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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
48/62

第48章 暴落


一八九六年八月四日、シカゴ市と金融界全体が、最強の上場銘柄の一社である〈アメリカン・マッチ〉の破綻と、同社の名目上の創設者ハル、スタックポール両氏の負債額二千万ドルの同時破産に、あわてふためいた。前日の十一時という早い時点で、この銘柄を商いしていたシカゴの銀行と証券界は、この銘柄に何か不測の事態が迫っていることに完全に気づいていた。株価が高値で「保護」されていたことと、精算には金が欠かせないことが仇となり、大暴落しないうちに換金しようと、全国各地からここの株券が束になって市場に殺到していた。ラサール・ストリートの外れで灰色の要塞のように威圧していた証券取引所の一帯は興奮状態だった……まるで巨大な蟻塚が無残にかき回されたみたいだった。事務員もメッセンジャーも、混乱し、行くあてもなく右往左往していた。前日で〈アメリカン・マッチ〉を出し尽くしたかに見えたブローカーたちが、朝早くから取引所に現れて、鐘の音を合図に二百から五百株単位でこの株の大口の注文を出し始めた。〈ハル&スタックポール〉の代理人は、もちろん、このマーケットの先を争って叫んでいる人だかりの真ん前にいて、どんなに株が出て来ようが自分たちが維持したい値段で買い取った。この二人の創立者は、買い支えに参加するよう自分たちが説き伏せた様々な重要人物だけでなく、取引所に詰めている自分たちのいろいろな事務員や代理人とも電話や無線で連絡をとっていた。こんなことになってしまい、おのずと二人とも気持ちが鬱いていた。この勝負は、大型融資の強みといえる大規模で楽な掃討戦はもはや機能していなかった。気の毒な話だが、大きな流れが狭い曲がりくねった空間に押し込まれる、人生のあらゆる難関のように、この二人の男は今、小さくても心臓破りな重荷をいっとき引き受けるだけで手いっぱいだった。どこにいけば一時的に降りかかる株の重荷にあてる五万ドルが見つかるのだろう? 堤防の向こうで山のように盛り上がった危険な海が猛威を振るっているのに、二人は限られた手と力で、増え続ける亀裂ふさぎを求められたようなものだった。


十一時に、フィニアス・ハルは、頑丈なマホガニーの机を前にして座っていた椅子から立ち上がり、パートナーと向き合った。


「なあ、ベン」ハルは言った。「これは我々の手に負えないと思うんだ。我々は街中でずいぶんたくさんこの株を抵当に入れたから、誰の仕業なのかわからない。誰かはわからないが、裏切り者がいることは、私がこの床に立っているのと同じくらいわかりきったことだ。クーパーウッドか、彼が送り込んだ連中の誰かって可能性はないかな?」


スタックポールは、この数週間の経験で疲れがたまって、いらいらしがちだった。


「私にわかるはずないだろう、フィニアス?」スタックポールは困ったように顔をしかめて尋ねた。「私はそうは思わないよ。彼らが株でギャンブルをやりたがっているようには感じなかった。いずれにしたって、我々は何らかの形でお金を手に入れなければならなかったんだ。もうこの連中の中の誰がいつ怖気づいてすべてを投げ出してもおかしくはないんだ。我々は窮地にいる。これは明白だ」


スタックポールはもう四十回もきつ過ぎる襟を引っぱり、ワイシャツの袖をたくし上げた。窮屈だった。上着もベストも着ていなかった。ちょうどその時、ハルの電話のベルが鳴った……取引所内の会社の連絡事務所と直通で、ハルは飛びついて受話器をとった。


「もしもし?」ハルはいらいらして尋ねた。


「〈アメリカン・マッチ〉、二千株、二百二十ドルで売り注文が出ました! 買いますか?」


電話をしている男には、「立会場」もしくは証券取引所の中央の部屋を見下ろすブローカー席の手すりに立っている別の男が見えた。そしてその男が、受け取った合図を即座に場立ちに伝える。だから、ハルの「やれ」とか「やるな」の一声が、ほぼ一瞬で取引所の現物取引に変わるのだ。


