表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
59/62

第59章 資本家と市民の権利


一八九七年六月五日ミアーズ法案……これを提出して少しばかりの財産を受け取った勇猛な議員にちなんでそう命名された法案……の成立から、同年十二月にシカゴ市議会へ提出されるまでの間に、みんなは何を考え、何をたくらみ、どんな政治活動を行い、何を社説に書いたのだろう! クーパーウッドに対する激しい反感はあったが、同時に地元の市民社会には、必ずしも彼を否定的には見られない商業的で冷静さを備えた層が存在した。彼らは自分で商売をしていた。クーパーウッドの鉄道は彼らの家の前を走ってサービスを提供していた。彼らには彼の鉄道事業のサービスが、他の会社が提供するサービスと、どこがそんなに違うのかわからなかった。クーパーウッドの反撃の中に、自分自身の物欲的な考え方を正当化するものを見いだし、それを主張することを恐れない物質主義者タイプがここにいた。しかし、これに反対して説教する者がいた……進行中の大騒ぎが示しているように見えるものだけしか目に入らない、風に吹き飛ばされる惨めな棒切れに過ぎない合理的でない者だ。また、無政府主義者、社会主義者、単一課税論者、公有制を唱える者がいた。クーパーウッドの富や、ニューヨークの邸宅とアートコレクションの伝説じみた物語を、自分たちに必要だったものを無情に搾取したものだとみる貧しい人々がいた。政治と経済の大きな変動が迫っている……頂点にいる鉄の支配者の圧政は、一般市民のもっと豊かで自由で幸せな生活に道を譲るのだ……という気運がこの当時アメリカで広まりつつあった。一日八時間労働法や、公共事業の公有化が、全国で唱えられていた。巨大な路面鉄道会社がいまここにあって、百五十万人にサービスを提供し、市民が自分たちで作り上げた通りを占拠し、この謙虚な全市民に年間千六百から千八百万ドルの負担をかけるのに、新聞によればその見返りは、劣悪なサービス、粗末な車両、ラッシュ時には席に座れない、自由に乗り換えられない(実際には、三百六十二の個別の乗換ポイントが機能していた)、莫大な収益に見合った課税が全くなされていない、のである。粗末なアパートや小屋の台所や居間にいて、ガス灯やランプの明かりでこれを読み、新聞の別の欄でその金持ちの自由で向こう見ずなすばらしい生活についても読んだ労働者は、自分が正当に受け継ぐ分の一部をだまし取られたと感じた。シカゴの手で、フランク・A・クーパーウッドに自分の義務を果たさせることがすべての問題なのだ。彼が市会議員に賄賂を渡すことが再び許されてはならない。彼が五十年間の運営権を持つこと、つまりは正直な人たちを落ちぶれさせて州議会からすでに獲得した特権を持つこと、が許されてはならない。屈服させて、法と秩序の力に従わさせねばならない。ミアーズ法案は現金を使って上院と下院を通過し、知事本人にさえも提供された、という主張がなされた……告発を行った人たちはこれが正しいとは十分に認識していなかった。法的な証拠は得られなかったのに、クーパーウッドはものすごい賄賂を贈ったと思われた。新聞の風刺漫画では、部下に別の船……市民の権利号……を沈める命令を下す海賊船の船長として描かれた。目を黒い覆面で隠した泥棒とか、シカゴという美しい乙女の首をしめ、その間に財布を盗む女ったらしとして描かれた。この戦いの評判は、今や世界的規模になっていた。モントリオール、ケープタウン、ブレノスアイレス、メルボルン、ロンドン、パリでも、人々はこの奇妙なの闘争の記事を読んでいた。ついに、そして本当に、彼は国家的、国際的な人物になった。彼の当初の夢は、状況に修正を余儀なくされたが、文字通り実現した。


