第49章 オリンポス山
会議が設定された八時までに、シカゴの代表的な金融関係者はまさしく大騒ぎになった。ハンド、シュライハート、メリル、アーニールは個人的に関心が高かった! みなさんはどうだろうか? まだ七時三十分なのに、馬の蹄のパカパカいう音や馬具のチリンチリン鳴る音を響かせる屋根のない豪華な四輪馬車が、いろいろな高級住宅の前でとめられた。四人の大物のひとりに呼ばれてやってきた銀行の頭取、少なくとも取締役が、アーニール邸へと向かった。旧〈シカゴ・ガス社〉元社長で現在〈プレーリー・ナショナル銀行〉取締役サミュエル・ブラックマン、旧〈西シカゴ・ガス社〉元社長で現在〈シカゴ・セントラル・ナショナル銀行〉取締役ハドソン・ベーカー、〈クロニクル紙〉社主で〈第三ナショナル銀行〉取締役オーモンド・リケッツ、〈ダグラス信託〉社長ノリエ・シムズ、かつては活発な卸売りのコーヒー・ブローカーだったが、現在はいろいろな団体の筆頭取締役のウォルター・レイサム・コットンといった興味深い面々が出席することになっていた。それは物々しい、一目置かれる、思慮深い紳士たちの行列だった。誰もが申し分のない外観に見えて、正しい印象を与えたいと願っていた。まあ、知っておくといいが、すべての人の中で、物質主義を達成したばかりの人ほど、物質主義の小さな象徴を誇ったり自慢したがる人はいない。実際は違っても、社会を守る者であり、豊かに導く者である役割にふさわしい「存在」であることを、態度と雰囲気で満たすことが、どうしても欠かせないらしい。名前をあげた者全員と、それよりも多くの者……三十人……が、こうして暑く乾燥した夕方の空気の中を気高く進み、すぐに広くて快適なティモシー・アーニール邸の玄関にたどりついた。
あの重要人物はまだゲストの出迎えに現れなかった。シュライハート、ハンド、メリルの姿もなかった。これほど高名な実力者ともなるとこのような機会に本人が部下を出迎えることはない。約束の時刻になっても、この四人はそれぞれの事務所で、自分たちが合意した計画の細部を別々に仕上げていた。そしてそれを、内輪の席で一瞬でひらめいたように見せて、後で発表するつもりだった。しばらくの間、ゲストたちは主の不在を最大限活かさねばならなかった。飲み物や酒は出されたが、寛いでいる場合ではなかった。麦わら帽子用の帽子掛けは、なぜか使われず、みんなかぶったままだった。羽目板と、夏用のリネンのカバーがかかった椅子を背景に、みんなは画廊のような多様性と面白みを見せた。この重大な集会に安置されるはずの死体というか犠牲者であるハルとスタックポールは、実はこの部屋にはいなかった。家の別の場所の呼べば聞こえる範囲内にいて、必要なら連絡がついて助言や説明が聞けるようになっていた。街の金融界の重鎮と賢者から成るこの思えば華麗な集まりは、噂される差し迫った金融危機の圧力にさらされて、フクロウのように重苦しく見えた。アーニールが現れるまで、小さな金融にまつわる噂話ですっかり盛り上がった。
「まさか?」
「そんなに深刻なんですか?」
「かなり危ないとは知ってましたが、どのくらい危ないかは知りませんでした」
「幸い、うちはその株を大量に抱えてはおりません」(数少ない本当に幸せな銀行家のひとりの発言だった。)
「これはそうとう深刻な事態ですよね?」
「まさか!」
「だって、ほら!」
ハンド、シュライハート、アーニール、メリルがファンドの裏にいることはよく知られていたが、彼らに対して、どこからも批判的な言葉は出なかった。どういうわけか彼らは、自分たちが助かりたいのではなく、他の人たちを災難から救済するためにこの会議を招集した恩人と見られた。例えば、「さすがは、ハンドさん! 大した人だ! すばらしいことだ!」とか「シュライハートさんは……とても有能で……まさに有能そのものだ!」あるいは「今、何かの重大事態が都市を襲ってきても、このメンバーがみすみす許すような方じゃないのは確かですよ」などの声が、あちこちで聞こえた。この四人のうちの某氏だか誰某のために、莫大な量の現金や手形がかかわっている事実が、ある銀行家によってこっそり別の銀行家に耳打ちされた。クーパーウッドやその仲間が儲けているとか、何らかの形で関与している噂は、その場にいた誰も知らなかった……まだ知らなかった。
