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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
38/62

第38章 敗北の時


秋の選挙戦の喧騒と興奮を聞きながら平然と構えていたクーパーウッドではあったが、シカゴ社会全体を敵に回したことを知るよりも、アイリーンの離反を知ったことの方がはるかに辛かった。アイリーンが若くて、愛と希望が彼女の本質であったあの最初の日々の素晴らしさを忘れることができなかった。遠くで合奏された低い音のように、この考えはクーパーウッドの奮闘と思考全体を貫いた。活発でも本質的には内省的な人間だったので、芸術や演劇や、壊れた理想の悲哀がわからないわけではなかった。アイリーンには何の恨みもなかった……自分自身の制御できない性格が必然的に招いた結果、自分の中にある自由でいようとする意志、に対してある種の悲しみを感じるだけだった。変わるんだ! 変わってしまうんだ! 物事には必ず終わりがある! たとえ理不尽な愛でも、自分を憐れまずに完璧なものを手放す者がいるだろうか? 


騒がしいわけのわからない選挙と共に十一月六日がすぐに来た。選挙は惨敗に終った。三十二名の民主党市議会議員候補者のうち、当選したのはたった十人で、野党に議会の三分の二の過半数を与えてしまった。ティアーナンとケリガンは、もちろん無事に当選した。二人と一緒に、共和党市長と、立派で高潔な理論を実践することになる共和党候補者全員が当選した。クーパーウッドはこの意味を理解して、直ちに敵との交渉を開始した。マッケンティたちから、徐々にティアーナンとケリガンの裏切りの全容を知らされた。しかし二人に敵意を募らせはしなかった。人生はこんなものだった。二人は、将来もっと手厚く面倒を見てもらえるか、何らかの罠にはまって完全にしてやられたにちがいなかった。二人の説明によれば、自分たちも何とかすれすれで当選していた。


「私だって、三百票差で勝っただけだ」ケリガンはいろいろな場所でおどけて言った。「まったく、これじゃ自分の選挙区を失ったも同然だ!」


ティアーナンも同じように力説した。「警察は何の役にも立たなかったな」と断言した。「よその連中を使って、うちの者を叩きのめしたんだ。本来なら九千票とるところを、六千しかなかったからな」


しかし誰も二人を信じなかった。 

 


マッケンティが、二年後にどうやってこの一時的な勝利を覆そうかと考え、クーパーウッドが自分にとって調停が最善の策だと判断していた頃、マクドナルドと手を組んだシュライハート、ハンド、アーニールは、どうすれば確実に、この党の勝利がクーパーウッドを再起不能にして、永久に権力の座に戻らないようにできるか、を考えていた。その後、長い複雑な戦いが続いた。(クーパーウッドが新しい市会議員にたどり着けないうちに)反対の多かったゼネラル・エレクトリックの運営権が再提出されて可決し、郊外エリアでの権利や特権がいろいろな中小企業に与えられ、そして最後に最悪なのは……どういう形であれ事前にクーパーウッドにわからなかったこと……高架鉄道を建設して運営する特権をサウスサイドの会社に与える条例が提案された。これは、これまでクーパーウッドに加えられたどの一撃よりも厳しかった。これまでは問題といってもどれも比較的単純だったのに、これはシカゴの路面鉄道事情に、新しい要因と難題を持ち込んだ。


これを説明するにために、約十八年から二十年前ニューヨークで、細長い島のロウワー地区の交通渋滞を緩和するために一連の高架鉄道が考案されて建設され大成功したことに触れねばならならい。クーパーウッドは最初から、公道の交通に関する他の全てのことと一緒に、これに関心をもっていた。何度もニューヨークに出かけて入念に実物を調べていた。その運営会社、支持団体、関連費用、収益性なとをすべて知っていた。彼個人としては、ニューヨークのこの混雑した島の交通なら理想的な解決策だと思った。シカゴはまだ人口が比較的少なく……今百万人に迫りつつあるが、広域に広く分散しているので、ここで採算がとれるとは思わなかった……きっとあと数年は駄目だった。高架で増えた分の交通量は、地表の鉄道から奪われるのだ。もし自分がこれを建設すれば、ただ経費を二倍にして収益を半減させるだけだった。時々、他の人に建設される可能性を考えたことがあった……運営権を確保できたとしての話だが、最新の選挙前は可能性がなさそうに見えた……クーパーウッドはこれを踏まえてアディソンに一度言ったことがあった。「無駄金を使わせてやればいい。路線を維持できる人口になるころには、管財人の手に渡ってるよ。そうなれば勝負は簡単にこっちのものだ。捨て値で買い叩けますからね」アディソンはこの結論と同意見だった。しかしこの会話の後で、諸々の事情がこの高架鉄道の建設の難易度を押し下げた。


