第45章 新天地
この結果は、未だかつて味わったことがない最高の優越感をクーパーウッドの中で目覚めさせた。これまでクーパーウッドは、敵が最悪の事態をもたらすかもしれないと思っていたが、ついに道が開けた気がした。今や、総資産二千万ドルの大富豪だった。彼のアートコレクションは、西部一……公共のコレクションを除けばおそらく国内一……になっていた。自分を国家的な人物、もしかしたら国際的な人物とさえ思い描き始めていた。それでも、最終的にどれだけものの見事に財力が勝っても、自分とアイリーンは絶対にこのシカゴ社会では受け入れられないのかもしれないと感じるようになっていた。荒っぽいことばかりをやり過ぎてしまった……あまりにも多くの人を遠ざけてしまった。クーパーウッドは、シカゴの路面鉄道の状況をこれまでどおりにしっかりと把握しようと決意を固めた。しかし、自分の気質の複雑さのせいで不幸な結婚をしてしまい、この状況を整理するのは難しいだろうと思いつつ、人生二度目の悩みを抱えていた。アイリーンは、欠点がどうであれ、決して最初の妻のように扱いやすくも従順でもなかった。それどころか彼女にはもっといい思いをさせてやらねばならない負い目を感じていた。クーパーウッドはまだ決してアイリーンを嫌っていなかったが、アイリーンはもう以前のような癒やしでも、刺激的でも、挑発的でもなくなっていた。クーパーウッドのせいでアイリーンの悩みは尽きることがなく、クーパーウッドに対するアイリーンの態度は批判的すぎた。クーパーウッドはいつだってアイリーンに同情し、自分の心変わりをすまないと思っていた。しかしみなさんならどうだっただろう? アイリーンが自分の気質を抑えられないのと同じで、クーパーウッドも自分の気質を抑えられなかった。
この問題が最悪なのは、このときクーパーウッドがベレニス・フレミングにものすごく悩ましい思いを抱いていたので、複雑になりかけていることだった。初めて母親に会ったときからクーパーウッドはこの若い娘に魂を揺さぶるほどの情熱をどんどん感じるようになっていた……しかも一度も視線を交わさず一言も話したことがなかった。美しい何か静止したものが存在していて、それはぼろぼろの哲学者の服か、気ままに男に色目を使う女のシルクかサテンを着ているかもしれない。ベレニス・フレミングの風に吹かれる髪と夜の青さ持つ目の中で輝いたのは、性別、年齢、富をも超越する美を思わすものだった。ポコノのカーター家を訪問してクーパーウッドはがっかりした。明らかにベレニスの関心を呼び起こすことが期待できなかった。それ以降もたまに会いはしたが、ベレニスは礼儀正しく無関心なままだった。それでもクーパーウッドは自分が決めた獲物を本気で追い続けた。
クーパーウッドが過去に築いた関係は必ずしもプラトニックではなかったが、それでもカーター夫人は彼が自分に大きな関心を抱くのは、子供たちとその大切なチャンスのためだと思った。ベレニスとロルフは、母親がクーパーウッドが交わした取り決めの内容を何も知らなかった。保護者役と援助を約束したとおり、クーパーウッドは母親を娘の学校に隣接するニューヨークのアパートに住まわせた。ベレニスのすぐそばでなら、自分もそこでたっぷり幸せな時間を過ごせるかもしれないと考えた。ベレニスの間近! 関心を呼び覚まして、好きになってもらいたい! 最近心に忍び寄っている思いの中で、これがどんなに大きな役割を果たしているか、クーパーウッドは自分では認めたがらなかった。それはニューヨークに豪邸を構えようというものだった。
