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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
61/62

第61章 大変動


そして今、ついにシカゴは最も恐れたことに本当に直面しつつある。巨大な独占企業が、まるでタコがつかむようにそれを包もうとして、実際に手を伸ばしつつあった。そして、クーパーウッドがその目であり、その触手であり、その力なのだ! ヘッケルハイマー・ゴットリーブ商会の巨大な力と善意に組み込まれたクーパーウッドは、大きな力を持つ岩を基礎にした記念碑のようだった。(条例が市長の拒否権を覆して可決されなければならない場合)総員六十八名の市会議員のうち四十八名の過半数によって引き渡される五十年の運営権は、目下、クーパーウッドと夢の実現の間にあった。全ての障害に立ち向かった、彼の勇敢な鉄の方針の勝利だ! 嵐や重圧に直面してもひるまない、彼の能力への賛辞だ! 他の者だったらとっくに試合を放棄していたかもしれないが、彼はしなかった。金融界が勝手に、公共事業の公有化というシカゴの思いつきに怯えて、馬鹿げた理論に断固反対した報酬として、この巨大なサウスサイドの鉄道網をくれるという、すばらしい棚ボタ的チャンスに恵まれた。


こういう有力な支持者たちの影響力を通して、さまざまな地元の商業団体……不動産販売業者委員会、土地所有者協会、商店主連盟、銀行家組合など……の前で演説するよう招かれた。そこで自分の主張を述べて、その主張を正当化するチャンスを手に入れた。しかしこの方面の彼の丁寧な演説の効果は、新聞の糾弾でほとんどなくなった。「ナザレから何かいいものが出てくるだろうか?」と定期的に問われた。以前ハンドとシュライハートに恩を受けた新聞のこの方面は、相変わらず辛辣に頑張った。東部の資本に何の義理も負わない他の新聞のほとんどは、一般大衆に寄り添うのが賢明だと感じた。路面鉄道トラストの将来のすばらしい利益を示すことを目的とした、最も綿密で精巧な数字の検証が行われた。東部の銀行家の巧妙な手口が見破られて、その邪な動機が広く言いふらされた。「トラストのみんなは数百万もらえても、シカゴは一セントももらえない」が〈インクワイヤー紙〉の論調だった。地域社会の一部の利他主義者は、今はもうすっかり興奮状態で、クーパーウッドを打倒することが、神と人類と民主主義に対する自分たちの義務だと何のやましさもなくまっすぐ見ていた。天が再び割れて、彼らは偉大な光を見た。また、政治家たちは……市長以外の現職の者たちは……ゲリラだか海賊だかの一団を作った。ブタ箱に入れられた飢えたろくでなしのような連中で、ものが食べられる、心ゆくまで食べるというひとつの目的しか眼中になく、自分たちの注意を引くありとあらゆる提案に飛びつく準備ができていた。大きなチャンスや特権の争奪戦のとき、人は常に物質主義のどん底に沈み、同時に理想の最高の域まで上昇する。海の波は最高にそびえ立つときが、そのくぼみが最も素晴らしい。


いよいよ夏が過ぎて議会が招集された。秋の寒さの息吹とともに、街の空気そのものが選挙を予感させるものになった。いろいろ愛想を振りまいて説得してまわった努力の結果に失望したクーパーウッドは、昔から頼りにしている手段、贈賄に戻ることにした。まず値段を決めた……賛成票一票につき二万ドル。その後、必要に応じて、それを二万五千ないし三万まで上げることとし、費用の総額を約百五十万と設定した。それでも、最終的な利益を考えれば、これは実に安上がりだった。彼は自分の法案を信頼できる腹心のバレンベルクという名の市会議員に提出してもらい、その後書記に渡し、書記が読み上げ、それを受けて別の仲間が立ち上がって、全ての常任委員会から寄せ集めた三十四人で構成されている、街路と路地に関する合同委員会に付託する動議を出す計画だった。この委員会によって、法案は総合会議室で一週間審議されて、そこで公聴会が開かれる。クーパーウッドは、堂々と前線を維持することで、後に続くのが確実な灼熱の試練を乗り越えるために、必要な鉄の覚悟を追従者たちに与えられると考えた。すでに市会議員たちは、自宅や、選挙区内のクラブや集会場で取り囲まれていた。彼らの郵便物には、陳情か脅迫状が詰め込まれていた。彼らの子供たちはいじめられ、近所の住人は彼らを懲らしめろとせき立てられた。聖職者たちは、訴えるか弾劾の気持ちをこめて彼らに手紙を書いた。彼らは大衆紙に監視されて、毎日のように罵倒された。市長は戦いの賢い申し子であり、自分の手には恐怖の鞭があることに気づいていて、長い戦いが繰り広げられていることと、戦いの匂いに興奮し、思い切った打開策を勧めることに後ろ向きではなかった。