八時三十分ちょうどに、まずアーニールが全く改まった様子もなくぶらっとやってきて、その直後にハンド、シュライハート、メリルが一人ずつ現れた。ハンカチで手をこすったり、顔をふいたりしながら、彼らは周囲を見回し、この大変な状況でも極力平然と快活に見えるように努めていた。挨拶を交わす古い知人や友人や、妻子の健康などのされる質問も多かった。アーニールは、黄色っぽいリネンと、ラベンダーの縞が入った白いシルクのシャツを着て、椰子の葉のうちわを持ち、実にさわやかな感じだった。首と胸の堂々たる広がりは、いかにも父親的でアブラハムのようにさえ見えた。丸い、光っている頭部から、水玉の汗がしみ出ていた。それに対してシュライハートは、これだけの暑いにもかかわらず、まるで何かの黒い木から彫り出したかのように、硬く引き締まっているようだった。ハンドはアーニールによく似たタイプだが、はるかに頑丈で、見た目はもっと元気だった。けばけばしいと言っていいほどの明るい縞のズボンをはいて、青いサージのコートを着て、この場に臨んだ。血色のいい古風な顔は、まるで「私の大事な子供たちよ、これはとても大変だけど、我々は全力を尽くすからね」と励ますと同時に真剣だった。メリルは、大商人だからそうしていられるのかもしれないが、涼しい顔で、派手で、だらだらしていた。ほとんど無言で会釈し微笑みながら、ひとりひとりに素っ気ない気の抜けた手を差し出した。筆頭たる市民、最大の富豪のひとりとしてその椅子に座る義務がアーニールにはあった。(一番の適任者であると全員の意見が一致した。)……今回はテーブルの上座にある特に大きな椅子だった。
シュライハートに促されて、彼が最終的に進み出て着席すると、少しざわざわした。他の大物たちも席を見つけた。
「さて、みなさん」アーニールは淡々と切り出した。(低いしゃがれた声をしていた。)「できるだけ簡潔に述べます。こうして我々が一堂に会することも滅多にありませんね。ハルさんとスタックポールさんがどういうことになっているか、みなさんもご存じかと思います。今夜中に抜本的な対策が講じられなければ、〈アメリカン・マッチ〉は午前中にバタンと倒れてしまいます。この会議が招集されたのは、大勢の有志と銀行の提案があったからです」
アーニールは他の人と長椅子にでも座っているような、くだけた内緒話の口ぶりだった。
「破産しないことを願っていますが」アーニールは毅然として続けた。「もしそうなれば、多くの銀行や個人に大変な迷惑をかけることになります。我々が回避したいのはそれなんです。〈アメリカン・マッチ〉の主な債権者は、地元の銀行と、その株を担保にお金を貸した一部の個人です。ここにその氏名と負債額の一覧があります。これが約一千万ドルですね」
富と権力が由来の無意識的な傲慢さから、アーニールはどうやってそのリストを入手したかをいちいち説明せず、少しも動揺を見せなかった。ただ大変そうにポケットをさぐって取り出し、目の前のテーブルに広げただけだった。誰の名前があって、金額がいくらで、それを読むつもりがあるのだろうか、と一同は考えた。
「えー」アーニールは真面目に再開した。「ここで申し上げたいのですが、スタックポールさん、メリルさん、ハンドさん、そして私自身、ある程度この株に投資してきました。今日の午後まで我々は、できるかぎりこれを支えることが、自分たちばかりか、担保としてこの株を受け入れてくれたいろいろな銀行やこの街全体に対する我々の義務だと感じていました。我々はハルさんとスタックポールさんを信じました。他の大勢の者が痛手を負うことなく、この株を保有し続けられる見込みがあれば、我々はもっと踏み込んだかもしれません。しかし最近の展開を見れば、これは無理だとわかります。以前から、ハルさん、スタックポールさん、さまざまな銀行の役員たちは、何者かが自分たちの足元を切り崩していると考えていい根拠を持っていました。そしてようやくそれがわかりました。