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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第41章 フレミング夫人の娘


クーパーウッドが初めて母親と出会ったとき、ベレニス・フレミングは、当時ニューヨークのリバーサイド・ドライブにあってアメリカにあるその種の施設では最高のひとつであるブルースター女学校の寄宿生だった。この時すでに母親の社会的地位は低かったが、ヘデン家、フレミング家、カーター家の家格と人脈があればここに入学するには十分だった。背が高くて、クーパーウッドが想像したとおり、華奢な体をした少女で、色合いは少し違うがアイリーンの髪と遠いところでは一緒の赤みがかったブロンズ色の髪だった。クーパーウッドがこれまでに知っていたどの女性にも似ていなかった。まだ十七歳だというのに、その不遜な態度は、彼女の祭壇で香炉を振ることに、感情的な獣性がはけ口を見いだす、下々の人たちの熱い、違うものに向ける注目を集めた。


確かに、変わった娘だった! 一介の少女がと思う人がいるかもしれないが、この年でさえ彼女は自分の性、自分の価値、自分がたどり着けそうな社会的な地位を深く意識していた。色白の肌、少しあるそばかす、時々良すぎるほど濃くなる血色、不思議な奥深い夜の青の色をした猫のような目、長い鼻、かなり感じのいい口、完璧な歯、実に立派な顎をして、いつも猫のような優雅さで、気楽に、偉そうに、しなやかに、それでいて体の線が絶妙に調和して、リズムを刻みながら流れるように動いた。彼女が食堂でやる余興のひとつは、教員の目を盗んで、アジア人やアフリカ人がやるように頭上に皿六枚と水差し一つを乗せて、腰は動かすが、両肩、首、頭は動かさずに優雅に歩くことだった。女生徒たちは、いわゆるこの「名人芸」を何週間も繰り返しねだった。もう一つは両腕を背後にまわして、図書館ホールを飾るレプリカの、翼をもつ勝利の女神像の物まねを一瞬でやることだった。


「ねえ」小さなバラ色の頬をした取り巻きが、うっとりしてよくあおった。「あれはきっとあなたに似てたに違いないわ。きっとあなたみたいな頭部だったはずよ。あなたがあのポーズをとるとすてきだわ」


答えの代わりに、ベレニスの深みのある黒同然の青い目が、凛々しく媚びない配慮を見せて取り巻きに向いた。口に出さない何かで、いつも畏敬の念を抱かせた。


ベレニスは学校などまともに相手にしなかった……そこを取り仕切るのは立派な女性陣でも、秩序や手続きのほんのささいな事にこだわる、堅物で、ろくな経験もない、もったいぶった、月並みな連中ばかりだからだ。そこが社会でも一目置かれることは知っていたが、彼女はまだ十五、六歳なのにそれを凌駕していた。ベレニスは目上の人たちや、非の打ち所がない人付き合いをすると思われる乙女の見本たち……話を聞いたり、歌や朗読や物まねを聞いたりしに彼女のまわりに集まる者……よりも優れていた。ベレニスは受け継いだ社会的地位とは関係なしに、自分の個性の価値を、その生まれながら価値を、自分の肉体の美しさと素晴らしさを、深く、ドラマチックに、切実に意識していた。彼女の最大の楽しみのひとつは、部屋の中をひとりで歩くことだった……時には夜、ランプを消し、月がかすかに照らす寝室のこともあった。そしてポーズをとって自分の身体を観察し、単純で優雅で軽快なギリシャ風の、ほとんど性を意識しない……本当か?……ダンスを踊ることだった。ベレニスはよく着る象牙色の服の下の自分の体を隅々まで意識していた。つけている秘密の日記にも一度書いていた……これを芸術的衝動とみるか、そんなふうに気取ったものとみるかはお好きに。 

 



「私の肌は、とても素晴らしい。豊かな生活にぞくぞくしている。肌も、その下にある強靭な筋肉も、大好きだ。手も、髪も、目も、大好きだ。私の手は長くて、細くて、デリケート。目は暗い深みのある青。髪は茶色、錆のような赤、太くて眠そうだ。長くて、引き締まった、疲れを知らぬ手足は、一晩中でも踊っていられる。ああ、私は人生を愛してる! 人生を愛してる!」 

 



ベレニス・フレミングは官能的だったが、誰も彼女をそうは呼ばないだろう……自制心が働いていたからだ。彼女の目は人を欺いた。全世界をも欺いた。その目は、冷静に機転を利かせ、あざ笑うように反発して、徹底的に相手を調べた。唇がかすかに動いて「あなたに私のことがわかるものですか、わかるものですか」とかろうじて口に出したのが、態度でわかった。ベレニスは頭を片方に傾けて、微笑み、(それとなく)嘘をつき、何もないふりをした。まだ何もなかった。しかし、あるものもあった……心の奥底の信念。ベレニスは細心の注意を払ってこれを隠した。いずれ世間が知ることもあるだろう……それが少ないに越したことはないのだ! 本当にわかったとしても少しだけだ! 