「どう思う?」受話器の通話口に手を当て、右のまぶたをこれまでにないほど重そうに垂らしながらハルはスタックポールに尋ねた。「あと二千も買わなきゃいけないのか! そんなものがどこから出てくるんだ? チッ!」


「まあ、底が抜けたんだ。それだけのことだ」スタックポールは重苦しいしわがれ声で答えた。「無理なものは無理だ。だがこれだけは言おう。三時まで二百二十を死守する。そのときに、我々の立場と責任を考えよう。そして自分に何ができるかを確かめるんだ。もし銀行が支援せず、アーニールたちが手を引きたがれば、我々は破産するしかない。だが、もうひと踏ん張りするまではしないぞ! 彼らは我々を助けてはくれないかもしれない、しかし……」


現実問題としてスタックポールは、ハンド、シュライハート、メリル、アーニールがもっと大金を投資する気にならない限り、どうしたらいいのかわからなかった。しかし、自分とハルがこうして放ったらかされて、ため息ひとつつけずに沈むのかと思うと、悲しみと怒りが込み上げた。カフラス、ビダーラ、ベイリーに当ってみたが、話を聞こうともしなかった。こうして考え事をしながら、スタックポールはつば広の麦わら帽子をかぶって、出かけた。日陰でも華氏九十六度近かった。ダウンタウンの花崗岩とアスファルト舗装は、トルコ風呂のようにカラッとした暑さを反射した。風がまったくなかった。白濁した青い空は燃えるようで、太陽が高いビルの上の方の壁に暑く照りつけていた。


ルークリイビルの七階のオフィスにいたハンドは暑さで参っていたが、それ以上に精神的な動揺が大きかった。彼はケチでもしみったれでもなかったが、大損して悩んでいるのはれっきとした事実だった。偶然や計算違いが、強くて勇敢そうな男たちを、無能や過去の人という忘却のかなたへと押しやるのを何度見ただろう! ハンドはクーパーウッドに妻の愛情を奪われてから、巨額の財産以外、世界にはほどんど関心がなった。その中には五十社の儲かる投資先もあった。会社はたっぷり利息を払わねばならない……その全てがである……そして、そのうちの一社が破綻するかもしれないとか、自分の資産が枯渇するとか考えると、ハンドは、ほとんど肉体で不満と不安を実感し、ある種の精神的、心理的な吐き気を覚えた。それは何日も何日も続くか、あるいは自分がその問題を乗り越えるまでまとわりついた。ハンドは失敗をこれっぽっちも考えなかった。


実は〈アメリカン・マッチ〉の状況は、ほとんど麻痺状態といっていい規模に達していた。ハルとスタックポールが最初に自分の分に確保しておいた一万五千株とは別に、ハンド、アーニール、シュライハート、メリルは、それぞれが四十ドルで五千株を購入していた。その後、マーケットを支えるために、百二十から二百二十ドルまでの値幅でさらにそれぞれが五千株以上買い増しせざるを得ず、持ち株の大半は直近の価格で買われたものだった。事実、ハンドは百五十万ドル近くもつぎ込んでしまった。彼の魂はコウモリの翼と同じくらい灰色だった。五十七歳で、最高の成果をあげた投資の読みと、的確な判断が伴う信用取引にしか馴染みのないの男は、偶然や運命の餌食にされるのを恐れている。勢いや判断力の低下を指摘されかねないからだ。だから、ハンドは八月のこの暑い昼下がりに、奥のオフィスのさらに奥の部屋の、彫刻がほどこされた大きなマホガニーの椅子に座って考え事をしていた。つい今朝方、何らかの行動がとられる前に、ファンドの話を打診をしてきたアーニールとシュライハートからの電話連絡に思い留められていなかったら、下落相場に直面したハンドは、公然と売り払っていただろう。明日何が起きようとも、何らかのはっきりした道筋が見えない限り、やめようと決心した……スタックポールとハルの才覚が自分の助けを借りないでマーケットを支える方法を発見しない限り、全てを手仕舞おうと決心した。これをどうしようかと考えていると、スタックポールが、青ざめ、ふさぎ込み、汗だくで現れた。