この会合が招集された理由は、このことと、銀行と個人の一致した行動しか、現時点でこの街の金融の信用を救うことができないからです。株はマーケットに放出され続けるでしょう。〈ハル&スタックポール〉は何らかの形で清算しなくてはならないかもしれません。ひとつ確かなことがあります。午前中の注文をさばくだけの大金が集まらない限り、彼らは破産します。この問題の間接的な原因は、もちろん、この銀騒動です。しかしそれ以上に大きな原因は、判明したばかりの、一部の地元の活発な取引と我々が信じるものです。それが今夜金融界を窮地に追い込んでいる本当の原因です。この件に関しては、はっきり言った方がいいかもしれません。これはひとりの男の仕業なんです……クーパーウッドさんです。ハルさんとスタックポールさんが、この男のところへ行く過ちさえ犯さなかったら〈アメリカン・マッチ〉は困難を切り抜けたかもしれないし、この街は現在直面している危険を免れていたかもしれません」
アーニールは話をやめた。誰よりも興奮しやすいノリエ・シムズは苦々しく叫んだ。「壊し屋めが!」不満をもらす他の人たちの間で関心が頭をもたげ始めた。
「担保として株を手にした瞬間に」アーニールは粛々と続けた。「一株もマーケットに放出しないと約束したのに、彼はどんどん売り続けました。昨日と今日起こっていたことがこれです。この株は一万五千株以上もマーケットに放出されました。末端までうまくたどりつけませんが、その全てが同じところから出ていると信じるに足るいろいろな根拠があります。その結果〈アメリカン・マッチ〉とハルさんとスタックポールさんは破綻の崖っぷちにいます」
「悪党め!」ノリエ・シムズはもう少しで立ち上がりそうな勢いで苦々しく繰り返した。〈ダグラス信託〉は〈アメリカン・マッチ〉に大きく関わっていた。
「何ってひどいことするんだ!」担保の株の評価損だけで少なくとも三十万ドルの損失になる〈プレーリー・ナショナル銀行〉のローレンスは言った。クーパーウッドはこの銀行に少なくとも三十万ドルのコールローンがあった。
「きっとどこかで奴の悪魔の蹄が見つかるな」市議会と、〈シカゴ・ゼネラル〉の発展がかかったクーパーウッドとの闘いで、何ら満足のいく成果をあげられなかったヨルダン・ジュールズは言った。現在、彼が取締役をしている〈シカゴ・セントラル〉は、クーパーウッドがちゃっかりお金を借りた銀行のひとつだった。
「こんな風に町を苦しめ続けることが許されるとは情けないですな」サンダーランド・スレッドは隣の人に言った。相手のドゥエーン・キングスランドはハンド傘下の銀行の取締役だった。
ハンドはシュライハートと同じように、アーニールの言葉がみんなに与えた影響を満足そうに見ていた。
アーニールは大義そうにポケットをさぐって、二枚目の紙を取り出し、自分の前に広げた。「もし何かやるのであれば、今こそ先手必勝の好機です」粛々と続けた。「私は、我々なら何かをやれると希望を持っています。ここに地元の銀行がクーパーウッドさんに行った融資のうち、まだ帳簿に載っているものをメモしたものがあります。みなさんのうちのどなたかが、たまたま知っているとか、これを機に言っておきたいという融資がまだあるか、私は知りたいのです」
アーニールは厳かに見回した。
すぐにコットンとオスグッドから、これまで聞いたことのなかった融資がいくつか報告された。何が起きているのか、みんなはもうだいたいよくわかっていた。
「さて、みなさん」アーニールは続けた。「この会合に先立って、私は何人かの幹部と協議しました。とても多くの銀行が現状を乗り切るために資金を必要としており、誰もクーパーウッドさんの利益の守る特別な義務を負ってはいないのですから、この巨額の融資を回収して、その金をハルさんやスタックポールさんを支援してきた銀行や個人の方々の救済に使った方がいい、と彼らは私に賛同してくれました。私はクーパーウッドさんに何も個人的な反感は持っていません……彼は私に何も直接的損害を与えたことがありませんから……でも私は当然、今回彼がとっても適切だと判断した方針を承認できません。もしみなさんが立て直しをはかる資金をどこかから入手できなければ、他にもたくさん破産者が出るでしょう。六つの銀行で回収を始めるのがいいでしょう。こういう問題は時間が重要です。それに我々には時間がありません」