クーパーウッドがとても不幸な母親の娘、この魔女キルケーに初めて出会ったのは、ルイビルでカーター夫人に紹介されてから二度目の春、ニューヨークに旅行したときだった。ベレニスはブルースター校の終業式に出席していた。カーター夫人はクーパーウッドを連れて東部へ行く決心をした。オランダにいたクーパーウッドと、かなり質素なグルノーブルにいたカーター夫人は、過去数か月シカゴの彼の部屋に飾ってあったこの写真の主を訪問しようと一緒に旅に出た。ブルースター校のどこか厳粛な応接室へ案内されると、しばらくしてベレニスが滑り込むようにしてやって来た。背が高くて細身でとてもしなやかな物音ひとつたてない少女だった。クーパーウッドは一目で、彼女が写真とまったく同じだとわかって喜んだ。不思議な、抜け目のない、知的な笑みを浮かべていると思った。それがまた、少女らしくて、人懐っこかった。クーパーウッドには目もくれずに、独特の大げさな態度で両手と両腕を広げながら前に出て、考え抜かれた割には自然な話し方で叫んだ。「お母さん! いらっしゃい! 午前中ずっと、お母さんのことを考えていたのよ。今日来るかどうかわからなかったし、お母さんたら気まぐれなんだから。昨夜は夢にも出てきたわ」


スカートや、靴の履き口の真下の擦り切れには当時の流行のこすれたシルクの味わいがあった。何らかのほのかな香水を使っていることは違反でもあった。


カーター夫人は娘の不遜な性格とクーパーウッドの存在を前にして多少緊張していたが、娘をとても誇りにしているのが、クーパーウッドにはわかった。ベレニスが横目で自分の評価をしていることにクーパーウッドはすぐに気がついた……長い睫毛の下から一回ちらっと見ただけで事は足りた。クーパーウッドの年齢、力量、品格、財力、世俗的な力まですべて正確につかめた。躊躇なく彼をある分野の実力者、おそらくは金融で、母親の知り合いらしい数多くの実力者のひとりだと分類した。ベレニスはいつも母親を不思議に思っていた。クーパーウッドの大きな灰色の目は光のように素早く正確に相手を探って、感じのいい力のある目だという印象を与えた。ベレニスは若くても、相手の女好きと、おそらく自分を魅力的だと思うことをとっさに見抜いたが、彼女の行動規範ではこれ以上の注意を払うことにはいたらなかった。大事な母親にだけ関心を向けたかった。


「ベレニス」カーター夫人は軽い気持ちで言った。「クーパーウッドさんを紹介させてちょうだい」


ベレニスは振り向き、クーパーウッドが藍色の青だと思った深淵から、ほんの一瞬、素直な、意識的にへりくだった目を向けた。


「お母さんから時々話をうかがってます」クーパーウッドは明るく言った。


ベレニスは、蝋のようにぐにゃっとして柔らかい、気のない細い手を引っ込めた。そして何も言わずに再び母親の方を向いた。それでいてちっともばつ悪い思いをしなかった。クーパーウッドはベレニスにとって重要な相手ではなさそうだった。


「あなたは、どうかしらね」簡単に平凡な会話をやりとりしてから、カーター夫人は話を続けた。「お母さんが、今度の冬をニューヨークで過ごすことにしたら?」


「自宅で暮らせたら、すてきだわ。こんな馬鹿げた寄宿学校はうんざりだもの」


「まあ、ベレニス! てっきり、あなたは気に入ってるものと思ってたわ」


「大嫌いよ、だって退屈でしかないんだもの。ここの女生徒ってとっても愚かなのよ」


カーター夫人はエスコートにものを言うように眉を上げた。「ねえ、あなたはどうお考えかしら?」クーパーウッドは傍らでどっしり構えていた。ここはクーパーウッドが口を出すところではなかった。クーパーウッドは、カーター夫人が何かわけがあって……おそらく乱れた生活が理由で……娘とマナーを巡ってやり合っているのがわかった。彼女はいつも高貴でロマンチックな雰囲気を絶やさなかった。ベレニスにとってそれは自然なことだった……うぬぼれが強く、自意識過剰で、不遜な性格が表に出ていた。


「なかなか魅力的な校庭ですね」クーパーウッドはカーテンを開けて、花が咲いている区画をながめながら言った。


「ええ、花ってきれいですね」ベレニスは言った。


「待っててください、お持ちするわ。校則には反するけど、退学以上のことはできないし、むりろ願ったりかなったりだわ」


「ベレニス! 戻りなさい!」


呼んだのは、カーター夫人だった。


娘は体を優雅に投げ出して大袈裟に動かしながら行ってしまった。「ねえ、娘をどう思います?」カーター夫人は友人の方を向きながら尋ねた。


「若くて、個性的で、元気だし……挙げたらきりがない。非の打ち所がないですね」


「娘のチャンスが損なわれなかったことがわかるだけでいいんだけど」


すでにベレニスは戻り始めていた。まるで画家が考えに考え抜いた線で描いた絵のようだった。容赦なく摘みとったスイートピーとバラで両腕がいっぱいだった。


「わがままな娘ね!」母親は甘い言葉で叱った。「先生に説明しに行かないといけないじゃない。どうしたものかしらね、クーパーウッドさん?」


「彼女にヒナギクの花輪を載せてキュテレイアのところへ送ってしまいなさい」クーパーウッドはかつてこのロマンチックな島を訪れたことがあり、この意味を知っていた。


ベレニスは絶句して「すてきなお話ですこと!」と叫んだ。「それをうかがっただけでも、あなたに特別なお花を捧げたくなります。さあ、どうぞ」ベレニスは彼にバラを贈った。


はにかんで、静かに入ってきた娘に、雰囲気が確実に変わりましたね、とクーパーウッドは言葉をかけた。しかしこれは、変わることは、この生まれながらの女優の特権だった。ベレニス・フレミングを見てこう感じた……生まれながらの女優だ、しなやかで、繊細で、賢く、無頓着で、不遜で、自分が見つけたとおりに世界を受けとめ、世界が服従すると思っている……飼犬のように座らせておねだりを命じられると思っている。なんて魅力的な人だろう! 偽りの花園で邪魔されずに花を咲かせることが許されないのは何とも残念なことだ! 実に残念だ! 



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