数千人が詰めかけた巨大な中央ミュージックホール集会で、悪徳市会議員の打倒方法が議論されていたとき、彼は仲間に「機が熟すのを待て」と言った。「我々はクーパーウッドを追い詰めたと思う。法案が審議中である以上、向こうは二週間は何もできない。それまでにこっちは自警団、地域集会、デモ隊などを組織できる。法案が最後の公聴会にかけられる月曜日の前日の日曜日の夜に、盛大な中央大会を開催するべきだ。同時に全選挙区でも予備の集会が必要だ。それにね、みなさん、クーパーウッド陣営が私の拒否権を無視してこの法案を成立させるのを阻止してくれる善良な議員がこの市議会にちゃんといることを私は信じてますよ。それでも私はこの問題がそこまで進むこと自体、許されるべきではないと思う。だが、ひとたび二、三万ドルもの現ナマを目の前にしたら、このろくでなしどもが何をするかは絶対にわからない。彼らのほとんどは、たとえ運が良かったとしても、一生かかったってその半分も稼けないだろうからね。そういう奴らは、シカゴ市会議に戻ろうとは思っていない。一度で十分なんだ。奴らの後ろには、飼い葉桶に鼻を突っ込むのを待っている連中が山ほどいる。みなさんはそれぞれの選挙区、行政区に入って、集会を準備してください。みなさんの前に自分のとこの議員を呼ぶんですよ。逃したり、言い逃れさせたり、ひとりの市民だとか公務員の権利を主張させないでくださいね。脅すんです……甘い言葉じゃだめです。丁寧とか優しい言葉は、そういうタイプの男には通じません。脅して、なんとか約束を引き出せたら、相手が約束を守るか見届けるために、ロープを用意してください。手荒な真似を勧めたくないのですが、何か他にやりようがありますか? 今も敵は武装して戦う準備をしています。奴らはただ平和な時間を待っているんですよ。そんなものを見つけさせてはいけません。準備して、戦うのです。私はみなさんの市長です。自分でできることはすべて準備できています。でも、私には哀れな拒否権しかなく孤立しています。みなさんが私を助けてください。私もみなさんを助けます。みなさんが私のために戦ってくれれば、私もみなさんのために戦います」