アーニールは話をやめて、あたりを見まわした。少しざわざわした。ほとんどがクーパーウッドに対する辛辣で攻撃的な批判だった。
「彼にこの代償を払わせることができるとしたら、それしかないでしょう」ブラックマンはスレッドに言った。「彼はさんざん好き勝手な行動が許されてきましたからね。そろそろ誰かがやめろと言ってもいい頃ですよ」
「まあ、今夜中に終わりそうに見えますがね」スレッドは答えた。
その間にシュライハートは再び立とうとしていた。「もしどなたからも異論がなければ、アーニールさん、議長として、出席しているみなさんから正式に意見を出してもらいましょう。これはこの会合の議事として記録されます」
ここで、背の高い頬髯の紳士キングスランドが立ち上がって、クーパーウッドがこの株をどうやって入手したのかを正確に、そしてここにいる人たちはこの株が彼か彼の仲間から出てきたことに絶対の確証があるのかと尋ねた。「どんな相手であろうと、我々が不公平な仕打ちをしているとは思いたくないですからね」と締めくくった。
シュライハートはこの答えに、スタックポールを呼び入れて裏付けを取った。株はある程度、はっきり特定されていた。スタックポールが一部始終を打ち明けると、どういうわけかみんなは衝撃を受けたようだった。クーパーウッドへの反感は激化した。
「こんなことをしておきながら、いまだに実業界で堂々としていられるのが驚きですね」〈第三ナショナル銀行〉の頭取バストが隣の席の人に言った。
「こういう場合なら統一行動をとるのも難しくないと思います」過去にハンドに多大な恩を受け現在も世話になっている〈プレーリー・ナショナル銀行〉の頭取ローレンスは言った。
「今回は」この先の説明に入るきっかけを待っていたシュライハートが口を挟んだ。「予期せぬ政治情勢が予期せぬ危機を発生させました。この男はそれを利用して自分の個人的利益をはかりと他の人全員に損害をもたらしたのです。彼にとって街の公益など関係ないのです。自分がお金を借りているその銀行が困ろうが関係ないのです。彼は社会ののけ者です。我々が彼と彼の手口をどう思っているのか、これを機に彼に示さなければ、我々は、この街と、お互いへの義務をあまり果たしていないことになります」
「みなさん」アーニールはクーパーウッドのさまざまな融資が慎重に集計されてから、最後に言った。「クーパーウッドさんにお越しいただいて、我々がたどりついた結論とその理由を直接伝えるのが妙案だとは思いませんか? 彼に警告すべきであることは、みなさんの同意を得られたと思います」
「警告すべきだと私は思う」メリルは言った。彼には、この冗舌の陰で振り回されている金棒が見えた。
ハンドとシュライハートはお互いとアーニールとで顔を見合わせて、誰かが提案するのを丁重に待った。誰も言い出さないので、これがクーパーウッドへの痛恨の一撃になると期待したハンドが悪意を込めて言った。
「伝えてやった方がいい……もし連絡がとれるのならな。私の判断では、伝えれば十分だ。彼には、これがこの街の主要な金融関係者の統一行動だとちゃんと理解してもらった方がいいからな」
「同感です」シュライハートは付け加えた。「この地域の富裕層が彼や彼のゆがんだやり方をどう考えているのか、彼ももう理解していい頃だと思います」
賛同のざわめきが部屋を駆け巡った。
「結構です」アーニールは言った。「アンソン、あなたはこの中で誰よりも彼をよく知っている。彼に電話して、ご足労願えないか確認するのがいいかもしれない。我々がここで幹部会を開いていると教えてやるんだ」
「あなたが話した方が、彼も一層深刻に受けとめると思いますよ、ティモシー」メリルは答えた。
アーニールは常に行動家だったので、立ち上がって、部屋を出て、同じ階の小さな仕事部屋だか事務室にある電話をさがした。そこなら立ち聞きされる心配なく通話ができた。
