第47章 アメリカン・マッチ
望遠鏡の資金三十万ドルをもっともらしく贈って、クーパーウッドが現金の確保に成功したあと、敵がしばらく鳴りを潜めていたのは、彼を滅ぼすアイデアが浮かばなかっただけだった。民意は……といっても新聞に作られたものだが……未だにクーパーウッドに敵対的だった。しかし、彼の運営権はまだ八年から十年有効で、その間に盤石の権力を築くかもしれなかった。今は技術者、重役、法律顧問に囲まれて忙しく、いくつもの高架鉄道を建設中でてんてこ舞いだった。同時に、ビダーラ、カフラス、アディソンを通して、地元のシカゴの銀行各社に……クーパーウッドと一番対立している当事者の銀行に……コールローンを貸し付け、いざという時に報復できる計画を立ていた。クーパーウッドは自分が支配している大量の株式と債権を操作して、荒稼ぎしていた。部外者としてただ株式を購入しただけの保有者には六パーセント払えば十分というのが彼のルールだった。これほど自分が儲かるやり方はなかった。株がそれ以上の利益を出せば、新株を発行して取引所で売却して差額を自分のものにした。自分のいろいろな会社の現金残高から、莫大な額を一時的に借りて、後で従順な使用人を使って「建設」や「設備」や「運営」の費用に計上させた。彼は自分の手で作り上げた森をうろついているずる賢い狼のようだった。
この高架鉄道計画全体の弱点は、しばらく利益が出ないことだった。この競争自体が、地表を走行している自分の鉄道会社の価値を下げかねなかった。高架鉄道株だけでなく、そっちの会社の株式も莫大だった。もし何かがあって株価が下落したら、他の株主が持つ同じ株が大量に市場に放出され、それがなお一層の株価の下落を誘い、自分が市場に介入して購入せざるを得なくなる。クーパーウッドはさっそく緊急時に備えてせっせと国債で予備の蓄えを積み上げ始めた。その規模は少なくとも八、九百万ドルはなくてはならないと判断した。金融面での報復もそうだが金融危機も不安だった。それと、あまり多くの問題をかかえている中で、不意打ちをくらうつもりもなかった。
クーパーウッドが最初に高架鉄道の建設にとりかかった時点では、アメリカの金融市場に大恐慌が起こりそうな証拠は何もなかった。しかし新たな問題が生じるまで、そう時間はかからなかった。今、水辺の壮大な世界はトラストの時代だった。石炭、鉄、鋼、油、機械や、その他多くの商業必需品はすでにトラスト化されていた。そして、革、靴、ロープなどの他の品目は、刻々と、抜け目ない無慈悲な連中の支配下に置かれつつあった。すでにシカゴでは、シュライハート、ハンド、アーニール、その他大勢が、こういう投機的な事業に資金を融通して驚くほどの利益を出す見通しを立てていた。こういう事業は現金を必要としていて、金持ちの食卓のおこぼれに甘んじる格下の実力者が、盛んに注目していた。一方、国民全体に、頂点には大物……巨人……のグループがいるという感覚が成長しつつあった……彼らは心も魂もなく、庶民の境遇に理解も同情もせず、束縛して奴隷にしようとしていた。無知と貧困にあえぐ大多数の庶民は、とうとう哀れな怒りを、西部の政治指導者という万能薬に向けた。金はどんどん不足していき、現金や土地の債権が自分の利益のためにそれらを操るひと握りの人間の手に落ちるのを見て政治家は、必要なのは流通量を増やすことだと判断した。そうすれば金利の面で、融資はより簡単になり、お金がより安く手に入るようになる。銀は鉱山にあり余っていたが、流通する金一ドルに対し銀十六ドルの比率で鋳造されることになっていて、この二つの金属の平価は政府の決定で維持された。もう二度と少数の者が市民の流通貨幣を武器にして社会の破滅を招くことがあってはならない。中央銀行とその銀行を監督する者が持て余すほどの潤沢な通貨が出回ることになった。これは慈悲深い立派な夢だったが、そのせいで、政権の舵取りをめぐる不穏な抗争の危機が迫り、間もなく始まった。新しい政治指導者の政策に盛り込まれた変革を危惧して、金融関係者はその者とその者が代表を務める民主党内の勢力と闘い始めた。両派の平議員は……両陣営の底辺にいる多少空腹で喉がからからの連中は……天が送り給うた救済者、貧困と苦悩の荒野から自分たちを導いて連れ出してくれる新しいモーゼとして彼を歓迎した。救済の新しい教義を説き、心の優しさから人間の病に万能薬を投じようという政治指導者に災いあれ。彼の冠もいばらの冠にしてやろう。