一方でクーパーウッドへこの凄まじい猛攻撃をかけた地元の資本家たちが、自分たち自身が作り上げた子供の最終的な性格に少なからず動揺したのは間違いない。ここについに明らかにクーパーウッドに敵対する世論が誕生した。しかしここにいる彼ら自身も莫大な利益を享受する側で、クーパーウッド自身が求める恩恵が欲しいのに、わざわざ金の卵を産めるガチョウを殺そうとしていた。東部の巨大な資本家であり、巨大な大陸横断鉄道や国際的な銀行などの取締役筆頭を務めるヘッケルハイマー、ゴットリーブ、フィシェルのような人たちは、新聞と反クーパーウッド陣営がシカゴでここまでやってしまったことに驚いた。彼らには資本家に対する敬意がまったくないのだろうか? 長期間の運営権が事実上すべての現代資本主義の繁栄の基礎であることを、彼らは知らないのだろうか? 阻止されない限り、今ここで提唱されている理論は、他の都市にも広がってしまうだろう。アメリカはあっけなく反資本主義……社会主義になるかもしれない。公有制は実行可能な理論として登場するかもしれない……すると、どうなるだろう? 


「あそこの連中ときたら、ずいぶんと愚かだな」あるときヘッケルハイマーは〈フィシェル・ストーン・シモンズ社〉のフィシェルに向かって言った。「私には、クーパーウッドさんが同じ時代のどの他の創業者とも違うとは思えないのだがね。私には彼が完全に正常で有能に見える。彼の会社はすべて儲かっている。ノース&ウエスト・シカゴ鉄道以上の優れた投資先はあるまい。私の判断ですが、あそこの鉄道はすべて統合して彼にまかせるのがいいでしょう。彼なら株主のために金を儲けてくれる。路面鉄道の経営のやり方を心得ているようです」


「そうですね」ヘッケルハイマーと同じくらい独善的で公明正大なフィシェルは、相手の考え方に全面的に賛同して答えた。「私もそれと同じことを考えていたところです。こんな口論は全部鎮めないといけない。ビジネスにかなり悪い影響が出る……かなりだ。一旦、公有化なんて馬鹿なことを始めてしまったら、とめるのは大変だ。すでに手に負えなくなってきている」


フィシェルは、ヘッケルハイマー同様にがっしりして丸みがあったが、はるかに小柄だった。歩く数式にすぎなかった。頭の中には金融の原理と、二段、三段、四段からなる演繹法しかなかった。


ではさっそく、事態の新しい流れを見てみよう。ティモシー・アーニールは肺炎を患って亡くなり、シカゴ市の財産を長男エドワード・アーニールに残した。フィシェルとヘッケルハイマーは、まず代理人を介し次に直接、クーパーウッドの代わりにメリルと交渉した。利益についてたくさんの話があった……路面鉄道にかけてはシュライハートよりもクーパーウッド体制の方がどれほど収益が出ているか。フィシェルは社会主義的興奮をさましたがっている。この頃には、メリルもそうである。この後ヘッケルハイマーが直接エドワード・アーニールと交渉する。当人はそうありたかったろうが、父親ほどの力量はない。奇妙なことに、彼はむしろクーパーウッドを称賛するようになり、地方の路線を市営化するしかなくなる政策には何の利点もないと見ている。メリルはフィシェルの代わりにハンドと交渉する。「だめだ! だめだ! だめだ!」ハンドは言う。ヘッケルハイマーがハンドと交渉する。「だめだ! だめだ! だめだ! クーパーウッドとくたばるがいい!」しかし、ヘッケルハイマーとフィシェルの最後の使者として、今度はモーガン・フランクハウザーが現れる。彼はミネアポリスとセントポールの七百万ドルの鋼索鉄道計画でハンドのパートナーをしている。どうしてハンドはこんなに頑固なのだろう? どうして大衆をあおって、市営化を妥当な政治理念とし、他の地域の資本まで混乱させる復讐計画を続行するのだろう? シカゴの株をピッツバーグ・トラクション株と交換で……均等に配分して……フランクハウザーに渡し、それから他所で好きなようにクーパーウッドと闘ったらどうだ? 


