第60章 その結果
一八九七年の初めにスプリングフィールドでクーパーウッドの陰謀に関連して勃発し、秋まで弱まることなく続いた嵐は、東部の新聞に大きく報じられるほど世間の注目を集めた。F・A・クーパーウッド対イリノイ州……ニューヨークのある日刊紙はこの状況をこう報じた。名声の影響力は大きい。何人もの人間の個性を包み込んで、別々の特別な輝きで彼らを輝かせる光に、誰が完全に抗えるだろうか? ベレニスにさえこれは影響せずにはいなかった。ある日クーパーウッドの机の上にのっているのに気づいたシカゴの新聞に、ベレニスの関心をとても引きつけた長い社説があった。特に現在の州議会に関係があるさまざまな悪行を列挙してから、こう続いた。
「彼は生まれてからずっと一般大衆を見下すことを抑えられずにきた。人は、彼の偉業の二輪戦車を彼のために引くだけのただの奴隷か捕らわれ人に過ぎない。これまでも何かを求めるにあたって直接市民に聞いてみよう、と思ったことがなかった。フィラデルフィアで公共事業を支配したくなったときは、密かに策を弄して腐敗した市財務官と関係を築こうとした。シカゴでは一様に、本来ならすべての人の利益になるはずの市の貴重な特権を買収して私的に流用した。フランク・アルガーノン・クーパーウッドは人を信じないし、信頼しない。彼にとって人とは、そこにトウモロコシの種がまかれて、刈り取られる畑でしかない。人は泥沼に曲がった背中や膝や顔のつかった集団でしなかく、彼は床の上を歩くようにそれをまたいで高みへ行くのである。彼が密かに心から信頼するのは自分だけである。その惨めさと困窮の光景が、自分の利己的な至福を妨げ興を削ぐことのないように、彼は大衆に向けて自分の栄光の門を閉ざすのである。フランク・アルガーノン・クーパーウッドは人を信じない」
この社説による喊声は、スプリングフィールドでの選挙戦終盤に高くあがって、シカゴのいろいろな新聞や他の地域でも取り上げられ、ベレニスに大きな関心を抱かせた。ベレニスはクーパーウッドのことを考えた……すさまじい抗争を繰り広げ、ニューヨークとシカゴの間を急いで行き来し、立派な邸宅を建て、絵画を集め、アイリーンと喧嘩した……クーパーウッドがだんだん、超人、半神、半妖の形になってきた。普通の生活習慣や人の慣れ親しんだ道が、どうして彼をコントロールすると期待できるのだろう? そんなものにはできないし、やりもしなかった。クーパーウッドはここでベレニスを追いかけ、目で探し求め、笑顔に感謝し、彼女のあらゆる願いでも気まぐれでも望んで待っていた。
人が何と言おうと、すべての女性の心の奥深く埋もれる願いは、自分の恋人がヒーローであることだ。ただの棒切れや石ころから、自分たちが跪く偶像を作る者もいれば、偉大さという厳しい現実を求める者もいる。しかしいずれの場合も、理想への尊敬という幻影は保たれる。
ベレニスは到底クーパーウッドを納得できる恋人として見る気にはなれなかったが、彼の履き違えた献身が、明らかに全世界からの期待を集められる者の貢ぎ物であることに、満足していた。さらに、中西部での彼の大きな戦いからニューヨークの新聞が発火して、賄賂だの、偽証だの、民意を妨げようとしていると非難し続けたので、クーパーウッドは今、ベレニスに自分の正確な立場を説明して、その目で自分の正しさを見てもらいたい一心で、積極的になった。カーター邸を訪問したときや、オペラとか劇場の幕あいに、ベレニスに少しずつ自分の歴史を物語った。ハンド、シュライハート、アーニールの性格と、彼らがシカゴで自分を攻撃することなった嫉妬と復讐がらみの動機を解説した。「代償を払わなければ、シカゴ市会議からは誰も何も得られません」クーパーウッドは断言した。「これはただ単に金を出しているのが誰かという問題なんです」クーパーウッドは、トルーマン・レスリー・マクドナルドがかつてどうやって五万ドルをゆすり取ろうとしたかと、その後自分を攻撃することでどれだけ新聞社が儲かるか、発行部数を増やせるか、に気づいたかを語った。率直に社交界を追放された事実を認めた。原因の一部はアイリーンの至らぬ点と、一部は未だに敗北を許したことがないプロメテウス的な自分の反抗的態度のせいだとした。
「今に奴らを打ち負かしますよ」ある日、人がほとんどいないプラザの昼食の席で、クーパーウッドは真面目にベレニスに言った。彼の灰色の目は、巨大で得体の知れない精神の典型だった。「知事は私の五十年の運営権法案に署名しませんでした」(これはスプリングフィールド議会の閉会前の出来事だった。)「でも署名することになるでしょう。それでも目の前にはもう一つ闘いがあります。私はここのすべての路線をひとつの総合的なシステムに統合するつもりです。それを提供できるのは、私のような合理的な人間です。後になって、公有化の時代が来たら、市が買い取ればいいのです」