他の富豪に負けず劣らず、クーパーウッドも馬鹿げていると思ったこの考えに……金と銀の平価を法律で維持することに……反対だった。クーパーウッドに言わせれば没収だった……多くの人の利益のために少数の富を没収しようというのだ。明らかに高まりつつあるこの社会不安が階級闘争を予感させるのが気がかりで、とりわけクーパーウッドは反対だった。そうなったら投資家は守りにはいり、資金は厳重に金庫にしまわれてしまうだろう。彼はただちに帆を絞り始めて、投資は最も堅実な証券に限定し、リスクの高いものは全て換金した。
しかし、当面の緊急事態に対処するために、あちこちでかなりの借金をせざるを得なかった。そのとき、シカゴやその他の地域で彼の敵にあたる銀行が、コール条件つき融資を受け入れるのなら、喜んで彼のいろいろな株式を担保として受け入れたがっていることにすぐに気がついた。突然、一斉に融資を引き上げて自分を経済的に困らせるところまで追い込められたら、ハンド、シュライハート、アーニール、メリルは自分を破滅させるために何かを企むのではないかと疑いながら、クーパーウッドは喜んで話に乗った。「あの連中が何を企んでいるのか私は知っていると思いますよ」クーパーウッドはこのことで一度アディソンに言ったことがあった。「まあ、私の寝込みを襲うのなら、相当早起きしないとならないでしょうね」
彼の疑いは的中していた。シュライハート、ハンド、アーニールは代理店やブローカーを通じてクーパーウッドを見張っていてすぐに……銀騒動の初期の段階の、本格的な嵐が吹き荒れる前に……ニューヨーク、ロンドン、シカゴの一定の地域などでお金を借りていることを突き止めた。「どうやら」ある日、シュライハートは友人のアーニールに言った。「我々の友人は少し深みにはまり過ぎたようだ。無理のし過ぎだよ。自分のこの高架鉄道計画で、資本金を食いつぶし過ぎたんだ。来年の秋にまた選挙がある。我々があらゆる手段で闘うつもりなのはわかっているだろうに。彼は地表の路線を電化にするための資金が必要なんだ。彼の現状と金の借り入れ先を正確に把握できれば、何をすればいいかがわかるかもしれない」
「私が大きな間違いをしていなければ」アーニールは答えた。「彼は窮地にいるか、すぐに陥る。この銀騒動は、株価を下落させて、資金繰りを厳しくし始めている。この辺の我々の銀行に、彼が欲しがる全額をコールで貸し付けるよう私は提案する。その時が来て、彼が用意できなければ、我々はぐうの音も出ないほど彼を締めあげてやれる。彼がよそで借りた分も肩代わりできれば、それに越したことはない」
アーニールは嫌味もユーモアもにじませず、そう言った。おそらく、ここぞという切羽詰まったときに、クーパーウッドは救済を約束される……シカゴを永遠に去ることを条件に「救われる」のだ。市と正しい政府のために彼の資産を引き継ぎ、適切に運営する者ならいるのだ。
不幸なことに、まさにこの時、ハンド、シュライハート、アーニールは、この恐るべき銀騒動が不幸以外の何ものにもならないちょっとした投機をやっていた。これはマッチという単純なものに関係していた。この当時、多くの商品と一緒にトラスト化されていて、すばらしい利益を出している商品だった。〈アメリカン・マッチ〉はすでに各取引所に上場され、約百二十ドルくらいで地道に売れている銘柄だった。
アメリカにおけるすべてのマッチ会社の合併と取引の独占を最初に計画した天才は、ハルとスタックポールという二人の男で、もとは銀行家とブローカーだった。フィニアス・ハルは、小柄で、ファレットに似た、打算的な男で、埃のような茶色の髪がうっすらはえていて、片方のまぶたが部分的に麻痺していて重そうに垂れ下がり、特徴的だが時々意地悪そうな印象を与えることがあった。