ハンドは、当惑し、驚愕し、丸い頭をかきむしりながら、重い手で机を叩いた。「だめだ!」彼は叫ぶ。「絶対にだめだ……私がシカゴで生きている限りはな!」そして、そのあとで譲歩する。人生は変わりやすいもので、彼はかなり困った形で反省を余儀なくされる。まさかこうなるとは思わなかっただろう! 「シュライハートは」ハンドはフランクハウザーに断言した。「絶対に応じませんよ。彼ならまず死を選ぶでしょうね。哀れなティモシーよ……もし彼が生きていたら……彼だって応じなかっただろう」


「シュライハートさんは放っておいてください、お願いします」温厚なアメリカ系ドイツ人フランクハウザーは頼んだ。「まだ問題があったのか?」


シュライハートは激怒している。だめだ! だめだ! だめだ! 彼はまず売却を選ぶつもりだ……しかし数は少ない。フランクハウザーは、フィシェルかヘッケルハイマーの代わりに、その持ち株を喜んで引き取るつもりでいる。


さっそく一八九七年の秋を見てみよう。対立していた全てのシカゴの路面鉄道会社が、大皿……いわば黄金の大皿……に盛られて、クーパーウッドに差し出された。


「解決しました」ニューヨークのメトロポリタン・クラブでも神聖な領域ですばらしいディナーを囲みながら、ゴットリーブはクーパーウッドに内密で打ち明けた。午後八時三十分、ワイン……ブルゴーニュのスパークリング・ワイン。「フランクハウザーから今日電報がきました。うまくいきました。いずれ彼とも顔を合わせておきませんとね。ハンド……が自分の株をフランクハウザーに売却します。メリルとエドワード・アーニールは我々と一緒に働きます。あなたが全て取り仕切るのです。取締役会を支配するために、フィシェルさんが入手できる地元の株をすべて仲間に集めさせています。シュライハートはおりました。向こうも自分が辞任することになるのはわかってますからね。これで大丈夫です。もうあなたが困ることもないでしょう。すべては五十年の運営権が実際に市議会で得られるかどうかで決まります。ヘッケルハイマーはあなたにすべてを管理させたいのですよ。万事あなたの手に委ねるつもりでしょう。フランクハウザーも同様です。ヘッケルハイマーもそう見ています。さあ、あなたの出番ですよ。あなたにかかっているんです。健闘を祈ります。新聞を叩くのは大変ですよ。ハンドとシュライハートはまだ敵対してますしね。ヘッケルハイマーさんがあなたによろしくとのことでした。来週、彼と一緒にお食事はいかがですか、それとも彼がそちらにうかがってもいいですかと伝えるよう頼まれました。どちらでも都合がいい方で。では」 

 


この時シカゴの市長の椅子に座っていたのは、ウォールデン・H・ルーカスという名前の男だった。三十八歳で、政治に野心を抱いていた。彼には人気者の要素があった……世間の注目を集めるコツだか幸運を持っていた。元気で、壮健な、健康的若者で、繊細で、精力的だった。冷静で率直な実務的な考え方をする人、演説家、将来の大きな政治的栄誉を求めてやまない謎めいた夢想家で、自分のカードを的確に使い、友だちをつくり、正義であることを誇りとしていたが、絶対に妥協しない悪の敵というわけではなかった。要するに、若くて希望に満ちた西部のマキャベリで、彼がその気になれば反クーパーウッド闘争の大義に立派に貢献できる人物だった。


クーパーウッドは心配になってオフィスにいる市長を訪ねた。


「ルーカス市長、あなたが個人的に望むものは何でしょう? あなたのために私に何ができるでしょう? あなたの望みは、将来の高い政治的地位でしょうか?」


「クーパーウッドさん、あなたが私にできることは何もありません。あなたは私のことがわからない。私もあなたのことはわからない。あなたには私を理解できませんよ。だって私は正直者ですから」