第一に、高架鉄道というアイデアに対する市民の関心が大きくなっていた。斬新であり、ニューヨークの生活みたいだった。この頃の平均的なシカゴ市民の心情には、偉大なコスモポリタンへの対抗心がとても強かった。これに向かう市民感情は、たとえ短慮であろうと一顧だに値しなかろうと、どんなシカゴの高架鉄道でもしばらく人気づかせるのに十分だった。第二に、この西部の復興という都市ぐるみの熱狂的盛り上がりもあって、今回の選挙戦直前に、アメリカ史上最大の万国博覧会にふさわしい都市として、シカゴが最終的に選出された出来事があった。いろいろな新聞の社主や編集者はもちろんのこと、ハンド、シュライハート、メリル、アーニールのような人たちも、このプロジェクトの熱心な支持者で、クーパーウッドも賛同していた。しかし開催が決定したとたんにクーパーウッドの敵たちは、この状況が彼に不利に働くようにすることを一番の関心事にした。


まず、反クーパーウッドの新議会の協力で、博覧会会場はサウスサイドのシュライハートの鉄道会社の終点になった。これで都市全体がこの会社へ敬意を払うことになった。同時に、もしニューヨークの高架鉄道が今この都市に導入されたら、仕事上の会心の一撃になるという考えが、突然シュライハート陣営でひらめいた。これはすぐに儲けを出すのが目的ではなく、嫌われものの大物に、自分が今独占している領土に侵攻するかもしれない手強い敵がいることを理解させて、領土を縮小させ、持ち株を処分して出て行くのが賢明だと思い知らせるためだった。シュライハートがハンドと一緒に開催し、ハンドがアーニールと一緒にこの問題を論じた会議は穏やかで面白いものだった。最初の素案だと計画は、サウスサイドの博覧会予定地の南に、高架鉄道を建設するというものだった。そして好評だったら……西、南、北の全域を網羅する運営権を前もって確保してあるので……都合のいいときに他の路線も建設して、クーパーウッドに優しく笑顔で別れを告げるのだった。


クーパーウッドは選挙の一か月後に新しい市議会が招集されるのを待っていたが、敵が襲ってくるまで、何の準備もしないまま、のん気におとなしく待つつもりはなかった。おなじみの代理人と、会社の顧問弁護士を周囲に集めていたら、まもなく新しい高架鉄道構想を知らされた。それはクーパーウッドに本物の衝撃を与えた。明らかに、ハンドとシュライハートは真剣そのものだった。すぐにギルギャン氏宛ての手紙を口述筆記して、事務所までご足労を願った。同時にクーパーウッドは、新市長のチャフィー・セアー・スラスにどのような影響を及ぼせば、条例が提出された場合に拒否権を行使させられるのか……彼の心を完全に変えられるのか、細心の注意を払って発見するよう急遽、相談役に指示を出した。 

 


こういう場合にその態度が極めて重要だとわかることになるチャフィー・セアー・スラス市長は、長身で、格好がよく、どこか大袈裟で、自分や自分の社会的経済的な出番や行為を、何よりも厳粛に、つまり大上段に振りかざす人物だった。ご存知かもしれないが、割りと裕福でそこそこ社会的地位のある環境で育てられたタイプの人は、あらゆる偶然と不確かの中で人が人生を見ることができるようにしている頭脳の灰色の皺が不足しているので、困ることがなくその結果、人間的な経験不足に陥り、自分や自分のとる行動すべてを、最大の尊敬が払われるもの、神の守護があるもの、ととらえてしまう。チャフィー・セアー・スラスは自分が誇る立派な祖先のおかげもあって、自分のことを本質的には正直者だと判断した。父親は馬具の卸売業でちょっとした財産を築いた。二十八歳で結婚した妻は、かわいいが大したことはないタイプで、ピクルス製造業者の娘だった。そこの製品はまあまあの需要があり、子供はチャフィー・スラスの生家界隈ではいい子に恵まれたと評判だった。かなり控えめな結婚披露宴があり、新婚旅行は神々の庭園とグランドキャニオンに行った。それから、世に出るとうぬぼれた独断で両家をすっかりその気にさせた順調なチャフィーは、本業の手形ブローカーの仕事に戻って、細心の注意を払い、自力で自分の力を蓄え始めた。