「ハンドさん」疲れた様子で叫んだ。「できることはすべてやりました。ハルと私とで、ここまでかなりしっかりとマーケットを支えてきました。今朝十時から十一時の間に、何が起こったか、ご覧になったでしょう。大きな動きがありました。我々は最後の借金をして、最後の持ち株を抵当に入れました。私の資産は予断を許さない状態になりました。ハルのもです。外部の株主の誰かか、あるいは全員が、我々の足場を切り崩しています。今朝十時から一万四千の売りが出ました! 何かあるはずです。もうどうにもなりません……みなさんが、これまで以上に踏み込む覚悟をしない限り無理です。あと一万五千株以上引き受けられるファンドでも作らないと……」


スタックポールは話をやめた。ハンドが太くて血色のいい指を一本立てていた。


「もういらない」ハンドは厳かに言った。「そんなことは無理だ。私としては、もうこの計画には一ドルもつぎ込まない。むしろ、自分の分をマーケットにぶん投げて、得られる分だけでも得たいくらいだ。きっと他のメンバーも同じように感じていると思う」


ハンドは安全にやろうと、他の目的に自分の金を使えるように、ほぼ全ての持ち分を様々な銀行に抵当に入れてあった。信用買いした価格帯を死守しなくてはならないことをわかっているように、自分の持ち分の全てをぶん投げるわけにはいかないこともわかっていた。体のいい脅しだった。


スタックポールは牛のようにハンドを見つめた。


「わかりました」と言った。「それでは帰って、店の正面に張り紙を出した方がよさそうだ。一万四千株買って、マーケットを現状の水準で支えました。しかし、その代金を支払うお金が一ドルもありません。銀行か誰かが、我々に代わってそれを引き受けてくれない限り、我々はおしまいだ……破産ですよ」


スタックポールがこの決断を実行したら、自分が百五十万ドルも損をすると知って、ハンドは思考が停止した。「銀行は全てあたったんでしょうな?」ハンドは尋ねた。「〈プレリーナショナル〉のローレンスは何って言ってるんですか?」


「みなさんと同じですよ」スタックポールはもうすっかりやけくそになって答えた。「あなたともね。どこもみんな手いっぱいなんですよ。この忌々しい銀騒動のせいだ……それだけなんです。この株には何の問題もないのに。数か月もすれば回復するでしょうに。きっと」


「そうかね?」ハンドはむっとして言った。「次の十一月がどうなるか次第だな」(ハンドは来たるべき国政選挙のことを言っていた。)


「それはわかってます」自分が立ち向かうのは地合であって仮説ではないと思いながら、スタックポールはため息をついた。それから、突然、右手を握りしめて叫んだ。「あの忌々しい成上り者め!」(「自由銀の提唱者」を念頭に置いていた。)「あいつがこの全ての元凶だ。さて、何も打つ手がないのなら、お暇したほうがいいですね。今日買った株がありますから、それを誰かに抵当に入れられるはずです。それが百二十ドルで抵当になれば何かの役には立つでしょう」


「確かにそうだ」ハンドは答えた。「そうなることを願うよ。私としてはもうこれ以上の資金はつぎ込めない。だが、シュライハートやアーニールに会いに行ったらどうだ? 彼らとは話してきたが、彼らも私と似たような立場らしい。だが、もし彼らが話し合いに応じるなら、私も乗ろう。どうすればいいかわからないが、我々みんなが団結すれば、明日の惨劇を回避する何かの手立てが準備できるかもしれない。わからんがね。あまり大きな下落を喰らわずに済めばいいんだが」


ハルとスタックポールは残りの持ち株すべてを一ドルあたり五十セント以下で手放さざるを得なくなるかもしれない、とハンドは考えていた。もし自分たち(シュライハート、ハンド、アーニール)のために団結した銀行が肩代わりして抱え込んで、後で売って利益を出せたら、自分も仲間も多少損失を取り戻せるかもしれない。大物四人の要請を受けた地元の銀行が、さらに出資を迫られればいい話だった。だか、どういうふうにやればいいだろう? 実際問題として?  