この日の夕方、書斎に腰をおろして、その週に積み重なった半ダースの美術品のカタログの詳細を研究しながら、クーパーウッドは明日〈アメリカン・マッチ〉は崩壊するかもしれないことをはっきり意識していた。自分のブローカーと代理人を通じて、この時間にアーニール邸で会議があることまでちゃんと知っていた。日中何度も、いろいろな担保株の評価額を心配する銀行家やブローカーに会っていた。そして夜は、使用人が六回も電話を告げにやってきて、アディソンや、カフラスや、自分の私的な投機を積極的に管理するラフリンの後任のプロッサーという名前のブローカー、さらにこの特別な会合に頭取が出席している銀行の何行かとも話をした。クーパーウッドがこれらの組織の長たちに嫌われ、不信感を抱かれ、恐れられたとしても、その部下たちは決してそうではなかった。中にはただ大人しくしていて、いつかこの先彼から実質的な利益を期待する者もいた。クーパーウッドはあまりの面白さに満足しながら、自分がどれだけたっぷり手際よく敵に仕返ししてやったかを考えていた。敵が翌日の大損害を埋め合わせる方法を考えていたのに、彼はそのおかげで手に入る利益を喜んでいた。すべての取引が終われば、百万ドル近くの利益があがるだろう。彼はハルとスタックポールに大きな裏切りを働いたとは思わなかった。彼らは命運が尽きていたのだ。もしクーパーウッドがこの機に乗じて出し抜かなかったら、シュライハートかアーニールがやっていただろう。
目前に迫った大儲けを考えながら、ベレニス・フレミングのことを考えた。巨人の頭でも脳には空想力のようなものがある。明けても暮れてもクーパーウッドはベレニスのことを考えた。夢にさえ見た。赤っぽい髪を束ねた一介の少女に翻弄されている自分が時々おかしかった。近頃はシカゴで働いていても、いつも彼女のことを意識して、何をしているだろう、東部のどこへ行こうとしているだろう、もし二人が一緒になって、幸せな結婚さえしたらどんなに幸せだろう、と考えていた。
不幸なことに、この夏ナラガンセットに滞在中、他の気晴らしの合間にベレニスは、現地でぶらぶらしているのを見かけたローレンス・ブラックスマー米国海軍大尉に一定の関心を示した。彼はそのときニューハンプシャーのポーツマス海軍基地に所属していた。クーパーウッドはこの時、自分の理想の人をひと目でも見ようと東部から来て数日間滞在していたが、ブラックスマーを見て、彼の存在は何を意味するのだろうとすごく気になった。このときまで、彼はベレニスに関係する年下の男性をあまり考えてこなかった。ベレニスの人柄に夢中なあまり、自分と自分の夢の実現の間に立ちはだかるものを何も考えられなかった。ベレニスは自分のものでなければならなかった。とても美しい外見に包まれたその輝く魂は、自分を見て喜ぶに違いない。しかしベレニスはとても若く、浮ついた感じがあったので、クーパーウッドは時々考えてしまうことがあった。どうやって近づけばいいのだろう? 一体、何を話せばいいのだろう? 何をすればいいのだろう? ベレニスは決して彼の富や名声に惑わされなかった。ベレニスは彼よりも上流の格が上の世界に慣れていた。(彼の配慮がどれほど厚いかほとんど知らなった。)最初の出会いでブラックスマーを鋭く観察したクーパーウッドは、顔と知性を気に入り、有能と判断したが、どうすれば追い払えるかをさっそく考えた。ベレニスと大尉が夏の海辺のベランダを一緒に散歩するのを見てクーパーウッドは一度寂しくなってため息をついた。こういう愛情が不安定な時期は、時としてとても辛いことがある。もう一度若返って独身に戻りたかった。
今夜、十一時半にもう一度電話が鳴ったときも、この考えは暗い低音のようにつきまとって彼から離れなかった。そして低い起伏のない声がした。
「クーパーウッドさんでしょうか? アーニールです」
「はい」
