第50章 ニューヨーク邸
翌朝の〈アメリカン・マッチ〉の倒産は、この街と国民を動揺させ、人々の心に何年にも及ぶ爪痕を残した出来事のひとつだった。最後の瞬間に、クーパーウッドの融資を回収する代わりに、〈ハル&スタックポール〉を犠牲にするのが最善であると決定が下され、証券取引所は閉鎖、すべての取引が終わった。これで株価は少なくとも大暴落しないで済み、銀行には混乱した財務を立て直して最後の事態に備えて体制強化を図る数日(十日)の猶予ができた。当然、街中の小さな相場師たちは……この暴落で大儲けを期待していた連中は……怒って不満をもらした。しかし、折れない取引所の経営陣、従順な新聞、大手の銀行家と重鎮の四人の結束を前にしては、なすすべがなかった。各銀行の頭取は「ただの一時的な混乱」を厳粛に語り、ハンド、シュライハート、メリルは、自分たちの利益を守るためにさらに自腹を切るはめになり、勝ったクーパーウッドは小者たちに『海賊』、『略奪者』、『狼』と……その連中の頭に浮かぶ限りの罵詈雑言で……激しく罵られた。大物たちはここに自分たちに匹敵する敵がいるという現実に直面した。彼は大物たちを征服するだろうか? 彼はすでにシカゴで圧倒的な財力を手にしているのだろうか? このまま彼は、大物たちやその部下の目の前で、大物たちの無力さと自分の力を誇示して痛い目に遭わずにすむのだろうか?
「負けを認めるしかない!」アーニール邸での会議が終了し、他の面々が立ち去った後の総括の場で、ホズマー・ハンドはアーニールとシュライハートに明言した。「我々は今夜、してやられたようだ。しかし、私はまだ終わっちゃいない。奴は今夜は勝った。しかし毎回勝つわけじゃない。私と奴との闘いは決着がつくまで続くんだ。他のみなさんは残るもよし撤退するもよし、好きにしてください」
「いや、いや!」シュライハートは熱く共感する手をその肩にのせて叫んだ。「私の全財産はあなたのためにあるんです、ホズマー。こういう奴は最終的には勝てないもんです。私は最後まであなたと一緒ですからね」
メリルたちと一緒にドアに向かうアーニールは無言で鬱いでいた。ほんの数年前、自分がただの下っ端としか思っていなかった男に、思いっきり侮辱されたのだ。このクーパーウッドは、敵陣に乗り込み、街の主だった金融関係者に条件を突きつけ、威勢よく毅然と立ち上がり、相手の顔を見て微笑み、さんざん捨て台詞を吐いたのだ。アーニールは眉を寄せて顔をしかめた。だが、自分に何ができるだろう? 「我々は」アーニールは他の人たちに向かって言った。「時節の到来を待つしかない。今はまだ大して打つ手がありませんからね。この危機はあまりにも突然すぎました。あなたは彼との決着はついていないと言いましたが、ホズマー、それは私もです。でも我々は待たねばなりません。この街で彼を政治的に潰さねばならない。我々なら最後にはできると私は信じますよ」たとえ明日、彼と彼らが、自分と銀行を守るために数百万ドルも手放さなければならないとしても、他のメンバーは彼の勇気に感謝した。メリルは初めて、これから自分はクーパーウッドと公然と闘わなければならないと結論づけた。それでもその勇気には感心した。「しかしあまりにも喧嘩腰で、傲慢にも程がある! まさにライオンのような男だ」ひとりごとを言った。「ヌミディアのライオンの魂を持つ男だ」
そのとおりだった。
この日からしばらくの間、切迫した政治的対立が見当たらなかったので、シカゴは比較的平和だった。それは他でもなく、何かの合意が成立して中立を守っている軍隊の駐留に似ていた。シュライハート、ハンド、アーニール、メリルは、静かに目を光らせていた。クーパーウッドの大きな懸念は、今から、自分の運営権の更新時期の一九〇三年までの間に、二年ごとに巡ってくる選挙の一つあるいは三つすべてで、敵が自分を政治的に苦しめる計画を成功させるのではないかということだった。過去に彼らが彼を賄賂や偽証で立ち向かわざるを得ないよう仕向けたように、これからの闘いは、彼やその代理人が、選挙で公職に就任した者を買収するのをますます難しくするかもしれなかった。彼が今支配している追従的で買収可能な議員たちが、誠実とまでいかなくてももっと敵に忠実な者にすげ替えられて、運営権の延長が阻止されるかもしれなかった。とはいえ、彼が始めた偉業……アートコレクション、新しい豪邸、資本家として拡大を続ける名声、社会的地位の回復、自分と王位を共有するにふさわしい者と立場の違いを乗り越えて結ばれる勝利の祝い……の成就は、最低でも二十年できれば五十年の更新期間にかかっていた。