 


とうとうやって来たスタックポールに根ほり葉ほり尋ねて、クーパーウッドのところへ行った事実を聞き出したのはシュライハートだった。実を言うと、まさにこの日、シュライハート自身も仲間に内緒で〈アメリカン・マッチ〉二千株をマーケットに放出したことで有罪だった。当然のことながら、スタックポールや他の誰かが、自分の関与をほんの少しでも疑ってないかを熱心に知りたがった。その結果、スタックポールを厳しく問い詰めた。スタックポールは自分の責任が心配になってはっきりしたことを言いたがらなかった。どうせ四人とも自分を見捨てるつもりだったくせに、と腹の中で自分を正当化していた。


「どうして、あいつのところに行ったんですか?」ある意味では実際にそうだったが、シュライハートは、とても驚き、怒ったふりをしながら叫んだ。「何があっても、あいつはこの件に一切かかわない、と我々は最初にはっきり合意したはずですがね。あそこへ行くなら、悪魔に助けを求めに行ってもいいくらいだ」と同時に「何たる幸運だ!」と考えていた。自分のずる賢い抜け駆けを隠しおおせるだけでなく、四人が望めば〈ハル&スタックポール〉のやっかいな財産と手を切る口実になった。


「実はですね」スタックポールはどこか弱気だが開き直って答えた。「先週の木曜日、資金を調達するのに、私は一万五千株持っていました。あなたも、他の方々も、もういらない、銀行も相手にしてくれません。たまたまランボーさんに電話をしたところ、クーパーウッドさんを勧めてきたんです」


すでに述べられたように、本当はスタックポールは直接クーパーウッドのところに行っていたが、こうなってくると、どうしても嘘をつかなくてはならないように思えた。


「ランボーだと!」シュライハートはあざ笑った。「クーパーウッドの手先め……あいつらか。頑張っても、これ以上悪い連中のところへ行けるもんじゃない。間違いなく、この株の出どころはそこだ。あいつかあいつの仲間が、我々に売りを浴びせているんだ。あいつならやりかねないとわかってもよさそうなものだがな。あいつは我々のことが嫌いなんだ。これで全部なのか?……もう出てくる隠し事はないな?」


「ひとつもありません」スタックポールは神妙に答えた。


「うーん、困ったな。クーパーウッドのところに行くとは最悪なことをしてくれたな。しかし我々は何ができるかを考えなければならない」


シュライハートの考えはハンドと同じで〈ハル&スタックポール〉に彼らのすべての保有株を無償で銀行に譲渡させ、銀行には圧力をかけて、彼や他の連中が抵当に入れた株を、会社が利益をあげて設立される頃まで持ち越させるというものだった。同時にクーパーウッドに対して激しい憤りを感じた。自分がしていたはずの大儲けをしたのは、不幸中の幸いだったからだ。明らかに、現在の危機は彼に関係があった。スタックポールが帰ったあと、シュライハートはすぐにハンドとアーニールに電話して話し合いを提案し、一時間後にメリルも交えてアーニールの事務所に集まり、この新しくて非常に興味深い展開を議論した。実際のところ、午後の時間が経つにつれ、この紳士たちは皆、ますますいたたまれなくなっていった。彼らは必ずしも自分たちの損失の面倒をみられないわけではなかったが、自分たちの名誉や金融の中心地としてのこの街に影響が及ぶのは避けられず、この破綻(二千万ドル)が同情の目で見られるのは、壊滅的ではないにしも、考えてみればかなり納得がいかないものだった。そして今この件でクーパーウッドが大儲けした事実が、彼らの惨めさに拍車をかけた。これを聞くと、ハンドとアーニールは反発の声をあげ、メリルはいつものように、クーパーウッドの悪知恵の冴えに感心した。メリルはクーパーウッドを好きにならずにいられなかった。


本当に栄えている社会のほとんどのメンバーの胸には、街へのプライドのようなものがあって、最大の試練に立たされたときによく表面にあらわれる。この四人も決して例外ではなかった。シュライハート、ハンド、アーニール、メリルは、シカゴの評判と、東部の資本家の目に映る自分たちの結束力を気にしていた。自分たちが最近立ち上げた大事業が……ニューヨークや他の地域で最近始まったばかりの大きな仕事の数々に一矢でも報いんとしたものが……こうもあっけなく終わったかと思うと悲しかった。もし避けられるものなら、シカゴの金融は絶対にこんな形で恥をさらすべきではない。シュライハートが到着して、すっかり興奮し、動転し、知ったばかりのことを詳しく話すのを、彼の仲間は熱心に耳をそばだてて聞き入った。