これから、法案提出後二日目の午後九時、第十四区民主党クラブの選挙区内の家屋にいるサイモン・ピンスキー氏の困り果てた様子を見てみよう。丸々太って、たるんだ、赤ら顔で、服装は長い黒のフロックコートとシルクハットのピンスキーは、自分の近所の住人や仕事仲間たちからやじられっぱなしだった。彼は脅されてここに呼び出され、自分が将来犯すかもしれない重罪と軽犯罪の責任を問われていた。この頃には、ほとんど全ての現職の市会議員が、罪を犯し、買収されていることがよく知られていた。その結果、党派の対立は事実上なくなっていた。しばらくの間、民主党員も共和党員もなくて、クーパーウッド派か反クーパーウッド派だけだった……ほとんど反対派だった。ピンスキーは不幸にして、〈トランスクリプト〉、〈インクワイヤー〉、〈クロニクル〉紙によって、選挙区民が前もって質問しておくべき人物のひとりに選ばれていた。ユダヤ人とアメリカ人の両親の間に生まれた彼は十四区で育ち、はっきりとアメリカの発音で話をした。小さくも大きくもなく、髪は薄茶色、目つきが悪く、狡猾で、いつも愛想がよかった。今の彼は明らかに緊張、激怒、困惑していた。何しろ自分の意志に反してここに連れてこられたからだ。少し迎合的な目は子豚の目に似てなくもないが、確実に決定的に三万ドルという大金に釘付けにされていた。この地元の騒ぎは、どうしても譲れない権利同然のものを彼から奪う恐れがあった。彼の試練は天井の低い広い部屋で始まった。そこは天井から吊るされたただの細い二本のアームで支えられた五本のガスジェットに照らされ、飾りといえば、長いこと塗り替えていない汚い壁のあちこちに自由に貼られた、賞金試合、抽選会、ゲーム、『サイモン・ピンスキーの楽しいつどい』のポスターくらいだった。彼は部屋の奥の低く盛り上がった台に立ち、十人以上の選挙区の運動員に囲まれていた。みんな多かれ少なかれ頼りになる連中で、全員が黒い服か少なくとも日曜日に教会に行くような服を着て、一様ににらみをきかせ、緊張し、身構え、顔を真っ赤にし、トラブルを恐れていた。ピンスキーは戦う覚悟で来ていた。銃、ロープ、太鼓、デモ隊などに関する市長の話は、とても広く知れ渡っていた。市民はむしろ、ひとりの市会議員が虐殺されて、トップに絶対採用される記事を提供するかもしれないシカゴの休日を望んでいるようだった。


「なあ、ピンスキー!」今までとは違う明らかに険悪な顔が居並ぶ小さな人混みの中から叫び声がした。(これはピンスキー支持者の集会ではなく、市会議員の良識の原則を一度思い知らせようと決意した、放心した民衆のあらゆる構成員が結集したものだ。ここには女性もいる……地元の教会員と、先進的な市民改革派が一、二名と、キリスト教婦人禁酒協会の酒場を目の敵にしている連中である。もし来なければ、気高き一団が後で家まで行って探し出すと脅されて、ピンスキーは彼らの前に呼び出されたのだった。)


「おい、ピンスキー! 老いぼれ収賄屋め! この鉄道の仕事で、いくら儲けるつもりなんだ?」(これは後ろの方から聞こえてきた声)


ピンスキー(まるで首をつねられたかのように横を向く)「私のことを収賄屋呼ばわりする奴は、嘘つきだ! 生まれてこのかた不正な金は一ドルも受け取ってないぞ。十四区のみんなが知っていることだ」


五百人が声をそろえた。「おや! おや! おや! ピンスキーが一ドルも受け取ってない、だとさ! わあ! わあ! わあ! わーい!」


ピンスキー(真っ赤な顔が、さらに赤くなる)「だってそうなんだ。新聞が私を罵れと言ったからここにやって来た大勢のゴロツキ相手に、どうして私が話をしなきゃいけないんだ? 私はもう六年間も市会議員をやっている。みんなが私を知ってるぞ」


声があがる「我々をゴロツキ呼ばわりしたな。この泥棒野郎!」


別の声があがる(知られていると言った発言に言及)「誰でも知ってるって言うんだな!」


別の声があがる(作業着姿の小柄でやせた配管工の声)「ふん、老いぼれ収賄屋め! お前はどっちに投票するつもりだ? この運営権に賛成か、反対か? どっちだ?」


さらに、別の声があがる(保険事務員)「そうだ、どっちだよ?」


ピンスキー(再度立ち上がる。緊張しているため、絶えず立ち上がり、あるいは立ち上がりかけては、また腰を下ろしたりしている)「私にだって自分の心に従う権利があるだろう? 考える権利があるんだ。そもそも、何で私が市会議員かというと? 憲法が……」


反ピンスキー共和党員(若い法務書記)「憲法がなんだ! 御託を並べている場合か、ピンスキー。どっちに投票するつもりだ? 賛成か、反対か? イエスか、ノーか?」


声(レンガ職人・反ピンスキー)「どうせ言うまい。もうズボンの中にあの野郎の金が入ってるんだぜ、きっと」


後ろからの声(ピンスキー側近のひとり……ヘビー級ボクサーのようなアイルランド人)「脅しを真に受けるな、シム。そのままでいいんだ。どうせ、あんたには危害をくわえられないんだ。俺たちがついてるからな」


