第62章 報い
みなさんは、おそらく、大きな悩みで心が圧迫された人を見たことがあるかもしれません。目がどんよりし、魂が疲弊し、氷のような息吹で精神が凍てついた姿を見たことがあるでしょう。この特別な夜の十時三十分、ミシガン・アベニューの自宅の書斎でひとりで座っていたクーパーウッドは、自分が負けた事実を突きつけられた。このサイコロの一投をとても頼りにしていた。一週間後に改正案を抱えて議会に乗り込めばいいとか、嵐が静まるまで待てばいいとか、自分に言い聞かせても無駄だった。そんな慰めは自分からお断りだった。自分の頭が思いつく限りのあらゆる英知と奸智を駆使して、すでにずっと精力的に戦ってきたのだ。一週間ずっと何度も、委員会が公聴会を開いている会議室に立っていた。訴訟、差止命令、控訴、介入礼状によって、この交通問題を停滞させ、何年も何年も弁護士の餌食、街の絶望、自分と敵がやがて死ぬまで解消しない希望のない混乱状態、にしておけると知って少しは慰めになった。この戦いは準備にとても長い時間がかかっていて、何年も前からそうした注意を払って取り組んできたものだった。そして今、敵は大勝利で勢いづいていた。彼の市会議員たちは、力強く、貪欲で、戦士ぞろいだった……古代ローマの皇帝の精鋭の兵隊と同じで……冷酷で、良心がなく、彼自身と同じように必死で、個人の特権という最後の砦の中で、倒れ、くじけ、屈服した。どう励ませばこの連中に次の戦いをさせられるのだろう……一度勝ち方を学んだ強力な民衆の燃え盛る怒りに、どう立ち向かえばいいのだろう? 他の者が……ヘッケルハイマー、フィシェル、半ダースはいる東部の巨人の誰かが……ここに来て、自分が風を吹かせて荒れ狂わせた怒れる海の荒波を鎮めるかもしれない。しかしクーパーウッドは、疲れ、シカゴにうんざりし、この果てしない抗争にもうんざりしていた。つい最近も、この大仕掛けがうまくいったら、二度と再び無茶なことや多大な努力を必要とすることはしないようにすると心に誓ったばかりだった。そんなことをする必要はないのだ。自分の財産の規模からすれば、そんなものはほとんど価値がなかった。ものすごく元気でも、彼は年をとりつづけていた。
アイリーンを遠ざけてしまったため、天涯孤独で、若い頃を一緒に過ごした誰とも付き合いがなかった。求めてやまないベレニスは、まだ彼を避けていた。確かに、最近、ある種の温かい同情を示したことがあった。しかしあれは何だったのだろう? もしかしたら優しく寛容なところを見せたのかもしれない……義務感だろうか? 絶対にそれ以上ではないと思った。何が起きようと、自分は戦い続けなければならない、と重大な決意をしながら将来を見すえた。するとそのとき……
こうやってわびしく考えごとをしたり、時々電話に出たりして座っていると、玄関のベルが鳴り、使用人が名刺を持ってきた。よこしたのは若いご婦人で、それを見せればすぐにわかると告げたとのことだった。ひと目見るや、クーパーウッドは跳ね起きて、下の階へ降り、待ちに待った相手のもとへ駆けつけた。
二人の複雑な経緯にはあまりにも説明のしづらい微妙な精神の妥協が存在する。ベレニス・フレミングは、クーパーウッドを初めて目にしたその最初の日から、力強さと、驚くほど魅力的な個性に心を動かされていた。それ以来、彼は徐々に、個人の行動の自由についての考え方や、昔の伝統的な物事の見方をこわす今の社会的な基準を無視することに、ベレニスを慣れさせてきた。このシカゴの戦いを通して彼を見ているうちに、ベレニスは彼の夢のすばらしさにとらわれてしまった。彼は世界一の大金持ちの巨人のひとりになる途上にいた。彼が最近東部にやってきたときに、ベレニスは時々彼の表情から、この大きな野心の強さを読み取ることができた。野心にはこの自分という究極の目的があった。クーパーウッドは一度確かに自分にそう言ったことがあった。自分と一緒にいるときはいつだって、とても男性的で、お願いする側で、忍耐強かった。