「じゃあ、それからは……」クーパーウッドが大事なことまで打ち明けてくれたのが嬉しくて、ベレニスは優しく尋ねた。
「さあ、わかりません。海外で暮らそうと思います。あなたは私にあまり関心がないようですし。アートコレクションを完成させますかね……」
「でももし負けたら?」
「負けることは考えていません」冷静に言った。「何が起こっても、十分に生きていけます。少し闘いに疲れましたよ」
クーパーウッドは微笑んだ。しかし、ベレニスは敗北の目がないわけではないと見ていた。彼の心には勝利があったが、そこにしかなかった。この頃クーパーウッドの問題は国中に広がっていたため、彼とのこういう会話がベレニスに与えた影響はかなりのものだった。同時にもうひとつの何とも良くない影響が彼の有利に働いていた。ベレニスと母親は少しずつ、もはや社交界の超保守派が自分たちを受け入れる気がないことをわかり始めていた。ベレニスはいよいよ見過ごしにはできないほど目立つ人物になっていた。ビールズ・チャドセイ事件の約五か月後、ハリス・ハガティ家主催の重要な昼食会で、シンシナティからやって来た招待客によって、ベレニスは噂になっている人物だとハガティ夫人に忠告がなされた。ハガティ夫人はルイビルの友人たちに手紙を書いて情報を求め、返事を受け取った。直後にあったジェラルディーン・ボーガの社交界デビューのパーティーでは、ベレニスは彼女の姉の学友だったのに、なぜか除外された。ベレニスはそれを敏感に感じ取った。その後、ハガティ家は今までいつもしてきたように、盛大な夏のパーティーに彼女を加えることができなかった。これはランマン・ジーグラー家、ルーカス・デミング家にも当てはまった。面と向かって侮辱されることはなかった。単に招待されなくなっただけだった。また、ある朝、コースカデン・バーチャー夫人がイタリアに向けて出航したことをトリビューンで読んだ。これもベレニスには何も伝えられていなかった。バーチャー夫人といえば、親友のひとりだったはずである。数名にそれとなく知らせる方が、他の者に公言するよりも効果がある。ベレニスは流れがどっちに向かっているのかが、よくわかった。
確かに、抗議する者は多かった……飛んでる世界でも超のつく人たちである。たとえば、パトリック・ギルベニン夫人である。「まさかあなたまで私にそんな話をしないわよね? 残念だわ! ええ、私はベヴィが好きよ、いつだって好きだわ。あの娘は賢いんだから、来たければここに来ればいいのよ。そんなの、あの娘の落ち度じゃないでしょう。心の底から貴婦人なんだし、これからだってずっとそうよ。人生ってとても残酷ね」アウグストゥス・タブリーズ夫人は「それって本当に本当なの? 信じられないわ。それに、あんなすてきなんですもの、除外できないわ。私だけは何としてでも、こんな噂なんて無視しますからね。どこにも行けなくなったら、ここへ来ればいいんです」ペニントン・ドゥルーリー夫人は「ベヴィ・フレミングのことだけど! 誰がそんなこと言っているのかしら? 私は信じませんからね。とにかく、私は彼女が好きなんです。そんな娘を切ろうなんていうハガティ家の了見は……馬鹿げてます! あの娘が喜んでくれる限り、うちの大事なお客さまよ。まるで母親の仕出かしたことが実際にあの娘に影響があったみたいじゃない!」
それでも、鈍感な金持ち……財力、連帯感、真面目くさった人の目に映るまとも、無知で自分を支える者の世界では、ベヴィ・フレミングは、好ましくない人物になってしまった。ベレニスはこれをどう受けとめたのだろう? 外の世俗の不幸に見舞われても、内なる精神的な気高さは少しも損なわれないことを知る、あの偉そうな態度で受けとめたのである。本当の自分というものを持つ者は、最初から自分を知っているし、仮に疑うことがあったとしても、まれである。人生は、彼らのまわりで、すばやく、自由にたわむれて、激しい急流のように駆け込んでは出ていくが、彼ら自身は岩のように、静かで、穏やかで、動かされない。ベヴィ・フレミングは、自分が一部であるこの世界の何よりも自分は優れていると感じたので、この期に及んでも顔を高くあげていられた。