ピンスキー(再度立ち上がる)「これは暴動だな。私は自分が考えてることを言うのが許されんのか? いかなる問題にも二つの側面があるんだ。まあ、新聞がクーパーウッドのことを何と言おうが……」


いっぱしの腕をもつ大工(インクワイヤー紙の読者)「賄賂をもらったな、この泥棒野郎! 論点をずらしているな。お前は裏切る気だろう」


やせた配管工「そうだ、盗っ人! 三万ドルもってずらかりたいんだ。お目当てはそれだろう、収賄野郎!」


ピンスキー(後ろからの声にあおられ反抗的になる)「私は公平でありたい……それだけだ。自分の心に忠実でいたいんだ。憲法はみんなに言論の自由の権利を与えている……私にもですよ。路面鉄道会社にだって権利はあるし、市民にだってあると私は言ってるんです」


声があがる「その権利とは何なんだ?」


別の声「こいつが知るもんか。こいつは製材所の人間の権利なんか知る気もないだろう」


別の声「干し草の山もな」


ピンスキー(まだ殺されていなかったので、いたって反抗的なままだった)「人間には権利がありますとも。会社には公平な税金を払わせるべきですよ。しかしこの二十年運営権法案では規模が小さすぎると思いますね。ミアーズ法案だと今は五十年を与えるんです、だから総合的にみて……」


五百人(声をそろえて)「ほら、泥棒だ! 盗っ人だ! 収賄だ! 吊るし上げろ! わあ! わあ! わあ! お縄だぞ!」


ピンスキー(いろいろな市民が、目をぎらつかせ、歯をむき、拳を握りしめて自分に迫ってくるので、警護の輪の中へ後退する)「みなさん、待ってください! こんな終わり方が許されるんですか?」


声があがる「我々がお前を終わらせてやるぞ、この野郎!」


市民(進み出る。顎髯のポーランド人)「どんな票を投じるんだよ、おい? 言えよ! どうなんだ? えっ?」


二人目の市民(ユダヤ人)「お前は悪党だからな、この泥棒野郎。かれこれ十年来の知り合いだが、食品雑貨の仕事をしてたときに、私をだましただろ」


三人目の市民(スウェーデン人。抑揚のない声)「これに答えてください、ピンスキーさん。十四区のほとんどの住民があなたに賛成票を投じてほしくなくても、それでもあなたは賛成票を投じるつもりですか?」


ピンスキー(とまどっている)


五百人「ほら! あの悪党を見てみろ! 言うのが怖いんだ。あいつは、この区の住民が自分に望んでいることを自分がするのかどうかもわからないんだ。殺せ! 頭、かち割れ!」


後ろからの声「さあ、立て、ピンスキー。怖がるなって」


ピンスキー(五百人が演壇に殺到する間、おびえていた)「市民が私に望まないのなら、もちろん、そんなことはしませんよ。何でしなくちゃいけないんです? 私は市民の代表じゃありませんか?」


声があがる「そうだ、そう思うんなら、もらったもんは突っ返すつもりだろうな」


別の声「お前は自分の母親にだって本当のことは言わんだろう。言えまいって!」


ピンスキー「有権者の半分が、私がそうするのを望まないのなら、私はしませんよ」


声があがる「よし、それじゃ、有権者からお前に頼んでもらうとしよう。我々は明日の夜までに有権者の十分の九に署名してもらうからな」


アイルランド系アメリカ人(二十六歳のガスの集金人がピンスキーに近づく)「ちゃんと投票しなければ、絞首刑だからな。そんときは俺がこの手でそのロープを引っ張るのを手伝ってやる」


ピンスキーの側近のひとり「なあ、誰だ、あの若造? 待ち伏せでもすっか。急所を一蹴りすれば終わりだぞ」


ガスの集金人「お前にできるもんか、このにんじん面の犬野郎。表に出やがれ」(友人たちが止めに入る)


