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第三話 初仕事 後

勇者の初仕事。場のショボさが、チュートリアルそのものですね。

「ミステル様、勇者様、わざわざ足をお運びいただき、ほんとうに恐縮しております。本来ならばこのような些事さじでアンネロッテ様のお心を乱すようなことがあってはならぬのですが、なにぶん事情が事情でして……」


 ぼくらを屋敷に迎え入れたガルストンは、とても礼儀正しい人だった。勇者歴ひと月ランク見習いのぼくにもていねいな対応を崩さず、ミステルと同じ上座かみざにぼくを置いた。こちらにきて初めての人間らしい扱いに涙が止まらない。


「ガルストン様、仔細しさいはアンネロッテ様も承知しております。ブルネル伯爵のほうはここにいるアズマにまかせ、アスタール様との件、無事におさめていただければよろしいかと」




 状況は単純といえば単純だ。ガルストンと領地を接しているアスタールという魔族の部下が、境界線を越えてガルストン領側に侵入してきている。それと時を同じくして、人間界側で領地を接しているブルネル伯爵もガルストン領にちょっかいをかけてきた。


 アスタールとのもめ事はよくあることで、だいたいは領主同士が直接話して手打ちになる。逆に言えば、ガルストン自身が出張らなければならない。そのタイミングで領地の反対側が騒がしくなると、ふだんなら簡単に追い返せるブルネル伯爵軍とはいえ、いささか手が足りなくなるわけである。




「先にブルネルのほうを片づけてそれからアスタール、ってわけにはいかないの?」


 ガルストンが一度退出したタイミングで、ぼくはミステルに訊いた。


「いつも手打ちになるからといって、アスタール様に領地への色気がないわけではないのです。ガルストン様がすぐに出てこられないとなれば、それまでに少しは食い荒らそうとするでしょうね」


「ひょっとしたら示し合わせて、という可能性もあるかな?」


「あるかもしれませんね。でも、どうでもいいです。乗ってくるのがブルネルのような小物なら、最後はなんとでもなります」


ああそう。


「王様やアンネロッテ王女が仲裁すれば、もっとちゃんと片付くのでは?」


「王家は魔族同士の抗争には基本的に介入しません。王家に従いさえすれば、それ以上の注文はつけないのです。アスタール様も王家には忠誠を誓っています。ですので、そこから先はガルストン様とアスタール様の問題です。王家自身がほかの魔族を飲みこみ続けて力をつけてきた存在ですから、そのあたりのルールは尊重されます。魔族の世界の秩序の基本は力であることを忘れないでください」


「あれ? じゃあ今回はなんで介入?」


「ゴチャゴチャうるさい人ですね。もう片方のハエが人間だからに決まってるでしょう。ガルストン様の領地がアスタール様に荒らされるのと、人間に切り取られるのでは、全然意味が違います。それぐらい、アズマさんの小さい脳みそでもわかりませんか?」


 ミステルはイラつくととたんに言動が荒くなる。聖女候補だったときは、いったいどのように取りつくろっていたのだろう?


「さっさとご自分の仕事をやっちゃってください。わたしは一刻も早くアンネロッテ様のそばに戻りたいのです」




 次の日、まる一日かけてぼくとミステルは、ガルストンの部下とブルネル伯爵の軍勢が対峙たいじする最前線にやってきた。「百や二百」とアンネロッテが言っていたが、おおむねそんな感じの人数が一キロほど先に陣を張っている。こちら側には二十人弱の魔族がそれぞれ雑多な魔物を従えて控えている。


「お邪魔して申しわけありません。状況を教えていただけますか?」


 ミステルが、リーダー的な位置取りをしているひとりに声をかけて笑いかけた。ぼくと二人の時のやさぐれた雰囲気はかけらもない。見たものすべての心を解きほぐす極上の笑みだ。これが聖女の微笑というヤツか。


「あ、ミステル様、面倒をおかけします。向こうはこれまでのところ境界線を越えて動く気配はありません。かれこれ二日、この状態であります!」


「ごくろうさま」


 ミステルはニッコリ笑って彼をねぎらった。うむ、さすがもと次期聖女。帝王学もしっかりたたき込まれているとみた。


「さてアズマさん、さっさと仕事をすませて帰りますよ」


「と言われても、にらみ合いの状態では?」


「だからこその鉄砲玉の出番じゃないですか」


 鉄砲玉って言った! 撃ったら戻ってこない鉄砲玉って言ったよ、この人!