パートナーのベノーニ・スタックポールは、かつてアーカンソーで駅馬車の御者をしていて、その後で馬の商人になった。とても力があって、計算が得意で、大柄で、口が達者で、駆け引きがうまく、勇敢だった。アーニール、ハンド、メリルのような最高の頭脳こそなかったが、それでも臨機応変で有能だった。金持ちになるレースでやや出遅れていたが、ハルの助けを借りて、いま全力で自らが考案したこの計画を実現させようと頑張っていた。巨万の富を得ようと一念発起した彼らは、まずあるマッチ会社の株を支配できるようにして、それから他の会社のオーナーと交渉できる地位についた。いろいろな会社で管理されていた特許と製法はまとめられ、活動範囲はできるだけ広げられた。
しかし、これをやり遂げるには、ハルやスタックポールの所持金をはるかに上回る膨大な資金が必要だった。二人とも西部の人間だったので、まず西部の資本に目を向けた。ハンド、シュライハート、アーニールは順番に話を持ちかけられて、大量の新株が内輪の価格で彼らに売り渡された。こうして得た資金で、合併は急速に進んだ。独占的な製法の特許が各方面から引き継がれて、ヨーロッパに進出して最終的に世界市場を支配する構想が始まった。同じ頃、尊大な支援者たちは皆めいめいに思った。自分たちが四十五ドルで購入し、現在百二十ドルで公開市場で売られている株が、この独占の夢が実現したらそのくらいが妥当である、三百ドルになれば素晴らしいことだ。この株をもう少し増やしても問題はないだろう……この時期、この株の運命は確実で素晴らしく思えた。十分な量を集めようとする静かな動きが、それぞれの資本家の立場で、上昇分で本格的な利益を得るために始まった。
この種のゲームは、金融界の残りのメンバーが足もとで何が起きているのかまったく気づかない状態では続かない。ブローカー内で、〈アメリカン・マッチ〉は大化けするとの噂がすぐに広まった。クーパーウッドは常に金融の噂の中心にいるアディソンを通じてこれを聞いた。二人とも大量に買っていたが過剰にではなく、少なくとも上手に利食っていつでも手仕舞える程度だった。八か月の間に株価はゆっくり上昇して、ついに二百の大台を超え、二百二十に達したところで、アディソンもクーパーウッドも売りぬけ、二人はこの投資で百万ドル近い利益をあげていた。
その間に、予兆があった政治の嵐が始まろうとしていた。最初は人の手ほどの大きさもなかった雲が、一八九五年の後半に急速に発達し、一八九六年の春に暗雲が垂れ込め、猛威を振う準備が整った。七月に「自由銀の提唱者」がアメリカ合衆国大統領に指名され、国内の保守派と金融界を寒気が襲った。クーパーウッドが数か月先行して賢明にやり出したことを今になって、メイン州からカリフォルニア州とメキシコ湾からカナダまでの、先見の明のない者たちがやり始めた。銀行預金は一部が引き出された。弱気で不透明な証券は市場に投げ出された。シュライハート、アーニール、ハンド、メリルはいっせいに、〈アメリカン・マッチ〉を大量に保有していることで、自分たちは多少なりとも罠にはまっていると気がついた。何百万規模で大量に発行されたこの株を大量に集めたせいで、マーケットを支えるか、損切りするか、をすぐに実行する必要があった。大勢の株主が現金を必要とし、この株は二百二十ドルで売れていたため、取引が行われていて明らかにマーケットが存在したシカゴ取引所には、全国各地から売り注文が電信で殺到し始めた。取引を扇動した者全員が相談してマーケットを支えることに決めた。会社の名目上の責任者のハルとスタックポールは、買い支えを委任されると、今度は彼らが主要な投資家を訪問して、比例配分して持ち分を引き取ってもらった。ハンド、シュライハート、アーニールは、流入する洪水のようなこの株が重荷になっていた。しかも二百二十ドルで引き取らねばならず、自分たちが懇意にしている銀行へ駆けつけ、百五十ドル以上で大量に担保に入れ、その入手した金を使って、自分たちが買わざるを得ない分の株を追加して引き受けた。