集会は収拾がつかなくなった。ピンスキーは仲間に付き添われて……完全に取り囲まれて……悲鳴、罵声、野次、「収賄だ!」「泥棒!」「盗っ人!」の叫び声の中を退場した。


法案が提出された後に、こういう小さい派手な出来事がたくさんあった。 

 


この後、通りで、選挙区や郊外で、時にはビジネス街でも、デモ行進が見られた。市長の肝いりでできた悪意に満ちた一時的な組織……無名の者、さえない者、平凡な者……つまりは事務員とか労働者、非力なビジネスマン、宗教や道徳にかぶれた小物などが大勢いた。仕事が終わった後の夕方、全員があちこちを練り歩いたり、安いミュージックホールやパーティー用のクラブハウスに集まって、何かの目標に向かって自分たちを訓練していた。路面鉄道法案が可決される運命の月曜日の夜に市役所まで行進して、悔い改めない議員に自分たちの義務を果たすよう要求するためだった。ある朝、クーパーウッドは自分の高架鉄道で事務所に向かう途中で、自分たち全員が恐れた恐怖と権力の象徴である相手の存在に気づきもせず、座って新聞を読んでいた、感情のない小市民のコートの折り襟に付けられたボタンやバッジを見た。このバッジのひとつは、図案が首吊りロープをぶら下げた絞首台であり、もうひとつは『奪われてもいいのか?』と大きな問いかけがあった。看板、フェンス、使われていない壁には、四×六フィートの大きなポスターが貼られた。

 


ウォールデン・H・ルーカス 

 


  対 

 


収賄議員 

 

=============== 

 

シカゴの全市民よ

市役所に来たれ 

 


今夜

十二月十二日、月曜日 

 

=============== 

 

それ以降、毎週月曜日の夜

路面鉄道の

運営権について考えましょう

そして、見守ろう

都市の利益を


金権政治から 

 

======== 

 

市民よ、立ち上がれ、収賄議員をやっつけろ!  

 


新聞は派手な見出しをかかげていた。クラブ、ホール、教会では激しい演説が毎晩聞こえた。人々は今、ある種の選挙戦のすさまじさに酔っていた。自分たちを破滅させようとしているこの巨人に屈するつもりはなかった。東部の怪物に滅ぼされるつもりはなかった。彼は市への正当な代償を支払うか、引き下がるべきだ。五十年の運営権など与えるべきではない。ミアーズ法は廃止されねばならない。市議会には謙虚な姿勢で、手をきれいにして来なければならない。今回の投票にあたって一ドルでも受け取った議員は生かしておくべきではない。


こんな脅迫活動に直面したら、ものすごい勇気を出さなければ勝てないことは言うまでもない。議員だってただの人間だった。議会の委員会室で、クーパーウッドは議員の間を自由に移動して、自分の方針が妥当であることを精一杯説明して、自分の権利を買い取る意思はあるが、それを正当なこととしか見ていないことを明らかにした。議会のルールは等価交換であり、クーパーウッドはそれを受け入れた。彼の揺ぎない不屈の反抗は、大いに支持者を元気づかせた。三万ドルという考えは、たくさんの脅威に備えた壁のようなものだった。同時に、多くの議員は、裏切ったら、後はどうしよう、どこへ行こうかと厳粛に考えた。


ついに月曜日の夜がやって来て、最後の正念場になった。黒い花崗岩の大きくてどっしりとした建物を想像してほしい……総工費は数百万で、何となく古代エジプトの眠気を誘う構造物を思わせるが、市役所と郡庁舎を兼ねた機能をもっていた。この日の夕方、その周辺の四本の通りは、数千もの人々で埋め尽くされた。この群集にとって、クーパーウッドは驚くべき人物になっていた。その富は伝説的で、その心は鉄で、やろうとしていることは悪事だった……ひどい謀略的悪行の極みだった。〈クロニクル紙〉は、頃合いをよく見計らってこの日だけ、ニューヨークのクーパーウッド邸の誇張されていたが詳細な解説で、一ページを完全に埋め尽くした……蘭の咲く中庭、朝日の間、桃色と青の雪花石膏の浴室、大理石の彫刻や陰刻の完成度の高さ。ここでクーパーウッドが、揺れるソファに腰掛け、いろいろな書物、美術品、快適なものを周りに積み重ねて描かれた。贅沢を満喫する時間になると、オダリスクが彼の前で踊り、言語に絶する放蕩三昧が繰り広げられるという印象が漠然と想起された。


