「お前は笑顔がよく似合う」
彼女は意外な言葉に驚いていましたが、アラブの人は何も言わず、ただ右手をゆっくりと上げて行き、右手の掌を私に向けると、いつの間にか姿を消してしまいました。
気がつくと、私の左足の感覚が無くなっていて、辺りの色も元に戻って行きます。
そして時は動き始めました────
と、こんな感じで。
今の私は、片足しか動かせない状態なのです。
その異変に気づいてくれたノッポさんが、私を持ち上げてくれまして、人生ではあまり経験しない、お姫様抱っこを体験したのです。
この時だけは、小さくてよかったと心の中で思っていた事は、内緒でお願いしますね。
しよちゃんに声が届かない場所まで到着し、優しく地面に足を下ろしてくれる彼。
とりあえず転ばないように、彼に手を添える事を許してもらって話し出します。
「ノッポさん。さっきの話は私だけに聞かせて下さい。あと理由は聞かないで。あなたの話しを聞いた、いや、確かめた後で、私の質問に答えてほしいんです・・・・・・いいですか?」
彼は少し腑に落ちない顔をしていましたが
「ま、女の子の頼みは断り辛いわな。なら話すとしますか」
・・・
・・
・
右手の包帯を不思議そうに見ているアペリラ。
時折匂いを嗅ぐ動作をし、こちらをずっと見つめるのだけど。
「どうしたの?そんなにこの手が珍しい?」
「ウン。それを巻いておくだけで治るの?」
「え?あ、まー時間はかかるわね。これをしてるからって、今日、明日で治るものではないわよ」
「フーン。人間て不便なんだね」
そんなツッコミをされたのは産まれて初めてよ。
改めて思うと、彼女は本当に人間じゃないのよね。
信じたくないけれど、あれだけの非常識を魅せられて、実は人間でしたなんて言ったら、それこそ誰も信じないし受け入れないでしょうね。
ここで出会ったのも何かの縁だと言うのなら、私はどうしても確かめたい事があったの。
「ね?あんたってずっと1人でいるの?家族は?」
「ボク?さぁね。そう言った記憶はないんだ。でも寂しくはないよ?今は"おにーちゃん"が出来たんだ」
「あんたと同じ種族って事?」
「ウウン。正式には、この世界で一緒に暮らしてくれている"人間"」
「そっか。なら今は楽しく過ごせてるのね?」
「ウン。でもどうしたの?」
「別に。もしアペリラが1人で寂しくしてるなら、私が一緒に暮らしてあげてもいいかなって思っただけよ」
その言葉を聞いた彼女は純粋に喜んでくれたわ。
「ホントに?ボクもみあおねーちゃんと一緒に暮らしたいな。あ。でもおにーちゃんはどう言うかな」
「ま、今は2人で楽しくしてるならそれでいいんじゃない?じゃーもう1つ聞くけど、このゲームが終わったら、違う街に行くの?」
「ウーン。今の所はまだわからないかな。この街に来たのは、おねーちゃんたちに会う為だったし。そこらはおにーちゃんに任せるよ」
「そう。頼りにしてるんだ、そのおにーちゃん」
彼女は無邪気な笑顔で、ウンとうなずき私を見つめる。
私は左手で、彼女の綺麗な髪を撫でて微笑んだわ。
「会ってみたいわね、あんたの自慢のおにーちゃん」
「以外にもう会ってたりしてね」
「何それ?」「もうすぐわかると思うよ」
・・・
・・
・
ノッポさんとしのちゃんの会話が、更地の真ん中で行われている。
あれから結構な時間が経過したけれど、まだ戻って来る気配はないか。
遠くで2人を見ていると、カップルと言うより親子に見えてしまうのは私だけなのかな?
ノッポさんの背がありすぎなのよね、きっと。
それともしのちゃんが小さ・・・・・・
遠くから彼女に、小さいって言うなやと言う目で、睨まれたような気がした。
色んな意味で、彼女は変わったわね。
でも大人っぽく可愛くなったよ。羨ましいくらいにね。
ねぇ、しのちゃん。
あなたは1度だけ・・・・・・私に本気でぶつかってくれたよね?
『しよちゃん。ヒロくんの事、本気で好きなの?』
『えぇ!?・・・・・・な、何で?』
『ちゃんと答えて』
『・・・・・・・・・・・・うん。本気だよ。悪いけどしのちゃんには譲れない』
『なら・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして?』
あの時。彼と別れが近い時。彼女は心の底から私たちを引き止めてくれた。
当時は、あの子も彼を好きだった。でも、それを自分の心にしまい、彼女は新たな恋をする。
再会した私と彼女は、彼への想いを、私に預けて彼女は去って行った。
そう。本当は、この時から自分の心を偽っていたの・・・・・・
どうして私は意地を張っていたのか?
どうして私は悲しくないフリをしていたのか?
どうして私は彼を大切にしてあげられなかったのか?
