第二十八話 神の使徒
コンスタンス対アズマ、開戦です
親子三代の龍たちと出会った翌日から、ぼくはコンスタンスと話す時間を積極的に取るように努めはじめた。
龍たちとアンネロッテのに方面からダブルで「なんとかしろ」というプレッシャーがかけられてしまったし、仮になついているのがぼくでなくコンスタンスであったとしても、身近にあのドラゴンパピーがフラフラしている状況を思い浮かべると、それだけで和んでしまう、というのもある。あの可愛さは反則だ。
ただ、自分だけが龍と意思疎通が出来なかったこと、それにもかかわらず、パピーが自分だけに甘えてきたこと、この相矛盾するともいえる二つのできごとは、コンスタンスの心を揺さぶったはずだと思う。揺さぶられるような心の持ち主だからこそ、パピーは彼女に甘えるために、安全な母親のそばを離れてぎこちなく飛んでいったのだと思う。
コンスタンスにしても、森からの帰り道、終始茫然自失の状態のままだった。それは、彼女の中の重要なものが揺さぶられたからだろう
「まったく、少しはケガを減らせませんの? 回復するのも、全く負担がないわけではありませんのよ?」
今日も今日とてアンドロメダ師匠にズタボロになるまで打ちのめされたぼくを、仏頂面のコンスタンスが回復する。正確には、実際にズタボロになっては回復してまたズタボロに、というプロセスを三回繰り返している。
「でも、最近は打ちのめされ方が少し変わってきてるのを感じてるんだ。なんだか気持ちよくってさ」
「……近寄らないでくださいます? そういう趣味の方が近くにいるのはちょっと」
「ちがう! そういう意味じゃなくて、自分の力が上がっているのが実感できるようになって楽しいと……!」
「どうだか……」
あいかわらず刺々しいコンスタンスではあるが、一歩もこちらに踏みこませない、といった、以前のようなガードの堅さは影を潜めているような気もする。
「まあいいや、食事に行こうよ」
「そうですわね」
「このあいだの龍の一件について、自分で少しは考えたりした?」
ぼくはあえて直接的に問題点に斬り込んでみた。
「考えてもしかたがありませんわ。魔族ができることだからといって、わたしが必ずできなければいけないはず、ということでもありませんでしょう。アズマさんは、ご自身で『人間でも魔族でもない』とおっしゃってましたわよね? わたしと違う存在なのであれば、やっぱり同じことが出来なくても不思議はありません」
うわ、少し精神的に立ち直ってきやがった。違うベクトルと次元で思考停止している。それだけ自分を納得させる理屈を生み出せるなら、違う方向に頭を働かせてみればいいのに。
「ミステルは人間だろ? 彼女はあたりまえに出来てたよ?」
「聖女様は特別です。あの方に出来ることができないからといって、なにも恥じ入る必要はありません」
うーむ、まだミステルは彼女にとって聖女様であるらしい。「特別な人間」と「人間ではない存在」の間にどれだけの距離があるのだろうか? ミステルは人間ではない、魔族に近い存在だと言っているのと同じだと思うんだが、彼女はそれに全く気づいてないのだろうか?
「まあ、きみが龍と意思疎通が出来ないことを、なんとも思っていないのならそれでもいいけど、あの子龍もかわいそうだよね。コンスタンスのことをあんなに気に入って甘えてきたのに、きみの方は、あの子とわかり合えなくても全然気にしていないんだから」
「き、気にしていないわけではありません! あの子は可愛く思いましたし、神の使徒の声が聞けるなら、神のために生きる身として、これ以上の光栄はありません!」
だめだ。ここで「神の使徒」なんていうものを持ち出してしまう限り、先には進めない。これをなんとかしないことには、ぼくはアンネロッテに恥をかかせてしまう……あれ、そういう問題だっけか?
「コンスタンス、ぼくは別にきみに教会の教義を全部忘れろ、なんて言いたいわけじゃない。なにを信じるか、それはコンスタンスの自由だ。ただ、見直さなきゃいけないことがないわけじゃない、ということをわかってほしいんだよ。教会の教義は、いままで一言一句変わってこなかったわけじゃないだろ?」
「もちろん、時に神の啓示によって誤りに気づかせていただくことはあります。そうやって教義は完全な形に近づいていくのですから」
つ、疲れるな。今度は「神の啓示」ときたか。
「『神の啓示』とやらがどういうものかは知らないけどさ、きみたちの教義で勝手に神の使徒にされたあの龍たちは、それを信じた勇者たちに、親子で温かい時間を過ごしているところを襲われ、若い龍はもう少しで殺されるところだった。だから彼女は、勇者一行の騎士のなれの果てが生きているうちは、怖くてあの森に近づけなかったんだそうだ。救ってくれたアンネロッテにお礼が言いたくても、言いに来られなかったんだよ」
「……」
「それは、勇者たちの責任じゃない。彼らは、きみたちの教えに従って龍と戦っただけだ。きみたちの教義がその結果を招いたんだ。そこのところ、どう考えるんだい?」
本当は、勇者が勝手に暴走しただけかもしれないし、彼らをかばってやる気はさらさらないけど、なにもなければ「試練」なんて考えつくはずないものな。
「わ、わたしはその話を聞いておりません。あなたの作り話かもしれませんわ」
くっ、さすがにここまで頑なな態度で来られるとちょっと怒りを覚えてくるが、いまはガマンすべき時だ。頑張れ、ぼく!
「あの三匹の龍を見て、そして、きみに甘えてくる子龍を抱いて、なにも感じなかったっていうのかい? 本当にあれは、神の使徒なんていうはるか遠くにあるべき存在だった? ぼくたちと同じように、この世にあたりまえに生きているものだけが生み出せる暖かさだったんじゃないかい?」
「でも……」
「ぼくはきみたちの教義を知らないけど、龍が神の使徒ではなくなることで、それはどれだけの影響を受けるの? それだけのことで崩壊してしまうような教義なら、最初から成り立っていないんじゃないの?」
「教義を知りもしない方に、それは言われたくありません!」
うん、ダメなところに行き着いてしまったな。教義の話に深入りしたのは失敗だったかもしれない。だが、そこは避けて通れないし、この路線で行くしかない。となると……気は進まないが、ヤツの力を借りるしかないな。
「わかった。それじゃ、きみがいまだに『聖女様』と呼んで譲らないミステルの意見を聞いてみようか。彼女は、教義については知り尽くしているよね?」
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
ミステルを巻きこむ論争、どこに行き着くでしょうか?