この同じ時間に、議場に、飢えて大胆になった灰色狼の群れが、かつてひとつの屋根の下に集められたように、集結しつつあった。部屋は広く、縦長の窓に南側が飾られ、天井には重たい複雑な形のシャンデリアがぶらさがっていて、六十六の市議会議員の机が半円状に順々に配置されていた。黒いオークの木造部分には彫刻が施されて立派に磨き上げられていた。暗い青灰色の壁には、金色の唐草模様が入っていて、すべての議事に威厳と風格を与えていた。演説をする者の頭上に、前市長の巨大な油絵の肖像画があった……出来が悪く、埃っぽかったが、それでも印象的だった。会場の大きさと特徴のせいで、演説をする者の声にいつもある種の共鳴がかかった。今夜は閉め切った窓から、遠くの太鼓の音と行進の足音が聞こえた。議会のドアの外の廊下には、ロープや棒をもった者が少なくとも千人と、『コロンビアを讃える』、『祖国よ、君のことだけど』、『ディキシー』を時々打ち鳴らす鼓笛隊が詰めかけた。シュラムボーム議員は、殺されるかと思うほどやじり倒され、同胞の市民の三百人に議会の入口まで付け回された挙句、出てくる時には待ち伏せしていると捨て台詞を残された。ようやく事態の深刻さを感じた。


「これは何事ですか?」無事に席につくと、隣の席であり、最も身近な仲間のギャベガン議員に尋ねた。「これが自由の国ですかね?」


「私の知ったことか!」相手はうんざりして答えた。「二十区じゃこれほど対処しなきゃならない集団など見たことなかったのに。ああ、何てことだ! ここではもう自分の名前も自分のだと呼べないな。今じゃ新聞がみんなにやることなすこと指図してやがる」


隅っこで相談しているピンスキー議員とホアーコーン議員は、二人ともとても難しい顔をしていた。「いいか、ジョー」ピンスキーは同僚に言った。「市民をこんなにたきつけたのは、このルーカスって奴なんだ。私は昨夜は帰らずじまいだった。あんな連中に自宅までついて来られたくなかったからね。私も家内もダウンタウンにとどまったよ。しかし、若いのの一人が、少し前にここのジェイクの家にいてな。彼が言うには、六時の時点ですでに私の家の周りには五百人はいたに違いないんだとさ。それをどう思うよ?」


「こっちも同じさ。こうやってリンチにかけるっていうのは、いただけないな。かといって、話が通じる相手じゃない。警察だって頼りになるのか、ならないのか、定かじゃない。とんでもない暴挙だよ。クーパーウッドはまともな提案をしてるのにな。とにかく、あいつらどうなっちまったんだろう?」


外の演奏が『ジョージア行進曲』に変わった。


このとき、ジナー、ヌードスン、リビア、ロジャーズ、ティアーナン、ケリガン議員たちが登場した。おそらくすべての議員の中で、ティアーナンとケリガンは誰よりも冷静だった。それでも、松明(たいまつ)を持ち、絞首台に取り付けられた首吊り縄の図柄のバッジをつけた人々に道路が封鎖された光景は、かなり深刻だった。


「ところでよ、パット」野次を飛ばす市民の群れを、ようやく抜けると、『笑顔のマイク』は言った。「少し物騒なようだが、お前さん、どう思うよ?」


「くたばりやがれ! ってとこか」ケリガンは、怒ってイライラし、毅然と答えた。「俺や俺の選挙区を仕切るのは奴らじゃない。俺は俺の好きに投票する」


「右に同じだ」勇気を堂々と誇示して、ティアーナンは答えた。「こっちもそれでいく。だけどよ、ちと難儀だな、えっ?」


「まあ、確かに、難儀だ」戦友が弱気になっていないか疑いながら、ケリガンは答えた。「しかし、こんなことで、この俺をやめさせることはできないぞ」


「こっちだってそうさ」笑顔のマイクは答えた。


市長が今、『大統領に敬礼』を演奏する鼓笛隊に伴われて登場して演壇にのぼった。外の廊下で民衆の歓声があがった。頭上の中二階席には、選りすぐりの傍聴人がいた。いろいろな議員が顔をあげて見たが、敵意に満ちた顔しか見当たらなかった。「市長のお客ばかりだな」ある議員が別の議員に皮肉っぽく言った。