しかし、ついに彼らが懇意にする銀行は、あふれ出るほどいっぱいになり、危険水域に到達した。これ以上は手に負えなかった。
「だめだ、だめだ、だめだ!」ハンドは電話越しにフィニアス・ハルに宣言した。「これ以上この会社には一ドルも出せないし、出す気もない! 完璧な事業計画だよ。私だってあなたと同じように、その強みは全て承知している。だが、もうたくさんだ。金融不況が迫ってるんだよ。だから、今、これほどの株が出回っているんだ。一定の水準までは、私はこの会社の自分の権利を守りますよ。あなたに言ったように、私が今持ってる分は全て、一株たりとも市場に出さないことに同意する。だが、それ以上のことはできない。この協定に入っている他のメンバーだって、極力自分の身は守らなきゃならないだろう。私には他にも守らなきゃないものがあるんだ。それは私にとって〈アメリカン・マッチ〉同様、いや、それ以上に重要なんだ」
これはシュライハートも同じだった。縮れた黒い口髭をなでながら、自分が持っている分を投げて撤退しようか悩んでいたが、マーケットを破壊して地元をパニックに陥れて、ハンドとアーニールの怒りを買うのが怖かった。これはリスクが高かった。アーニールとメリルは、最終的に自分たちの持っている分は堅持することに同意したが、ハルに言ったように、何があろうと、他の分まで「守る」ほどの説得材料はなかった。
この危機で、当然、ハルとスタックポールは……尊敬すべき両紳士は二人とも……ひどく落胆した。決して彼らの尊大な支援者ほど裕福ではないにせよ、二人の私産ははるかに危険な状態だった。暗黒の嵐の中で、どこでもいいから港に入りたかった。やがて、フランク・アルガーノン・クーパーウッドの事務所にベノーニ・スタックポールが到着するのが目撃された。彼は行き詰まってしまった。まだこの投資に参加していないこの街の大富豪はクーパーウッドしかいなかった。最初にスタックポールは、クーパーウッドが何らかの形で関与するのであれば自分たちは関与したくないとハンドとシュライハートの両名が言うのを聞いていたが、それは一年以上も前のことであり、シュライハートとハンドは目下、自分とパートナーにその運命を託していた。この大物が自分を裏切らないと確認できれば、彼らだってこの危機で自分がクーパーウッドと取引することに異議を挟めるはずはない。スタックポールは、靴を脱いだ状態で六フィート一インチ、体重は二百三十ポンドだった。茶色いリネンのスーツを着て、麦わら帽子(七月下旬だった)をかぶり、小さな黄色い革鞄に入った自分の手に負えない株券だけでなく、ヤシの葉のうちわを持ち歩いていた。汗でびっしょりで、心は暗かった。破綻が目前だった……完敗だった。〈アメリカン・マッチ〉が二百ドルを割り込めば、スタックポールは銀行家、ブローカーとして店じまいしなくてはならなくなり、持ち高からすると、彼とハルは、およそ二千万ドルの負債を抱えることになる。ハンド、シュライハート、アーニール、メリルの四名は、六百から八百万ドル近い損をかぶることになる。そこまでひどくないにしても、地元の銀行もそれ相応の被害を被ることになる。百五十ドルで行った融資が、そこから株価の最安値までの差額を犠牲にすることになるからだ。
新顔が入ってきたとき、クーパーウッドはどうとでも取れる目で相手を見た。ことの成り行きはもうちゃんとわかっていた。ほんの数日前に、最後の砦が崩れることをアディソンに予言したばかりだった。