うぬぼれ屋であることと、自分の先見性と勝負どころの見極めにやや慎重過ぎるきらいがあることを数に入れなければ、チャフィーほどの名士には特別な欠点はない、と認められた。しかし、若い妻の厳格でややピューリタン的な考え方や、実父と義父の信心深い観点から見ると、彼には自分でも持て余している弱点があった。彼は女性の美しさに目がなく、特にコーン色を帯びたふくよかなブロンドの女性に目がなかった。理想的な妻と二人のかわいい子供がいたにもかかわらずチャフィーは時々、全ての男性の前を横切って、実際に公然と示さなくても狡猾にそれとなく誘っているような魅力的な姿態を追って、瞑想しているような下心のある視線を投げかけた。


しかし結婚して数年が経ち、いい方向で落ち着くかと思われてもいい頃まで、スラスは実際に陽気な女ったらしの役回りを演じようとはしなかった。通りすがりのあまり活発ではない危なっかしい女と一、二回経験を持ち、自分から働きかけてきたこの手のことが初めてではない職場の女と暫定的関係を築き、順調な滑り出しを見せた。最初の頃は本気で愛しているふりをするという大きな愚行をおかしたが、知的な女性はこれを話半分で聞き流してくれた。彼が提供できる享楽と昇進は、十分な報酬として受け入れられた。しかし実際に誘惑されたある若い娘には、五千ドルで償わなければならなかった……こういう恐怖や心痛(自分の妻、相手の家族、背後に不気味に現れる自分自身)を経験したのなら、彼が速記者や従業員に永久に色目をつかわなくなってもおかしくなかった。その後はしばらくの間、代理人やブローカーや、自分と取り引きがあったり、あちこちのどんちゃん騒ぎのような饗宴に時々招待してくれる製造業者を通じてできた知人に、厳しく付き合いを限定した。


時間が経つにつれて賢くなったが、残念ながら少し盛んになった。偶然出会った商人や大物政治家との付き合いや、自分の住んでいた選挙区がたまたま重要区であったために、いつの間にか時折公の場で演説を始め、人生を異教徒の荒野ととらえ、宗教や慣習を人が自分の好みや気分や気まぐれに合わせてつけたりはずしたりする型枠だとする理論の意味をぼんやり理解し始めた。チャフィー・セアー・スラスには、そのすべての本当の意味は把握できなかった。彼の頭脳はそれほど大きくはなかった。人間は二重生活を送っている。これは事実だった。人が何を言おうが、自分の誤った行いの前では、これはとても悪いことだった。日曜日に妻と教会に行くと、宗教は絶対に不可欠であり罪を清めていると感じた。彼は仕事をしていて、不当な利益や事実の歪曲など、いろんな小さな筋の通らないことにしょっちゅう直面することに気がついた。しかし人が何と言おうと、神は神であり、道徳は尊重すべきであり、教会は重要だった。そうすることはとてもすてきだと思うが、衝動に身を任せるのは間違っていた。人は自分の隣人よりも善良でいるか、善良のふりをしなければならないのだ。


こういうちぐはぐな道徳の信じ方をする愚か者は、どうすればいいのだろう? 散々女遊びにうつつを抜かして、見つかるのが怖くて気が気でなかったにもかかわらず、仕事は成功して地元でそこそこ高い地位についた。緩みが大きくなるにつれて、どこか優しく寛容になり、もっと広く受け入れられるようになった。良き共和党員で、ノリエ・シムズやトルーマン・レスリー・マクドナルドに連なる支持者だった。義理の父親が金持ちで、それなりに影響力があった。選挙演説やいろいろな党の活動に参加して実力を証明してみせた。こうした諸々のすべて……たとえば、能力、柔軟性、どこから見ても立派な風格……が功を奏して共和党の市長候補になり、その後当選した。