ニューヨークに家を建てるというこの考えは、次第に彼の中で大きくなった。シカゴの邸宅は高価な墓所で、アイリーンが我が身に降りかかった災難を思い悩みながらそこに座っていた。さらに、その象徴的な社会的敗北は別にしても、それはただの建物、彼の想像力のすばらしさと才能を出しきれていない実例になりかけていた。やがてできあがれば、この第二の住居は、華麗な、自分の記念碑となるべきものだった。クーパーウッドは見聞を広げながら海外を放浪して、何世代もの人々の嗜好と文化を宿し、細心の注意が払われて設計された、立派な宮殿を数多く見てきた。彼がとても自慢にしているアートコレクションは、壮麗な記念館の完成形とまではいかないが、その基礎になるくらいの成長を遂げていた。すでにその中には、すべての主要な流派の絵画が集められていた。翡翠のコレクションは言うまでもなく、彩色されたミサ典書、磁器、敷物、カーテン、鏡枠があり、彫刻の希少なオリジナルも集め始めていた。こういう変わったものの美しさ、さまざまな時代と地域の魂が吹き込まれた忍耐強い努力の賜物は、時としてクーパーウッドに軽い畏敬の念を抱かせた。彼はあらゆる人物の中で、本物の芸術家を尊敬し崇拝した。存在が奇跡だった。しかし物言わぬ美の創作に打ち込んだ人たちは、彼がぼんやり意識した何かをわかっていた。人生が彼らに映像を見せた。彼らの心と魂は、普通の世界が知らない甘美なハーモニーと同調した。時々、大変な一日を終えて疲れたとき、クーパーウッドは夜遅く、すっかり静まり返ったギャラリーに入った。すてきな部屋全体があらわになるように照明をつけて、どれか宝物の前に座って、そのありのままの姿、雰囲気、時代、それを作り上げた人のことを考えた。時には、レンブラントの憂鬱な代表作のひとつであったりする……『ラビの肖像』で悲しくなり、ルソーの川で楽しい気分にひたった。ハルスの大胆な迫真性と他の色合いを強める光沢のある表面で描写された厳粛なオランダの主婦や、イングレスの冷たい優雅さは、彼をこの上なく夢中にさせた。クーパーウッドは座って、その独創的な夢想家が思い描いた世界と技術に驚嘆して、時々叫んだ。「すばらしい! すばらしいものだ!」
同時に、アイリーンのことで、明らかに事態がさらなる変化を遂げようと進んでいた。アイリーンは、大勢の女性が陥る、あの変な立場にいた……大きな理想を小さな理想に置き換えようとして、その努力が無駄というか、それに近いと気づきかけていた。一時的な安らぎと気晴らしを与えてくれたことは別にして、リンドとの関係を、大きな間違いを犯したと感じ始めていた。リンドはリンドなりに楽しかった。リンドはクーパーウッドとは違うタイプの経験でアイリーンを楽しませることができた。親密になったとたんに、気楽な和やかな態度で、ヨーロッパやアメリカでのいろいろな情事を告白した。彼は全くの異教徒、神話のファウヌスだった……それでいて同時に、確かに一流の世界の人間だった。アイリーンが密かに憧れ、交際したがっていたシカゴの人たちの一、二名を除いた全員を公然と侮辱したり、東部やパリやロンドンの重要人物に気軽に言及するので、アイリーンのリンドに対する評価は驚くほど高かった。残念なことに、それがアイリーンに、自分は決して自分の価値を下げて彼の強力な魅力にあっけなく屈したのではないと感じさせた。
それでも、リンドはこんな調子だった。優しくて、お世辞がうまく、思いやりはあるが、ただのプレイボーイで、新しい基準で女に自分の人生を築き直させる気などまったくない冒険家に過ぎなかった……アイリーンはこのロマンスのむなしさを今は嘆いていた。アイリーンはどこにもたどり着けなかったし、どう見てもクーパーウッドを永久に遠ざけてしまった。いまでもクーパーウッドは表面上は温和で仲良くしていたが、今となっては二人の関係は間違いだったという気がして不安を感じずにいられなかった。その思いは双方に存在したが、アイリーンの方は微妙で魂の拷問に等しかった。今までアイリーンは虐げられてきた。彼女の誠実さは何の疑問もなかったのに、飽くなき愛情と信義はひどく裏切られた。今はすべてが変わってしまった。クーパーウッドがアイリーンを裏切ったことは明白だったが、腹いせにアイリーンがクーパーウッドを見捨てたとなると話が違った。誰が何と言おうと、自然の摂理だろうと社会学の進化による偶然だろうと、女性の誠実さは少なくとも人類の一部では支配的な考えとして根強く残っている。