その彼女が今夜はリシュリューにいる友人にまねかれてこのシカゴにいた。そしてクーパーウッドの前にいた。
「おや、ベレニス!」クーパーウッドは真心のこもった手を伸ばして言った。
「いつ町に来たんですか? 一体どんなご用でしょう?」もし自分に対する彼女の気持ちが変わったら、何らかの方法でそれを知らせるように、かつて約束させようとしたことがあった。そして、その彼女が今夜ここにいる……一体何の用だろう? クーパーウッドは茶色のシルクとビロードの衣装に注目した……それが彼女の猫のような優雅さを何とも見事に連想させるように思えた。
「あなたに用があってここに来ました」決闘の申し込みとも告白とも断定できない何かが声には込められていた。「さっき新聞を読んでいたら、あなたは今本当に私を必要としているかもしれないと思ったんです」
「つまり……?」クーパーウッドは生き生きとした目で彼女を見つめながら尋ねた。そこで口ごもった。
「決心がつきました。それに、いつか恩返ししないとなりません」
「ベレニス!」とがめるように叫んだ。
「いえ、そういうことでもないんです」ベレニスは答えた。「今は申し訳なく思っています。私、あなたのことがよくわかったと思うんです。それに」突然明るくなって、つけ加えた。その中にはちょっぴり自分への慰めがあった。「自分がそうしたいんです」
「ベレニス! 本当ですか?」
「わからないんですか?」ベレニスは尋ねた。
「それじゃあ」クーパーウッドは両手を広げて微笑んだ。驚いたことに、ベレニスは前に踏み出した。
「自分でも自分のことを全く説明できないんです」ベレニスは、あわてた、低い、熱望した声で付け加えた。「でも、もう離れたままではいられません。今回はあなたがここで負けることになるかもしれないと感じたんです。でも、そうしなければならないのなら、どこか他のところ……ロンドンかパリへでも行ってほしいわ。世界は私たちをまったく理解しないでしょう……でも私にはわかります」
「ベレニス!」クーパーウッドは頬と髪を包み込んだ。
「そんなに近づかないでください。私の考えを変えたいのなら別ですけど、もう他の女性はなしですからね」
「あなたにいてほしいのですから、他の女なんてとんでもない。私がもっているものは全てあなたのものでもあるんです……」
答えとして……
幻想とは対照的で、現実とは何て不思議なものだろう!
振り返ってみれば、
世界には宗教が多すぎる。人生は人生から学ぶものであり、道徳の専門家の言うことなど当てにはならない。とどのつまり、神だの生命力は、どちらかというと、つり合った状態である。人間の最も身近な関係式……契約社会……もそういうものである。その式のやり方は、あらゆるきらびやかな多様性と広がりの中で、個人を生み出し、その個人を通じて、問題を抱えた大衆へ発達させているように見える。最終的には、大衆が個人を征服するか、個人が大衆を征服するところでバランスがとれる……一時的にだが。見ればわかるが、海は絶えず動くし、荒れ狂っている。
そのうちに、バランス……つり合いをとる必要性を表す社会的な単語や用語が出来上がった。正しい、正義、真実、道徳、素直な心、純真な心……全てのことばが、バランスは保たれねばならない、と言っている。強いものは強すぎてはならない。弱いものは弱すぎてはならない。しかし変化もしないで、どうすればバランスが保たれるのだろう? ニルバーナ! ニルバーナ! それでも最後はつり合いがとれてしまう。