小手調べにしばらく小さな問題が審議される。傍聴人は、最初のこの地元の名士は誰、その次は誰と自分で特定しながら、さまざまな街の指導者に論評する機会を与えられる。「ジョニー・ダウリングがいるぞ。丸い頭をしたあのでかい金髪の奴。ピンスキーだ……ありゃあ、小さなネズミだな。ケリガンがいるぞ。あのエメラルドにとりかかれ。なあ、パット、宝石はどうした? 今夜ばかりは賄賂にありつく機会はないぞ、パット。今夜は法案が成立しないからな」


ウィンクラー議員(クーパーウッド派)「よろしければ、議長、傍聴席の秩序を回復して、今後の議事進行に差し障りがないよう、何か対処されるべきかと思います。市民の権利が細心の注意を必要としているこのような場面で、あれは、どうも私には暴挙に見えるのですが……」


声があがる「市民の権利だぞ!」


別の声「座れよ。お前は買収されてんだろ!」


ウインクラー議員。「議長、お願いします……」


市長「審議中につき、傍聴席の傍聴人は静粛に願います」(拍手が起こり、傍聴席が静かになった。)


ギグラー議員(サムルシキー議員に)「よく訓練したな、えっ?」


バレンバーグ議員(クーパーウッド派、立ち上がる……大柄、浅黒く、血色がいい、髭をきれいに剃った顔)「私の名前がついている法案を審議にかける前に、発言の許可を議会に求めたい。先週この法案を提出するときに、言いましたが……」


声があがる「お前の言ったことなら知ってるよ」


バレンバーグ議員。「私は要請によるものだと言いました。私が説明したいのは、現在この法案を受け持つこの議会の委員会にずっと出席していたたくさんの紳士たちの要請によるものだということです」


声があがる「そんなことはいい、バレンバーグ。我々は誰の要請でお前がそれを提出したのか知ってるんだ。お前は自分の意見じゃないと言ったんだよな」


バレンバーグ議員。「議長、お願いします……」


声があがる「座れ、バレンバーグ。他の汚職議員にも言い訳させてやれ」


市長「傍聴席は発言を妨げることのないように願います」


ハブラネク議員(跳ねるように立ち上がる)「これじゃ暴動だ。傍聴席は我々を脅しに来た連中で埋まっている。長年この市に貢献し、立派にやってきた偉大な公共事業がここ存在する。その会社に良識的な提案がなされているのに、それを検討することさえ許されていない。市長は傍聴席を自分の仲間で埋めて、新聞は何千人もの民衆を扇動してここに誘導し、我々を恫喝しようとしている。私としては……」


声があがる「どうした、ビリー? お前はまだ自分の金を受け取ってないのか?」


ハブラネク議員(ポーランド系アメリカ人、知的で、容姿端麗で、傍聴席に拳を振っている)「ここに降りて来て、それを言う度胸はお前にはあるまい、この臆病者!」


五十人が声をそろえた。「ネズミ野郎!」(同じく)「ビリー、お前こそ羽をはやせ」


ティアーナン議員(立ち上がる)「ところで、市長、この審議には十分に時間をかけたのではありませんか?」


声があがる「さて、誰かと思ったら。笑顔のマイクじゃないか」


別の声「お前はいくらもらうつもりなんだ、マイク?」


ティアーナン議員(傍聴席に向いた)「おい、いいか、ここに降りてきて、俺と面と向かって話したい奴がいたら、誰でもぶん殴ってやっからな。俺はロープも銃も怖くはないんだ。この会社は街のために何だってやってきたんだ……」