クーパーウッドは、先の選挙戦でなされた発言から、スラス市長が見下した態度でいるのがちゃんとわかっていた。彼はすでに、(元州上院議員で)今は自分が雇っているジョエル・エイブリーとこの件を協議済みだった。エイブリーは最近あらゆる種類の会社の業務にかかわっていて、改正法規を知るように、裁判所の表も裏も……弁護士、裁判官、政治家に至るまで……知っていた。とても小さな男だった……五フィート一インチもなかった……額は広く、髪と眉はサフラン色、猫のような目は茶色く、柔らかい下唇は考え事をしているうちに時々上唇を覆うことがあった。何年もかけて、エイブリーは微笑むことを学んだが、それは妙に風変わりな笑い方だった。ほとんど彼はじっと目を凝らし、下唇で上唇を覆い、ゆっくりとしたアディソン風の言い方で、ほぼ変更の余地がない結論を出した。今回の危機で、提案したのはエイブリーだった。


「やれるのなら」ある日、極秘の会議でエイブリーはクーパーウッドに言った。「チャフィー・セアー・スラス市長の……その……胸の内を覗いてみることでしょう」エイブリーの猫のような目があざ笑うように光った。「私が大きな間違いをしてなければですが、この男の様子だけで人物を判断する限りでは、この男は穏便におさめるには自分がかなり割を食わねばならない女性と何か不埒な関係を持っているか、あるいは持っていなくても、持つようにあっさり仕向けられるかもしれないタイプの人物です。我々はみんな人間で、弱みがありますからね」……エイブリーの下唇が上がって上唇を覆って、また下がった……「そして我々の誰もが、あまり道徳に厳し過ぎても独善的になり過ぎてもいけないんです。スラスさんは根はいい人だが、少し感傷的だと思います」


エイブリーが話をやめても、クーパーウッドはただじっと相手を見つめ、提言よりもその姿を面白がった。


「悪い考えじゃないが情事に政治を持ち込みたくない」と言った。


「やるべきです」エイブリーは力説した。「そこに突破口があるかもしれません。わかりませんが。あなただって断言はできないでしょ」


この結果、スラスの習慣と嗜好と性癖の情報を入手する仕事が、近頃かなり貫禄をつけた法律顧問のバートン・スティムソンに割り当てられ、順送りで彼が助手のマーチバンクスに割り当てた。これは見ようによっては驚くべき状況だったが、政治や金融や会社経営の複雑さを知る者なら、全盛期に行われたような、代表的とも言える、悪知恵を湧かせて、悲惨の中に沈め、災難の泥沼に引きずり込むことには驚かないだろう。 

 


話は変わるが、パトリック・ギルギャンは速やかにクーパーウッドの呼びかけに反応した。自分の政治的なつながりや姿勢はどうであろうと、実力者をないがしろにしたくはなかった。


「本日はどういうご用件でしょう、クーパーウッドさん?」ギルギャンは当選ほやほやの、見るからに新鮮な姿で現れるや尋ねた。


「いいですか、ギルギャンさん」クーパーウッドは、共和党の郡議長をじっと見つめて、指を組んで親指同士をくるくる回しながら簡潔に言った。「あなたがたは私に一言の発言も何かをする機会も与えずに、ゼネラル・エレクトリックとあのサウスサイド『L』鉄道の条例を、市議会で押し通すつもりですか?」


クーパーウッドも承知していたが、ギルギャンは、この市を支配し始めた新たな四人組のひとりに過ぎなかった。しかし、彼の言葉は絶対……すべての権力と権限を持っている……マッケンティのようなもの、だと信じているふりをした。「ほお」ギルギャンは茶化して答えた。「買いかぶってくれますね。市議会が私のベストのポケットにあるわけじゃない。私が郡議長で、彼らの選挙に手を貸したのは事実ですよ。でもね、彼らは私の所有物じゃあない。何でゼネラル・エレクトリックの条例を可決してはいけないんですか? 私が知る限り、あれは立派な条例だ。すべての新聞があれに賛成してますよ。私はこの『L』鉄道条例に何も関係してませんよ。私が多くのことを知っている問題じゃないんです。マクドナルドのせがれとシュライハートさんがやってるんですから」


