第零話 姫ミーツ勇者
魔族が勇者召喚したっていいじゃないか!
「ようこそ勇者さま、お待ちしておりました」
ぼくのまわりのまばゆいばかりの光がおさまると、目の前には手を胸の前で組み合わせた、長い髪が輝くばかりに美しい女性が立っていた。
見ているこちらの呼吸が苦しくなるほどの美貌にはかなげな微笑を浮かべ、たたずむその姿は名工に生み出されたかのような、非の打ち所のないバランスを誇っている。ぼくに語りかけるその声は、名器と呼ばれる楽器に奏でられたように心地よい。
「この世界は危機に瀕しています。わたしたちの世界を救っていただけませんか?」
これはヤバい。男なら間髪を入れず、「まかせてください」といってしまいたくなる。
勇者ものを読んで、「なぜこいつらは自分の状況を冷静に顧みることなく、これまで握ったこともない剣をとって戦うことを選べるのだろう?」と、いつも思っていた。だが、その場に立たされてわかる。この問いを耳にするとき、すでに目の前の存在に魅了されてしまっているのだ。
小説の中の主人公のようにフラフラと頷いてしまいそうになったぼくをギリギリでひきとめたのは、ここまでの流れに実にふさわしくない漆黒のドレスと頭にはえている二本の禍々(まがまが)しいツノだった。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
そもそもの発端は……そうだな、体感時間にして三十分ほど前だろうか。
友人と対話するよりディスプレイと対話する時間の方が少し長めのぼくは、今日も授業が終了してすぐ帰宅し、PC端末の電源を入れた。起動時間がいつもより長い気がしたが、さほど気にとめることなくログイン画面があらわれるのを待っていた。
突如本体が異音を発し、ディスプレイが閃光を放って、そこから少しの間の記憶は曖昧になる。ディスプレイに吸いこまれたような気もするが、自信はない。次に覚えているのは、無そのものであるような空間の中で聞いた声だ。
「誰きみ?」
いや、それを聞きたいのはぼくのほうです。あと、ここがどこかも。
「誰といわれても、佳河春ですとしか」
「佳河、佳河と……、ああ、ごめんごめん。さっき端末が誤動作起こしちゃってさ、きみんとこのマシンと直につながっちゃったみたい」
「端末って……いったいあなた誰ですか? なんでぼくのことを知ってるんです?」
「ぼくは君のいる世界の管理者だよ。管理している世界のことだから、検索かければきみのことも、なにが起きたかも、そりゃわかるさ」
管理者? 世界? これはひょっとしてあれか? ばかばかしいと思いつつもだれもが一度は夢見るといわれる、転生キターッというやつか?
「ああ、いっとくけど転生とかじゃないからね。君は死んじゃいないし、端末の前でポカンと口をあけたまま時間が止まってる状態だよ。すぐ戻してあげるから」
夢の扉は目の前で閉じられた。まあしょうがないか。
「なに? 転生したかったとか?」
「いえ、本気で考えているわけでは。もとの世界にも未練ありますし」
「だよね。ほかの世界に魂が飛んでいく例がないわけじゃないけどさ」
「あるんですか!?」
「まあ、本来死ぬはずの魂が妙にしぶとかったりするとね、死を受け入れずに飛び出していったりするときがあるんだ。この世界には戻れないから、ほかの世界にね。最近そういうケースがちょっと増えてて、管理者の間で問題になってるんだよ」
なんだそりゃ?
「あ、ちょっと待っててね。通信が……うん、ああどうも久しぶり。……え? そんなこと言われても……ホントに? 先払いでもらえるなら……ちょうどいま目の前に……オッケー、商談成立ね。じゃあまた」
なにやら、明らかにぼくも関わると思われる怪しげな会話がなされていた。
「きみさ、ほかの世界に行ってくる気ある?」
「さっきまでの話とのつながりがわからないんですが!?」
「いや、知りあいの管理者から、強引に他世界からひとを召喚する儀式をぶちかまされて困ってるって連絡があってさ。ちょっとした報酬をいただくのと引きかえにきみに行ってもらうことにしたんだ」
「したんだ、って、そんな無茶な!?」
「大丈夫。きみにとってのこっちの時間は止まってるし、むこうで死んだらこっちのきみに戻ってもとどおり。だから気楽に行っといでよ」
「まあ、それなら考えても……それでなにか代償的なものはもらえるんですか?」
「なにそれ? ああ、特別な能力とか? あるわけないよ。向こうの世界で必要な能力とか、、ここじゃどうしようもないからね。そもそもどんな世界か知らないし」
「そんなぁ!」
「簡単に死なないように、身体の基礎能力は上げといたげるよ。あと、メンタルもちょっとやそっとじゃ動じないように強化するね。きみメンタル弱いみたいだし」
ほっといてください。
「それじゃいってらっしゃい! ポチッとな」
あ、いや、まだ話は終わって……あれ……?
そして次にはっきり認識した光景が、目の前のツノつき美女というワケである。
「あなた誰ですか?」
ぼくの質問はごくまっとうなものだったと思う。たとえそれが、相手の種族的なものも問う質問だったとしてもだ。
「王女です。名はアンネロッテと申します」
召喚ものの定番だから、それはある程度想像がつく。問題はそこではない。
「どちらの王女様でいらっしゃいます?」
ぼくは最大限の礼を尽くした……つもりである。
「父はダーマトと申しまして、当代の魔王をつとめております」
「なんで魔王の娘が勇者を召喚するんですか!?」
魔王女は端正な顔に明らかにイラッとした表情を浮かべた。
「ゴチャゴチャとうるさい方ですね。喚ばれたら黙っておとなしく小間使いをやってくださらない? それが勇者というものでしょう?」
うわー、本性出すの早すぎだろ。すでに小間使いになってしまってるよ。
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