第43章 火星
初めのうちはケンタッキーやその他の地域へ出張すればいい程度だったクーパーウッドに対する銀行の反発は、とうとう極限に達した。それは、彼が高架鉄道の建設に資金を出そうとしたところで起きた。交通を便利にするこの新型の時代がやってきた。市民はこれを求めていた。クーパーウッドは〈サウスサイド・アレー・ライン〉という高架鉄道が建設され、〈ウエストサイド・メトロポリタン・ライン〉という別の高架鉄道が提案されているのを目の当たりにした。彼が知るところでは、この構想に賛成する気運を作り上げて包括的な運営権に彼が反対しづらくすることが主な狙いだった。クーパーウッドは、自分がこの建設をしなかったら、他の者がやるだけなのをよく知っていた。理想的な牽引手段として電気がついに登場したことと、この事態に対応するためにすべての路線がすぐにでも改修されねばならないことと、政治の場で問題の危うい面ばかりを取りあげ続けることに巨額の費用がかかっていること、は大した問題ではなかった。それどころか今となっては、政治工作という最も荒っぽく、最も手のこんだやり方で運営権を獲得して、この新しい領域に飛び込まねばならなかった。この問題で一番大変なのは、政治面ではなく、むしろ財務面だった。人口が広範囲に分散しているために、シカゴに高架鉄道を導入するのは、悩ましい深刻な問題だった。鉄、通行権、鉄道車両、発電設備の費用だけでも膨大だった。株式を一般に売り払えばいいところに私財を投資することにずっと反対し、経営と管理は自分で押さえていたクーパーウッドは、旅客運賃からは一ドルも引き出せないのに、建設鋼材、工事費、人件費、設備費にあてる数百万をどこで捻出しようかと困惑した。万国博覧会開催のおかげで、サウスサイド『L』鉄道はかなり順調だった……事を穏便に済ませるためにクーパーウッドは最終的に運営権を譲り渡していた。しかしこの投資はニューヨークの鉄道ほど儲からなかった。彼が準備している新しい路線にしても、市内の人口の少ない地域を横断するのだから、どう見ても儲けはもっと少なくなるだろう。お金を用意しなければならなかった……千二百万から千五百万ドルくらい。これは、今後数年配当を支払えないかもしれないただのペーパーカンパニーの株式と契約に対する分だった。アディソンは〈シカゴ信託〉がすでに多くを抱えていることを知っていたので、小さくても繁盛しているいろいろな地方銀行に新株を(もちろん一部だが)引き受けように呼びかけた。どこも一様に拒絶したのを知って、驚き残念がった。
「事情を説明するよ、ユダ」ある銀行の頭取が大きな秘密を打ち明けてくれた。「うちはティモシー・アーニールに少なくとも三十万ドルを借りているんだが、その分の利息は三パーセントしか払っていないんだ。それがコールローンでね。おまけに〈レイク・ナショナル〉は急ぎの取り引きが必要になったときに、うちが主に頼りにしている銀行なんだ。しかも彼がその担当でね。その彼がクーパーウッドと対立していることを友人から聞いたんだ。うちは彼を怒らせるわけにいかないんだよ。そうしたいのは、やまやまだが私には無理なんだ……とにかく今のところはね」
「なあ、シモンズ」アディソンは答えた。「あいつらは腹立ち紛れに自分の損になること平気でやっている。この株も債権も完全に優良な投資先だし、それを誰よりもあなたはわかっているはずだ。クーパーウッドに反対している新聞の大騒ぎなんて何の意味もないんだから。彼に投資しておけば間違いない。シカゴは成長を続けている。彼の鉄道は、年々価値が上がっているからね」
「それはわかっている」シモンズは答えた。「でもライバル会社の高架鉄道の話はどうなんですか? いずれにせよ、それができたら、彼の鉄道はしばらくダメージを受けませんか?」
「クーパーウッドにかかれば」アディソンは簡単に答えた。「ライバルの高架鉄道なんてありゃしないんだ。彼らが市議会に働きかけて自分たちに、サウスサイドの一路線の運営権を認めさせたのは事実だが、それは彼の領域の外のことだし、〈シカゴ・ゼネラル〉にもう一路線が渡っても大した影響はないからね。一ドルの儲けが出るまでに何年もかかるだろうし、そのときが来て、彼がそれをほしいと思えば、多分買収するでしょう。二年したら、また選挙があります。そのとき、市政府が彼寄りでないとはかぎりませんよ。現に、彼らは議会を使っても自分たちが思ったほど大きなダメージを彼に与えられませんでしたからね」
「そうですね、でも彼は選挙に負けましたよ」