実は、ギルギャンが言っていることは全て厳然たる真実だった。政治をおもちゃにすることを学び始めていたマクドナルドの手先のクレムという市会議員が、言わば現場の最高責任者を命じられていた。そして、手に負えない市会議員に彼らの義務を伝えながら統括することになったのは、ギルギャン、ティアーナン、ケリガン、エズトロムではなく、マクドナルドだった。ギルギャンの四人組はこうなることに全力を尽くしてはいたが、まだ自分たちの組織をうまく活用できていなかった。「私がこの議員たち全員の選挙を支援したのは事実です。だからといって私がすべてを管理しているわけじゃない」ギルギャンは話を終えた。「まだなんですよ、とにかく」


『まだなんですよ』のところでクーパーウッドは微笑んだ。


「それでもね、ギルギャンさん」クーパーウッドは流暢に話を続けた。「あなたは現在私に反対しているこの活動全体の名目上のトップであり筆頭ですからね。やはり私が向き合わねばならないのはあなたでしょう。あなたは現在の共和党をほぼ完全に掌握している。あなたがその気になれば、あなたの好きなようにできるんです。あなたの腹ひとつで、この条例を成立させるのに、普段よりも多くの時間をかけるよう議員たちを説得できる……わけですよね。あなたがご存じかどうか知りませんが、ギルギャンさん、まあ、ご存じだとは思いますが、私に対するこのすべての闘いは、シカゴから私を追放するための敵対キャンペーンです。あなたは良識も判断力もかなりのビジネス経験もお持ちの方です。私はそのあなたに、これが公平だと思っているのかをお尋ねしたい。私は約十六、七年前にこの地に来て、ガス事業に携わりました。そこは見通しのいい原っぱでした。私は原っぱを開発しようとしたんです……ノースサイド、サウスサイド、ウエストサイドの郊外の町をね。でも、その時は全然相手の縄張りに侵入していなかったのに、私が始めたとたんに、既存の会社の連中は私と闘い始めたんです」


「それならよく覚えているよ」ギルギャンは答えた。「これでも、あなたがハイドパークの運営権を獲得するとき、あなたを手伝った連中のひとりなんでね。私がいなかったら、あれは絶対にあなたのものにはならなかった。あのマッキベンって人は」ギルギャンはニヤッとして付け加えた。「適任者ですな。いつもゴム靴を履いてるように歩いてる。まだ、ご一緒なんでしょうね?」


「ええ、どこかにそのあたりにいます」クーパーウッドは尊大に答えた。「別の問題に戻りますが、このゼネラル・エレクトリックの条例と『L』鉄道の運営権の背後にいる連中のほとんどはガス事業の関係者の、ブラックマン、ジュールズ、ベーカー、シュライハートたちです。彼らは私が彼らの分野に入り込んだんで怒ってるんです。最後に買い取るはめになったために、ずっと怒ってますからね。私がここの旧式だった路面鉄道会社を再編成してもり立てたものだから、怒ってるんです。メリルが怒ってるのは、私が彼の店の周りにループを走らせなかったからだし、他の連中は私がループを手に入れたこと自体に怒っている。彼らは皆、自分たちがずっと前にやっておくべきだったことに、私が参入してやってのけたものだから怒ってるんです。こういう次第ですよ……簡単に言えばそれだけのことなんです。何かをできるようにするためには、市議会を味方につけねばなりませんでした。私が何とか良好な関係を築いて維持しているものだから、彼らはそのことで私を敵視して政治に乗り出したんです。私はちゃんと知ってますよ、ギルギャンさん」クーパーウッドはしめくくった。「この闘いで誰があなたの後ろにいたのかをね。お金の出所だって最初から知ってましたよ。あなたは勝ちました。見事な勝利でした。私は別にあなたの勝利を少しも恨んじゃいませんが、こうやって彼らが私に対する闘いを続けるのをあなたは助けるつもりなのかそうではないのか、を私は知りたいんです。あなたは私に闘うチャンスをくれますか? 二年後にまた選挙があります。政治は一度勝っただけで、そのまま安泰でいられるわけじゃありませんからね。あなたが手を組んだのは上流階級の連中です。彼らは、あなたにも、あなたのような人たちにも全然同情しせんよ。今はあなたと仲良くしたがっているけど……どうせ、あなたから得るものを得て、私を叩き殺すまでの間だけですから。でもその後、彼らがいつまであなたを利用すると思いますか……どのくらいの間でしょうね?」