午後五時から六時の間、外はまだ炎天下だが、通りの反対側の建物の壁は涼しげな灰色で、黒い影の重なりが際立った。家路につく人の足音と路面鉄道……クーパーウッドの路面鉄道……の音に混じって、あちこちで号外を叫ぶ新聞配達の少年の甲高い声が聞こえた。


「要するに」シュライハートが最後に言った。「我々はこの男の物乞いのような干渉に十分耐えてきたように私には思えるんです。彼のところに行くなんてハルもスタックポールもまともじゃなかったと言っていい。この二人が自分と我々を今回のような罠に誘い込んだんです」シュライハートは当然のことながら、痛烈で、冷たく、完全に、怒っていた。「それに」話をつづけた。「我々と同じ立場にいる他の投資家なら、我々に相談して、我々か少なくとも我々の銀行に、この株を引き渡す機会を与える礼儀くらい持ち合わせていたでしょう。シカゴのためなら我々を助けたでしょう。状況を考えれば、彼にはこの株をマーケットに投じる理由がありません。彼らが失敗すればどんな影響が出るかよくわかっているんですから。街全体が巻き込まれるのに、彼はちっとも気にしない。スタックポールさんは、彼と、いや、彼の関係者であるのが明らかな連中と、この株は一株もマーケットに出さない、とはっきり合意したと言っています。どうせ、その連中の金庫のどこを探しても一株も見つかることはないでしょう。哀れなスタックポールには、ある程度同情ができます。彼の立場は、確かにとてもつらいものでしたから。しかし、クーパーウッドのこんな騙し討ちに弁解の余地はありません……世界中のどこにもないでしょう。我々はずっと知ってましたが……この男はただの壊し屋だ。もし可能なら、ここでの彼の経歴に終止符をうつ方法を絶対に見つけるべきです」


シュライハートは、肉付きのいい足を蹴るように伸ばし、柔らかいロールカラーを整え、短い縮れた針金のような、まだ黒が多い白髪混じり口髭をなでた。黒い目は不滅の憎悪を光らせた。


ここでアーニールが表面には少しも出てこない理路整然とした態度で尋ねた。「クーパーウッドさんの現在の財務状況について特に何かご存知の方はいませんか? もちろん、レイクストリート『L』とノースウェスタンのことはわかっています。ニューヨークに家を建設中だと聞いています。それが何かと物入りになっていると思います。〈シカゴ・セントラル〉から四十万ドルの融資を受けていることは知っています。他からも受けてますか?」


「〈プレーリー・ナショナル〉で借りた二十万があります」シュライハートがすかさずしゃべり出した。「今すぐには出てこないが、時々、他の数字を何度か耳にしたな」


メリルは駆け引きの上手なネズミのような男で、白髪で、パリ風にめかし込んでいた。鋭いがどこか落とし所をさぐる目で他の人たちを見ながら、大きな椅子の中で体をよじらせていた。路面鉄道を自分の店の前に走らせる件でクーパーウッドが協力を拒んだのが原因で彼に古い遺恨があったが、メリルはいつも見世物としてクーパーウッドに興味を持っていた。本当は、クーパーウッドにダメージを与える陰謀を考えるのは気が進まなかった。同時に、こういう話し合いの場では、自分の役目を果たすのが義務だと感じていた。「うちの財務担当のヒル君が、最近彼に数十万貸しました」少し後ろめたそうに申し出た。「他にも多くの未払い債務をかかえていると思います」


ハンドは怒って興奮した。


「それ以上ではないにしても、〈第三ナショナル〉と〈レイクシティ〉に同じくらいかかえている」と言った。「ここで話に出ていない五十万ドルの融資先を知っている。バリンジャー大佐が二十万融資している。そう言えば、アンソニー・ユアにも借りているにちがいない。ドローバーズ&ドレーダーに全部で十五万借りてるな」