言うなれば、女性自身が最も声高に、公然とそれに賛同している。クーパーウッドは、アイリーンが自分を見捨てたのは、自分への愛情が薄れたのでもリンドを強く愛するようになったのでもなく、彼女が傷ついたから、それも深く傷ついたからなのを十分承知していた。クーパーウッドがこれを承知していることをアイリーンは知っていた。ある見方をすればそれがアイリーンを激怒させて反抗的にしたが、別の見方をすれば、アイリーンを深く悲しませて自分に対する夫の信頼を無駄に裏切ってしまったと彼女に思わせた。何をやるにも今、クーパーウッドには十分な口実があった。アイリーンは夫に対する最も正当な言い分……傷ついたこと……を武器を捨てるように捨ててしまった。プライドがあるから、自分からはこの話を夫に持ち出せず、同時に夫がそれを受け止めるときにとるあっけない寛容な態度に耐えられなかった。夫の微笑み、寛容さ、時々言う楽しい冗談がすべてものすごく不愉快だった。
精神的な苦悩を解消するために、アイリーンはすでにクーパーウッドへの断ち切れない思いを巡ってリンドと喧嘩を始めていた。世慣れた男の余裕でリンドは、アイリーンを完全に自分に屈服させて、すばらしい夫のことなど忘れさせるつもりだった。リンドと一緒にいるときアイリーンは明らかに魅了され、関心を寄せ、自由に身をまかせていたが、これはリンドに本物の情熱を感じたからではなく、クーパーウッドが相手にしてくれない腹いせだった。クーパーウッドの名前が出ると必ず怒った素振りを見せ、あざ笑い、批判したが、それでもアイリーンはクーパーウッドのことが好きでどうしようもなく、心は一体だった。リンドがこれを疑い始めるまでに大して時間はかからなかった。こんな発見をしたら、どんな女たらしだって悲しくなる。これはリンドのプライドを激しく揺さぶった。
「あなたは相変わらずご主人のことが好きなんですね?」あるとき、リンドは苦笑いしながら尋ねた。二人はキンスレーの店の個室で夕食をとっていた。アイリーンは顔色がよく、メタリックグリーンのシルクを上品にまとい、一段と魅力的に見えた。リンドは、一緒に出発してヨーロッパに三か月間滞在しましょうと特別な取り計らいを持ちかけていたが、アイリーンはその計画にかかわるつもりはなかった。アイリーンは踏ん切りがつかなかった。そんなことをすれば、自分が永遠に距離をおこうとしている、とクーパーウッドに感じさせてしまうし、自分と別れる格好の口実を与えることになってしまう。
「あら、そんなことはないわ」リンドの質問の答えにアイリーンははっきりと言った。「行きたくないだけよ。行けないわよ。支度してないもの。とにかく、あなたの一方的な意向でしょ。春が近づいているから、あなたはシカゴが嫌になったのよ。あなたは行けばいいわ。戻って来れば、あたしはここにいるんだし。それとも後を追いかけることにするかもしれないわ」アイリーンは微笑んだ。
リンドは顔を曇らせた。
「畜生!」と言った。「あなたの腹は読めているんだ。ご主人が犬のように扱ったって、それでもあなたは離れずにいる。本当はご主人に夢中なのに、愛していないふりをしている。私はずっとそれを見てきたんだ。あなたは本当は私のことなんか何とも思ってやしない。あなたには無理だ。ご主人に夢中なんだから」
「よしてよ!」この猛攻に一瞬とてもいらついて、アイリーンは答えた。「馬鹿なことを言うわね。決してそんなんじゃないわよ。確かに見上げた人だわ。だから、どうだっていうの?」(もちろん、この頃クーパーウッドの名前は街中に知れ渡っていた。)「とてもすばらしい人よ。あたしには決して野蛮な態度をとらなかったわ。実物そのままの人よ……これはあの人のために言っておくけど」