「クーパーウッドさん」スタックポールは切り出した。「この鞄の中に〈アメリカン・マッチ〉の株式が一万五千株入っています。額面価格だと百五十万ドルで、時価だと三百三十万ドルで、一株あたり三百ドル以上の価値があります。あなたが〈アメリカン・マッチ〉の成長性をどれくらい注目しているかは知りませんが、我々は労力を削減できる機械に関する全ての特許を持っています。さらに、イタリアとフランスに年間約百万ドルで機械と製法を貸し出す契約を締結する矢先でした。オーストリアとイギリスとは交渉中で、もちろん、後で他の国々とも始めるつもりです。私が関与しようがしまいが〈アメリカン・マッチ〉はずっと世界中のマッチを作るでしょう。海のど真ん中でこの銀騒動につかまってしまい、我々はこの嵐を乗り切るのに少し難儀しています。こういう緊密な商談の場合、私は完全に腹を割りますので、どういう状況かをあなたに説明します。銀騒動で生じたこの荒波を乗り切ることさえできれば、我社の株は年明けまでに三百まで行くでしょう。もしお望みなら、百五十ドルでお譲りします……ただし、今度の十二月まで一切マーケットに出さないと同意してもらえるならばです。もしお約束をいただけないのなら」(ひょっとしたらクーパーウッドの不可解な表情が読み取れないか、確かめようと間をあけた。)「少なくとも三十日間、一株につき百五十ドルを、金利は十でも十五でも、お望みでいいですから、私に貸してほしいのです」
クーパーウッドは世の中の難しさと変わりやすさを示すこの最新の証拠を熟慮する間、指を組み合わせて、親指をくるくる回した。時間とチャンスは確実にすべての人に訪れる。いよいよ、自分をしつこく苦しめてきた連中に仕返しするチャンスがやってきた。百五十で借りたこの株を、すぐに全部二百二十以下で売り払えば、〈アメリカン・マッチ〉は彼らの間近で崩れ去るだろう。百五十以下で売れているときに買い戻して利益を得て、スタックポールとの取り引きを完了させて彼から利息をもらい、寓話の太った猫のように微笑んでやればいい。これは今やっている親指まわしと同じくらい簡単だった。
「あなたとハルさんの他に、誰がシカゴでこの株を買い支えてきたんですか?」クーパーウッドは愛想よく尋ねた。「すでに知っているつもりですが、そちらに異論がなければ確認したいですね」
「異論なんてこれっぽっちもありませんよ」スタックポールは丁寧に答えた。「ハンドさん、シュライハートさん、アーニールさん、メリルさんです」
「思ったとおりです」クーパーウッドは簡潔に言った。「彼らはこれを引き受けてくれないのですか? ああ、そうなんですか? もて余しているわけですか?」
「もて余しております」スタックポールは歯切れ悪く同意した。「でも、この融資を受けるにあたってひとつ条件があります。一株もマーケットには出さないでください。少なくとも、私があなたの返済要求に応じられなくなる前には出さないでください。あなたとハンドさんと今しがた申し上げた方々との間に、ちょっとしたしこりあるのは存じております。ですが、まあ……率直に言いますが……こっちも切羽詰まってるんです。嵐とあっちゃ港をえり好みしていられませんよ。助けていただけるのなら、できるだけ条件をよくします。この御恩は忘れません」
スタックポールは鞄を開けて、株券を出し始めた……長い黄緑色の束で、真ん中が太いゴム紐でしっかり留められていた。千株ずつの束だった。スタックポールがそれを渡そうとしたので、クーパーウッドは片手で受け取って、軽く上下に動かして重さをはかった。
「すみませんが、スタックポールさん」クーパーウッドは少し考えたところを見せてから、同情するように言った。「この件で、あなたのお力にはなれないかもしれません。私は他のことで手がいっぱいなもので、どんなものにせよ、おちおち株式投資もしてられんのですよ。私には、あなたがおっしゃった紳士のどなたにも特別な遺恨などありませんよ。私を嫌う全員をいちいち嫌っていられませんからね。もちろん、私がその気なら、この株を手に入れて、仕返しに、明日マーケットに放出したっていいんですが、そういうことはやりたくないんです。お力になれたらいいんですがね。もし三、四か月間安全に保有できると思ったら、しますよ。これじゃあね……」クーパーウッドは同情するように眉をあげた。「街中の銀行家すべてにあてってみたんですか?」
「一応、ひととおりは」
「そして、どこも助けてくれないんですか?」
「どこもぎりぎりまで抱え込んでいるんです」