「今夜、この街の主だった金融関係者が私の家に集まりましてね。明日のパニックを防ぐ手立てが話し合われているんです。ご存知かもしれませんが〈ハル&スタックポール〉が大変なことになってましてね。今夜、何か対策が講じられない限り、明日二千万ドルの負債を抱えて破産するのが確実です。我々が考えているのは彼らの破産よりも、株式全般と銀行に及ぼす影響です。私の理解では、あなたの融資もかなり関係するんですよ。ここにいるみなさんから、私があなたに電話して、よろしければこちらにお出でいただき、どうすべきかを決める手伝いをお願いしてほしいと提案があったんです。朝までに思い切った決定がくだされないとならないでしょう」
この話の間、クーパーウッドの頭脳は油が足りている機械のように快調に動いていた。
「私の融資ですって?」丁寧に尋ねた。「それがこの問題と何の関係があるんですか? 私は〈ハル&スタックポール〉に何も借りていませんよ」
「いかにも。しかしたくさんの銀行があなたの証券を持っていますよ。案というのは、かなりの融資が返済を求められないとならなくなる、というものです……今夜何か他の策が考案されない限り、その大半が、です。もしかしたら、あなたなら、いらして何か言いたいことがあるかもしれない、何か別の方法を提案できるかもしれない、と思った次第です」
「わかりました」クーパーウッドは厳しい態度で答えた。「私を犠牲にして〈ハル&スタックポール〉を救済しようというお考えですね。そうでしょう?」
まるでアーニールが目の前にいるかのように目が悪意に満ちた火花を散らした。
「別にそういうわけじゃありませんが」アーニールは慎重に答えた。「何かの手立てが講じられないとならないでしょうね。いらした方がよろしくありませんか?」
「いいでしょう。うかがいます」と明るく答えた。「いずれにしても、電話じゃ議論できませんからね」
クーパーウッドは受話器をおいて、馬車を用意させた。向かう途中でクーパーウッドはこういう攻撃を見越して、〈シカゴ信託〉の金庫に低利国債で数百万ドルを蓄えておく気になった先見性に感謝した。まあ、最悪の事態になれば、これを引っ張り出して抵当に入れることもできた。相手は、彼がどれくらい強力で、どれくらい手堅いのか、せめて知っておくべきだった。
アーニール邸に入ったときのクーパーウッドは、絵に描いたような、まさに当時を代表する人物だった。クリーム色とグレーの綾織りの軽いサマースーツを着て、青と白のバンドの飾りがある麦わら帽子をかぶり、極めて柔らかい革の黄色いクォーターシューズを履いた姿は、お洒落で、身なりのきちんとした、いいお手本だった。部屋に案内されると、勇猛なライオンのように周囲を見回した。
「会議にうってつけのすてきな夜ですね、みなさん」クーパーウッドは、アーニールにうながされた椅子に向かって歩きながら言った。「これまで葬式でこんなにたくさんの麦わら帽子を見たことがありません。私の葬式を目論んでいるのはわかってるんですよ。さあ、どうすればいいんですかね?」
クーパーウッドは穏やかな余裕の表情で微笑んだ。これを他の誰かがやっていたら、みんなの顔には笑顔が浮かんでいただろう。彼がそれをやると、居並ぶ人たちのほどんどを腹の底で憤慨、激怒させる、根幹部分の力がうかがい知れた。相手はただぴりぴりして完全に敵意をむき出しにしていきり立った。個人的に彼を知る者の何名かが……メリル、ローレンス、シムズが……うなずいたが、その目に友好の光はなかった。
「そうでしょ、みなさん?」険悪な沈黙が少しあってから、クーパーウッドはハンドのそむけた顔と、シュライハートの天井を見上げている目を見ながら尋ねた。
「クーパーウッドさん」クーパーウッドの陽気な雰囲気に邪魔されまいとアーニールは静かに切り出した。「電話でもお話しましたが、この会合は朝にでも深刻なパニックになりかねない事態を、できれば回避するために招集されたんです。〈ハル&スタックポール〉は破綻寸前です。未払いの借入金がかなりあります……このシカゴに七、八百万近くあるんです。その一方で、もし銀行がその融資を継続することさえできれば、〈アメリカン・マッチ〉株と他の不動産という形で資産はあるわけですから、もうしばらく持ちこたえられるんです。ご存知のように、我々全員がマーケットの下落に直面し、銀行は資金が不足しています。何とかしなくてはなりません。我々は今夜、可能な限り徹底的にこの問題を調査しました。