「確かに、だからといって、次の選挙、あるいは毎回、負けるわけじゃありません」
「同じことですよ」シモンズはかなり警戒して答えた。「彼を追放しようという共闘があることを私は知ってるんです。シュライハート、ハンド、メリル、アーニール……我々が誇る最強のメンバーですよ。彼の鉄道が儲からない条件でなければ運営権は更新されない、とハンドが豪語してると聞いてます。それが本当なら、近いうちにここでものすごい衝突が起きますよ」シモンズは物知り顔で、もったいぶった様子だった。
「そんなこと信じないでください」アディソンは見下して答えた。「ハンドはシカゴではありません、シュライハートだってアーニールだって違います。クーパーウッドは聡明な男です。そう簡単にへこたれませんよ。この騒動の本当の原因が何なのか、聞いたことがありますか?」
「ああ、聞いたよ」シモンズは答えた。
「真に受けたんですか?」
「さあ、私にはわからんね。まあ、わかってはいるんだと思うな。だからといって、それに関連づける必要があるかはわからない。金の妬みは、どんな人でも争いに駆り立てるからね。このハンドという男はかなり手ごわいですよ」
この直後、〈シカゴ信託〉の社長室に入ってきて、クーパーウッドは尋ねた。「ねえ、ユダ、ノースウェスタンL鉄道の債権はどんな調子ですか?」
「思ったとおりだよ、フランク」アディソンは穏やかに答えた。「その金を調達するにはシカゴの外に出なければならないな。ハンドとアーニールたちは我々に対抗するために手を組むことに決めたんだ。これははっきりしている。何かがきっかけで、一斉蜂起したんだ。私が辞めたのが関係しているかもしれない。とにかく、彼らが何かを援助している銀行はどこも一様に協力を拒否している。私が正しいことを確認するために、レイクビューの小さな古い〈第三ナショナル〉と、四十七番街の〈ドローバーズ&トレーダーズ〉にも声をかけました。あそこはチャーリー・ワーリンの銀行なんです。私が〈レイク・ナショナル〉にいた頃、彼はよく裏口をうろうろして、私が提供できる手堅いものなら何でもほしがったんですがね。それが今じゃ、我々が提供するものには一切かかわるな、と取締役からの命令が出ているそうです。どこも似たような話です……だからあえて手は出さないでしょう。私はワーリンに、なぜ取締役たちが〈シカゴ信託〉とあなたを目の敵にするのか知ってるかと尋ねました。すると最初は知らないと言いましたが、いつか立ち寄るから一緒に昼食でもとろうと言ったんです。ああいう、老いぼれの、現実を見ようとしない、くだらん連中は聞いたことありませんよ。ここで融資の金が手に入らないようにすれば、我々には金が入らなくなるとでもいうんですかね! もし彼らがその気になれば、古い弱小銀行を集めて一緒に鉄壁の陣地を築けるかもしれません。こっちはもし金が必要なら、私がニューヨークに行って、三十六時間もあれば二千万ドルだって集められるのに」
アディソンは少し興奮していた。これはアディソンにとって新しい経験だった。クーパーウッドはただ口髭を反らせて冷ややかに微笑んだ。
「まあ、気にしないことです。ニューヨークにはあなたが行きますか、それとも私が行きましょうか?」
少し話し合って、アディソンが行くことに決まった。ニューヨークに着いて驚いたが、何か不可解な理由で、クーパーウッドに対する地元の反発が東部にも根付き始めていたのがわかった。
「私から事情を説明しましょう」アディソンの訪問先のジョセフ・ヘッケルハイマーは言った……国際的な銀行、ヘッケルハイマー・ゴットリーブ商会の社長で、背の低い、気取った、ひ弱な人物だった。「シカゴのクーパーウッドさんに関する妙な噂は我々の耳にもとどいています。彼は大丈夫と言う人もいれば……そう思わない人もいる。都市の大部分を占めるとてもすばらしい運営権を持っているわけですが、運営権の有効期限はたったの二十年しかなく、少なくとも一九〇三年までにすべてが失効します。私が知るところでは、彼は地元すべての人を……とても有力な人たちを……刺激してしまった……彼が運営権の更新に苦労するのは確実です。もちろん、私はシカゴに住んでいませんから、その辺のところは詳しく知りません。しかしうちの西部の代理店がそう言ってくるんですよ。クーパーウッドさんがとても有能な方であることは私だって理解してますが、こういう有力な方々全員が彼に反対すれば、彼をかなり困らせるかもしれません。大衆なんてとても簡単に興奮するもんですから」