人間の心の筆頭にして最も強力な性向である野心が、最終的に支配的になっていく過程は興味深い。五十七歳のクーパーウッドは、普通の人が夢にも思わないほど裕福で、地元、ある面では全国的に有名だったが、それにもかかわらず、自分の真の目的は決して達成されていないと感じていた。クーパーウッドはまだ、東部の大物たちのように、あるいは自分自身がよく軽蔑したような多くの退屈な分野でコツコツ考え苦労を重ね、巨額の他の追従を許さない利益を得ていた地元のシカゴの四、五人の大金持ちのように、全能ではなかった。どうして自分の行く手には、決まって嵐のような反発と恐ろしい災難がばらまかれているのだろう、と自問した。私生活が乱れているせいだろうか? 他の男性だって乱れていた。宗教の教義や上から押しつけられた馬鹿げた理論に関係なく、大半は大体そうだった。それはむしろ自分が直接支配せずに……衆人環視の中で全然目立たないように……コントロールできなかったからではないだろうか? 時々そう思うことがあった。平凡で月並みな世界は、彼の大胆さ、無頓着さ、これはこれといつもはっきり言いたい願望を許せないのかもしれない。彼の余裕綽々ぶりは、大勢のあざけりや嘲笑を買った。火が火傷した子供に怖がられるように、彼の目の中の険しさは弱者に恐れられた。ちゃんと隠しはしても、丸め込むとか信じさせるには十分ではなかった。
まあ、何があっても、彼はそうである必要も、そうなるつもりもなかった。そしてそこには勝負があらねばならなかった。しかし彼は決して自分の野心の頂点にたどりついてはいなかった。まだ高貴な大金持ちとは見られなかった。彼はまだ東部の大物には及ばなかった……ウォール街に集まった巨木ではなかった。まだこういう人たちと肩を並べられず、まだ誰もが認める豪邸を持てず、まだ世界的に有名なギャラリー、ベレニス、巨万の富を自分のものにできずにいた……できると何の役に立つのだろう?
彼の晩年の大きな業績のひとつであるのが確かな、クーパーウッドのニューヨークの邸宅の特徴は、開花の一種だった……植物と同じで、人間の場合も気質から花が咲くのである。何年も過ぎてみると、(フィラデルフィアの邸宅のような)修正を加えたゴシック様式も、ミシガン・アベニュー邸で取り入れた伝統的なノルマン・フランス様式も、クーパーウッドに似つかわしく思えなかった。海外で見た中世やルネッサンス期のイタリアの宮殿しか、彼には威厳のある住居のあるべき姿の見本として響かなかった。彼が本当に探し求めていたのは、自分の好みを家に反映するだけではなく、宮殿や美術館のような永続性があって、自分を偲ぶ記念碑として残るものだった。散々探した末に、クーパーウッドはニューヨークで自分にぴったりの建築家を見つけた……レイモンド・パインという放蕩者、話上手、プレーボーイだった。それでも何よりもまず芸術家であり、非凡なものや完璧なものを見る目があった。二人は何日もかけて、この私設美術館の詳細を一緒に考えた。巨大なギャラリーが邸の西翼を占め、絵画が飾られることになった。第二ギャラリーが南翼を占め、彫刻や、大きな渦状に配置される作品にあてられた。両翼はL字型に住居棟を囲って、両翼が作る角に住居があった。建物全体が、重厚な彫刻が施された豪華な褐色砂岩で造られることになった。内装に、最高に贅沢な木材、シルク、タペストリー、ガラス、大理石が使われた。主だった部屋が、桃色の縞がある雪花石膏の柱廊のある大きな中庭を取り囲み、その中央部には電灯が照らす雪花石膏と銀でできた噴水が配置される予定だった。蘭や他の新鮮な花を植えた一連の吊り籠が、東の壁を占領して、この贅沢な人工の領域に、差し込む朝日のような色鮮やかな輝きを添えることになった。ある部屋……二階のラウンジ……は、紫紅色の薄切りの透明な大理石で全面が敷き詰められ、この壁と外からしか明かりがとれないようになっていた。日の出のイメージがずっと続くここには、異国の小鳥用のねぐら、ブドウの格子垣、石のベンチ、水面がきらきら輝いている中央プールがあり、音楽が響いた。彼亡き後、この部屋は磁器、翡翠、象牙、その他小さな値打ち物の品々を展示する格好の部屋になるとパインは保証した。
クーパーウッドは今、実際に自分の財産をニューヨークへ移している真っ最中で、同行するようアイリーンを説得していた。機転とごまかしを巧みに織り交ぜて、ここでならもっと幸せな社交的生活を送れるとずうずうしくアイリーンに受けあった。今の計画は、この移行期をできるだけ穏便にすませるだけのために、何の根拠もない夫婦円満を装うことだった。その後で離婚するかもしれないし、自分の人生が社会の常識とは違う幸せを迎えるような取り決めをするかもしれなかった。