時は過ぎて、今更ってのもあるけれど。
今度こそ素直になろうと決めた。
そんなバカげたわがままに、あの子は今。全力で付き合ってくれている。
「ほんと、ありがとね」
私は彼女に向かって独り言のように呟いた時。
ようやく話しがまとまったのか。こちらに戻って来るのがわかったの。
「お待たせ。最後の行き先が決まったで」
「最後の行き先?」
「ま、そう言うこった。次に行く場所ってのが、おまえさん達の終着駅って所かな」
「ノッポさん?もしかして事情を?」
「ああ。その可愛い子が話せる所までな。時間移動だっけ?そんな事は信じたくないが、デートの約束をしてくれた彼女が俺を信用してくれたように、俺も信じる事にしたんでな」
「そう言う事や。ノッポさんが教えてくれた彼と確実に会える時間と場所。そこで全て終らせような」
私はしのちゃんの方を見てうなずき、ノッポさんの側に足を運ばせ右手を出したの。
「あなたに出会っていなければ、私たちの旅は何にも始まっていなかったかもしれない。私たちを導いてくれて、本当にありがとう」
「別に気にするな。まんざら知らない仲でもなかった事が俺も嬉しかったしな。またいつか会えたら、そん時はゆっくり話しでもしようや」
私の右手に大きな彼の右手が交わる。
「さーて、ほな行くか。しよちゃん、すまんけど肩をかして」
「あ、ちょっと待ってろ」
突然何かを思い出したのか、車へと向かう彼。
そして、鉄かアルミか?少し複雑な形をした物を、手に持って帰って来る。
「コイツを持って行きなさい」
彼がしのちゃんに渡した物。それは、折りたたみ式の松葉杖。
「持って行ってもええん?てか次の時間に持ち込みなんて可能なん?」
「多分、元の時間に戻らないなら大丈夫かと。自信ないけれど」
「とりあえず飛んでみれば?俺はここで見届けるからさ。もし松葉杖がここに残れば、ダメだったでいいんじゃね?」
「ま。そう言う事やな。おおきにな。ノッポさん」
左手に松葉杖を装備し、なんとか自由に歩けるようになったしのちゃん。
しばらく松葉杖に慣れようと、そこらを歩いている。
それを見守る私たち。
「彼女、足は治るのか?」
「ええ。一時的なものと思ってくれて構わないわ」
「そうか。なら安心した。あ、最後に君に言っておきたい事がある」
「はい。何でしょう?」
「アイツが店長さんと仲良くなった理由には、間違いなく君がいたからだと思う。アイツは何年も何年も、君をずっと好きでいたんだなって俺は思うんだ。だから今から飛ぶ時間ってのは、多分お互いのこれからを決める大切な所」
「お互いのこれから?」
「なぁんて、真面目なのは俺には似合わないか」
彼は一瞬、空を見てひと息つき、私の方を見て再び口を開きました。
「ま、要するに、自分の想いは素直に相手に伝えろって事さ。これで未来が変わるとかじゃなくても。お互いの気持ちをもう1回見つめ直せるだろうしな。頑張ってくれ」
「わかった。じゃ~行くね」
「ああ。さよならだな」
私たちはノッポさんに頭を下げ、次の時間へ行く為に、意識を互いの利き手に集中させる。
「これで最後にしような。しよちゃん」
「ええ。頑張るから」
互いの手の甲が眩しく光り出す。
「ではノッポさん」「元の時間でまた会おうな」
「「mana elua」」
私たちは最後の時間旅行へと旅立った。
「消えた?いや、旅立ったのか。どうやら松葉杖も、いい土産になったようだな」
・・・
・・
・
2013年 冬。
澄み渡る空が綺麗な夜。
冷たい風が身にしみる季節に、私たちはやって来たの。
残りの滞在時間は、まだ2時間もあるけれど。
どうやらこの時間が、最後の場所になる。
「ここで、いいんだよね?」
「間違いないで。ほなしよちゃん、スマホを出して」
私は言われるがまま、スマホを手にする。
すぐさま彼女は私のスマホを操作し、知らない電話番号を打ち込んだの。
「これは?」
「さーしよちゃん。最後の大勝負や。このボタンを押すと"元彼"に繋がる。意味、わかるよね?」
「ええ!?。あの時、ノッポさんの番号だけじゃなく、彼の番号まで覚えて来たの?」
「私の真の目的はコレや。まあノッポさんのも、情報の為に必要やったからな」
スマホの画面から目が離れない。このボタンを押すと、彼に繋がるんだ。
正に最短にして最速な方法。
彼女は最初からこの方法をとる為だけに、行動してくれていた。
しかも目の前には"彼の家"
そう。ここは彼の家の目の前なの。
「直接話して、しよちゃんだとわかってもらえれば、彼も姿を現してくれるはずだよ」
ボタンを押そうと戸惑っている右手に、そっと彼女の優しい手が重なる。
私は覚悟を決め、彼女にわかったとうなずいて、ボタンを押したの。