「あなたはとても有能な人間をかなり誤解していますよ、ヘッケルハイマーさん」アディソンは言い返した。「物事を上手に始めて合理的に推進する者はほとんどが大勢をやきもきさせるものです。あなたが言ったその方々は、シカゴの所有者気取りでいるようです。彼らは本気で自分たちのものだと思っているんですよ。実際は、都市が彼らを作ったのであって、彼らが都市を作ったわけじゃありませんからね」
ヘッケルハイマーは眉をつり上げた。ずんぐりむっくりの二本のきれいな白い手が、大きく膨らんだベストの下のボタンを覆った。「こういう事業はみんな大衆の支持ってもんが大切なんです」ヘッケルハイマーはため息をつかんばかりだった。「おわかりでしょうが、人の資質の中には反対派を刺激しない能力もあります。クーパーウッドさんはその全てを克服するほど強いのかもしれませんね。私にはわかりませんが。お目にかかったことがありませんのでね。私はただ聞いたことを話しているだけです」
ヘッケルハイマーのこのよそよそしい態度は新たな方向性を示していた。この男は大富豪だった。ヘッケルハイマーの会社のゴットリーブ商会は、アメリカの主要な鉄道と銀行のいくつかで絶大な支配力を誇っていた。その意向が軽んじられることはなかった。
すぐにシカゴの好材料で相殺されなければ、クーパーウッドのよくない噂はニューヨークに広がり、とにかく大手の銀行は今後すべてのクーパーウッドの債権を拒否するかもしれないことがはっきりした。そうなったら、小さな銀行は門戸を閉ざし、個人投資家まで神経質にさせてしまうかもしれなかった。
アディソンの報告はクーパーウッドを少なからず悩ませ、怒らせた。クーパーウッドはそれを、シュライハートとハンドと、彼の信用を失墜させようと全力を尽くしている他の連中の仕業だと見ていた。「言わせておけばいい」と不機嫌に言い放った。「私には路面鉄道がある。彼らが私をここから追い出すことはない。もし必要なら、株式でも債券でも市民に直接販売することだってできるんだ! これだけの資産なんだから、よろこんで投資したがる個人はいくらでもいる」
こんな心理でいるときに、運命の配剤か、火星と大学が舞い込んだ。長年評価が最低で地味なバプティスト大学でありつづけたこの大学は、偉大なスタンダード・オイルの億万長者の寄付のおかげで、突如、名門校に昇格し、教育界の隅々に波紋を起こしていた。
そこはすでに最大の注目の的であり、街の見どころのひとつだった。何百万ドルもの資金が注ぎ込まれ、新しくて美しい建物が毎月のように建てられた。華麗で活動的な人物が東部から学長に招かれた。必要な設備はまだたくさんあった……寮、各種の研究室、立派な図書館、そして最後に言い忘れてならないのは、巨大な望遠鏡だ……今までとは比べ物にならないほどの解析力をもつ目で天空を見渡して、人の目や頭脳ではこれまで解明できなかった謎を引き出すものだった。
クーパーウッドは常に、天体と、それを説明する偉大な数学や物理の法則に興味を持っていた。たまたまこの頃、不吉な様相を呈した戦火のような惑星が、燃えるように赤々と西の空にかかるのが見えた。興奮しやすい大衆の心は、この惑星名物の運河を考え、推測を巡らせることで、その浅い底の奥まで興奮状態にあった。この不可解な謎に新たな光明を投じてくれるかもしれない、既存のどれよりも大きい望遠鏡への期待は、シカゴだけでなく全世界を興奮させていた。ある日の午後遅く、クーパーウッドは西マディソン・ストリートにある自分の新しい発電施設に面したそこそこ広い空き地を見上げて、夕空に惑星が低くかかって光るのをながめた。銀色の海にオレンジ色の暖かい小さな光があった。立ち止まって、しみじみとながめた。あそこに運河が存在するというのは本当だろうか? 人はいるだろうか? 人生は確かに奇妙だった。
それから間もないある日のこと、アレキサンダー・ランボーが電話をかけてよこし、冗談半分に言った。
「なあ、クーパーウッド、さっきお前さんをちょっと悪い冗談に巻き込んでしまったんだ。大学のフーパー博士がついさっきここに来て、私にそいつのつまらん学部を運営するのに必要な、望遠鏡のレンズの費用を引き受ける十人のうちの一人になってほしいと頼むものだから、ひょっとしたら、お前さんなら興味を持つかもしれないと思うって言っちまったんだ。向こうの考えは、四万ドル出してくれる人を見つけるか、一人頭四、五千ドル出してくれる人を八人から十人見つけたいそうだ。お前さんが時々天文学の話をするのを聞いたことがあったから、思いついたんだ」