これらの話をもとにアーニールが暗算をしたところ、それ以上ではないにしてもクーパーウッドは三百万ドルの負債をコールローンでかかえているらしいことが判明した。


「私も全部は知りません」アーニールは最後に、ゆっくりと明確に言った。「今夜にでも我々の銀行の頭取の何人かと話ができれば、おそらくは我々の知らない他の案件があるのがわかるはずです。誰にも厳しい態度は取りたくはないが、我々の状況は深刻です。今夜中に何か対策が取られなければ〈ハル&スタックポール〉は確実に朝のうちに倒産するでしょう。もちろん、私たちはお金を借りればいろんな銀行に義務を負います。返すためにできる限りのことをしなくてはなりません。シカゴの名誉と金融街としてのランクが、ある程度かかってきますからね。スタックポールさんにもハルさんにもすでに言いましたが、私はこの件に関して精一杯のことをしました。それはみなさんも同じだと思います。この状況で我々が他に頼れるものは銀行しかありません。私が理解している限りでも、銀行は担保で株をずいぶん抱えています。少なくとも〈レイクシティ〉と〈ダグラス信託〉については、これが事実なのを知っています」


「ほとんどすべての銀行がそうだ」ハンドは言った。シュライハートもメリルも同意してうなずいた。


「私が知る限り、我々はクーパーウッドさんに何の義務もない」アーニールは少し何かもっと言いたげに間をあけてから続けた。「シュライハートさんが今日ここで言いましたが、彼は事あるごとに干渉や妨害をする傾向があるようです。どうやら、これだけの金額をいろいろな銀行から借りているらしい。それなら彼に貸した金を返してもらえばいいじゃないですか? そうすれば地方銀行は持ち直すし、この状況を打開するにあたって我々に協力するかもしれません。一方で、彼は報復できる立場にいるかもしれないが、その辺は怪しいでしょう」


アーニールはクーパーウッドに個人的な反感は全然なかった……少なくとも根深いものはなかった。同時に、ハンド、メリル、シュライハートは友人だった。みんなは彼をこの街の財界のリーダーだと感じていた。これをナポレオンのようなクーパーウッドの台頭が脅かした。アーニールは話す間、座っている机から全然視線をあげなかった。むずかしい顔でその表面を指で叩くだけだった。他のメンバーは、アーニールの提案の趣旨をはっきり理解しながら、少し緊張して彼を見た。


「名案だ……すばらしい!」シュライハートは叫んだ。「この男の排除を目指すなら私はどんな計画でも参加します。今の状況は、まさにこれをやり遂げるために必要とされたのかもしれない。いずれにせよ、我々の問題を解決するのに役立つかもしれない。うまくいけば、これこそまさに、災い転じて福となすだ」


「一連の融資の引き上げてならない理由はないな」ハンドは言った。「これを原則に私はこの問題と向き合いたい」


「特に異論はありません」メリルは言った。「しかしどんな決断を下すにしても、できるだけ通告するのがフェアだと思います」と付け加えた。


「さっそく各銀行に連絡して」シュライハートは提案した。「彼の現状と〈ハル&スタックポール〉を支えるのにどれくらいかかりそうかを正確に調べましょう? そうすれば、クーパーウッドさんに我々がやろうとしていることを伝えることができる」


ハンドはこの提案に賛成してうなずき、同時に、やたらと使い勝手が悪く、デザインのセンスもよくない、大型で、重厚な彫刻がほどこされた金時計に目をやった。「どうやら」ハンドは言った。「ようやく、この状況の打開策が見つかったようだ。「証券取引所のキャンデッシュとクレイマー(二人は取引所の所長と秘書)と〈ダグラス信託〉のシモンズを呼ぼう。我々に何ができるかすぐにわかるはずだ」


アーニール邸の書斎が最も適した会合場所として選ばれた。すぐに電話がかけられ、メッセンジャーや電報が送られ、傘下の銀行家や、いろいろな地元の公庫の管理者が、いわば、この極秘の決定を承認しにやってきた。明らかに、この決定に異議を唱える度胸のある小役人や銀行家などいないと思われた。



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