「ほお!」クーパーウッドは答えた。「これはまさにうぬぼれと博識の人ですな。失礼しますよ」


その直後、市長はカーカーなる人物の訪問を受けた。カーカーは抜け目がなくて、冷淡だったが、それでも魅力的なニューヨーク州の民主党の指導者だった。カーカーは言った。


「実はですね、ルーカスさん、東部の大銀行がシカゴのこの地域紛争に興味を持っていましてね。たとえば、ヘッケルハイマー・ゴットリーブ商会は、一般の買い手には魅力的な投資になり、同時に市にとっては公平で適切な基準に則って、すべての路線を統合したいと考えています。彼らから見れば、二十年契約ではあまりに期間が短かすぎるのです。少なくとも五十年なら彼らも安心して考えることができるでしょう。百年が望ましいと考えています。膨大な出資に、内容が見合わないわけです。現在ここで推し進められている政策は、公共事業の公有化にしかつながりません。これは現時点では全国の民主党が大々的には絶対に主張できないものです。そんなことをすれば、全米の金融界を敵にまわすでしょう。政治の経歴がこういう活動とはっきり同じだと思われた人物は、国政はもちろんのこと州の候補に指名されるチャンスもなくなってしまいます。そんな人は当選できません。おわかりいただけましたか?」


「はい」


「スプリングフィールドの知事室だろうと、シカゴの市長室だろうと、人は簡単に連れ出されてしまいますからね」カーカーは続けた。「ヘッケルハイマーさんとフィシェルさんが、あなたを訪ねるように個人的に依頼してきましてね。もうあと二年シカゴの市長をやりたいにせよ、来年知事になりたいにせよ、大統領候補の選出時期が来るまで、好きにしてください。その間に、この公有制の考えにのっかるのは賢明でないと私なら判断しますね。新聞はクーパーウッドとの闘いの中で、絶対に持ち出されてはならない問題を持ち出したのです」


カーカーが立ち去った後で地元の名士エドワード・アーニールとサンフランシスコの民主党指導者ジェイコブ・ベサルがやって来て、従うならば相互支援という結果になるかもしれない案を提示した。さらに、ミネアポリスとフィラデルフィアからも影響力の強い共和党の代表団が来た。レイクシティ銀行の頭取とプレーリー・ナショナル銀行の頭取……かつての反クーパーウッド派……までもが、すでに言われたことを言いにやって来た。流れはこうだった。ルーカスはとんでもない窮地に追い込まれた。政治的キャリアを築くのは、確かに大変なことだった。自分が始めようとした攻撃をクーパーウッドに加えることは得策だろうか? 市民の活動を支えながら断固として政策を実行したら、自分はどうなるだろう? 市民は感謝するだろうか? 市民は覚えていてくれるだろうか? カーカーが指摘したように、現在の新聞の方針が修正されるべきだとしたらどうだろう。政治が本格的な混乱と紛糾を迎えた! 


「ねえ、ベッシー」ある晩、ルーカスは美しくて、健康的な、ブロンド系の髪の妻に尋ねた。「もしきみが私だったら、どうする?」


灰色の目をした、明るく、現実的で、うぬぼれ屋の夫人は、家族思いで、夫の地位と将来を誇りにしていた。ルーカスはいろいろな問題を妻と話し合うことを習慣にしていた。


「ねえ、いいかしら、ワォリー」妻が答えた。「あなたは何かをやり通さないといけないわ。今回の勝ちは市民の側にあるように私には見えるのよ。新聞があれだけやったものを、どうすれば今さら変えられるのかわからないもの。公有制を唱えたり、お金の問題で不公平なことをする必要はないけど、それでも私なら五十年の運営権はやり過ぎだという点にこだわるわ。あなたは相手に何らかの代償を市に支払わせて、贈収賄抜きで運営権を渡してやるべきよ。それだけはやらないと。私ならあなたが始めた方針にこだわるわね。あなたは市民なしではやっていけないのよ、ワォリー。とにかく、市民を抱えなきゃだめよ。市民の支持を失ったら、政治家も他の誰も大してあなたを助けられないんですからね」


明らかに、市民が考慮されねばならない時間は存在した。考慮されさえすればいいのだ!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