「来るように言ってください」クーパーウッドは答えた。特に自分の努力が重要分野で高く評価されそうな場合、懐の深さで絶対に他人に遅れを取りたくはなかった。
すぐに博士本人が現れた……背が低く、丸々していて、赤ら顔で、透明な分厚い金縁メガネの奥に、丸くて、よく動く、鋭い目があった。想像力がある理解力、楽天性、自分をも都合よくごまかす自尊心が全身にうかがえた。両者は対面した……片方は、物事の果てしない変化の中では大学さえも無駄だと見なす大きな視野を持つ者、もう片方は、金融界の大物のような偉大な人でさえ理想のために働かせる正しい落とし所はあると信じる者だった。
「私があなたにしなければならない話はそう長いものではありません、クーパーウッドさん」博士は言った。「本校の天体観測は目下、レンズとその名に恥じない望遠鏡がないという単純な事実のせいで不利な状況にあります。私は、本校がこの分野で独創的な仕事を行い、それを大々的に推進させる姿を見たいのです。私の判断では、それを行う唯一の方法は、他の誰よりもうまくやることです。そうではありませんか?」博士はきれいに並んだ輝く白い歯を見せた。
クーパーウッドは上品に微笑んだ。
「四万ドルのレンズというのは、他のどのレンズよりも優れたレンズになるのですか?」と尋ねた。
「ドーチェスターのアップルマン・ブラザーズ製だとそうですね」大学の学長は答えた。「洗いざらい申し上げますとね、クーパーウッドさん。この業者は経験豊富なレンズメーカーです。いいレンズは、まずふさわしい結晶を見つけることが大事なんです。ご存知かもしれませんが、大きくてきずのない結晶は、ざらにあるわけじゃありません。そういう結晶が最近発見されて、今アップルマンさんが所有しています。それを削って磨くのに、ざっと四、五年かかります。ご存じかどうか知りませんが、研磨作業のほとんどは手作業なんです……親指と人差し指を使ってなめらかにするんです。光学の専門家の時間と判断力と技術が要求されます。このご時世ですから、残念ながら、安くはないんです。それだけの仕事をする者には、それ相応の賃金がかかりますからね」……博士は、柔らかく、ふっくらした白い手を振った……「それに四万なら安い方です。世界で最も大きくて、最も役に立って、最も完璧なレンズを大学が持てたら、大きな名誉になるでしょう。私がそれを手に入れれば、これを実現させた方々にも高い評判が跳ね返ることでしょう」
クーパーウッドは、この男の芸術家風の教育者的雰囲気が気に入った。ここには明らかに、才能、知力、感性、科学への熱意を持つ人物がいた。自分のためだろうと他人のためだろうと、真剣に取り組む強い人を見ることは、クーパーウッドにとって素晴らしいことだった。
「すると四万あればこれが実現できるのですね?」彼は尋ねた。
「はい。とにかく、四万ドルあればレンズは確実です」
「土地、建物、望遠鏡の本体はどうなのですか? そういうものまで全部準備ができたのですか?」
「まだですが、レンズを研磨するのに少なくとも四年はかかりますから、そのまわりのものを心配するのは、レンズが完成間近になってからでも、時間は十分です。でも用地は選定ずみです……ジュネーブ湖です。土地でも設備でも手に入るのでしたら拒むつもりはありません」
再び、きれいに並んだ歯が輝き、メガネ越しに鋭い目が射抜いてきた。
クーパーウッドは絶好の機会に遭遇した。計画全体の費用がどのくらいになるのかを尋ねた。フーパー博士は、三十万ドルあれば全て……レンズ、望遠鏡、土地、機械、建物……が、立派にそろうと見積もった……一大偉業だ。
「レンズの費用はどのくらい確保できたのですか?」
「一万六千ドルほどです」
「お金を払うのはいつですか?」
「分割なんです……年一万ドルを四年かけて支払います。レンズ業者をしばらく従事させておく分はあります」
クーパーウッドは考えこんだ。年一万ドルを四年間支払うのは単なる人件費に過ぎない。満了時に、残金は簡単に出せると確信した。自分はもっと裕福になっているだろうし、事業計画はもっと充実したものになっているだろう。この評判があれば(三十万ドルの望遠鏡をすぐに引き渡してクーパーウッド望遠鏡と知らしめることができれば)、間違いなく、ロンドンでもニューヨークでもその他の地域でも、シカゴの事業のための資金は集められる。全世界は一日で自分を知るだろう。クーパーウッドは押し黙った。謎めいた目は、目の前で踊るすばらしい未来図を全く明らかにしていなかった。ついに見つけたぞ!