それでも、この状況を改善するために、片目では自分の周囲を見回し、満足できそうな結婚を模索した。ブラクスマーは永久に去ってしまった。東洋のどこかにいた……中国と聞いていたが……自分にあげていた熱は冷めたらしい。キルマー・デュエルマも去ってしまった……かっさらわれた……もう自分を受け入れない家族のうちのひとつのものになっていた。しかし、彼女がまだ顔を出していたいくつかの応接室では……そこは結婚市場以外の何だったのだろう?……出会いの一つや二つはあった……富豪の御曹司たちがとりあえず近づいてきた。これは失敗するのが決まっていた。こういう若者のひとり、オックスフォードで教育を受けたブラジル人のペドロウ・ライサー・マルカドは、ベレニスが貧しいことを知るまで、誠意や思いやりを散々約束した……では何が? 何者かが彼に耳打ちしたのだった。ウィリアム・ドレーク・ボードンという有名な旧家の子息がいて、ワシントン・スクエアの北側に住んでいた。舞踏会、午前の音楽会、別の催し物があって出会った後、ボードンがベレニスを連れて母親と妹に会いに行くと、二人は魅了された。「ああ、高貴な神よ!」ある日、ボードンはうっとりとベレニスに言った。「ぼくと結婚してくれませんか?」ベヴィは相手を見て考えた。「もう少し待ちましょうよ、あなた」ベレニスは勧めた。「ご自分が本当に私を愛しているってことを確信して欲しいの」ボードンはその直後に、クラブで昔の同級生に会って、こんな挨拶を受けた。
「なあ、ボードン。きみはぼくの友人だ。ぼくはきみがあのフレミングさんと一緒にいるのを見かけたんだ。まあ、ぼくは事態がどこまで進んでいるかは知らないし、邪魔をしたくはないんだけど、きみは事情をすべて承知しているわけだよね?」
「どういう意味だい?」ボードンは尋ねた。「はっきり言ってほしいな」
「それは勘弁してくれよ、きみ。別に悪気はないんだ。きみはぼくのことを知ってるよね。ぼくにはできないよ。大学……でも、どこででもいいからさ。でも、先に進む前に、これだけはやってくれ。聞いてまわれ。話を聞けるかもしれない。もしそれが事実なら、きみは知るべきだからね。事実でないなら、この噂は終わりにしないとね。ぼくが間違っているなら、償いを要求してくれ。ぼくは噂を聞いてきみに言っているんだ。いたって善意だからね。保証するよ」
詮索は増え、嫉妬と羨望で話は盛り上がる。ボードンは三百万ドルを相続するのが確実なのだ。だとするとどこかへ旅行に行く必要がある。ベレニスはガラスに映る自分を見つめた。内容は何だろう? もし何か言っているとしたら、世間は何と言っているのだろう? これは変だぞ。まあ、彼女は若くて美しいとか。他にもあるとか。それでも、ベレニスはボードンを愛すようになったかもしれない。彼はとても軽快で、無意識でも優雅だった。現に、彼女は彼をもっとよく思っていた。
このすべての影響が、必ずしも気が滅入るものばかりとは限らなかった。謎めいていて、人を見下したところがあり、憂鬱気味で、陽気で勇敢な世界を持つベレニスは、時折喜びの裏で、実在しないものの空虚な響きを耳にした。ここで生活していたらどう転ぶかわからない。光と空気がなければ、最高の花でも枯れてしまう。母親の不始末はもうそれほど解せないものではなかった。結局のところ、母親はそれによって自分と家族を、社会の上の方の一定の立場にとどめたのではなかっただろうか? 美しさとは、夢がつくられているものと同じ素材でできていて、はかないものだった。自分自身ではなく……つまりはその人の内面的価値や、その人の夢のすばらしさではなく、その他のこと……つまりは名声と富と、噂や失態の有無が重要だった。ベレニスは唇を尖らせた。しかし、人生は送りようがあった。世間に嘘をつけばいいのだ。若さは楽観的である。そしてベレニスは、すばらしい理性にもかかわらず、とても若かった。ベレニスは人生を、いろいろなやり方でプレーできるゲーム、いいチャンスだととらえた。クーパーウッドの処世訓が、ベレニスに響き始めた。人は自分自身の人生を築いて、切り開かねばならない、さもなければ全然面白くなく、退屈したまま、他人の二輪戦車の車輪に引きずられなければならない。社会がこれほど口やかましくて、男たちがこれほど面白みに欠けるのなら……まあ、自分にもできることがひとつあった。自分は生きていかねばならない……そのためにお金は何かと役に立つだろう。
さらに、クーパーウッドがベレニスにとってだんだん魅力的になりつつあった。現に魅力的だった。他の大勢の人たちよりもはるかに立派で、とても力があった。「とにかく勝利は自分のものだ」と言う人のように、ベレニスは異様に浮かれていた。