そしてあなたの融資が、簡単に手が届く、一番利用しやすい資産だと大まかな結論が出ました。シュライハートさん、メリルさん、ハンドさん、そして私は、惨事を回避するためにこれまでできることは全てしてきました。しかし〈ハル&スタックポール〉が株式を抵当に渡した何者かが、マーケットを壊すためにその株を食い物にしていたことが判明したんです。我々は将来の惨事を避ける方法を知っています」(そして、彼はクーパーウッドを厳しい顔で見た。)「しかし直近の問題は現金です。そして、あなたの融資が最も巨額で最も利用しやすいわけです。朝のうちに、それを返済する手段を見つけられますか?」
アーニールはその鋭く青い目を厳かにまばたかせた。残りの者は、優しい飢えた狼の群れのように座ってこの目に見えるすべてを見ていたが、今は生贄と犠牲者を糾弾していた。クーパーウッドは、場の空気を敏感に感じ取りながら、平然と怖気づくことなく周囲を見回した。膝の上に青いものを載せていた……バンドのついた麦わら帽子が、端っこでちゃんとバランスを保っていた。ふさふさの口髭が気取って偉そうに上向きに反り返っていた。
「自分の借りた金くらい面倒みられますよ」クーパーウッドは簡潔に答えた。「しかし、あなたもみなさんも返済を求めない方がいいですよ」クーパーウッドの声は明るい割に不吉な響きがあった。
「どうしてだね?」ハンドは険しい表情で重たそうに堂々と向き直って相手と対峙して尋ねた。「あなたがハルやスタックポールに特に気を遣ったようには見えんのだがね」顔は真っ赤でにらみつけていた。
「だって」クーパーウッドは、笑って、自分の企てへの言及を無視して、答えた。「この会議が招集された理由を私は知ってますから。この場にいて一言も発しないみなさんは、あなたと、シュライハートさん、アーニールさん、メリルさんの、単なる手駒で、言いなりに過ぎないことだって知ってます。あなたがた四人がこの株でどんなギャンブルをしてきたのか、あなたがたの損失がどのくらいになるのか、これ以上の損失から自分たちを守るために、私を生贄にしようと決めたことだって、知ってますからね。この場で言っておきましょう」……クーパーウッドは立ち上がった。そびえ立つように全身が部屋を圧倒した……「あなたがたにはできません。私を手駒にして自分たちのために火中の栗を拾わせることはできないし、言いなりの連中の会議で、こんなことを企ててもうまくいきませんよ。どうすればいいか知りたいのなら、教えてあげます……明日の朝、シカゴ証券取引所を閉鎖して、それを続ければいいんです。それから〈ハル&スタックポール〉を倒産させなさい。それがいやなら、あなたがた四人が運営資金を出すことです。あなたがたにできないのであれば、あなたがたの銀行にでもさせるんですね。私が返済準備を整えないうちに、融資のひとつでも請求して、一日を始めたら、ここから川までのすべての銀行を潰しますからね。あなたがたはパニックですよ。せいぜいうろたえることですね。おやすみ、みなさん」
クーパーウッドは腕時計を出して、ちらっと見て、足早にドアへ向かい、行きがけに帽子をかぶった。ドアを開ける使用人に先導されて、広々とした内階段を軽やかに駆け下りると、立ち去ったばかりの部屋では不満のざわめきが起こった。
ノリエ・シムズはこの反抗的態度の誇示に驚いて「壊し屋め!」と改めて怒りの声をあげた。
「悪党め!」ブラックマンは言い放った。「あれだけのことが言える金がどこで手に入るんだ?」
「みなさん」この驚くほどのずうずうしさは骨身にしみたが、アーニールはそれでもなおクーパーウッドの激しい憤りを警戒した。「怒りにまかせてこの問題を討議しても無駄ですよ。クーパーウッドさんは明らかに自分の都合のいいようにコントロールできて、私も全然把握していない融資のことを言ってます。それがわかるまでは、どんな手が打てるのか、私にはわかりませんね。おそらく、あなたがたの中に、それが何なのかを説明できる者がいるはずです」
しかし誰も説明できなかった。熟慮の末に、警戒しようということになった。フランク・アルガーノン・クーパーウッドの融資は返済を求められなかった。