このすべてをベレニス・フレミングは何も知らなかった。同時に、ベレニスはこの立派な豪邸が建ったことで、最終的にクーパーウッドの鉄の個性の中心を占める芸術に対する考え方を理解するようになり、本格的に関心を抱くようになった。それまでは彼のことを、東部へやって来て、母親の人の良さにつけこんで、ちょっと社交界にもぐりこんでいい思いをしたがっている西部の人間だと見ていた。しかし今では、カーター夫人が話していた彼の人柄や実績のすべては実を結んで、数々の事実が光り輝く鎖になりつつあった。この家は最高の職人技の宝物になるだろう、と新聞はしきりに繰り返した。明らかに、クーパーウッドは社交界に進出しようとしていた。「残念ね」カーター夫人は一度ベレニスに言った。「これに取りかかる前に奥さんと離婚できなかったなんて。まず受け入れられないわ。ちゃんとした女性さえ娶れば、彼の方は大丈夫でしょうけど、あの奥さんはね……」シカゴで一度アイリーンを見たカーター夫人は、疑わしそうに首を振った。「タイプが違うもの」と意見を述べた。「態度がなってないし相手を理解しようとしないもの」
「もし一緒にいて不幸なら」ベレニスは思案げに言った。「どうして奥さんと別れないのかしら? 奥さんは彼がいなくても幸せになれるわよ。馬鹿げているわ……仲の悪い者同士が一緒にいるなんて。彼が与える地位が大事なのね」ベレニスはつけ加えた。「自分がそれほど面白い人じゃないからなんだわ」
カーター夫人は言った。「彼だって今の自分とは全然違う人間だった二十年前に結婚したわけでしょ。奥さんは決して粗野じゃないけど、思慮が浅いのよ。彼がしてほしいと思うことができない人なんだわ。こういう合わない夫婦を見るのは忍びないけど、よくあることなのよね。ベヴィ、あなたが結婚するときは、うまくやっていける相手だといいわね。でも貧乏になるよりは、不幸なあなたを見る方がましだとは思うけど」
これは、最も近い公園の湖のひとつに朝日が降り注ぐセントラルパーク・サウスで、早朝の朝食の会話として行われた。春らしい緑と古びた金色の服をまとったベヴィは、朝刊の社交欄を読んでいた。
「お金がなくて不幸なよりは、あって不幸な方がましよね」ベレニスは顔もあげずにぼんやりと言った。
母親は娘の横柄な態度を意識しながら感心して見ていた。この娘はどうなるのかしら? ちゃんと結婚するかしら? 遅れずに結婚するかしら? 今のところ、ルイビルでの不幸の日々の息遣いは、ベレニスに及んではいなかった。カーター夫人が付き合わざるを得なかった人のほどんどは、ちゃんと秘密を守るつもりだった。しかしそうでない人もいた。クーパーウッドが現れたとき、夫人はもう少しで崖っぷちをさまようところだった!
「結局」ベレニスは考えながら言った。「クーパーウッドさんってただの守銭奴じゃないのね? 西部のお金持ちはみんなとても鈍いんだわ」
「あのね」今では娘を密かに守ってくれている人といつも一緒にいるカーター夫人は声高に言った。「あなたはあの人を全然理解していないわよ。あの人はものすごい人なのよ、あなた。きっとお亡くなりになる前に、世界はフランク・クーパーウッドについてもっと多くのことを耳にすることになるわ。あなたは好きなことを言ってればいいでしょうけど、でもまずは誰かがお金を稼がなければならないのよ。いくら育ちがよくったって貧乏だったらみじめなものなんだから。お母さんは知ってるの。だってお友達の多くが落ちぶれるのを見てきたんですもの」
ある日、新居の足場で、有名な彫刻家とその助手たちが、花輪で結び付けられた踊る妖精たちを描いたギリシア風の壁装飾の作業にとりかかっていた。ベレニスと母親が偶然通りかかった。二人が立ち止まって見ていると、クーパーウッドが仲間に加わった。装飾の中の人物に手を振って、昔からの陽気な感じでベレニスに言った。「あなたをモデルにしていたら、もっといいものになったでしょうね」
「まあ、お上手ですこと!」冷静で不思議な青い目で相手を見つめながら、ベレニスは答えた。「美しいわね」最初は偏見を抱いていたにもかかわらず、彼と自分には共通の神……芸術……があることと、彼の思いは聖堂に向けられるように、美しいものに注がれること、をベレニスはもう知っていた。
クーパーウッドはただベレニスを見ていた。
「この家は、私にとってただの美術館にしかならないかもしれません」母親の耳に入らないときに、クーパーウッドは簡潔に言った。「でも、できる限り完璧に建てるつもりです。私が楽しまなくても、他の人が楽しむかもしれませんから」
ベレニスは、考えるように、わかったように相手を見た。クーパーウッドは微笑んだ。ベレニスはもちろん、彼が孤独でいることを自分に伝えようとしているのだとわかった。