声があがる「へぇー!」


ティアーナン議員「もし路面鉄道会社がなかったら、我々の街はなかっただろう」


十人の声「へぇー!」


ティアーナン議員(勇敢に)「私の心は一部の人の心ではありません」


声があがる「違うと言え」


ティアーナン議員「私は議会が付与する特権の代償の話をしているんです」


声があがる「お前は自分の財布の話をしているんだ」


ティアーナン議員「私は傍聴席のつまらん役立たずや卑怯者など気にしません。こういう会社を正当に扱いましょう。街に貢献してきたんですから」


五十人が声をそろえた。「へぇー! 自分を正当に扱いたいんだ。それが本心だろう。今夜は正しい投票をしろよ。さもないと後悔するぞ」


この頃には最高に面の皮が厚いわけではないいろいろな議員は、この激しい言い合いに多少恐れをなしていた。この傍聴席や外にいる群衆と戦っても無駄なのだ。彼らの上には市長が座り、前では記者たちが一言一句を速記していた。「我々に何ができるのかわからない」ピンスキー議員は隣のハブラネク議員に言った。「無理にやらない方がよさそうだ」


ここで、小柄で青白く知的な反クーパーウッド派のギラーン議員が立ち上がった。事前の取り決めにより、彼は二度目の、そして自ずとわかることだが、この問題に対する最後の正念場に持ち込む手はずになっていた。「議長、バレンバーグ五十年法案が街路と路地の合同委員会に付託された採決を再考し、代わりに市の委員会に付託するよう提案いたします」


ここはこれまで議員から最も重要性が低いといつも思われてきた委員会だった。その主な任務は、通りの新しい名前を考えることと、市役所職員の勤務時間を調整することだった。役得も汚職もなかった。今の議会ができたときに下品な反抗的態度をとっていた市長の一味は……改革派は……信頼できない連中は……すべてこの委員会へ追いやられていた。そして今、この法案を仲間の手から取り上げて、ここに送ることが提案された。間違いなくこれはもうそこから出てくることはないだろう。大きな試練がやって来た。


ホバーコーン議員(議会の中でという意味では最も有能なので、自分のグループを代表して物を言った。)「採決の再考などありえません」議員は非難を浴びながら長い説明を始めた。


声があがる「お前はいくらもらったんだ?」


二人目の声があがる「お前は今までずっと賄賂をもらってきたんだろう」


ホバーコーン議員(目に敵意を宿して傍聴席を向く)「あなたたちは我々を脅しにここに来たんだろうが、そうはいかない。あなたたちのような卑劣な者には気づきもしませんからね」


声があがる「太鼓は聞こえるだろう?」


二人目の声があがる「採決が誤りなんだ、ホバーコーン、わかったか。こっちはお見通しなんだぞ」


ティアーナン議員(独白)「うーん、かなり乱暴だな?」


市長「動議は却下されました。論点がずれています」


ギグラー議員(少し当惑して立ち上がる)「これからギラーン案を採決するのですか?」


声があがる「そういうことだ、正しい投票をしろよ」


市長「そうです。書記が名前を読み上げます」


書記(Aから名前を読み上げる)「アルトバスト?」(クーパーウッド派)


アルトバスト議員「賛成」恐怖が彼を打ち負かした。


ティアーナン議員(ケリガン議員に向かって)「ガキがひとり降りやがった」


ケリガン議員「ああ」


「バレンバーグ?」(クーパーウッド派。法案の提出者)


「賛成」


ティアーナン議員「あれ、バレンバーグめ、怖気づいたか?」


ケリガン議員「そのようだな」


「カンナ?」


「賛成」


「フォガーティ?」


「賛成」


ティアーナン議員(そわそわしている)「フォガーティまで」


「ハブラネク?」


「賛成」


ティアーナン議員「ハブラネクまでもが!」


ケリガン議員(自分の同僚の勇気に対して述べる)「髪から出て行くんだな」


きっちり八十秒で点呼が終わり、クーパーウッドは敗北した……四十一対二十五。法案が絶対に復活しないのは明らかだった。



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