これまでにアイリーンはリンドのことを十分にわかっていて、内心では批判し、面と向かっても、自分が自由に使っている金をどんな形であれ生み出したことがない怠け者、ゴロツキと皮肉を浴びせた。アイリーンには社会状況を心理学的に分析する力などろくになかった。しかし、仕事をしないでいることを軽蔑する今のアメリカの風潮と合わせて、商業鉄道にかけるクーパーウッドの芯の強い建設的な根気強さを考えると、どうもリンドは見劣りするとアイリーンは思った。
この激発を受けてリンドの表情はさらに曇った。「もういいや」リンドは言い返した。「あなたのことが、さっぱりわからない。時々、まるで私のことが好きみたいに話すことがあるのに、違うときは、すっかりご主人に夢中なんだ。一体、私のことが好きなのか、好きじゃないのか、どっちなんです? ひと月も家を空けられないほどご主人に夢中なら、きっと私のことなんか大して好きなはずがない」
クーパーウッドとの長い付き合いがあったから、アイリーンはリンドにふさわしい相手ではなかった。同時にアイリーンは、自分を気遣う人が誰もいなくなるのを恐れて、リンドを手放すのが怖かった。リンドのことは好きだった。少なくともそのときは、惨めな自分に幸せをもたらす人だった。しかしクーパーウッドがこの情事を、清らかな連帯のひどい汚点と見ているのを知ると、アイリーンは冷静になった。彼や、自分の汚れた波乱の半生を振り返ると、アイリーンはあまりに不幸だった。
「畜生!」リンドは怒って繰り返した。「いたければいればいいさ。別に無理強いするつもりはないですよ……好きにすればいい」
これを巡って喧嘩は続いた。結局、仲直りはしたが、二人とも最終的に満足しない結論に流れが向かっていると感じた。
それから間もないある朝のこと、クーパーウッドは自分のことで穏やかな気分にひたりながら、今でも時々しているように、着替えを終えて時間をつぶすためにアイリーンの部屋にやってきた。
「ところで」鏡の前に立って襟とネクタイを直す間に、明るく言った。「最近、きみとリンドはどんな調子なんだい……順調かい?」
「ふん、関係ないでしょ!」アイリーンは逆上し、絶えず自分を苦しめていた滅裂な感情と闘いながら答えた。「もしあなたに都合が悪かったら、すまして『あたしがどんな調子だ』なんて言ってられなかったでしょうね。あたしはあなたがどう考えようが、順調にいってるわ……良好よ。彼はいつだって、あなた並みに立派よ、それ以上よ。あたしは彼を気に入ってるわ。少なくとも、彼はあたしに好意を持ってるわ。あなた以上にね。何であたしがすることを気にするのかしら? 気にもしていないくせに、何でそんな話をするのよ? あたしのことは、放っといてもらいたいわ」
「アイリーン、アイリーン、落ち着いてくれよ! そう、いきり立ちなさんな。そんなつもりじゃないんだ。きみにとってもそうだが、私にとっても残念なんだ。嫉妬してるんじゃないって言っただろう。きみは私が非難していると思っているかもしれないが、決してそんなんじゃない。きみの気持ちはわかっているよ。全く問題はないからね」
「ああ、そうですか」アイリーンは答えた。「自分の気持ちは自分の胸に秘めておけばいいでしょ。あなたなんか関係ないんだから! 関係ないって言ってるのよ!」アイリーンの目は燃え上がった。
クーパーウッドは今、身支度を完了して、アイリーンの前の敷物の中央に立っていた。アイリーンは相手を見た。鋭敏で、勇敢で、ハンサムだった……自分の年をとったフランクだった。アイリーンは自分の本心とは言い難い不義を改めて後悔し、クーパーウッドの無関心ぶりに本気で腹が立った。「けだもの、あなたには心ってものがないのよ!」と、つけ加えようとしたが考えを変えた。喉がしめつけられ、目は涙でいっぱいになった。アイリーンはクーパーウッドに駆け寄って言いたかった。「ああ、フランク、これがどういうことなのか、どうしてこうなったのかわからないの? もう一度あたしのこと愛してくれないかしら……できないの?」しかしアイリーンは自分を抑えた。クーパーウッドは理解してくれるかもしれない……きっと理解はするだろう……しかしどうせ今度も誠実でいることはないだろう……アイリーンにはそう思えた。もしクーパーウッドが約束してさえくれたら、本当に心からそうしてほしいと望んだら、アイリーンは喜んでリンドだろうと誰だろうと全ての男性を捨てただろう。