「どうでしょう、フーパーさん」クーパーウッドは優しく言った。「あなたの計画どおりに、十人がそれぞれ四千ドルを出す代わりに、一人が毎年一万ドルを分割で払って四万ドルを出すというのでは? そういうふうにできますか?」
「それでは、クーパーウッドさん」博士は目をらんらんと輝かせて叫んだ。「あなたがこのレンズ代を出してくださるということですか?」
「ええ、出しても構いません。しかし、これをするなら、フーパーさん、ひとつお約束してもらわねばなりません」
「どういうものでしょうか?」
「土地と建物を提供する栄誉……つまり望遠鏡まるごとということですね。この便宜を図っていただけないのなら、この件については何も言えませんね」クーパーウッドは慎重に駆け引きをしながら付け加えた。
新任の大学学長は立ち上がり、独特な承認と感謝の眼差しで相手を見つめた。学長は多忙で激務の上に、やることがたくさんあった。こうして肩の荷が取り除かれただけで、ものすごくほっとした。
「私に権限があったら、クーパーウッドさん、大学の名において直ちに同意して感謝するところですよ。形式上、私はこの問題を大学の理事会にかけねばなりませんが、結果は間違いないでしょう。感謝のこもった賛同以外はありますまい。改めて感謝させてください」
両者は温かく握手を交わし、しっかり者の大学の学長は先を急いだ。クーパーウッドは静かに椅子に座り込んだ。指同士を合わせて、しばし夢想にひたった。それから、速記者を呼んで、少し口述を始めた。これがやがてどのくらい長く有利に働くことになるか、彼自身でさえ考えようとはしなかった。
やがて、二、三週間すると、この提案は正式に大学の理事会で了承された。この件はクーパーウッドの正式な同意をもって発表がなされた。すでに述べた諸事情がうまく組み合さって、この事実をまたとない大きなニュースにしてしまった。巨大な反射望遠鏡や屈折望遠鏡はすでに世界各地に登場して使われていたが、これほど大きくて重要なものは存在しなかった。この寄贈は、クーパーウッドを公益活動家、科学の後援者として知らしめるのに十分だった。シカゴだけでなく、ロンドン、パリ、ニューヨークなど科学者や知識人が集まる大都市はどこも、大金持ちらしいアメリカ人からのこの貴重な贈り物が、興奮を呼ぶ議論のテーマになった。中でも銀行家はこの寄贈者に大きく注目した。後にクーパーウッドの使者が、高架鉄道の五十年運営権を認める議決は、保証金と担保つき融資を基準にすべきだとする提案をもって回ったとき、彼らは丁重に迎えられた。最大の苦境にある時に、三十万ドルの望遠鏡を寄贈できる人物は、かなり充実した財務状況であるに違いない。巨万の富を蓄えているに違いない。予備交渉の間もクーパーウッドはロンドンのスレッドニードル・ストリートや、ニューヨークのウォール街を短期間訪問し、やがてイギリス系のアメリカの銀行との契約が成立した。クーパーウッドが計画した鉄道会社の債権の大部分は、ヨーロッパや他の地域で販売するためにこの銀行に引き取られ、計画を推進できる潤沢な資金が集まった。たちまち、彼の鉄道株は値を飛ばし、クーパーウッドを失脚させようと画策していた連中は、むなしく歯ぎしりした。ヘッケルハイマー商会さえも関心を持った。
ほんの数週間前に大学に運動用の広い校庭を寄贈したばかりのアンソン・メリルは、自分の栄光にこうも急に陰りが生じたことに顔をしかめた。化学研究室を寄贈したホズマー・ハンドと、寮を提供したシュライハートは、自分たちより低額の寄付金が、優れたアイデアのせいで、こうも注目される論評を生むのかと思ってがっかりした。これは、この男を追いかけているように見える輝かしい幸運の別の一例に過ぎなかった。この幸運は彼らの計画など全然物ともしなかった。