 不意にぼくのまわりを何かが包み込む感覚があった。


「アズマさんに魔力の防護盾を展開しました。しばらくの間であれば、矢ぐらいは弾いてくれます。その間にあの一帯の掃除を済ませちゃってください」


 さらりと言われた内容に、ちょっとブルッときた。


「殺せってこと?」


「それがいちばん手っ取り早いと思いますが、別に『殺さずに無力化』とか、美学にこだわりたいならご勝手にどうぞ。あの程度の人数、こういう状況でなければ生きていようが死んでいようが、大勢に影響はありませんから」


 ミステルはまったく興味なさそうに答えた。そういう美学、あるいは価値観の存在を理解した上で、それを「どうでもいいこと」と切り捨てているわけだ。こうなった以上、ぼくもそのあたりは腹をくくるべきなんだろうな。


「ひとつだけ注意してほしいことがあります。ブルネル伯爵がどこにいるかはわかりますね? 伯爵だけは絶対に殺さないようにしてください」


「指揮官を倒すというのは、こういう戦いをラクに終わらせる常道だと思うんだけど?」


「目の前のこと以外にも少しは頭を働かせてください。どれだけ兵が殺されても、伯爵が生きていれば、それは欲の皮の張った伯爵の自業自得じごうじとくですみます。ですが、貴族が殺されてしまえば、国が乗り出さなければならない問題になってしまいます」


 ぐうの音も出ない。日本でディスプレイと向き合っていたころの感覚を捨てないことには、いつか自分に跳ね返ってきかねない。


「百も片づければ、ブルネル伯爵もさっさと逃げ出します。早くしないと魔力盾が消えてしまいますよ? もういちど余計な手間をかける気はないですから、そのあとは自分で矢をさばいてくださいね」




 あわててぼくは自分に身体能力強化の魔法をかけて、はじかれたように駆けだした。ぼくは脚は速くない、というか遅いのだが、これまで経験したことのないスピード感だ。おまけに、疲れない。発車しかけのバスに乗ろうと二十メートルも走ればバテバテだったぼくがだ。


 上を見るとバラバラと矢が降ってくるのが見える。というか、見切れる。魔力盾が防いでくれるとは言ったが、フェイズなんちゃら装甲みたいに、何本か当たると効力が切れたりすると困るので、速度を落とさない範囲で避けたり斬り落としたりする。強化魔法もすごいが、基礎能力カサ上げもけっこう効いてそうだ。


 こうなると、ぼくの中の中学二年生もうずいてくる。残り三百メートルほどになると、向こうは正面を固めながら陣形を変えはじめた。ぼくは立ち止まって、剣の柄に手をあて、背をかがめて気をめるポーズを取る。すると、なんと身体に力が満ちてくる気がするではないか。


 気が満ちたのを感じたぼくは、試し撃ちを兼ねて相手の右翼の端に狙いを定め、すべての力を解放するように剣を振り抜いた。


衝刃波しょうじんは!」


 心に長くあたためていた技を解き放つと、一瞬視界が歪んで、そして相手の右翼の最前列の足軽級兵士が消滅した。視界が歪んだのは、オーラが走ったのだろう。 


(やべえ、正面に向けなくて良かった)




 相手の陣を確認すると、兵種を問わずみな棒立ちになっている。


「無用な殺生をさせないでくれ!」


 心の叫びをわざわざ口にしたぼくは、こんどは左翼に向けて同じ構えをとる。すると、正面奥に控えていたブルネル伯爵らしき姿が、馬の頭を返して後方に逃げ去っていく。それをきっかけに、伯爵軍の兵は蜘蛛くもの子を散らすように逃げ去っていった。




 ぼくはガルストンの部下たちの方を振り向いた。こちらも棒立ちになっていたが、一歩ぼくがそちらに歩を進めると、彼らはき返った。


「勇者だ!」


「勇者様が現れたぞ!」


 たかだか二十人ほどだし、魔物は無反応なのでいまいちショボいが、ぼくは初めて自分に対する賞賛の雨を浴びた。気分が悪いはずがない。




 ぼくはミステルのところに意気揚々と戻った。ミッションコンプリートだ。さすがにねぎらいの言葉くらいは来るだろう。


「バカですか?」


 はい?


「その頭に脳みそは入っていないんですか? 気を撃ちだしたつもりなんでしょうけど、中から気で破られた魔力の盾はそれで消滅です。あなたが剣を振ったあと、自分に酔って顔を伏せているあいだに矢が降ってきてたら、全部命中してましたね」


「あ、えーと……」


「こんなバカのために自分の魔力を使ってあげたのかと思うと、情けなくなってきます。さっさと帰りますよ、ユウシャサマ」


 その「ユウシャサマ」には賞賛のひびきは一毫たりとも含まれていない。体面的なものもあるのか、ミステルは笑顔でみなに手を振りながら馬車に戻っていく。ぼくはそのあとを、背を丸めてトボトボとついていった。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


やはりアズマは病気持ちでした!

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