クーパーウッドがニューヨークに住むことをアイリーンに提案したのは、彼女の寝室で朝、喧嘩をしてから間もないある日のことだった。そこでの方がどんどん大きくなる一方のアートコレクションをもっと適切に収容できるかもしれないし、社交界に入る二度目のチャンスが巡ってくると指摘した。
「そうすれば、あたしをここから追い払えるわけね」ベレニス・フレミングのことをろくに知らないアイリーンは言った。
「そんなんじゃない」クーパーウッドはやさしく言った。「きみだって状況はわかってるだろう。私たちにはシカゴの社交界に入るチャンスがないんだ。ここには私に敵対する資産家が多すぎるからね。私が建てようとしてる大きな家さえニューヨークにあれば、それ自体が招待状になるんだよ。結局、シカゴの連中が束になったて本場の社交界の鞭の一回にさえ及ばない。歩幅を決めるのは東部だし、とりわけニューヨークの人間だからね。もしきみが賛成してくれるなら、ここを売って、とにかくしばらく向こうで暮らしてもいい。ここで過ごしてきたように、向こうでだってきみとたっぷり時間を過ごせるんだ……多分、もっと多くの時間をね」
うぬぼれ屋だけあって、アイリーンの心はいつの間にか先走って、クーパーウッドの言葉が示したよりも大きな可能性に向かっていた。この家はアイリーンにとっては悪夢だった……ないがしろにされた嫌な思い出の場所だった。ここでリタ・ソールバーグを相手に戦った。ここで社交界がほんの一瞬現れて消えるのを目の当たりにした。ここで、もう二度と最初の魅力が戻ることがないのが明らかなクーパーウッドの愛の復活を長いこと待ちわびた。クーパーウッドが話す間、アイリーンは訝しげに、ひどく疑ってかかってほとんど悲しみにくれて相手を見た。同時にアイリーンは、お金が大きく物を言うニューヨークでなら、クーパーウッドの大きな、しかも拡大中の富と名声を後ろ盾にして、ようやく社交に明け暮れる自分の姿を見られるかもしれないと考えずにいられなかった。『何の危険も冒さなければ、何も得るものはない』は常にアイリーンのモットーで、自分のマストに打ち付けてあったが、今切望する生活のために備えているものは、まったくの、見せかけの、ペンキを塗った材木と金ピカ以上のものではなかった。うぬぼれて、輝いて、希望に満ちたアイリーン! でも、どうすれば彼女にわかっただろう?
「いいわ」アイリーンはようやく言った。「あなたの好きなようにして。ここで暮らせるんだから、向こうでだって暮らせるわ……ひとりでもね」
クーパーウッドはアイリーンがあこがれているものを知っていた。何がアイリーンの脳裏を駆け巡っているか、その夢がどれほどむなしいものなか、クーパーウッドは知っていた。アイリーンのような苦手と欠陥をもつ女性が、あの冷たい上流社会に入れる環境がそろうには、どれだけ偶然が重ならなければならないか、人生が彼に教えていた。だけど、勇気を振り絞っても、命にかえても、アイリーンには告げられなかった。かつてペンシルバニアのイースタン刑務所のおぞましい鉄格子の向こうで、彼女の肩で泣いたことを、忘れることができなかった。自分を欺けないのと同じで、恩知らずにもなれなければ、自分の心の底の考えで彼女を傷つけることもできなかった。ニューヨークの豪邸と、自分が満喫するかもしれない上流社会の夢は、アイリーンのぐじゃぐじゃになった虚栄心の皺を伸ばして、失意の心を癒やすだろう。同時にクーパーウッドはベレニス・フレミングへと近づくことになる。人間の心のこういう回りくどいところを何と言おうが、それは実在するし、平均的な人間の特徴であり、クーパーウッドも例外ではなかった。クーパーウッドはすべてお見通しだった。計算したのである……アイリーンの単純な性格など計算済みだった。