偉大な彗星さながらに天頂に駆け上がり、自分の歩んだ道を赤々と燃え上がる軌跡に変えて、クーパーウッドはその間、自分の恐ろしさとすばらしさを照らし出した。しかし、彼もまた永遠につり合いをとらされるのである……巨人でさえちっぽけな存在に過ぎないことと、最後はバランスがとられなくてはならないことを知り悲しい思いをした。彼の航跡に巻き込まれて、普通や平凡の世界から追い払われた人々の、奇妙な、苦難の、恐怖の思いについて、我々は何と言えばいいだろう? 百人の議員たちが政界から墓場に追い込まれ、いろいろな評議会にいた五十人の議員が不満や泣き言を言いながら、つまらない者、役立たずな者、ありふれた者という忘れ去られる存在へと追いやられた。一方で理想の夢を見て、もう一方で実体の伴う緊急手段に屈したご立派な知事は、自分を助けたその精神を否定し、その一方で自分を疑って自分を責めた。二人目の知事はもっと従順で、民衆の非難に迎えられ、思い詰めて引退し、失意の末に、最後は自ら命を絶つことになった。敵意むき出しのシュライハートとハンドは、自分たちが本当に勝利したのかどうかわからず、当惑したまま結局死ぬことになった。自分を侮辱する相手の邪魔をすることに一番時間を使った市長は、こう言い残した。「大きな謎だ。不思議な男だった」大都市は、ほとんど解決不可能な問題を解きほぐすために何年ももがいた……まさに、ゴルディオスの結び目だった。
そして、この巨人自身は、もっと古い土地の新しい闘いと新しい困難に突進し、休むことのない心を突き動かすものにずっと苦しみ続けた……彼には究極の平和も、真の理解もなく、あるのは飢えと渇きと驚嘆だけだった。富、富、富! 新たな大問題とその最終的な解決策を新たにつかみとる。改めて、生への古い切迫した渇きが生じるも、その一部しか癒えなかった。ドレスデンには、ある女性の宮殿があり、ローマにも別の女性の第二の宮殿がある。美の魅力に誘われて目を離せないベレニスの第三の宮殿はロンドンにある。二人の女性の人生が破滅して、何人もの犠牲者が出た。ベレニス自身も疲弊したが、依然として華麗で、自分の失われた青春の代償を求めて他に目を向けていた。そして、彼はあきらめたが、それでも……愛し、理解し、疑い、そしてついには自分でも否定できない人間性の麻薬にとらわれた。
結局、人生について何と言えばいいだろう……「平和よ、そのまま続いてくれ」か? それとも、我々が戦おうが戦うまいが、維持されることがわかっているあのつり合いのために、強いものは強くなりすぎず、弱いものは弱くなりすぎないように、我々は激しく戦うのだろうか? あるいは、こう言うかもしれない(退屈さにうんざりして)「もうたくさんだ。強者の肉を食らうか、死ぬかだ!」そして、死ぬのか? それとも、生きながらえるのか?
それぞれが自分の気質に従う……自分が作ったものではない、常に抑えられるわけではない、自分のために他人が常に抑えてくれるとも限らないものに従うのだ。誰が進む道を計画して、人生を華麗な栄光に導いたり、捻じ曲げて節だらけの犠牲者にしたり、暗く、見下げた、争いばかりの悲劇にするのだろう? 内なる魂か? それはどこから来るのだろう? 神か?
どんな考えが、キルケの精神を生み、悲劇の欲望をヘレンに与えたのだろう? トロイの壁を照らしたのは何だったのか? アンドロマケの苦難は用意されていたのか? ハムレットの運命はどんな悪魔に勧められて用意されたのか? そして、なぜ気味の悪い姉妹たちは、残忍なスコットランド人に破滅を計画したのか?
二倍になれ、二倍になれ、苦労も苦悩も、
火は燃えろ、釜は煮えたぎれ。
暗闇の腐葉土の中には、終わりのない悲しみと、終わりのない喜びの根が眠っている。汝はその目で朝を見られるか? 幸あれ。そして、その結果、目が見えなくなれば、さらに幸あれ! 汝は生きている。