「ひどいですね。誠に残念というしかない。ところで、ミラード・ベイリーさんかエドウィン・カフラスさんをご存知なんてことはありませんか?」
「いや、存じ上げません」スタックポールは期待しながら答えた。
「世間で思われてるよりもはるかに裕福な人が二人いるんです。よく、自由に使える大金を持ってるんですよ。チャンスがあったら訪ねてみてもいいんじゃないですか。それから、私の友人のビダーラがいます。今どうしているかまでは知りませんがね。十二区銀行に行けば、いつでも会えますよ。かなりの量を引き取りたがるかもしれません……まあ、わかりませんが。ほとんどの人が考えているよりも、ずっと裕福ですからね。あなたが、これまで、こういう人たちを教わらなかったのが不思議ですよ」(実は、クーパーウッドの指示がなかったら、この人たちだって誰も、こんな融資に一ドルだってかけたがらなかっただろう。しかし、スタックポールにこれがわかるはずがなかった。彼らは、とりたてて大物と見られていたわけではなかった。)
「どうもありがとうございます。行ってみます」スタックポールは望まれない株券を鞄に戻しながら言った。
クーパーウッドはとても礼儀正しいところを見せて速記者を呼び、客人にこの紳士たちの自宅の住所を教えるように言った。それからスタックポールを励ましながら別れを告げた。気が気ではない創立者はすぐにベイリーとカフラスだけでなくビダーラにも当たってみることにした。しかしスタックポールが最初に話題となった主の事務所に向かう間さえも、クーパーウッドは自分が直に電話で連絡を取ろうと大忙しだった。
「いいかい、ベイリー」クーパーウッドは裕福な製材業者を電話でつかまえて言った。「ハル&スタックポールのベノーニ・スタックポールが、さっき私に会いにここに来たんだ」
「はい」
「〈アメリカン・マッチ〉を一万五千株持っている……額面価格は百で、今日の時価は二百二十だ」
「はい」
「百五十で、全部でも一部でもいいから抵当に入れようとしている」
「はい」
「〈アメリカン・マッチ〉の問題点を知ってますね?」
「さあ、強気な営業活動で、今の水準まで押し上げられたってことくらいですね」
「じゃあ、よく聞くんだ。今に弾ける。〈アメリカン・マッチ〉は破綻する」
「はい」
「でも、百二十ドル以下で、この男に五十万ドル貸し付けてほしい。それから、残りはエドウィン・カフラスかアントン・ビダーラのところで調達するように勧めるんだ」
「だけど、フランク、私には五十万なんて余分な金はありませんよ。それに〈アメリカン・マッチ〉は破綻するんでしょ」
「きみに金がないことは知っている。でも〈シカゴ信託〉の小切手を切るんだ。アディソンが引き受けてくれる。株を私のところに送ったら、この話は全て忘れるんだ。あとは、私がやる。でも、どんなことがあっても、私の名前は出さないこと。それに、あまり乗り気な態度は見せないこと。高くても百二十を越えないように、いいですね? 値切れたら値切ってください。言っていることはわかりますね?」
「もちろんです」
「後で時間があれば、何があったか知らせに来てください」
「了解です」ベイリーは事務的に言った。
クーパーウッドは次にカフラスに電話をかけた。カフラスとビダーラにも似たような話をして、四十五分としないうちに、スタックポールが行く先々の準備を整えた。クーパーウッドは百二十ドル以下で融資をすべて引き受けることになった。小切手はすぐに発行されることになった。別々の銀行……〈シカゴ信託〉以外の銀行……に振り出されることになった。現金があろうがなかろうが、この小切手が速やかに支払われるよう、クーパーウッドが手を回すことになった。いずれの場合でも、抵当に入れられた株は彼のもとに送られることになった。そして、この小さな計画が完成して、問題の小切手は自分か他の者に保証されていることを、これが引き出される銀行が完璧に理解したのを見届けると、クーパーウッドは座って、子分たちが到着し、株券が自分専用の金庫に収まるのを待った。