「長くはないでしょうね、多分」ギルギャンは簡潔に、考え込むように答えた。「でも世界は世界だ。見つけたとおりに受けとめなくてはなりませんね」


「まったくですね」クーパーウッドは臆せず答えた。「でもシカゴはシカゴです。そして向こうがここにいる限り、私もここにいます。こんなふうに、高架鉄道を建設して私の利益を削り、ライバル会社に運営権を与えて私と闘っても、私を追い出すことも大きなダメージを与えることもできませんよ。私は定住する気でここにいるんです。今日のような政治情勢が未来永劫このまま続くわけではありません。まあ、あなたは野心家だ。私にはそれがわかる。あなたが自分の健康のために政治をしてるわけじゃないことを知っています。あなたが欲しいものは何なのかと、他の連中より早くはないとしても、私が同等の早さでそれを手に入れられないのか、をはっきり教えてくれませんか? 私の側についても向こうと同じくらい得であるとあなたにわかっていただくために、私があなたのためにできることは何でしょう? 私はシカゴで正々堂々と勝負しています。私は優れた鉄道事業を築いてきました。参入してくるライバル会社に、十五分ごとに悩まされたくないんです。さあ、これを解決するには、どうすればいいのでしょう? いちいち争わずにあなたと私が協力できる手立てはないのでしょうか? 物事を簡単にするために、私たち双方が従える何かの指針を提案できませんか?」


クーパーウッドは話をやめた。ギルギャンはしばらく考えた。クーパーウッドが言ったように、健康のために政治をしているのではないことは確かだった。今のような状況は、彼が最初に自分で描いたすばらしい計画に全然そぐわなかった。ティアーナン、ケリガン、エズトロムはまだ協力的だったが、すでに法外な要求が続いていた。改革派……新聞によって、クーパーウッドは悪党で彼の仕事はすべて悪事と信じ込まされた人たち……は、議会の活動すべてで厳しい倫理綱領が守られねばならないとか、報道と市民にちゃんと周知されないうちは、いかなる業務も契約も取引も行われてはならない、と要求していた。ギルギャンは同僚たちとの最初の選挙後の会議の直後に、自分が悪魔と深海の狭間にいるのを感じ始めていた。しかし彼は手探りで進んでいたし、あまり急ぎすぎるつもりはなかった。


「ずいぶんと冴えない提案をしてくれますね」少ししてギルギャンは穏やかに言った。「勝利したばかりなのに、仲間を捨てろと頼むんだからな。そいつは私が取り慣れている政治姿勢じゃありませんね。あなたが言うことにも、たくさんの真実があるかもしれない。でも節操のないまねはできませんよ。ときには誰かに誠意を示さないと」ギルギャンは自分の立場にかなり戸惑いながら話をやめた。


「まあ」クーパーウッドは交感して答えた。「その辺はじっくりお考え下さい。難しい仕事ですよ、この政治ってやつは。私はその中に身を置いています。だってそうしないわけにはいきませんから。あなたが私を助けられることでも、私があなたを助けられることでもいいですから、何かわかったら知らせてください。とりあえず、私が言ったことを悪く受け取らないでください。壁際に追い詰められた状態なものでね。私は自分の人生のために闘ってるんです。当然、闘うつもりです。だからと言って、あなたと私が仲違いする必要はありませんよ。親友になるチャンスだってまだあるかもしれないんです」


「それならよくわかってますよ」ギルギャンは言った。「あなたとなら、ぜひ親友になりたいものだ。まだ私の力ではできないが、たとえ市議たちをどうにかできても市長がいます。私は時々挨拶を交わす程度でしか市長を知りませんが、私が理解する限りでは、あなたに猛反対してますよ。おそらく駆けずり回って新聞でものを言うでしょう。ああいう男は大きなことができるんです」


「そっちは私の方で手を打てるかもしれない」クーパーウッドは答えた。「おそらく、スラス市長には手が届くでしょう。そうすれば、自分で思っているほど彼は私に反対しないかもしれない。あなたはわからんでしょうが」



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