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第二話 初仕事 前

第三話にして初仕事とは急展開すぎたか……

 アンネロッテから「おまえはわたしの勇者」宣言をされてひと月ほどたったある日、ぼくは王女殿下のおわす魔都カルベクストから東に遠く離れたコーネルという街に来ていた。


 ここは人間の支配領域との境界にある、ガルストンという魔人の領地の中枢にある街である。ガルストンの領地はその地理的な要因から、人間との小競り合いが頻発する場所のひとつだ。いまも境界線の向こう側に領地を持つブルネル伯爵という、アンダールという国の貴族がちょっかいをかけてきているらしい。




「アズマ、あなたの仕込みはまだ途中ですが、ちょっと行ってきてほしいところがあります」



 アンネロッテが、修練場でグロッキー状態になっていたぼくにそんなことを言ったのは、いまから一週間ほど前のことだ。


 一方的に勇者とされて以来、ぼくはとにかくシゴかれまくった。物理も魔法もなんの心得もなく、ただ並外れた身体能力、勝手に強化された第六感と、人間としては規格外の魔力の容量を与えられただけのぼくは、アンネロッテの側近たちから戦うすべをたたき込まれ続けたのである。


 もちろん、側近たちに「初心者を鍛えるノウハウ」などあろうはずもない。訓練の実態は「覚えるまで身体にたたき込む」「魔力がカラ同然になるまで魔法を撃たせる」オンリーである。


 訓練にはアンネロッテと侍女のミステルが必ずつきそったが、これは心配とか訓練を見届けるとかそういった目的ではない。ケガで瀕死の状態になればミステルが回復し、魔力が枯渇寸前になればアンネロッテが魔力をぼくに注ぎ込む。そしてふつうなら「倒れればそこまで」の訓練は、延々と続けられることになる。ちなみに、ミステルは初日にアンネロッテのふくらはぎに気をとられて横面を蹴り上げられたぼくを、優しい脅しの言葉とともに回復してくれた侍女である。



「イエス、マム!」


 ぼくは反射的にそう答えた。人間はとことんまで追い込まれると、脊髄反射でしか刺激に反応できなくなるのだと、ぼくは思い知っていた。


「よい返事ですね。ガルストンという魔人の領地がここから東、人間界との境界にあります。彼がいま人間側から攻撃を受けているのです。ちょっと行ってきて蹴散らしてきてください」


「は?」


 さすがにそのときのぼくでも、これに脊髄反射は出来ない。


「ちょっと待ってください。戦い方も満足に覚えてないのに、蹴散らせって……」


「いまのあなたでも、、百や二百の領地軍を相手にすることぐらいたやすいでしょう。ミステルを一緒に行かせますから、即死しなければ問題はありません」


「ということは、ひとりだけで戦ってこいと?」


「もちろんです。それでこその勇者でしょう」


 いやそれはチートをもらったような、最初から勇者として召喚されたヤツの話でしょ。ぼくみたいな、なんちゃって勇者にはムリです。何より、ぼく自身に勇者としての自覚がない。


 アンネロッテは思いっきりイラッとした表情を浮かべた。


「いいからさっさと行ってきてください。言うことがあればあなたが戻ってから聞きます」


「アンネロッテ様のお手をこれ以上煩わせるなら……」


 気づくと、ミステルがぼくの後ろに回っていた。彼女の手はぼくの背中、ちょうど心臓があるあたりにあてられている。ここから彼女が魔力を打ち出せば、ぼくの心臓は簡単にグシャッとなる。


「イ、イエス、マム!」




 そんなこんなでコーネルである。地道に馬車などで移動すれば二十日ほどはかかる道のりだが、ここは魔王家に古くから従っている魔人の領地であり、転送ゲートとなる魔方陣を使って一瞬で移動してきてしまった。ちなみに、もっと短い距離を機動的に移動できる転移魔法も存在する。これは、小説やゲームでずいぶんなじみはあるが、実際に体験すると感慨深いものがある。「クリアしておきたい異世界体験」の中でも優先度上位三つぐらいには入ってくるはずだ。


「ここは?」


「ガルストン様の居宅の庭の外れにある小屋です。この魔方陣のために建ててもらっています」


 ぼくに同行しているミステルが答えた。彼女はアンネロッテの侍女であるが、種族は人間である。もともとは現在人間側の世界でもっとも力を持っている教会の次期聖女だったらしい。故に本来魔族が不得手な聖属性の魔法に長けている。ぼくもずいぶんお世話になった。


 なぜ次期聖女がアンネロッテの侍女を、という問題については、単純にアンネロッテへのラブが強すぎたゆえだそうだ。


 以前、アンネロッテが父親の命令で、教会の内部を探るために単騎潜入したことがあったらしい。そのときに、教会内部の対魔族強硬派の聖騎士団長をひねり殺したのだが、巨躯の騎士団長の首をへし折るさまを偶然見かけたミステルは、血にまみれたその美貌とどこまでも冷たい目に一目惚れしてしまい、地位をすべてなげうって、渋るアンネロッテの押しかけ侍女になったとか。うーん、病んでいる。


「本当は、なんのトクにもならないアズマさんのフォローなんかに使っている時間は、わたしにはないんです。さっさとかわりの回復役を調達するか、回復役が必要ないくらいに強くなってくれませんか?」


 アンネロッテと違って、フワッとした人を安心させるような美しさを持ったミステルだが、そういう美女にゴミを見るような目で見られながらこう言われるのはけっこうクる。百パーセント本気で行っているというのはよくわかった。ただ、ちょっとくらいオブラートに包んでくれてもいいんじゃないかな。


「わたしの側仕えをしていた後輩に声をかけておきますので、さっさとたらし込んじゃってください。勇者には仲間という名のハーレムがあるものだと聞きます」


 なんなのだ、この歪みきったせいで一周まわって正解になった認識は?


「でも、教会に単騎潜入して騎士団長を始末できるぐらいなんだから、勇者なんて必要ないじゃん。自分でやったほうが早くない?」


「なんでそんな面倒くさいことをアンネロッテさまがやらなきゃいけないんですか? それを代わりにやるのがアズマさんじゃないですか」


 やはり「あなたはわたしの勇者さま♡」の世界ではなく、勇者イコール姫の小間使い、か。


「それに、アンネロッテ様には、できるだけ王宮にいていただかなければならないんです。さあ、どうでもいいことばかり喋ってないで、そろそろガルストン様にご挨拶をしに行きますよ」


 ミステルはさっさと小屋を出て行った。最後の言葉について少し考えながら、ぼくは慌てて後を追った。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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